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運命に花束を②
運命とそしてたくさんの花束⑤
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その日の内に子供達を連れ、グノーとナダールはムソンを後にした。
カズイの息子、末っ子のシキはずっと拗ねたような顔をしていたが、最後には泣きながら手を振ってくれた。
「シキ君は本当にルイと仲良しですよねぇ」
「そりゃあな。あいつ、ルイの事好きだから」
「え?」
カルネ領まで飛翼で戻り、それを片付け馬に揺られ始めた頃には二人の子供達は疲れてしまったのかもう船を漕ぎ始めていた。
「ムソンに住んでた頃さ、よく家の前に花が置いてあったの覚えてる?」
「えぇ、ありましたね。ですが、あれは結局誰の仕業か分からなかったでしょう?」
「言ったらお前怒るかなって思って言わなかったんだけど、あれシキだよ。あとサキも。あそこの三兄弟は皆ルイが好きみたいだな」
「え? 好きって……」
「シキにはルイを嫁にくれって言われた事もある」
「……聞いてませんよ」
「うん、初めて言った」
グノーの言葉にナダールの感情が揺れたのが分かって、グノーは思わず苦笑する。
ナダールがコリーに負けず劣らず娘を溺愛している事は分かっていた、だから何となく今まで言わずにいたのだ。
「いいじゃねぇか、可愛いもんだろう。俺、そういうの知らないから微笑ましくてなぁ……でもお前は複雑だろうと思って今まで黙ってた」
「大人気なく子供に当たりそうだもんなぁ、お前」と笑いながら言われ「そんな事しませんよっ!」と言い切ってはみたものの、内心複雑なナダールは眉間に皺を寄せる。
「いずれはお嫁にいってしまうのですものね……」
「婿にでも貰うか? でも難しいかなぁ」
「誰をですか? シキですか? サキですか?」
「違う違う、ルイが好きなのはまた別の男だからな」
「ちょっと待ってください、聞いてませんよっ!!」
「だから初めて言ってるって言ってんじゃん? 本当はイリヤでお前が帰ってきたら報告しようと思ってたんだけどさ、お前帰ってこなかったから。ルイがイリヤを離れたがらなかった理由がそこ」
「誰ですか!? どこのどちら様ですか!?」
「んふふ……」とグノーは人差し指を唇の前に立てて「ナイショ」と笑った。
「そういえば、パパには内緒ってルイと約束してた」
「わざとですね! わざとでしょう!!」
「ルイの初恋だぞ? 応援するのが親ってもんだろ?」
「応援しますから、誰だか教えてください。そんな中途半端な情報では気になるじゃないですか!」
「どうしようかなぁ……」とグノーは更に笑う。
「本当に勘弁してください。私はあなたと同じくらい子供達の事も愛しているのですよ、このままではストレスで胃に穴が開きます……」
「それは困るな」
もう楽しくて仕方がないという顔でグノーは笑う。そして告げられたのは意外な人物。
「え、それ誰でしたっけ?」
「ブラックの所の次男。あぁ、でもエディを数に入れないなら長男かな?」
それはブラックの十四歳になる息子ジャンで、どうしてそうなった? と驚きを隠せない。
「下の子なら歳も近いので納得いきますけど、上の子ですか? 年齢が離れすぎてやしませんか?」
下の息子ジャックとはよく遊んでいるのを見かけていた。歳も近く仲が良いのも知っていたのだが……
「ジャンが好きな理由はパパみたいに大きいから、だそうだぞ。良かったな、パパ」
「なんだかそれも複雑です」
「さすがにジャンとは歳が離れすぎてて相手にはされてないんだけど、下の子ジャックはルイの事好きみたいでな。うちの子モテモテだぞ」
「聞いてませんよっっ!」
今まで人に妙な執着を持たれるグノーの心配ばかりをしていたが、ここにきてとんだ伏兵にナダールは頭を抱える。
嫁にいくのはまだまだ先の話と高を括ってきたが、意外と時間はそれほど残されてはいないのかもしれない。
「私、今、コリーさんの気持ちが痛いほど理解できましたよ……」
