運命に花束を

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君と僕の物語

イリヤにて①

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 深夜、クロードも寝入った頃、俺は考えなくてもいい事をつらつらと考え出してしまう。
 クロードとの珍道中は既に一週間ほどが経過していた。それは即ちアジェが家出をして一週間が経っているという事だ。
 思えばこんなに長い事彼と離れ離れで過す事は、出会ってから一度もないのだ。しかも自分の目の届く範囲で待っていてくれるならともかく、現在彼は行方知れず。焦燥感は募るばかりだ。
 悔しい話だが領主様の館からアジェが消えたと同時に父の友人、グノーも一緒に消えていた。彼は恐らくアジェと一緒に行ったのだとそう思う。
 更に悔しい事に彼が強いのは自分の目で確かめて知っている、だったら彼がアジェと一緒にいてくれる事はなにより心強かった。
 それでも何故その旅の供に彼ではなく自分を選んでくれなかったのかという思いはあるが、今はそれを言っても仕方がない。
 こちらはまもなくイリヤに着くが、アジェがメルクードに向かったのならまだその道程は道半ばのはずだ。なにせルーンからイリヤへの道程よりメルクードへの道程の方が遥かに長い。
 アジェは恐らく徒歩で移動している、一方こちらは馬。飛ばして行けばまだファルス国内で追いつけるかもしれない……だがここで頭を掠めるクロードの存在。
 ここで自分が消えたらこの人困るんだろうなぁ……
 最初の印象のまま、悪感情で過せていられれば罪悪感も減ったのだが、如何せん子供のような彼の中身を知ってしまえば放って行くのはなんとも忍びない。

「会いたいです、アジェ様」

 膝を抱えて彼を想う。
 いつでも笑っている彼だが、本当はそんなに強くはない。泣きたい時こそずっと笑顔で、それが見ていてとても辛いのだ。
 今も笑っているのだろうか、それとも一人で泣いている?
 同じΩ同士、気を許しあったような所のあったグノーはアジェの心の機微に気付いてくれるだろうか?
 都会はαの数も田舎に比べて桁違いに多い、旅慣れている様子のグノーが一緒だから大丈夫だと信じているが、まだ発情期が来たことのないアジェにいつそれが来るか分からないのにも不安は募る。
 自分の知らない所で、自分の知らないαに番にでもされたらと想像に背筋が凍える。
 早く、一刻も早くこんな野暮用は片付けてしまわないといけない。
 一体国王陛下が自分に何の用があるかは知らないが、どうでもいい用件だったら国王様相手でもキレてもいいだろうか。
 いやいや、カルネの剣を帯刀している今、そんな事をすれば領主様に迷惑がかかる、ここは大人しく……できればいいが。
 大概自分は気が短い事は自分でも分かっている。それでもアジェといる事でずいぶん丸くなったのだ、だがアジェのいない今、俺のストッパーはどこにもない。
 窓の外を眺めれば白々とした大きな月。
 彼も今この月を眺めてくれていたらいいのに……そんな事を思いながら俺は瞳を閉じた。

 ※ ※ ※

 故郷ルーンの町を離れ十日目、俺達はファルスの首都イリヤへ辿り着いた。だがそこは田舎者の自分には何もかもが桁違いで唖然とするばかりだった。
 まず人口が違う、ざっと道を見渡しただけでルーンの町の全人口より多いのではないかという人々が行きかっている。
 次に建物、大きい、しかも多い。道すがら眺める商店の規模も町とは桁違いでくらくらする。物が多すぎる。

「ぼんやりしていると、はぐれますよ」
「あ、あぁ……分かっている」

 そう答えてはみたもののあまりの人の多さに道を歩くのですら困難だ。クロードはそんな人の波をすいすいと抜けて歩いていくが、自分はその勝手が分からない。すれ違う人、もたもたする自分に焦れたのか後ろから追い抜いていく人、そんな人々の波に揉まれて俺はクロードの後を追うので精一杯だ。
 そうやってしばらく歩いて行くと、一本道を入っただけだと思うのだが、突然人並みが途切れた。

