運命に花束を

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君と僕の物語

ランティスにて①

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 ナダールさんの家に着くと、彼の家族は僕達を温かく迎えてくれた。
 元来バース性の人間は子供を授かり難いというのが定説なのだが、ナダールさんにはとても兄弟が多かった。彼は6人兄弟の長男なのだそうだ。
 そういえばブラックさんの所もエディの下に4人いた。エディは兄弟ではなかったとしても4人兄弟だ、あまり定説はあてにならないのかな? と首を傾げる。
 グノーはナダールさんの匂いは強いと言っていたのでそれは伯父のギマールにも当て嵌まる可能性はある、もしかするとフェロモンが強い人は生殖能力も高いのかもしれない。
 肝心の伯父はまだ仕事で帰宅していなかったのだが、伯母は領主様夫妻とは仲が良かったようで、色々な話を聞かせてくれた。
 昔領主様がランティスに留学に来て、奥方様を見初めて連れ帰ったなんて馴れ初めを聞いていた頃、グノーがナダールさんに声を荒げているのに気が付いた。
 グノーは気が短い。相手がαとなれば余計にだろう。

「グノー、どうしたの?」

 慌てて駆け寄ると、彼はなんでもないとそっぽを向き、ナダールさんは困ったような表情でこちらを見やった。

「グノー、黙ってたら分からないよ、僕に教えて」

 そう畳み掛けると彼はおずおずとこちらを見やる。
 いつも強気な彼が少しだけ戸惑っている様子で、僕はその頬に手を伸ばした。
 尚もなんでもないと言い募る彼だったが、その態度は明らかにおかしい。どうにも目の前にいるこの従兄弟にグノーは動揺している気がしてならない。
 その瞳を覗き込むようにすると、彼は怯えたように「向こうで話そう」とそう言った。
 戸惑った表情のままのナダールさんに礼だけ述べて僕はグノーの手を引いた。

「どうしたの、グノー? 何かあった?」
「俺、あいつ嫌いだ。ここは嫌だ、怖い」
「怖い? なんで? みんな良い人だよ? ナダールさんだって、別に悪い人には見えないけど」

 グノーは自分の言葉にすら戸惑っている様子で、それはこの旅の間一度だって見た事のない彼の気弱な様子に首を傾げた。

「αの匂いが凄く強い。抗ってないとおかしくなりそうだ……」
「え? そんなに? 僕全然分からないんだけど、もしキツイようならやっぱりお世話になるのやめて宿とる?」
「いや……そうだな、俺だけでも外出た方がいいかも。金はお陰さまでそこそこあるし」
「今の状態のグノーを一人になんて出来ないよ。グノーが出てくなら、僕も一緒に行く。これヒートではないんだよね?」
「ヒートとは違う。けど、なんかよく分からない感覚で、俺にもこれがなんなのか分からない」

 彼の手は少し震えていて、本気で怯えているのが分かってしまい僕まで困惑した。
 何もおかしな所はない普通の家だ、なのに何がグノーをそこまで怯えさせるのか分からなかった。

「今晩だけお世話になって、明日になったら宿探そ?」

 グノーは微かに頷いた。
 震えるその手を引いて通してもらった客間へと戻る。僕はグノーにベッドで少し休みなよと彼を横にさせてその頭を撫でた。
 その時初めて僕は彼の首に付けられたチョーカーに気が付く。
 Ωはαに項を噛まれてしまうと否が応にも番にされてしまう、そういう事態を避ける為に自衛の意味でチョーカーを嵌めるのはよくある事で、僕はグノーのそれもきっとそういう物なのだろうなとそう思ったのだ。

「僕もこういうの付けた方がいいかなぁ」

 何気なくそれに触れると、彼はばっと身を起こして後ずさった。

「え? 何……?」
「あ……いや、触られるのあんまり慣れてなくて……」
「あ……そっかごめん! そうだよね、僕達にとってみたら凄く大事な場所だもんね、無闇に触っちゃ駄目だった」

 自分は田舎育ちで周りにαもほとんどいなかったし、ここ十年は常にエディが僕の事を守ってくれていたから、そんな風に警戒しないといけないのだという事をすっかり忘れていた。
 それを思うと自分はずいぶん無防備に急所を晒している物だと急に怖くなる。
 しばしの沈黙、先に口を開いたのはグノーだった。

「アジェはこんな首輪付けなくてもいいよ。俺がお前を守るから」
「でも、都会は危険なんだよね?」
「長居するつもりはないんだろ?」

 確かにそれはその通りで、僕は小さく頷いた。
 首に嵌めるその防具はΩにとっては一長一短で、確かに身を守る為には役立つのだが、それを着けている事で自分がΩである事を吹聴して回るような所もあり、フェロモンをほとんど発しない、限りなくβに近い僕はβに擬態していた方が余程身を守れる可能性は高いのかもしれない。
 ただ自分にヒートはまだきた事はないが、そんな時に何も身を守る術がないというのは恐ろしくもある。

「この首輪は俺たちΩを縛る鎖だ。嵌めなくていいなら、やらないに越した事はない」
「じゃあなんでグノーはそれをしてるの?」
「外れないんだ。鍵を無くしちまってな」
「え? それって凄く困るんじゃ……」

 グノーは少し顔を伏せた。

「俺は番を持つ気はないからいいんだよ。でもお前は違うだろ?」

 僕だってエディ以外のαとなんて番う気はないんだけどな……

「アジェは俺と一緒に居てくれるんだろう? だったらお前が番う相手を見付けるまで、俺がお前を守ってやるよ」
「それってきっとずっと一生だよ?」
「それならそれで望む所だ」

 Ω同士でずっと一緒に? それってなんだかもう僕達二人が番みたいなものなんじゃないのかな?