自分の目に適う男以外に嫁になどやるものか……それは娘を持つ親なら誰しも一度は通る道なのだと改めて自覚させられた。
「でも、もし万が一ジャンやジャックの所に嫁にいったら王族かぁ……王族はちょっとアレだから、シキかサキの所の方がいいなぁ」
そうは言っても選ぶのはルイ自身だし、これから出会う男は幾らでもいるだろう。ついでに相手が男とも限らない。ルイはαだ、運命の相手がΩ女性の可能性も否定はできない。
「なんでしょう、なんだかとても不安になってきましたよ」
ブラックの娘ルネーシャのように、突然嫁に行ってしまったらどうしよう。
クロードの妻のようにある日「できちゃった」などと言われた日には相手の男と刺し違える可能性すら否定できない。
「娘を持つ親って、本当に不安なものなのですね……」
溜息を零すナダールにグノーは笑う。
「大丈夫だよ、ルイもユリもちゃんといい人捕まえてくるって」
それでもそんな未来がまだまだ先である事を祈らずにはいられないナダールだった。
その後カルネ領ルーンでの生活は三年続き、開墾・開発事業は大成功、片田舎のカルネ領は商人や旅行者、そして移住者で賑わうようになった。そして、その仕事の成功はナダールの騎士団長としての地位を揺るぎない物とした。
コリーはこの仕事を終えて、宣言通り騎士団員としての職は辞したのだが、裏でブラックと連絡を取り合い何やら色々と暗躍しているらしい。
表向きは保養所の管理人として日がなのんびり風呂に浸かっているのだが、その実は国政のかなり深い所まで踏み込んでいるようで「こんな生活も悪くない」とほくそ笑んでいる。
スタールはルーンでの生活を終えた直後の武闘会で見事に勝ち上がり、コリーの抜けた副団長の座に納まった。
キースやハリーなどの少年兵達もグノーやスタール達のシゴキのかいあってか、皆それぞれに出世していった。
エドワードとアジェの生活はそう変わる事もなかったのだが、人口が爆発的に増えたカルネ領は色々な問題も増え、二人はとても忙しそうに働いている。
アジェが妊娠して二人が無事に結婚を果たすまでにはまだ数年の時を費やす事となるのだが、ようやくできた一人息子を二人はそれはもう目の中に入れても痛くないという溺愛ぶりで、カルネ領もこれで安泰と皆胸を撫で下ろした。そして、そんな二人の傍らで美貌の騎士クロードは、変わらぬ美貌で微笑んでいる。意外な事にとても子沢山で、休日にはたくさんの子供達と遊んでいる彼の姿がたびたび目撃されている。
コリーの娘メリッサは騎士団員が皆イリヤに戻ったあと、一人でひっそり子を生んだ。それが誰の子供であるのかは母親であるメリッサにしか分からなかったのだが、メリッサはその子供の父親の名を決して口にはしなかった。
父親であるコリーは怒り狂ったが、生まれた孫の顔を見て「むしろ役に立たない婿などいらん」と達観し、その怒りの矛を収めた。
そしてグノーはといえば、やはりいつも通りナダールの隣で笑っている。一度イリヤに戻り、今度はメリア近くの国境の街へ、ナダールの仕事はメリア・ランティスを股にかけ忙しく飛び回る事になった。
ランテイスとの交渉にメリアとの交渉、ナダールの仕事は多岐に渡り、だがそんな彼の横にはいつでもグノーが立っていた。
いっそ騎士団に入ればいいと何度もブラックには言われたのだが、そんな言葉は軽く無視して、それでもグノーは彼の傍を離れなかった。
それは子供達も同じで、例えどんな紛争地であろうと彼等は構わず付いてくる。
「自分の身は自分で守る。子供達にもそのくらいの術は教え込んでるから大丈夫」
そう言って、彼等はどこにでも付いてきた。
歳を重ね、子供の数が増えてもそのスタンスは変わらず、周りは呆れながらもいつしかそれに慣れてしまい、誰も何も言わなくなった。
逆に殺伐とした紛争地で無邪気に遊ぶ子供達は皆の心を安らげもして「お嬢」「坊」と呼ばれてずいぶんと可愛がられた。
ついでに何処へでも付いていくのに迷惑もかけているからと、行く先々でグノーは料理を振舞う。それは飢えた男達には大好評で「ナダール騎士団長の所で働くと上手い飯が腹一杯食える」と評判になるほどだった。