「助かった……」

 ほっとしてそんな言葉を漏らすと、クロードはこちらを向いて淡々と述べる。

「ここから先は一般の方は立ち入り禁止です、ぼやぼやしているとあなたも警備の者に追い出されますよ」
「え? そうなんですか?」

 一体どこにそんな境界線があったのかまるで分からなかったのだが、確かにその境界はあったのだろう、そこは先程に比べて格段に歩きやすくなっていた。
 俺はこれまで自分を他人に劣った人間だと思った事はないが、そこは今まで生きてきた世界とはまるで世界が違いすぎて、どうにも自分が小さな人間になったような気分にさせられる。
 クロードは相変わらずの無表情ですたすたと先を歩く、おそらくこの辺りは彼にとって庭同然なのだろう。
 閑静な道の両脇には個人所有とは思えないような大きな屋敷が点在しており、あれだけの人口がいるのだから住宅事情は悪そうなのに、ある所には土地はあるんだなと変な感心をしてしまった。

「さぁ、着きましたよ」
「はぁ、ここは?」
「私の住まいです」

 言われて見上げた家は、家というには桁違いに大きく、屋敷と呼ぶに相応しい佇まいをしていて唖然とした。

「クロードさん一人暮らしって言ってましたよね?」
「そうですが、何か?」

 クロードの屋敷はルーンの町で一番大きい領主様の館よりもよほど大きくて眩暈がした。いくら金持ちだからと言っても単身で住むにはいささか大きすぎるのではないかと思われる屋敷に溜息しか出てこない。
「私は国王陛下に帰還の挨拶に行って参ります。エディ様は今しばらく我が家でお寛ぎくださいますようお願いいたします」
 そんな寛げと言われても、俺は一体どこで寛げばいいのかまったく分からない。
 クロードは帰宅とともにどこからか現れた執事に何事か話しかけ、俺が呆然と屋敷を見回している間にどこかへ消えてしまった。

「……様、エドワード・ラング様?」
「あっ、はい?」

 名前を呼ばれて慌てて振り返ると、そこには老齢のいかにも執事といった風情の男が一人にこやかに立っていた。

「私、マイラー家の執事を勤めさせていただいておりますハウスワードと申します。もしよろしければお部屋にご案内させていただきますが、如何いたしますか?」
「あ、はい、よろしくお願いします」

 ハウスワードはにこやかだが妙に迫力のある男だった。妙な威圧感に圧倒されて俺の言葉尻は小さくなる。
 彼はくるりとこちらに背を向けると「こちらです」と屋敷を奥へと進んで行った。すでに家の中で迷子になりそうな広さだ、案内された部屋も案の定と言うかやはり広くて渇いた笑いしかでてこない。この部屋絶対俺の家より広い。

「こちらでよろしいでしょうか? もしご不満があるようでしたら別の部屋もご用意できますが」
「充分です」

 むしろ部屋の方が俺を選ばないのではないか、という圧倒的場違い感にもう笑うしかない。

「それでは御用がございましたら、そちらのベルでお呼びください」

 ベル……領主様の館ですらそんな物は無かったというのに、なんなのだろうこの別世界は。
 とりあえず近くにあったソファーに座ってみたら、あまりの柔らかさに体がもふっと沈んでしまった。どうしよう、これは本当に落ち着けない。
 イリヤの街並みも凄かったが、クロードの屋敷はそれを遥かに超えてきた。確かにクロードが貴族の子息である事は旅の道すがら聞いて分かっていた。だが、しょせんは次男、跡継ぎでもないし家は出されて一人暮らしと聞いていたので、よもやこんな豪邸は想像していなかったのだ。
 貴族と言えば自分の基準は領主様で、せめて領主様の館くらいのサイズ、もしくはもう少しこじんまりした家を想像していただけに動揺を隠せない。
 これはクロードの家の地位が相当高いという事なのか、それとも都会で貴族をやるのならこれくらい当然なのだろうか?
 なんにしても居たたまれない。だがちょっと待て、じゃあ王の住まう城ってのはもっとでかいのか? なんだかもう想像が追いつかない。
 ここは自分の居場所ではないと一度思ってしまえばもう座っていても、立っていても、寝転んでいても居心地は悪くて溜息を吐いた。

「ちょっくら探検にでも出てみるか……」

 陽はまだ高い、多少外出するだけなら迷子になる事もないだろう。俺は窓から周りを見渡すとその窓枠を乗り越えて外へと踏み出していた。

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