運命に花束を

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君と僕の物語

君の友達、僕の友達

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 気だるい身体を引きずったまま、むくりとベッドから身を起こした。
 遮光のカーテンが日の光を遮ってはいるが、その隙間から漏れる光は眩しい。
 辺りを見回しても誰も居ない。なんだかとても静かだ。

「エディ……?」

 彼に抱かれて最初に目覚めた時もそうだった、彼は起きた時いつもいない。いつもと言っても二回目だが、それはなんだか少し寂しい。
 少しだけクリアになった思考で考えるのは、どうやらこの部屋はエディ一人だけの物ではないという事。
 確かにその寝室にベッドはもうひとつあるのだから、二人部屋で間違いがない。
 服を着なければ、と思って自分の服が無い事に気が付く。
 もともと着ていたのが侍女の制服だったのだから、こんな所に服がある訳もない。
 それにしてもそのナディアの制服すら辺りに見当たらないのだが、自分は一体どうすればいいのだろう……
 完全に素っ裸で、よくよく身体を見てみれば青あざのような物や噛み痕が身体中幾つもあって赤面した。
 シーツをベッドから剥いでそれに包まり、そろりとベッドから抜け出せば下肢から何やら違和を感じて身を強張らせた。

 あぁ、これエディのだ……

 下肢からどろりと漏れ出る生温い粘液、それはとても生々しくて、自分が彼に抱かれたのだという事を否が応にも実感させられる。
 そこ以外の身体は拭いてくれたのかそこまでべたべたした感じもしないのだが、いまだに何かが入っているような感覚に少し苦笑した。
 寝室から隣室に通じる扉をそっと開ける。
 誰かいるだろうか? エディならともかく、エディ曰くの彼の上司という人だったら嫌だなと思う。
 半分浮かされたような状態で見ただけだが、その人はとても綺麗な人だった。
 実のところ男なのか女なのかもよく分からなかったくらいに美人で、とても嫌だった。
 男女で同室という事もないだろうし男性なのだと思うのだが、あの美しさならΩの可能性だって消しきれない。
自分にそれが分かる本能がないのが悔しくて仕方ない。

「エディ……?」

 室内はしんとしている。誰もいないのだろうか?
 ヒートに浮かされてエディがここにいた理由をまだ話半分にしか聞いていない。
 確かパーティの招待客として招かれたと言っていたと思うのだが、もしかしたらその関係で出かけてしまったのだろうか?
 とりあえず何か着る物を……と勝手に申し訳ないと思いつつクローゼットを開けると、ご丁寧に侍女の制服はハンガーに掛けられ吊るされていた。
 これをまた着るのには抵抗があるのだが、これしか着る物はないだろうか……
 クローゼットの中には微かにエディの薫りがして、その中からシャツ一枚とズボンを一本拝借して着てみれば、まぁ着れない事はない。
 大きいし丈が余ってしまうが、裾は折り返し、ウエストはベルトで締め上げればなんとかなるだろう。
 エディの匂いが身体に纏わり付いて、彼に抱かれているみたいで少し幸せな気持ちになる。
 窓の外をカーテンの隙間からこっそり見やれば、庭には一面花が咲き乱れていてとても綺麗だったが、ここがまだ城の中だと思うと、昨日の兄とのやりとりが思い出されて気持ちが落ち込んだ。
 そういえばグノーとの別れ際、彼に何か貰ったなと思い出し、クローゼットに戻ってスカートのポケットを漁ったら、ころんと丸い卵のような物が出てきて首を傾げた。

「これ、なんだろう?」

 見た目は卵にも見えるのだが、それは木製で大きさも一般的な卵より少し大きい。
 しかも木の継ぎ目なのかそれとも何かしらの意図があるのか、卵は半分で割れそうな隙間もあるのに、簡単には割れてくれない。

「あ、ここか」

 卵をころころ転がしていると、底に何か凹凸があるのに気付いて押してみたら簡単に卵がぱかっと割れた。

「え? 何これ可愛い」

 中から出てきたのは小さな猫の人形、背中に羽までついてぱたぱたしている。
 持ち上げて眺めていたら、その猫はにゃーと鳴いた。

「わ、わ、わ、鳴いた。凄い、何これ凄い」

 下に置いてみれば人形はどういう仕掛けか動き出し、その場でくるくる回り始める。そして何度か回って止まると、またにゃーと鳴いた。
 あまりの芸の細かさに見惚れてしまい、僕は人の気配に気付けなかった。

