運命に花束を

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君と僕の物語

ランティスにて③

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 翌日、あれほど気落ちしていたグノーは少しだけ元気を取り戻していた。
 ただ、それが彼の強がりだと分かっている僕は彼を外に連れ出すのが少し怖くなっていた。
 この街ではどこで何があるか分からない、僕にはバース性の人間の判別もできない、また昨日のように暴言でも吐かれたら、グノーだけではない自分もそれは怖いのだ。
 グノーは「お前は俺が守るから」と相変わらず僕には優しいけれど、この優しい人に辛い想いをさせるのは本位ではなかった。
 そんな想いを汲んでか知らずか、ナダールさんは僕達を彼の家の中にある剣の訓練場に連れて行ってくれた。
 途端にグノーの様子が生き生きとしだしたのには笑ってしまう。
 うん、本当にグノーは戦うのが好きなんだね。
 グノーは強い、相変わらずの手並みでナダールさんを軽々と負かせてしまって、ナダールさんも呆然としている。
 その細腕からどうやってその技繰り出してるかって思うよね、うん、分かる、僕も出来るようになれたらいいんだけど、ちょっと今の二人の間に割って入るのは無理かな。
 口を開けばナダールさんに突っ掛かっていくグノーだったが、剣を交えるのはとても楽しいようで、その日は1日二人はそこで楽しげに剣を交えていた。
 ううん、やっぱり嘘はよくない、グノーは凄く楽しげだったけどナダールさんは途中で完全にへばってた。
 ごめん、僕それには付き合えないから、ナダールさん頑張ってと心の中で応援するしかできなかったよ。

 数日をそんな感じで過していたら、いつの間にかグノーの様子も元通りの元気な様子に戻って、僕は僕でナダールさんの弟のマルクが同い年って事もあっていつの間にか彼と色々な話をするようになっていた。
 マルクには大好きな彼女さんがいるんだって。

「ホントにナディアは美人なんだよ。でも可愛くてさ、大好き」

 マルクの彼女自慢は一度始まると止まらない。
 延々惚気られるのが分かっているからだろうかナダールさんの表情が渋い。
 「もう少し騎士団員としての自覚を持て」と注意を促すナダールさんの言葉を聞き流して、マルクは大好きな彼女の話を聞かせてくれる。
 僕もエディの話なら負けないくらい出来るんだけど、口も挟ませてくれないんだよね。
 でも僕は彼のその平和な話が好きだった。
 僕自身の事も、王家の事も、Ω性の事も関係ない、なんの他愛もない恋愛話が世界の中心みたいに話すマルクが幸せそうで、僕まで幸せな気分になれたんだ。
 グノーとナダールさんは気が付くと少しだけ仲良くなっていた。
 最初は彼の匂いが嫌だ、怖いと言っていたグノーだったが、いつの間にかそんな事も言わなくなった。
 その日は相変わらず僕とマルクはナディアさんの話をしていて、グノーとナダールさんはどこかに出かける話をしているようだった。

「アジェ君も一緒に行きますか?」
「え? どこへ?」

 全く話を聞いていなかった僕は首を傾げる。

「え~もっと俺と話そうよ。アジェは俺の話嫌がらずに聞いてくれるから好き。もう皆聞き飽きたって顔して聞いてくんないんだもん」

 マルクが僕に抱きついて来る。
 なんだかマルクにはすっかり気に入られたみたい、僕同じ歳くらいの友達少なかったからこれはこれでちょっと嬉しいんだけどね。

 グノーとナダールさんはそれならと二人で連れ立って出かけてしまった。
 あれ、でもあの二人、二人きりで出かけるのこれが初めてだよね? 大丈夫かな?

