運命に花束を

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君と僕の物語

もうひとつの旅立ち①

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 俺、エドワード・ラングは書き置きひとつ残して家出したアジェを追いかけて「アジェを追いかけて旅に出ます!」とルーンの町を飛び出した。
 いや、飛び出したかったのだが、何故か今俺はファルス王国首都イリヤへ向かう道程で馬上の人となっている。
 まったくもって不本意だ。

 どうにも不機嫌を露にした顔付きで道行く人を怖がらせようと、これは俺の責任ではないはずだ。
 俺の隣では涼しげな顔で一人の騎士がやはり馬を走らせている。どうにも当り散らしたいのだがこの人物、人の話を聞いているのかいないのか表情ひとつ変わらない。
 彼の名はクロード・マイラー。
 ファルス国王の使者を名乗る彼がカルネ領主の館に現れたのは、アジェが家出をしたまさにその日、そして俺がアジェを追いかけ飛び出そうとしていたまさにそんなタイミングだった。

 

「私、ファルス国王の使いで参りましたクロード・マイラーと申します。エドワード・ラング様及びアジェ・ド・カルネ様を国王の下にお連れするようにと仰せつかっているのですが、あなたはエドワード様ですか? それともアジェ様ですか?」

 荷物を掴んで館を出ようとしたその時、領主様に呼ばれ行ってみれば、そこには形容しがたいほど綺麗な顔立ちをした男が立っていた。
 ふわふわとした栗色の髪に涼やかな目元、黙って立っていれば等身大の人形が立っているのではないかと思うほどの美貌の持ち主、それがクロードだった。

「私はエドワード・ラング。名指しで国王に呼び出されるような事をした記憶はないのですが、一体何の御用ですか?」

 今は一刻を争う時だ、用事ならさっさと済ませてアジェの後を追いたいのに、彼はそんな事は知りもしないので涼しげな表情を見せる。

「アジェ・ド・カルネ様はいらっしゃらないのですか?」
「アジェ様は外出中です、私も後を追いたいので、用件は手短にお願いしたいのですが……」
「これは困りましたね。私は御二人を連れてくるよう命を受けて参ったのですが、アジェ様はいつお戻りになられますか?」

 それが分かれば苦労はしない! それ以前にどこに行ったのかも分からないのだ。いや、今ならまだ匂いで追える可能性がある、一分一秒でも早く俺を解放しろ! と叫びたい心の内を隠して「それは分かりません」とだけ答えるとクロードは少し考え込むように小首を傾げた。
 けれどその動きに表情は付いてこないので、それはまるでからくり人形が動いているようでもあり、綺麗なだけに逆にとても気味が悪かった。

「私は御二人を連れて来るようにと国王陛下より命を受けているのですが……」

 くそっ、だからなんで国王陛下だよ。俺は国王に呼び出されるような事はしていない! 訳も分からず足止めされて、怒りも手伝い、つい心の声が荒くなる。それを押し殺して努めて冷静に受け答えをするのだが、不機嫌はかなりはっきり顔に出ているはずだ。それでも人形のような騎士様の表情は変わらない。

「あなたはカルネ領主様の御子息ですよね?」
「私はカルネを名乗るつもりはありません、カルネの子息はアジェ様だけです」
「私は御二人共が御子息だと聞いて参ったのですが、どういう事でしょう?」
「どうもこうもない、私はブラック・ラングの息子、エドワード・ラング、それ以上でもそれ以下でもない」
「それは聞いております、でも実際は領主様の御子息なのですよね?」
「それはそうなんだが……っていい加減まどろっこしい! 本当にあなた何なんですか! アジェ様は今朝家出をされて私はそれを追わないといけない、あなた、ましてや国王陛下にかかずらってる場合じゃないんですよ!」
「家出……それは困りましたね」

 困ったと言いながら、あまり困った表情も見せずに彼が言うので、どうにも怒りが募る。
 もうこの際敬語なんかどうでもいいわ!

「どこに行かれたのですか?」
「それが分かれば苦労はしない!!」

 怒りと焦りが臨界突破しそうだ。

「申し訳ないのですが今ここにアジェ様はいない、そして私はそれを追いたいのです、いい加減解放していただいてよろしいですか?」
「それは困ります」

 なんでだ! と怒鳴りたいのを我慢した俺は自分の忍耐を褒めていいと思う。

「これは国王命令です、国民には国王の命に従う義務がある」
「そんな義務知った事じゃない」

 ほう、とクロードの表情がごくわずか動いた。

「重ねて申し上げますが、これは国王命令です。命令に背けば国王陛下はこのカルネ領を領主から奪う事も出来るのですよ?」

 脅しか! 人形みたいな顔をしてえげつない事言い出した。
 ぎりぎりとそのお綺麗な顔を睨み付けても彼の表情は変わらない、くそぅ。
 ひとつ息を吐いて怒りを静める。自分の非礼でカルネ領主様の立場が悪くなるのは本位ではない。理不尽だろうとなんだろうとここは大人になれ自分、と呪文のように自分に言い聞かせる。