「お目覚めですか?」

 急に声を掛けられびくっと身を竦ませる。
 慌てて声の方を向けば、エディが上司だと言っていた恐らく男性が無表情にこちらを見ていた。

「あ、あ……えっと」
「それはあなたの物ですか? 凄いですね」

 彼は無表情に淡々とそう言った。言葉では凄いと言っているが、それが本心からの言葉なのか僕にはよく分からなかった。

「あ、これ……グノーが……」
「あぁ、昨日の……」

 言ってその麗人は僕の座り込んでいる場所の傍らに座り込み、やはりその人形をじっと見詰める。
 人形はくるくるにゃーを数度繰り返すと、また卵の中にぱたんと戻ってしまった。

「見事ですね、素晴らしい」

 彼は小さく拍手をしていて、それは素直な賞賛だと思うのだがその顔に表情はなく、なんだか少し怖かった。

「あの……あなたは?」
「あぁ、失礼。私クロード・マイラーと申します、どうぞお見知りおきを、アジェ様」
「あ、よろしくお願いします」

 座ったままで姿勢を正し懇切丁寧に頭を下げる彼に、僕も慌てて正座をして二人向かい合って頭を下げた。
僕達何やってんだろう……

「あの、エディは……?」
「彼なら今あなたの伯父の家に行っています。ん? 違いますね、正しくはエディの伯父になるのですかね?」
「あ……デルクマンの……そうですね、僕のと言うよりはエディの伯父という方が正しいかと思います。でも何しに?」
「あなたを連れて行きますという一応の報告、ですかね。お世話になっていたのですよね?」
「はい、そうですね。グノー共々良くしてもらって……」
「報告は受けていますよ、最初は騎士団に捕縛されたという情報でしたのでエディの荒れ様も酷かったですが、その後は割と平和に暮らせていたようで幸いでしたね」
「報告? って誰にですか? え? 誰から?」
「あなた方の事はファルス国王陛下の配下の者が常に見張っていたのですよ。報告はその者達からです」
「ファルスの国王陛下? 国王は僕の事を知っていたのですか? 僕がランティスの王子の双子の弟だという事を知っていたのですか?」
「そうですね」

 自分達ですら知らなかった事をなんで国王陛下が知っていたのかが分からず僕は混乱する。

「心配されていましたよ、もっと早くに気が付いていればと、そう何度もおっしゃって……」

 クロードの言葉に僕はますます混乱する。
 なんだか国王陛下はまるで自分を幼い頃から知っていたような口ぶりだ。

「えっと、言っている意味がよく分かりません」
「エディからまだ聞いていませんか?」

 困惑する僕に、彼はなんの表情も浮かべず小首を傾げた。
 首取れそう、怖い……

「何をですか?」
「国王陛下が彼の育ての親だという事をですよ」

 え? と僕は固まった。
 エディの育ての親といえばブラックさんだ、ブラックさんと言えばルーンの町に暮らす大工さんで、気のいいおじさんで……え?

「……何かの間違いでは? エディを育てたのはブラック・ラングというおじさんで、ルーンの町でずっと大工として暮らしていたんですよ?」

 確かに事件の折に慌しく引越しをしていったし、エディから聞いた話だと、首都で家を継ぐと言っていたとは聞いているが、なんだか頭の理解が追いつかない。

「そのブラック・ラングが国王陛下なのですよ。正式名称はブラック・ディーン・ファルス、正しく言えばまだ即位式を行っていないのでそれを行えば正式な国王陛下となります」

 僕は呆然として言葉を失った。
 何故彼はそんな身分を隠してあんな辺鄙な田舎町で暮らしていたのかがさっぱり分からない。

「じゃあエディを呼び出した国王陛下って……」
「ブラック様ですね」

 なんだかエディがここランティスに国王の代理として訪れていた理由にも合点がいった。
 でも、ブラックさんは一体僕の事をどこまで知っていたのだろう? そしてもうひとつの謎、この人は一体何者なのだろう?
 見た目に人形のように美しいのだが、美しいからこそ表情が無いと本当に怖い。