「ずっと一緒に居てくれるの?」
「お前がそう望むなら」

 瞬間顔が赤くなる、何これなんだかプロポーズみたい。
 どうしよう、僕すごくどきどきしてる。
 だってグノーすごく綺麗だし強いし格好いいし、そんな人にそんな風に言われたら僕どうしていいか分からないよ。
 あわあわとうろたえている所に部屋の扉がノックされた。

「はい、どうしました?」

 慌てて部屋の扉を開けるとナダールさんが伯父さんの帰宅を教えてくれた。
 伯父が僕達に会ってもいいと言ってくれていると言うので、そちらに向かおうとしたら、なんだかグノーが胡乱な態度でナダールさんに絡んでいく。

「あんたも一緒?」
「え?」

 お前は付いてくるなと言わんばかりの態度を前面に出してグノーは言う。
 何故そんな風に言われるのか分からないナダールさんはおろおろと僕とグノーを見やった。

「あんま聞かれたくない話があんだけど、一緒に聞くなら覚悟して聞いてくれる?」

 うん、確かにあんまり聞かれちゃ不味い話ではあるけど、そんな喧嘩腰にならなくてもいいのに……
 ナダールさんもグノーの態度には戸惑っているのか困惑の表情を浮かべている。
 不都合な話なら席を外すと言ってくれるナダールさんに申し訳なくて、僕はグノーの袖を引いてそんな言い方駄目だよと首を振った。
 なんでグノーはこんなにナダールさんを毛嫌いするのだろう。
 αだからというのは理由の1つだろうけれど、それでもルーンの街ではαであるエディや領主様にこんな態度は取らなかった。

「だって、俺こいつ嫌い。へらへらしてて何考えてるか分かんねぇし、胡散臭い」
「もう、グノー! ごめんなさい、悪気があるわけじゃないんですよ、グノーはちょっと素直過ぎるだけなんで気にしないで下さい」

 グノーの言葉にナダールさんが明らかに落ち込むのが分かって、僕は慌ててフォローを入れるのだが彼は憔悴したような顔で「用があったら呼んで下さい」とその場を去って行ってしまった。
 大丈夫かな、すごく人の良さそうな人だし、こんな風にあからさまに嫌われる事ってないんだろうな、とその後姿を見送る。
 大きな背中が心持ち小さく丸まっていて、僕はグノーを見上げた。

「そんなにナダールさんの匂いってキツイの? 悪い人じゃないと思うんだけどな、優しいし。僕そういう人をみる目はあるつもりなんだけど、ナダールさんに変な裏や下心はないと思うんだけど、グノーは駄目なんだね」
「なんだかざわざわするんだ、叫び出しそうになるくらい落ち着かない。悪い奴じゃないってのは分かる、けど駄目だ……怖い」

 怖い、それはどんな感覚なのだろう。
 襲われた時の恐怖として「怖い」は分かる、だけどグノーが言っているのはそういうモノではない。
 彼の発するフェロモンを感じて怖いと言っているのだ、フェロモンを感じる事が出来ない僕にはその感覚がよく分からなかった。


 初めて会った伯父はナダールさんと違い少し強面の厳つい男性だった。
 さすがに一国の騎士団長を務めているだけの事はある、その雰囲気は厳格で少し近寄り難さすら感じる。

「息子から聞いていたが本当に王子によく似ているのだな。君がサラの息子か、幼い頃に会った事はあるのだが、さすがにはじめましてと言うべきかな?」
「そうですね。伯父さんがいつ僕と会ったのか分かりませんが、それはもしかすると僕ではなかった可能性がありますので」

 そう言ってにっこり笑うと伯父は少し不審げな表情を見せた。

「父に聞いていないのですね、僕は両親の実の子供ではありません。領主様の実の子供「アジェ」は幼い頃に獣に攫われつい最近まで行方知れずでした、僕はその実の子供が見付かるまで「アジェ」として育てられた子供です」
「……獣に攫われた話しは聞いた事があるが、すぐに見付かったと私は聞かされていたのだがな。ジョゼフの奴め、私に怒られるとでも思って、黙っていたな」
「怒られる?」
「私は妹とジョゼフの結婚には反対でな、妹を嫁にやるのは断腸の思いだった。妹を不幸にするような事があったらすぐにでも取り戻しに行くと常々言い聞かせていたから、あいつは私が怖いのだよ」
「初耳です、でも領主様夫婦はとても仲睦まじいですよ」
「知っている。サラの手紙でもいつも仲の良さが窺われるから安心していたのだが、どういう事なのか説明してもらおうか?」