胃袋を掴まれた男達はもう何も言えず、そのご相伴に預かるばかりだ。
ルーンで地元の若者を騎士団に取り入れる事をしていたナダールは行く先々でも、同じように気安く団員を募っていった。
地方出身の者が増えるにつけ、ここなら自分もやっていけると考える若者が増えていったものか、その数はどんどん増えていき、首都イリヤ以外での仕事が多かったナダールの部隊はどんどん数を増やしていった。
結果的には増えた団員は各騎士団に振り分けられ、騎士団の人手不足もいつの間にか解消された。これにはブラックも「俺の目に狂いはなかった」と笑みが止まらない。
そしてイリヤに越し、騎士団に入って六年、ナダールは第一騎士団長のガリアスを見事打ち負かし、自身が第一騎士団長へと成り上がっていた。
「ブラックの奴、今度はどこへ行けって?」
「メリアですよ。ようやく今度レオン君が即位ですからね、挨拶に行ってきてくれと命を受けましたよ」
「あぁ、そうだっけ……」
メリア国内はまだ安定していない。
民主化を謳いながら、それでも国王は形だけでも必要だという声に押し上げられるようにして、レオンはメリア国王へと就任する事が決定した。だが、それは民主化の先駆けであり、その声は民衆からの声でもあった。
国民が、国民のトップとして投票で国王を立てたのだ。これはメリアにとっては大きな一歩であると言える。
「じゃあ、準備しとかないとな」
そう言って、グノーはいそいそと旅に必要な物を頭で確認していく。
「パパ、今回はすぐ帰ってくるんでしょ?」
「そうですね、挨拶だけですから」
「だったら私、今回はパス」
「ルイは一緒に行かないのか?」
「友達と約束があるの。いつまでも親に引っ付いてなんていられないわよ」
ルイはしれっとそう答える。
「友達……それは構いませんが、その友達、殿方じゃないですよね?」
「うふふ、どうかしらね」
誤魔化すようにそう言ってルイは「ごちそうさま」と立ち上がった。
「許しませんよ、まだあなたに異性交遊は早すぎます!」
「もう、真面目に受け取らないでよ。ちゃんと女の子の友達よっ。本当、パパは心配性なんだからっ」
娘のルイは間もなく十三歳、反抗期も始まって一番難しい年頃だ。
「姉さんにそんな心配無駄だよ。見てみなよ、色気の欠片もないんだから」
「なんだと、ユリウス。そういう事言うのはこの口か!」
ルイに頬を引っ張られてユリウスは「痛い痛い」と喚きつつ「この姉のどこに色気があるのさ!」と更に追撃をする。
「ウリ君ウリ君、ニンニンあげう」
頬を撫でていたユリウスはフォークに刺して差し出されたその人参を笑顔でぱくりと口にした。
「ウリ君、すごいねぇ」
まだユリウスの『ユ』の字が発音できない幼子はぱちぱちと両手を叩いた。
「こらユリ、ヒナを甘やかすな。ヒナも嫌いだからって兄ちゃんに食わせちゃ駄目だろ、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
「ヒナのばっかりズルイ、オレのピーマンもあげる」
今度は差し出されたピーマンをまたユリウスはぱくりと食べてしまう。
「こら、ユリ、食べるなって! もうツキも、大きくなれなくても知らないからなっ。それに引き換え、カイトは全部食べて偉いなぁ」
グノーはナダールに似た金色の髪の幼子の頭を撫でた。カイトと呼ばれたその少年は嬉しそうににっこり笑う。
ヒナと呼ばれた子供は赤毛の娘で、まだ怒られているのも理解していないのだろう、にこにこ笑っている。
一方ツキと呼ばれた子供は、歳はカイトと変わらないくらいなのだが、カイトばかりが褒められて膨れっ面だ。
「カイトはずるい、カイトだってピーマン嫌いなくせに」
「それでもちゃんと自分で食べてるんだから褒められるのは当たり前、ツキもカイトを見習え」
不貞腐れた顔で少年は残ったピーマンを口に放り込んで、むぐむぐと眉間に皺を寄せたままそれを飲み込んだ。
「食べた」
「よし、偉いぞ。よく頑張りました」
グノーが満面の笑みでその頭を撫でると、膨れっ面の少年も少しだけ恥ずかしそうに笑みを零す。そんな家族のやり取りをナダールはやはり穏やかな表情で眺めるのだ。