「そういえばアジェ様、もうヒートはよろしいのですか?」
「え? あ……」

 瞬時に顔に朱が上る、そう言えばこの人僕がエディに抱かれている間もずっとここに居たんだった。
 というか、聞かれてた? そんなに壁厚くないもんね、筒抜けだよね、恥ずかしい。

「エディと番になったせいでしょうか、まるで匂いがしませんね。番になるとこんなにフェロモンの匂いは消えてしまう物なのでしょうか?」
「あなたはα? それともΩですか?」
「私はαですよ、分かりませんか? そんな風に尋ねられたのは初めてです」
「僕、人の匂いは分からなくて。ヒートも初めてなのでどうなったら終わりなのかもよく分かりません」
「それは困りましたね。私も番は持っていませんし、どういう状況が危険なのか安全なのか私では判断できかねます」
「でもクロードさんは僕の匂いに誘惑されたりはしないんですよね?」
「しませんね、そもそも先程も言ったように、あなたは匂わない。Ωだと聞いていたのですが、こんなに何も匂わない方は初めてです」

 向かい合わせに座ったまま、二人は考え込んでしまう。
 だが、何はともあれΩである自分がαであるクロードを惑わせてしまう心配はなさそうなのでとりあえず安心した。
 それよりも僕には気になる事があるのだ、彼は平然と呼んでいるが彼はずっとエドワードの事をエディと呼び続けている。
 その愛称は親しい者だけに呼ぶ事を許された呼称で、僕はそれにとても納得がいかない。
 グノーもエドワードの事をエディと呼んだが、それは元々そう言う名なのだと思っていたからで他意はなかった、でもこの人は? 彼もブラックさんがそう呼ぶからエドワードをエディと呼ぶのだろうか?

「ところでエディはあなたを上司だと言っていたのですが、あなたは一体エディとどういう関係なんですか? あなたはブラックさんの配下の方なのでしょうか?」
「あぁ、申し遅れました。私ファルス王国騎士団、第一騎士団長を務めております。エディのお目付け役の任に任命されまして彼に付いて参りました」
「お目付け役?」

 それはどういう役目なのだろうか。
 しかもエディは彼のおまけで付いて来たような事を言っていたのに、彼は彼でエディに付いて来たような事を言う。ますます意味が分からない。
 それにしてもファルス王国の第一騎士団長って相当位も高いのではないだろうか、なんで僕達は床に座り込んでこんな話をしているのだろう……

「エディがあなたを探して無茶な事をしないように押さえる役だったのですが、私には荷が重かったようで、彼は全く止まりませんね。見てて痛快ではありますが、自分の任としては胃が痛む思いです」
「それは、ご苦労をおかけして申し訳ないです」
「いいえ、友人のピンチを助けられるのは私としてもとても嬉しいので、問題はありません」
「友人?」
「はい、エディは私の初めての友人です」

 ごくごく真面目にそう言われて首を傾げざるを得ない。
 何がどうしてそうなったのか分からないし、この綺麗な騎士団長様にエディ以外の友人がいないというのも謎過ぎる。

「なんでそんな事に?」
「何がですか?」
「何と言われると困るのですけど、クロードさんは騎士団長様なんですよね? お友達いないんですか?」
「恐らく私はあまり人に好かれないのです。私と話してくれる人はほとんど居なくて、実を言えばエディ以外とこんなに話したのも初めてなくらいです」
「え?」

 そんな馬鹿な事があるだろうか。彼は確実に僕より年上で、恐らくエディよりも更に上だと思うのだ、それなのにそんな事があるのだろうか?
 しかも騎士団長という立場にいながら人に好かれないという事も不思議で仕方ない。
 人望がない人間がそんな立場に立てるとも思えず、話してみれば人に嫌われるような人間だとも思えない。
 確かに人形のような容貌が少し恐ろしくも感じるが、話してみれば普通に話せるし、むしろ素直すぎるほど素直な人で嫌われる要素を見付けられない。

「思えば幼い頃からそうでした、他人は私を遠巻きにするばかりで近寄ってもこない。今までそういう物だと諦めて参りましたが、エディに会って少し考え方が変わりました。もし良かったらアジェ様も私の友人になってはいただけませんか?」

 これはからかわれているのだろうか? それとも本心で?
 俄かに真意が掴めずうろたえるのだが、彼は黙ってじぃーっとこちらを見つめるので、僕はどうしていいのか分からずに頷いた。

