運命に花束を

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君と僕の物語

僕の話①

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 幼い頃に出会った彼はとても頼もしい僕のヒーローだった。

『俺はお前の特別らしい。だったら俺が守ってやるよ』

 泣いていた僕の前に突然現れた彼は、そう言って僕に手を差し伸べた。その瞬間からエディは僕だけの騎士ナイトになったのだ。

 僕の名前はアジェ・ド・カルネ、一応このルーンの街を含めたこの辺りの領地カルネ領を治める領主の一人息子だよ。とは言っても実は僕、領主様の本当の息子ではないんだけどね。
 領主様の本当の一人息子「アジェ」は幼い頃に獣に攫われ行方不明になっている。
 攫われたタイミングと重なるようにして捨てられていた僕を領主様の奥様が錯乱状態で「アジェ」と呼んだので、僕はその日から「アジェ」になった。
 幼い頃はそんな事も知らなかったのだけど、人の口に戸は立てられず、いつしかその話は僕の耳に入り、今となっては誰もが知っている公然の事実だ。
 それでも領主である父は「お前は私の子だよ」と公言していて、だから僕は領主の息子として今もこの地に暮らしている。
 初めてその話を聞いた時にはさすがに泣いたりもしたけれど、そんな時は必ず僕のヒーローであるエディが傍にいてくれた。
 エディは何を言うわけでもないけど、僕が泣きたい時にはいつでも傍に居てくれる。口数はけして多くない彼だけど、それには何度も救われてきた。
 でも最近僕にはひとつの不満がある。

「アジェ様今日の予定は……」
「エディまた僕の事様付けで呼んだ、嫌だって何度も言ってるのに」

 少し睨み付けるようにそう言うと、彼は決まっていつも少し困ったような顔をする。
「けじめですから」とそう言う彼は今ではすっかり公私共に僕のパートナーとなっているのに、出会いから十年が経ちそんな関係になっていても、二人の間にはよく分からない距離を感じている。
 最近エディは僕の事を「アジェ様」と敬称付きで呼ぶのだ。
 幼い頃は彼の方が年上な事もあり、呼び捨ては当たり前だったし、遊ぶ時にも引きずり回される感じでいつもぐいぐい引っ張って行ってくれたのに、何故だが最近彼はいつでも僕の後ろを一歩下がって付いてくる。
 二人の関係は私的には恋人関係に近いが、公的には領主の息子である自分にエディが仕えるという形になっていて、そんな主従の関係は自分達には関係ないと思っているのに、彼は譲ろうとしない。
 本当はそれが僕は嫌で仕方ないのだけど、それが彼なりの「けじめ」なのだと言うならそれに文句をつけることも出来なかったのだ。でも、せめて二人きりの時くらいそんな関係を抜きにした対等な立場で居たいと思うのは間違っているかな?
 Ωである自分は世間的に軽んじられているのは分かっている、それをαであるエディが立てる事で世間に僕を認めさせようとしているのだとそう思うのだけど、別に僕はそんな事は望んでなんかいない。
 僕は領主の息子としてこの家にいるけど、自分がこの家の本当の息子でない事も今となっては分かっている。だったら自分はΩとして優秀なαを跡継ぎとして迎えて、その人の子を残しこの家を守っていくのが自分の責務だと言う事くらいは理解しているのだ。
 誰も僕に期待なんかしていない。一方で、エディは市井育ちで身分は低いが仕事は出来るし、行動力もある。
 人を引っ張っていくだけの魅力を持ち合わせた彼に父である領主からの信頼も厚い、だったらエディが僕に対してそんなに主従を前面に出した頑なな態度をとる必要などどこにも見当たらないと思うのに、生真面目なエディはその点を全く譲ろうとしてくれない。

「本当にエディは頑固なんだから」
「何か言いましたか?」

 僕はなんでもないよ、と舌を出す。
 それでもまだこの時、僕はエディとは対等な立場でいられると思っていたんだ、あの事件が起こるまでは。



 それはある日突然やってきた。仕事も終わりエディも自宅へと帰って行った夜更け、父に今まで見た事のない他国からの訪問者があった。
 そもそもそんな夜更けに客が来る予定など聞いていなかったし、何か急な用事なのかと首を傾げながらも自分に関係のない事であるならば首を突っ込む事でもないな、と自室でいつものように寛いでいたら慌しいノックと共にエディが部屋の前に現れた。
 今日の業務は滞りなく終えて何の問題もなかったはずなのにと首を傾げて彼を部屋に迎え入れようとしたら、突然腕を捕まれ「逃げよう」と言われた。
 あまりにも唐突すぎて何が起こっているのか分からなかったのだけど、エディがとても切羽詰ったような表情をしていた事と、いつもはしつこいくらいの敬語と敬称が完全に吹っ飛んでいたので、何かがあったのだと悟った僕はエディの言葉に従った。
 裏口から家を出て、エディは何かに追い立てられているように僕の手を引く。家の表側は騒々しく、何人もの来訪者がいるようだった、それがエディのこの行動と繋がっているのかなんてその時の僕には分からなかった。