「いけない、遅刻しちゃう。私行くわね、ユリも遅刻するわよ!」
「まだ、もう少し……」
相変わらず食いしん坊な長男はまだ口一杯に食事を詰め込んでいる。
体格は相変わらず同年代の子供達より少し大きくて、身長を抜かれるのも時間の問題かな……とグノーは嬉しくも少し複雑な気持ちだ。
「ほらほら、お前ももう時間だろ。騎士団長様が遅刻なんてしてたら部下に示しがつかないぞ」
「世の中には重役出勤という言葉もあるのですよ」
「重役出勤にも程はある、迎えに来られる前にさっさと行け」
頬にキスで送り出そうとすれば、腕を捕まれ抱き込まれた。
「子供の前ではするなっていつも言ってる」
「私もそんな事は気にするなといつも言っています」
両親のキスシーンなど日常茶飯事の子供達は別段誰も気にしてはいない。
「相変わらずだなお前等、何年新婚生活続けるつもりだよ」
いつの間にやら部屋の中にスタールが立っていて、呆れたようにそう言った。
「ほら見ろ、迎えが来ちまった」
「そんなはずはないですよ。まだ時間には余裕があるはずです」
「迎えじゃねぇよ、飯。腹減った」
スタールはどかっと空いた席に腰掛ける。
そんな光景も日常風景なので、子供達に動揺はない。
「あなた、またですか。もう、お店はやっていないのですよ?」
「あぁん? いつでも腹一杯食わせてくれるって言ったのはそいつだよ。約束は守るもんだ」
「それにしても、この時間から食べてたら遅刻しますよ」
「それなら俺はもう一仕事終えてきた後だ、文句は言わさねぇよ」
「それにしても……」と溜息を吐くナダールの傍ら「スタールはちゃんと食費も入れてくれてるからな」とグノーは笑顔で食事を差し出す。
ちゃんと用意してあるあたり、来るのは分かっていたのだろう。
「相変わらずいい食いっぷり、本当、気持ちいいわ」
グノーは笑顔でそんな事を言うのだが、その姿にナダールは少しだけ心が妬ける。
別に2人を疑うことなどないのだが、何やらいつの間にか家族のようにそこにいるスタールがナダールは不思議でならないのだ。
「あぁ、やっぱりここにいた! 副団長、仕事放っぽりだして黙って消えるの本当、止めてくださいっ」
家の扉を勢いよく開けてそう叫ぶのはキースだ。スタールはちっと舌打ちを打つ。
「腹が減っては戦はできぬって言うだろう。俺は腹が減ったんだ。腹が減ると頭も体も動きが鈍くなる、食ったらすぐ行く、待ってろ」
副団長に就任したスタールも激務が続いている。如何せん、先代副団長のコリーの仕事ができすぎた。
「ナダール騎士団長なら、このくらいの仕事できるだろう?」と投げられるブラックからの仕事は無茶ぶりばかりで、そんなたくさんの仕事を副団長三人とナダールはどうにかこうにか分担して回している。
そして、副団長三人の中で一番信頼が厚いのは勿論スタールで、こうして愚痴を零しつつも彼はナダールの下、身を粉にして働いてくれているのだ。
「キースも食べてくか?」
「いいんですか!? やりぃ、ごちになります!」
カルネ領ルーンを離れ、もう店はやっていないのだが、こうやって誰かしら家に入り浸り飯を食っている。それはとても日常の風景となっていて、その様子にグノーは瞳を細める。
こんな生活、ナダールに出会う前までは想像もしていなかったのだ。皆が笑って自分の周りに集まって来る、それは奇跡のように幸せな光景だ。
「グノー、それでは私は行きますね。スタールも早目に戻ってくださいよ、きっとあなたがいなくなって皆パニックになっているでしょうからね」
「分かってる、おかわり」
言って差し出された茶碗に飯をよそう「俺も俺も」とキースが言うのに頷きながら、そこに差し出されたユリウスの茶碗に「お前は食いすぎ、学校行け!」と母親の貫禄で家から追い出した。
「たくさん食えよ、食って今日も一日、目一杯働いてこい」
グノーは本当に嬉しそうに笑っている。
自分は彼を幸せにする事ができたのだろうか、彼のこの笑顔がこれからもずっとずっと続けばいい。