「僕でいいんですか? 僕はαの方には蔑まれる事も多いΩですよ?」
「私の母も姉もΩですよ? 何故蔑む必要があるのですか?」
「僕は男性Ωですし……」
「珍しいとは思いますが、いない訳ではありません。私はあなたを蔑む理由を見付けられません、何か私に分からない理由があるのでしたら教えていただきたいのですが」
「いえ……僕にもその理由はよく分からないので説明はできないです」

 クロードはまた無表情に首を傾げた。
 あぁ、これこの人のクセなのかな、分かりやすいような分かり難いような不思議なポーズだ。

「特に理由がないのならぜひ友人になっていただきたいのですが、ご迷惑ですか?」
「迷惑ではない、です」

 言った言葉に瞬間クロードがにっこり笑った。
 笑った、うわ、何これメッチャ綺麗。
 「ありがとうございます」と手を差し出すクロードにこちらからも手を差し出せば余程嬉しかったのかその手を握ってぶんぶん振られてしまった。
 なんだか子供みたいな人だ。
 少しばかりの嫉妬がどこかに吹き飛んでしまった。なんかこの人可笑しいし、年上相手にどうかとも思うのだがどうにも可愛らしくて仕方ない。

「私の事はクロードとお呼び下さいね、アジェ様」
「え? だったら僕もアジェでいいです、なんでクロードさん僕のこと様付けなんですか?」
「陛下がそう呼んでいるので、あなたは陛下にも敬われる存在だという事ですよね?」
「え? そんな事ないです! ブラックさんは今まで領主の息子とその土地の民という立場だったからそう呼んでくれていただけです。今はブラックさんの方が立場は上です、そんな恐れ多い。僕は国王陛下に様付けで呼ばれるほどの人間じゃないですし、それはクロードさんも同じです。僕は年下だし、むしろ立場逆ですよ!」
「立場……難しいですね」

 クロードはまた小首を傾げる。
 いいから僕に敬称はいらないと言うと、クロードは素直に頷いた。なんかホント可笑しい。
 そうこうするうちにエディがデルクマン家から帰ってきた。その頃には僕はすっかりクロードさんと仲良くなり一緒にお茶を飲んで談笑していたのだけど、エディはなんだか難しい顔をしてクロードさんを見やるのでまた少し笑ってしまった。
 これ、妬いてくれてると思っていいんだよね?

「おかえりエディ、伯父さんの家に行ってくれてたんだってね、ありがとう。なんか伯父さんにたくさん迷惑かけちゃったんじゃないかな、凄く申し訳ないよ」
「あいにくギマールさんは不在だったのですけど、息子さんに一通り説明をしてきました。これで安心してファルスに帰れます」
「息子ってナダールさん? それともマルク? マルク驚いてるよね、こんな騒ぎになっちゃって、カイルさんも大丈夫だったかな……」
「ギマールさんにはそんなに何人も息子がいるんですか? 私が会ったのは名は確かリクと言っていたと思うのですけど」
「え? そうなんだ、帰ってきてたんだ。僕そのリクさんには会った事ないんだよ。ずっと遠征で、メルクードになかなか戻ってこないってナダールさんが言ってた。どんな人だった?」
「どんな……まぁ普通の騎士団員って感じでしたよ」
「そっか……ナダールさんは?」
「昨夜から帰っていないそうです、やはりあの男に付いて行ったのではないでしょうかね」

 エディは少し疲れた様子で上着を脱いで首元を寛げた。

「そっか、きっとそうだね。だってグノーとナダールさん、たぶん運命の番だよ」

 少し驚いたような表情を見せるエディ。

「あの二人が『運命』?」
「うん。グノーは拒んでたけど、たぶん間違いない」
「そのナダールさんって人はどういう人なんですか?」
「優しいよぉ、いつもにこにこしてて、怒ってる顔や機嫌の悪い顔してるの見た事ない。グノーが振り回すからいつも困ったような表情はしてたけど、凄く良い人」

 僕の言葉にエディはまた片眉を上げる。
 そういえばエディ最初僕とナダールさんの事疑ってたもんね、そんな事ありえないのに。

「その『運命の番』というのは一体どういう物なのでしょうか? それはすぐに分かる物なのですか?」

 クロードがまた小首を傾げてそう言った。

「運命の番というのは俺たち二人みたいな関係の事を言うんだ」

 言ってエディは僕の肩を抱く。
 ちょっ……と、今までこんなあからさまな事したことないくせに!
 赤面する僕の頬にエディがキスを落として、僕は更に赤面した。箍が外れるってこういう事? 凄く恥ずかしい。