「……用件はなんなのですか?」
「私はあなた方二人をイリヤへとお連れするのが務め。用件は国王陛下自らあなた方にお伝えすると思います」
「ですが、アジェ様は現在ここにはいないと先程から何度も申し上げております」
「そうですね、困りました。なので取り急ぎあなただけでもお連れするのが私の職務です」
「はぁ⁉」

 心の声のつもりだったが、それは声に出ていたかもしれない。
だが美貌の騎士様の表情は微動だにしなかったので、どのみち気にはしていないだろう。

「すぐに支度をしてください。国王陛下がお待ちです」
「なんで私が……」
「国王命令は絶対です」

 これでいて怒っているのかクロードの顔は相変わらず無表情で断固として意志を変える気はなさそうなそうなその様子に溜息を吐いた。だが、アジェのいない間にカルネ領に何かあったらそれはそれでアジェが悲しむ。

「……分かりました、参りましょう。その代わり用が済んだらすぐに解放すると約束いただけますか?」
「それは私が約束していいものかは分かりませんが、用事が済みさえすればいいのではないでしょうか?」
「言質取りましたからね、約束ですよ」

 ふむ、と彼は無表情なまま首を傾げた。
 だから見ため人形すぎて怖いからやめろ、その首取れるんじゃないかとか思っちまうだろ!

「まぁ、いいでしょう。すぐにでも発ちたいのですが、ご都合はよろしいですか?」

 都合なんかいい訳ないが、旅に出る準備は都合のいい事に整っている。せめて領主様には伝えて出たいと申し出て、俺は一度その場を離れた。
 疲れる……なんなんだあの男。
 領主様は俺が赴くと自身の私室で物思いに耽っており、部屋に入ると少し疲れた表情で顔を上げた。それはそうだろう、ここ数日で訳の分からない事が立て続いている、自分だってこの流れがどこに向かっているのかさっぱり分からない。

「あぁ、エディ。国王陛下からの使者は君になんの用だったんだい?」
「よく分かりません。ただ国王陛下が私とアジェ様を呼んでいる、とそれだけです」
「君とアジェを? 国王陛下はアジェの事を知っていたのか?いや……そんな事もあるまいに……」
「とりあえず、行ってみない事には何も分からないようなので私一人で行って参ります。もし万が一アジェ様がお戻りになられましたら、私はアジェ様を追わなかったのではなく、追えなかったむね、重々お伝え下さい」
「あの子は戻ってくる意志があるのだろうか……一度決めたら意志を曲げない頑固な所がある子だから……」

 領主様と顔を見合わせてお互いつい溜息を吐いてしまう。

「もしかしたらアジェはランティスの首都メルクードに向かったのかもしれない。あそこには私の妻の兄、つまりは君にとっては伯父にあたる人物が暮らしている。アジェもそれは分かっているはずだ、もし行くとしたらまずはそこを尋ねて行くのではないかな」
「メルクード……」

 今から自分が向かおうとしているイリヤとは完全に逆方向だ。

「エディ、君にはこれを渡しておこう。田舎貴族の紋章など持っていてもたいして役には立たないかもしれないが、貴族としての名が役に立つ場面があるのならカルネの名は自由に使って貰って構わない」

 そう言って領主様はカルネ家の紋章の入った剣を一振り手渡してくれた。

「これは……」
「アジェに渡す予定の物だったのだがな、渡しそびれてしまった」
「そんな物なら私は受け取れません」
「アジェを見付けたら渡してやってくれ、それまではお前が持っていればいい。義兄には手紙を出しておく、もしお前もそのままイリヤからメルクードに向かうのならこの証書を持って行くといい、多少の役には立つだろう」

 そう言って領主様はカルネ領主の子息としての俺の身分証を手渡してくれた。

「こんな物、恐れ多くて受け取れません」
「私にはこんな事くらいしか出来ないのだから、せめてこれくらい受け取っておくれ」

 領主様は少し寂しげにそう微笑んだ。

「気を付けて行ってくるんだよ」

 その優しい言葉はアジェにこそ与えて欲しかった。
 アジェは馬鹿だ、こんなにも心配して見守ってくれている人がいると言うのに……

「絶対無事にアジェ様をここへ連れて戻ってきます」

 俺の言葉に領主様は静かに頷いた。


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