誰も彼を傷付けない、こんな日常が続く事を祈ってナダールは今日も働く。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい」
カズイの息子、末っ子のシキはずっと拗ねたような顔をしていたが、最後には泣きながら手を振ってくれた。
「シキ君は本当にルイと仲良しですよねぇ」
「そりゃあな。あいつ、ルイの事好きだから」
「え?」
カルネ領まで飛翼で戻り、それを片付け馬に揺られ始めた頃には二人の子供達は疲れてしまったのかもう船を漕ぎ始めていた。
「ムソンに住んでた頃さ、よく家の前に花が置いてあったの覚えてる?」
「えぇ、ありましたね。ですが、あれは結局誰の仕業か分からなかったでしょう?」
「言ったらお前怒るかなって思って言わなかったんだけど、あれシキだよ。あとサキも。あそこの三兄弟は皆ルイが好きみたいだな」
「え? 好きって……」
「シキにはルイを嫁にくれって言われた事もある」
「……聞いてませんよ」
「うん、初めて言った」
グノーの言葉にナダールの感情が揺れたのが分かって、グノーは思わず苦笑する。
ナダールがコリーに負けず劣らず娘を溺愛している事は分かっていた、だから何となく今まで言わずにいたのだ。
「いいじゃねぇか、可愛いもんだろう。俺、そういうの知らないから微笑ましくてなぁ……でもお前は複雑だろうと思って今まで黙ってた」
「大人気なく子供に当たりそうだもんなぁ、お前」と笑いながら言われ「そんな事しませんよっ!」と言い切ってはみたものの、内心複雑なナダールは眉間に皺を寄せる。
「いずれはお嫁にいってしまうのですものね……」
「婿にでも貰うか? でも難しいかなぁ」
「誰をですか? シキですか? サキですか?」
「違う違う、ルイが好きなのはまた別の男だからな」
「ちょっと待ってください、聞いてませんよっ!!」
「だから初めて言ってるって言ってんじゃん? 本当はイリヤでお前が帰ってきたら報告しようと思ってたんだけどさ、お前帰ってこなかったから。ルイがイリヤを離れたがらなかった理由がそこ」
「誰ですか!? どこのどちら様ですか!?」
「んふふ……」とグノーは人差し指を唇の前に立てて「ナイショ」と笑った。
「そういえば、パパには内緒ってルイと約束してた」
「わざとですね! わざとでしょう!!」
「ルイの初恋だぞ? 応援するのが親ってもんだろ?」
「応援しますから、誰だか教えてください。そんな中途半端な情報では気になるじゃないですか!」
「どうしようかなぁ……」とグノーは更に笑う。
「本当に勘弁してください。私はあなたと同じくらい子供達の事も愛しているのですよ、このままではストレスで胃に穴が開きます……」
「それは困るな」
もう楽しくて仕方がないという顔でグノーは笑う。そして告げられたのは意外な人物。
「え、それ誰でしたっけ?」
「ブラックの所の次男。あぁ、でもエディを数に入れないなら長男かな?」
それはブラックの十四歳になる息子ジャンで、どうしてそうなった? と驚きを隠せない。
「下の子なら歳も近いので納得いきますけど、上の子ですか? 年齢が離れすぎてやしませんか?」
下の息子ジャックとはよく遊んでいるのを見かけていた。歳も近く仲が良いのも知っていたのだが……
「ジャンが好きな理由はパパみたいに大きいから、だそうだぞ。良かったな、パパ」
「なんだかそれも複雑です」
「さすがにジャンとは歳が離れすぎてて相手にはされてないんだけど、下の子ジャックはルイの事好きみたいでな。うちの子モテモテだぞ」
「聞いてませんよっっ!」
今まで人に妙な執着を持たれるグノーの心配ばかりをしていたが、ここにきてとんだ伏兵にナダールは頭を抱える。
嫁にいくのはまだまだ先の話と高を括ってきたが、意外と時間はそれほど残されてはいないのかもしれない。
「私、今、コリーさんの気持ちが痛いほど理解できましたよ……」
自分の目に適う男以外に嫁になどやるものか……それは娘を持つ親なら誰しも一度は通る道なのだと改めて自覚させられた。
「でも、もし万が一ジャンやジャックの所に嫁にいったら王族かぁ……王族はちょっとアレだから、シキかサキの所の方がいいなぁ」