「今からどこ行くの? それくらい教えてくれたっていいだろう?」

 訳も分からなかった僕はエディに問う、彼は一瞬「うちに……」と言いかけたのだが、はっと警戒するように辺りを見回し掴んだ僕の手を更にぎゅと握り込んだ。

「誰だ!?」

 エディは暗闇に向かって叫ぶ。誰かがいるのか? だけど僕には何の気配も感じ取れない。
 気のせいなのではないかとエディの横顔をちらりと見やればとても厳しい表情をしていて、僕は言葉が出てこない。
「アジェ、もし何かあったら二手に分かれて逃げるんだ。合流場所はそうだな……隣町の教会がいい、もしはぐれたらそこを目指して。相手は土地勘がない、たぶんいける」
「え? ちょっと……ねぇ、相手って誰? 僕たち誰から逃げてるの?」

 問いかけてもエディの返事はなく、僕はまた腕を引っ張られるままに駆け出した。駆けるのは暗闇の道、聞こえるのはお互いの呼吸音だけなのに、エディが神経を尖らせているのが分かる。そのうち今度は明らかに自分達を探しているような声が後方から聞こえて、それに続いて人の争う声、何が起こっているのか分からず恐怖ばかりが背筋を這い上ってくる。
 なんで自分達は追いかけられているのだろう、エディは事情を知っていそうなのに今はそれ所ではなさそうだし、僕達を探すような声はますます近付いてくる。
 家族は、父さまは無事なのだろうか。もし父にも何かあったらと思うとぞっとした。
 訳も分からないまま嫌な予感に押し潰されそうになっていると、目の前に剣呑な瞳をこちらに向けた男が一人僕達の前に立ちはだかった。エディは僕を背に庇い、その男と相対する。

「どういう事だ! お前たちはアジェを連れ戻しに来ただけのはずじゃないのか?!」
「その子には死んでもらいたいと思っている人間も居るって事だ、子供を斬るのは趣味じゃないがこれも仕事だ、悪いな」

 仕事? 何が? 僕を殺すことが? 連れ戻すって何? 僕は一体どこに連れ戻されようとしてるの? 一体誰に?
 疑問ばかりが頭を駆け巡る。
 その胡乱な瞳の男は躊躇もなくこちらに剣を向け、エディはそれを憎々しげに睨んで僕を背に隠すようにして男を迎え討つ。
 だが、自分を後ろ手に庇っている状態ではどうしてもエディの分が悪く、いつしかこちらに剣を向ける敵の数は増えているし僕は怖くて怖くて泣いてしまいそうだった。
 それでも今が泣いている時などではないことは考えずとも分かる、ぐっと堪えてエディの邪魔にならないように身を隠すのだが、そんな事しかできない自分が歯噛みするほど悔しくて仕方がない。
 エディの手足には斬り傷がどんどん刻まれていくのに、自分には何もできない。剣のひとつも持って出れば良かったのに、そんな事考えもしなかった。
 この平和な街では護身用でもそんな物を持ち歩く必要がないくらいだったから、そんな事は考え付きもしなかったんだ。

「子供相手に大人気ねぇなぁ」

 そんな声が聞こえたのは、エディの手足にもう数え切れないほどの傷が付き、目に見えて血を流し始めた頃だった。

「遅くなってごめん、助けにきた」

 声と共に降ってきたのは一人の男。
 男? 声は確かに男の声だったが、その姿は細身で身軽で、降ってきたと言うのも比喩ではなく本当に空を飛ぶように上から剣を構えて降ってきたのだ。
 微かに薫る、嗅ぎ覚えのある匂い。これはエディの父、ブラックさんの匂い。
 フェロモンを嗅ぎ分ける能力がほとんど無い自分にとって、分かる匂いは二人だけ。エディの匂いと、その父ブラックの物だけが自分が嗅ぎ分けられる匂いなのだが、その男は明らかにブラックではない。
 その男は苦戦していたエディを尻目に次々と敵を打ち負かしていき、その動きは本当に見事としか言いようがなく、それはエディも同じだったようで一瞬エディの動きに隙が生まれた。
 がっ! 肉を斬る嫌な音が耳を掠めた。
 自分の前に立ちはだかるエディの体が傾ぐ。剣が引かれ、そこから赤い鮮血がじわじわと溢れ出して、僕の口から悲鳴が零れた。

「エディ!」
「アジェ、逃げろ! 必ず追いかける、だから今は……」
「でも、エディ、血が」
「いいから逃げろ!!」

 エディの怒鳴り声に反射的に体が動いた。
 今自分がここに居ても何の役にも立たない、むしろ足手纏いなのだと瞬時に理解した。
 逃げ出した背後からはエディの雄叫びのような声が聞こえてきて、振り返ってしまいそうな自分を叱咤する。
 今ここで立ち止まったらエディのやった事がすべて無駄になる、それ位の事は何も分からない自分にでも簡単に分かる事だった。
 隣町の教会、隣町の教会……それだけを心の中で呟いて、暗闇の中を駆け抜ける。走っている内に喧騒は遠のいていったが、立ち止まる事は出来なかった。
 怖い、あれは一体なんだったのか、そして僕を襲おうとした人達は何者なのか、そんな他人に襲われ殺されるような事を自分はした記憶がない。
 エディは無事なのだろうか、アレはどう見ても大怪我だった。瞼の裏に刻み付けられた鮮血に思わず涙が込み上げるが、今は泣いている時ではないと腕で顔を拭う。
 教会に辿り着くとそこはシンと静まり返っていた。小さな町の小さな教会で司祭も常駐している訳ではない本当に寂れた教会だ。
 身を隠すように隅に丸くなる。まだ危険が去ったと安心していいのかその時の僕には分からなかった。
 小さな物音にすら体をビクつかせて、エディを待つ。彼は必ずここへ来ると言った、だったら自分はそれに従うしかないのだ。
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