「私にもそういった相手というのはいるものなのでしょうか?」
「探せば何処かにいるんじゃないか?」
「会えば分かりますか?」
「俺は分かった。アジェもそうだろ?」
「うん、エディの匂いだけは凄く鮮明だから、それがそうだって言うなら分かるよ」
「エディは今現在も彼の匂いが分かりますか? 正直私にはアジェの匂いが分かりません」
「お前、何アジェの事呼び捨てにしてんだよ、俺はそんな許可おろしてないぞ」
「ご本人から許可をいただきましたので、そう呼ばせていただいたのですが、駄目でしたか?」
「もうエディ、やめてよ。僕がいいって言ったんだから、いいんだよ。ね、クロードさん」

 僕が笑うとエディはまた少し渋い顔をするのだが、仕方がないと溜息を吐いた。

「アジェの匂いはいつも通りだな。昨日ほど匂いは強くない、ヒートはもういいのか?」
「エディがそう言うなら、もういつも通りなのかもね。昨日みたいに意識に霞がかかるような事はないよ」

 通常最低3日から一週間と言われるヒートがたった一日で治まってしまった。
 これは果たして通常のヒートと言えるのだろうか?
 逃げている最中は意識が朦朧としていたが、何かグノーに口の中に薬のような物を放り込まれた気がする。今までフェロモンの抑制剤など飲んだ事はなったが、あれはそういった類の物だったのだろうか? だとしたらもしかして今の自分の状態は薬が効いている状態だとも考えられて、大丈夫なのかと問われても僕には良いとも悪いとも答えられなかった。

「この国での滞在は5日間の予定でしたが、この騒動でパーティの延期があり日程が少し延びました。帰るまでに完全に治まっていれば問題はございませんが……寝室を占拠されてしまうのはさすがに少し困ってしまいますね」
「あ、ごめんなさい。昨日はどこで?」
「ここで寝ましたよ。少し体が痛いです」

 クロードが淡々と語る言葉に僕はまた赤面した。
 今日は僕がここで寝ると言えばエディがそれに反対して、かといって僕とクロードさんが同じ寝室で寝る事もエディの中では納得できないようで、彼は少し怒ったような困ったような顔をしていた。

「そういえば、ねぇエディこれ見て。これ凄く可愛いんだよ」

 言って僕はエディに例のからくり人形を見せてみた。
 卵の中から出てきた猫はやはりくるくる回ってにゃーと鳴く。何度見ても可愛らしい。

「これは凄い。あの人が作ったのか?」
「うん、たぶん。簡単なので良かったら作ってやるって言ってたんだ。でもこれどう見ても簡単そうには見えないんだよね。メリアではこういうのも簡単に作れちゃうのかな?」
「これはそんな簡単な物ではないと思いますよ。私もひとつ似たような物を持っていますが、作りは複雑です。あの人というのはあの時あなたの手を引いていた赤毛の人の事ですか?」
「そう、グノーって言うんだ。メリアの出身で、こういうの見たいって僕が言ったから作ってくれたんだね、大事にしないと」
「グノー……グノー?」
「どうかしたのか?」
「先程私もひとつ同じような物を持っていると言ったと思うのですが、それをくれた人の名がたぶんグノーシスだったように思うのですよ。あの方も確か赤毛で紅い瞳をしていました」
「え? グノーの瞳も紅かったよ? 同一人物? まさかそんな事ってある?」
「それはないと思います、私があの人形をいただいたのは姉の結婚式の折でした。姉はメリアに嫁いでおりまして、そこはメリアでは身分の高い貴族の家柄です。あの場に一般庶民の、ましてや子供が紛れ込むことなどありえません」
「もしかしてグノーが凄く血筋の良い家の人だったり……」
「あの風体でか? それはないように思うがな」

 言われてしまえばその通りで、風体もそうだが言葉遣いも荒いグノーに貴族という肩書きはどうにも合わない。

「年齢的にはしっくりくるのですけど、そんな偶然はきっとないですよね」

 クロードはまた首を傾げてくるくるにゃーを繰り返すその人形を見やった。

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