そうは言っても選ぶのはルイ自身だし、これから出会う男は幾らでもいるだろう。ついでに相手が男とも限らない。ルイはαだ、運命の相手がΩ女性の可能性も否定はできない。
「なんでしょう、なんだかとても不安になってきましたよ」
ブラックの娘ルネーシャのように、突然嫁に行ってしまったらどうしよう。
クロードの妻のようにある日「できちゃった」などと言われた日には相手の男と刺し違える可能性すら否定できない。
「娘を持つ親って、本当に不安なものなのですね……」
溜息を零すナダールにグノーは笑う。
「大丈夫だよ、ルイもユリもちゃんといい人捕まえてくるって」
それでもそんな未来がまだまだ先である事を祈らずにはいられないナダールだった。
その後カルネ領ルーンでの生活は三年続き、開墾・開発事業は大成功、片田舎のカルネ領は商人や旅行者、そして移住者で賑わうようになった。そして、その仕事の成功はナダールの騎士団長としての地位を揺るぎない物とした。
コリーはこの仕事を終えて、宣言通り騎士団員としての職は辞したのだが、裏でブラックと連絡を取り合い何やら色々と暗躍しているらしい。
表向きは保養所の管理人として日がなのんびり風呂に浸かっているのだが、その実は国政のかなり深い所まで踏み込んでいるようで「こんな生活も悪くない」とほくそ笑んでいる。
スタールはルーンでの生活を終えた直後の武闘会で見事に勝ち上がり、コリーの抜けた副団長の座に納まった。
キースやハリーなどの少年兵達もグノーやスタール達のシゴキのかいあってか、皆それぞれに出世していった。
エドワードとアジェの生活はそう変わる事もなかったのだが、人口が爆発的に増えたカルネ領は色々な問題も増え、二人はとても忙しそうに働いている。
アジェが妊娠して二人が無事に結婚を果たすまでにはまだ数年の時を費やす事となるのだが、ようやくできた一人息子を二人はそれはもう目の中に入れても痛くないという溺愛ぶりで、カルネ領もこれで安泰と皆胸を撫で下ろした。そして、そんな二人の傍らで美貌の騎士クロードは、変わらぬ美貌で微笑んでいる。意外な事にとても子沢山で、休日にはたくさんの子供達と遊んでいる彼の姿がたびたび目撃されている。
コリーの娘メリッサは騎士団員が皆イリヤに戻ったあと、一人でひっそり子を生んだ。それが誰の子供であるのかは母親であるメリッサにしか分からなかったのだが、メリッサはその子供の父親の名を決して口にはしなかった。
父親であるコリーは怒り狂ったが、生まれた孫の顔を見て「むしろ役に立たない婿などいらん」と達観し、その怒りの矛を収めた。
そしてグノーはといえば、やはりいつも通りナダールの隣で笑っている。一度イリヤに戻り、今度はメリア近くの国境の街へ、ナダールの仕事はメリア・ランティスを股にかけ忙しく飛び回る事になった。
ランテイスとの交渉にメリアとの交渉、ナダールの仕事は多岐に渡り、だがそんな彼の横にはいつでもグノーが立っていた。
いっそ騎士団に入ればいいと何度もブラックには言われたのだが、そんな言葉は軽く無視して、それでもグノーは彼の傍を離れなかった。
それは子供達も同じで、例えどんな紛争地であろうと彼等は構わず付いてくる。
「自分の身は自分で守る。子供達にもそのくらいの術は教え込んでるから大丈夫」
そう言って、彼等はどこにでも付いてきた。
歳を重ね、子供の数が増えてもそのスタンスは変わらず、周りは呆れながらもいつしかそれに慣れてしまい、誰も何も言わなくなった。
逆に殺伐とした紛争地で無邪気に遊ぶ子供達は皆の心を安らげもして「お嬢」「坊」と呼ばれてずいぶんと可愛がられた。
ついでに何処へでも付いていくのに迷惑もかけているからと、行く先々でグノーは料理を振舞う。それは飢えた男達には大好評で「ナダール騎士団長の所で働くと上手い飯が腹一杯食える」と評判になるほどだった。
胃袋を掴まれた男達はもう何も言えず、そのご相伴に預かるばかりだ。
ルーンで地元の若者を騎士団に取り入れる事をしていたナダールは行く先々でも、同じように気安く団員を募っていった。