 僕は事の経緯を説明すると、伯父ギマールはひとつ溜息を吐いた。

「そんな事があったのか、悪かったな。妹は少し心の弱い娘で心配していたのだが、君にも辛い思いをさせたようだね」
「それでも僕はここまで何不自由なく領主様夫婦に育ててもらいました、辛い思いなんてそんなになかった。僕は感謝こそすれ、謝ってもらうような事はひとつもないです」

 そうか……とギマールは優しい瞳で僕を見やる。
 そういう表情をしているとやはりナダールさんと親子なのだなと分かる温和な笑みだ。

「ただ、信じてもらえるかは分からないのですが、話には続きがあるのです」

 言って僕は自分がランティス王家の王子と双子の兄弟である事実、そしてその経緯をギマールに語った。俄かにギマールの表情は険しいものへと変わる。

「それは本当の事なのか?」
「僕にそれを証明する術はありません、ただそう言われたと言うしか僕にはできないのです。僕は兄に会った事がないし、見た事もない。けれど確かにこの顔は王子に似ているとあちこちで言われました。伯父さんもそうおっしゃいましたよね?」
「確かにな、君は王子によく似ている。私は王子に会う機会も多い、双子だと言われれば納得もいく。だが君はそれで何故ここへ? 命を狙われているのだろう? ファルスにいた方がまだ安全だったのではないのかい?」
「……そうですね。でも僕は見てみたかったのです、僕を捨てた家族を」
「恨んでいるのかい?」
「どうなんでしょう、別に憎いとは思っていないですけど、なんとなく自分の心に踏ん切りを付けるために僕はここに来たのです」

 そうか……とギマールはまた息を吐いた。

「まだ全部を信じる事は出来ないが、君の話信じよう。私も知らない事が多い、少し時間をくれ、悪いようにはしない」

 伯父はそう言って僕を見やった。
 優しい眼差しだ、なんだか少しエディにも似て、僕は小さく頷いた。

「ところで君はメリアの人間かい?」

 ギマールは僕の後ろで話を聞いていたグノーに目を向ける。

「そうだけど、なに?」
「何故アジェはメリアの人間と一緒にいるのかな? ランティスはメリアとあまり関係が良くない事は知っていると思うが、ここメルクードではその赤毛はあまり歓迎されない」
「そんな事は分かってる」
「グノーは良い人ですよ、僕をここまで守って連れて来てくれたんです。メリア人かもしれないけど、そんな事は関係なく、僕の大事な人なんです」
「そうか、そうなのだな。責めている訳ではないのだよ、ただここメルクードでは言われなき暴言を吐く輩もいるかもしれない、気を付けた方がいい」

 そんなモノには慣れているとグノーはぼそりと呟いた。

「君達は二人共Ωだと息子に聞いていたのだが、二人共あまりΩの匂いはしないのだな。むしろαの匂いが鼻に付くんだが、君達は二人共番持ちなのかい?」
「いいえ、僕達に番相手はいません。僕は元々あまり匂わない体質なんです」
「俺は薬のおかげだな。このαの匂いは知人の物だ、匂いが強い奴で重宝に使わせてもらってる」
「そうか、番相手のいないΩの二人旅は大変だっただろう。何も特別なもてなしは出来ないがゆっくりしていってくれ」

 ギマールはそう言って笑みを見せた。
 疑われても不思議ではない話を伯父は信じてくれて僕はほっとした。
 グノーもナダールさんに見せるようなつんけんした態度を伯父に見せる事はなく、安心した。

「信じてくれて良かったね、グノー」
「どうなんだろうな、まだちゃんと信じてくれたかどうかなんて分からないぞ。むしろあの人が敵側だったらお前どうすんだよ?」
「え? そんな事考えてもなかったけど、そんな事ってあるかな?」

 グノーは態度は大人しかったが、心の中では警戒を怠ってはいなかったらしい。

「まぁ、なんかあの人は大丈夫そうな気がするけどな」

 グノーは気を抜いたようにそんな事を言う。

「ナダールさんに対する態度とえらい違うんだね、僕にはよく分からないんだけど、人のフェロモンってそれだけでそんなに色々な事が分かるものなの?」
「あぁ、そうだな。感情の動きはある程度分かる。あの人は嘘をついてるような匂いはしなかった、それにあの人の匂いは息子とは違う」
「ナダールさんの匂いそんなに嫌いなんだ?」
「体質的に受け付けないんだと思う。あるんだよな、一目見てこいつ駄目だって思う事。その勘はほとんどはずれない」

 そんなものなのかと僕は首を傾げた。
 僕にとっては二人共同じようにいい人で、違いなんて分からない。僕はやっぱりΩとしては欠陥品なんだと改めて思う。
 その夜は僕は久々の寝心地の良い寝床で、すぐに眠りに落ちてしまったのだけど、グノーはあまり寝られない夜を過した様子で、その証拠に僕が目覚めた時のグノーは苛立ったように機嫌が悪く、これは本当に駄目なんだなと少し困惑してしまった。
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