「なぁ、ところでアジェはなんでうちに来たんだ? いつまでいんの? 俺はいつまででもいいけど、帰らなくて大丈夫なの?」
「うん、まだしばらくはここにいるよ。僕ここでやりたい事があるんだ」

 なになに? と興味深々で聞いてくるマルクに僕は自分にそっくりだと言われている王子に一度会ってみたいのだとそう告げた。

「王子ってエリオット王子? そういえば俺等と同い年だっけ? 言われてみたらアジェは少し王子に似てるな。俺はあんまりちゃんと顔見た事ないけど、ナディアは城勤めだから驚くかも」
「ナディアさんってお城で働いてるんだ」
「そうだよ、城勤めでついでにエリオット王子付きの侍女だから本当に似てるならびっくりだろうな。ちょっと合わせてみたい」
「僕もナディアさんに会ってみたいな、マルクにたくさん話し聞いたからなんだかもう友達みたいな気分だよ」
「ナディアはあげないぞ」
「盗らないよ、安心して」

 マルクとの会話は小気味いい、ぽんぽん会話が弾むのでいつまで話していても飽きないのだ。

「そういえば今度エリオット王子の誕生日会のパーティがあるんだ、それに忍び込めばエリオット王子に会えたりするかもな」
「誕生日会? それっていつ?」
「来月3日、だったかな。もうすぐ」
「それって、その日が王子の誕生日なの?」
「それはそうだよ、誕生日会だぞ?」

 王子の誕生日、それは即ち自分の本当の誕生日だという事だ。
 僕にも誕生日はあったけどそれは「アジェ」の誕生日で自分の物ではない。
 僕の本当の誕生日、僕もその日に16になるんだ……と少し感慨深い。
 でもよく考えたら僕の誕生日だった日はエディの本当の誕生日だ、それならそれでちゃんとお祝いしないとだね、もうエディには会えないかもしれないけど。

「アジェどうかした?」
「ううん、その日王子の顔見せとかあるのかな? 僕、顔が見れたら満足なんだけど」
「どうかな、ある時もあるし、ない時もあるから分からないな」
「そうなんだ……」
「そんなに見たいの?」
「だって、ここまで似てる似てるって言われたらねぇ……」

 ついでにそのせいで命まで狙われてるんだから、見るくらいしたって罰は当たらないと思うんだ。
 本当は会ってみたいけど、この際そこまでは望まないよ。
 ギマール伯父さんは僕について色々調べているみたいでこの所あまり家に帰っていないとナダールさんは言っていた。
 なんだか迷惑をかけているみたいで申し訳ない。

「まぁ、いいや。とりあえず王子の顔見る前に、明日ナディア仕事休みだから一緒にナディアに会いに行こう、ナディア絶対驚くぞ。うひひ、楽しみ」
「僕もナディアさんに会うのは楽しみだな」

 そこでやっぱり「あげないから」「盗らないよ」の会話をして、僕達は笑う。
 なんだか本当に平和、こんな平和な生活が続けばいいけどいつまでもデルクマン家にお世話になっている訳にもいかないもんね、少しは今後の身の振り方も考えないと。
 グノーと一緒に旅に出る、それはいいとしてもどこに行くかも決めていないし、今後の生活を考えたらお金を稼ぐ方法も考えないといけない。
 そう思った時に盗賊から逆に奪うというのは割と効率的な方法だったなと思ってしまうあたり、僕は少しグノーに毒されているのかもしれない。
 定住して仕事を探す、それが一番手っ取り早い金の稼ぎ方だけれど、僕達がこんな都会で暮らすのはやはり少し生き辛い。かといって何処かへ定住する宛てもない。
 旅は楽しかったけれど、いずれ自分にも発情期はくるだろうし、それはグノーも同じ、一人でいるよりは身を守る術は増えるかもしれないけど、その時に籠れる場所がないと番を持たない僕達Ωは身を守る術がない。
 グノーはいつもどうやってやり過ごしているのか今度聞いておかないと……なんて考えていたらグノーとナダールさんが帰ってきた。そこまで遠出した訳じゃなかったんだね。
 「おかえり」と二人を迎え入れるとマルクは嬉々とした様子で僕がエリオット王子に会いたいのだという話をナダールさんに話し始めて、誕生日会に忍び込む話までし始めたのでナダールさんはまた渋い顔になる。