地方出身の者が増えるにつけ、ここなら自分もやっていけると考える若者が増えていったものか、その数はどんどん増えていき、首都イリヤ以外での仕事が多かったナダールの部隊はどんどん数を増やしていった。
結果的には増えた団員は各騎士団に振り分けられ、騎士団の人手不足もいつの間にか解消された。これにはブラックも「俺の目に狂いはなかった」と笑みが止まらない。
そしてイリヤに越し、騎士団に入って六年、ナダールは第一騎士団長のガリアスを見事打ち負かし、自身が第一騎士団長へと成り上がっていた。
「ブラックの奴、今度はどこへ行けって?」
「メリアですよ。ようやく今度レオン君が即位ですからね、挨拶に行ってきてくれと命を受けましたよ」
「あぁ、そうだっけ……」
メリア国内はまだ安定していない。
民主化を謳いながら、それでも国王は形だけでも必要だという声に押し上げられるようにして、レオンはメリア国王へと就任する事が決定した。だが、それは民主化の先駆けであり、その声は民衆からの声でもあった。
国民が、国民のトップとして投票で国王を立てたのだ。これはメリアにとっては大きな一歩であると言える。
「じゃあ、準備しとかないとな」
そう言って、グノーはいそいそと旅に必要な物を頭で確認していく。
「パパ、今回はすぐ帰ってくるんでしょ?」
「そうですね、挨拶だけですから」
「だったら私、今回はパス」
「ルイは一緒に行かないのか?」
「友達と約束があるの。いつまでも親に引っ付いてなんていられないわよ」
ルイはしれっとそう答える。
「友達……それは構いませんが、その友達、殿方じゃないですよね?」
「うふふ、どうかしらね」
誤魔化すようにそう言ってルイは「ごちそうさま」と立ち上がった。
「許しませんよ、まだあなたに異性交遊は早すぎます!」
「もう、真面目に受け取らないでよ。ちゃんと女の子の友達よっ。本当、パパは心配性なんだからっ」
娘のルイは間もなく十三歳、反抗期も始まって一番難しい年頃だ。
「姉さんにそんな心配無駄だよ。見てみなよ、色気の欠片もないんだから」
「なんだと、ユリウス。そういう事言うのはこの口か!」
ルイに頬を引っ張られてユリウスは「痛い痛い」と喚きつつ「この姉のどこに色気があるのさ!」と更に追撃をする。
「ウリ君ウリ君、ニンニンあげう」
頬を撫でていたユリウスはフォークに刺して差し出されたその人参を笑顔でぱくりと口にした。
「ウリ君、すごいねぇ」
まだユリウスの『ユ』の字が発音できない幼子はぱちぱちと両手を叩いた。
「こらユリ、ヒナを甘やかすな。ヒナも嫌いだからって兄ちゃんに食わせちゃ駄目だろ、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
「ヒナのばっかりズルイ、オレのピーマンもあげる」
今度は差し出されたピーマンをまたユリウスはぱくりと食べてしまう。
「こら、ユリ、食べるなって! もうツキも、大きくなれなくても知らないからなっ。それに引き換え、カイトは全部食べて偉いなぁ」
グノーはナダールに似た金色の髪の幼子の頭を撫でた。カイトと呼ばれたその少年は嬉しそうににっこり笑う。
ヒナと呼ばれた子供は赤毛の娘で、まだ怒られているのも理解していないのだろう、にこにこ笑っている。
一方ツキと呼ばれた子供は、歳はカイトと変わらないくらいなのだが、カイトばかりが褒められて膨れっ面だ。
「カイトはずるい、カイトだってピーマン嫌いなくせに」
「それでもちゃんと自分で食べてるんだから褒められるのは当たり前、ツキもカイトを見習え」
不貞腐れた顔で少年は残ったピーマンを口に放り込んで、むぐむぐと眉間に皺を寄せたままそれを飲み込んだ。
「食べた」
「よし、偉いぞ。よく頑張りました」
グノーが満面の笑みでその頭を撫でると、膨れっ面の少年も少しだけ恥ずかしそうに笑みを零す。そんな家族のやり取りをナダールはやはり穏やかな表情で眺めるのだ。
「いけない、遅刻しちゃう。私行くわね、ユリも遅刻するわよ!」
「まだ、もう少し……」
相変わらず食いしん坊な長男はまだ口一杯に食事を詰め込んでいる。
体格は相変わらず同年代の子供達より少し大きくて、身長を抜かれるのも時間の問題かな……とグノーは嬉しくも少し複雑な気持ちだ。
「ほらほら、お前ももう時間だろ。騎士団長様が遅刻なんてしてたら部下に示しがつかないぞ」
「世の中には重役出勤という言葉もあるのですよ」
「重役出勤にも程はある、迎えに来られる前にさっさと行け」
頬にキスで送り出そうとすれば、腕を捕まれ抱き込まれた。
「子供の前ではするなっていつも言ってる」
「私もそんな事は気にするなといつも言っています」
両親のキスシーンなど日常茶飯事の子供達は別段誰も気にしてはいない。
「相変わらずだなお前等、何年新婚生活続けるつもりだよ」
いつの間にやら部屋の中にスタールが立っていて、呆れたようにそう言った。
「ほら見ろ、迎えが来ちまった」
「そんなはずはないですよ。まだ時間には余裕があるはずです」
「迎えじゃねぇよ、飯。腹減った」
スタールはどかっと空いた席に腰掛ける。
そんな光景も日常風景なので、子供達に動揺はない。
「あなた、またですか。もう、お店はやっていないのですよ?」
「あぁん? いつでも腹一杯食わせてくれるって言ったのはそいつだよ。約束は守るもんだ」
「それにしても、この時間から食べてたら遅刻しますよ」
「それなら俺はもう一仕事終えてきた後だ、文句は言わさねぇよ」
「それにしても……」と溜息を吐くナダールの傍ら「スタールはちゃんと食費も入れてくれてるからな」とグノーは笑顔で食事を差し出す。
ちゃんと用意してあるあたり、来るのは分かっていたのだろう。
「相変わらずいい食いっぷり、本当、気持ちいいわ」
グノーは笑顔でそんな事を言うのだが、その姿にナダールは少しだけ心が妬ける。
別に2人を疑うことなどないのだが、何やらいつの間にか家族のようにそこにいるスタールがナダールは不思議でならないのだ。
「あぁ、やっぱりここにいた! 副団長、仕事放っぽりだして黙って消えるの本当、止めてくださいっ」
家の扉を勢いよく開けてそう叫ぶのはキースだ。スタールはちっと舌打ちを打つ。
「腹が減っては戦はできぬって言うだろう。俺は腹が減ったんだ。腹が減ると頭も体も動きが鈍くなる、食ったらすぐ行く、待ってろ」
副団長に就任したスタールも激務が続いている。如何せん、先代副団長のコリーの仕事ができすぎた。
「ナダール騎士団長なら、このくらいの仕事できるだろう?」と投げられるブラックからの仕事は無茶ぶりばかりで、そんなたくさんの仕事を副団長三人とナダールはどうにかこうにか分担して回している。
そして、副団長三人の中で一番信頼が厚いのは勿論スタールで、こうして愚痴を零しつつも彼はナダールの下、身を粉にして働いてくれているのだ。
「キースも食べてくか?」
「いいんですか!? やりぃ、ごちになります!」
カルネ領ルーンを離れ、もう店はやっていないのだが、こうやって誰かしら家に入り浸り飯を食っている。それはとても日常の風景となっていて、その様子にグノーは瞳を細める。
こんな生活、ナダールに出会う前までは想像もしていなかったのだ。皆が笑って自分の周りに集まって来る、それは奇跡のように幸せな光景だ。
「グノー、それでは私は行きますね。スタールも早目に戻ってくださいよ、きっとあなたがいなくなって皆パニックになっているでしょうからね」
「分かってる、おかわり」
言って差し出された茶碗に飯をよそう「俺も俺も」とキースが言うのに頷きながら、そこに差し出されたユリウスの茶碗に「お前は食いすぎ、学校行け!」と母親の貫禄で家から追い出した。
「たくさん食えよ、食って今日も一日、目一杯働いてこい」
グノーは本当に嬉しそうに笑っている。
自分は彼を幸せにする事ができたのだろうか、彼のこの笑顔がこれからもずっとずっと続けばいい。
誰も彼を傷付けない、こんな日常が続く事を祈ってナダールは今日も働く。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい」
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