「お前は……警護の人間が不審者連れてどこに行くって言うんだ!」

 ですよね、その通り。
 なおも食い下がるマルクにナダールさんは呆れたような顔を見せて、僕も思わず笑ってしまったのだが、

「それでなくてもその日は私も客人警護の任に着かなければならないんですから、二人は特に家から出るのも禁止です」

 そんな風にナダールさんに言い渡されてしまい、それは知らなかった僕は少しがっかりしてしまった。
 顔見せがあったら、見るくらいできるかと思ったのに……
 それでもグノーは少し思うところがあったのか腕を組んで考え込んでいる風で、なんかこれよからぬ事を考えてそうだな、と僕の直感が囁く。
 それはナダールさんも同じだったようで

「私が駄目と言ったことは、やってはいけない事です。城内に侵入するのは不法侵入にあたります、絶対にやってはいけませんよ」

 と、グノーは釘を刺されていたのだが、彼はあまり聞いていなさそうだった。
 彼はこの家があまり好きではない。
 夜もあまり寝られないようで出て行けるものなら早く出て行きたいのだろう、僕はグノーが夜な夜な何処かへ出掛けている事にも気が付いていた、危険な事はしていないと思うのだが何かを企んでいる事は分かっていた。




 その晩もグノーは夜半過ぎに部屋を出て行った。
 剣を担いでいたので稽古でもする気なのか、それともどこか落ち着ける場所でも見つけて出かけているのか、僕にはそこまで彼を束縛する権利もないので黙って寝たふりをして彼を見送った。
 彼が部屋に戻ってきたのはいつもよりも遅く、朝日もすっかり昇りきった頃だった。
 部屋に広がる甘い香り、それは僕にでも分かるほどにはっきりと彼の体を覆っていた。

「おはよう」

 目を擦って今起きたばかりという風を装ってグノーに声を掛けると、彼がびくっと動揺したのが分かった。
 今日のグノーは本当に分かり易い。
 纏っているフェロモン量が尋常ではないのだ、だって僕にそれが分かるほどなのだから。

「あ……あぁ、おはよう。よく寝れたか?」
「うん、グノーは?」
「寝れた、うん。ちょっと顔洗ってくる……」

 そう言って部屋を出て行ったグノーの様子はあからさまにおかしくて、何かあったのだろうと思うのだが、僕はそれを聞くのが怖かった。
 この甘い匂い、尋常ではない量のフェロモン、それはヒート時にΩが振り撒いてしまうフェロモンなのではないかと僕でも分かってしまう。
 でもグノーは自分のヒートはまだ先だと言っていた、だとしたら考えられるのはこの匂いは彼が誰かと愛し合った証拠。
 やはりナダールさんがグノーの「運命」だったのだろうか。
 それとももっと全然違う誰かと?
 だが、αを嫌っている彼が自発的にそんな行為に及ぶとも思えず、何かがあったのだと察する事はできてもそれを僕は彼に尋ねる事が出来なかった。


 グノーが誰かを愛してしまえば、僕はまた一人になってしまう……


 それはとても恐ろしい想像だった。
 今の自分には誰もいない、傍に居てくれたのはグノーだけだったのに、その彼すら自分から離れて行ってしまったら……
 一人で生きるつもりで家を出てきたのに、自分はなんて弱いのかと自嘲の感情しか出てこない。
 エディに会いたい、会いたくて仕方がない。
 手を振り払ったのは自分なのに、それでも傍に居て欲しいなんて虫が良すぎる。
 相棒の幸福を祝福してあげたい気持ちはもちろんあるのだけど、今はまだそれを素直に言葉にする事ができない僕がそこにいて、泣いてしまいそうだ。

「アジェ、飯だってさ。マルクが呼んでる」

 顔を洗って戻ってきたグノーからはもう甘い香りはしなかった。
 それに少しほっとしてしまった僕は凄く嫌な奴だと思う。

「分かった、すぐ行く」

 着替えて朝食の席に着くと、そこにナダールさんの姿は見えなかった。
 そして、何故かデルクマン婦人はずっとご機嫌でにこにこしていた。
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