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運命に花束を②
運命と最後の事件①
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「ううぅ……腰だるい……」
机に身体を預けて、グノーが伸びていると「大丈夫?」と含み笑ったような声がかけられた。
「あぁ、下ごしらえ出来た?」
「出来たと思うけど、確認してみて」
そう言ってボウルを差し出すメリッサにグノーはよいしょと身体を起した。
「うん、上出来。メリッサさん、料理上手だね。教える事なんて全然ないな」
「まぁ、時間だけはたっぷりあったから、花嫁修行は完璧よ……」
ふふ……と自嘲気味な笑みを見せ、遠くを見詰めるメリッサに地雷を踏んだか……と苦笑する。
「それにしてもあなた達、新婚でもないんでしょ? 毎日一体どれだけやってるの?」
「独身の娘さんがそういう事言うもんじゃないよ……はぁ、でも本当、これはやり過ぎだよなぁ……」
言ってグノーは自分の首筋に触れる。そこにはまだ真新しいキスマークがこれ見よがしに付いていて、グノーは溜息を零した。
そんな所有の印は身体中に付いていて、これは少しやり過ぎだと自分でも分かっている。
「騎士団長は女好きって話、実は本当だったの?」
「え? いや……これはそういうんじゃないんだ……」
言葉を濁しても、ここまで痕を残されると言い訳にしか聞こえなくてどうにも否定がしづらい。それはコリーに警告をされたナダールが、せめてもと付けている牽制の所有印だったのだが、そんな話を知らない二人には知りようもない事だ。
「こんにちは」
昼間の常連客であるアジェが店の中を覗き込み、こちらに笑みを向けて手をふった。「いらっしゃいませ」とグノーとメリッサは彼を迎え入れる。
「グノー、今日はなんだかいつもよりご機嫌? 何かいい事あった?」
いつもと変わらぬ接客をしているつもりだったのに、アジェはそんな事を言って彼の指定席であるカウンター端に座る。
「なんでバレた? んん、でもそんな事どうでもいいや、思い出したんだ!」
満面の笑みでアジェにそう告げると「記憶戻ったの?!」とアジェも嬉しそうに声を弾ませた。
「あぁ、思い出した。ルイの事もユリウスの事も全部。お前にも迷惑かけたな、ごめん」
「そんなの別に全然。そっか、良かったねぇ」
手を取り合わんばかりに喜んでいる二人に、一人だけ事情が分かっていないメリッサが首を傾げる。
「あの……何の話? 記憶が戻ったってどういう……?」
「え……あぁ、えっと……自分、今までちょっと記憶喪失で、子供の事忘れてたんだよ。ルイとユリウスはうちの子供達なんだ。今は友達の家に預かってもらってる」
「あら? あなた子供いたのね」
うん、と瞳を伏せて頷く。
「自分、少し頭おかしくてさ、時々こんな感じに記憶が抜け落ちちゃう時があって、この何ヶ月か子供達の事忘れちゃってたんだ……本当に可哀相なことしたよ」
「それって病気なの? そんな病気聞いた事もないけど」
「ストレスが限界を超えると起こる心の病みたいですよ。僕も昔母親に忘れられた事があるから、珍しいけど全くない病気ではないみたいです」
あら……とメリッサはアジェの思いがけない告白に、どう返答を返したものか戸惑った。
「あ、今はもう心の整理はきっちり付いてるので気にしないでくださいね」
そう……とメリッサは頷いた。
毎日のように店に通って来るカルネ領主の息子アジェ、最初は店主であるグノーに気でもあるのかと思っていたのだが、どうやらそういう関係ではなかったらしい。
店主のその記憶喪失が気になって店に通って来ていた事が分かり、メリッサはなんとなく合点がいった。それにしても……
「あなた達元々知り合いだったの? 二人の関係がいまいち分からないわ」
メリッサの言葉に「僕はグノーの事、親友だと思ってるよ」と領主の息子は笑顔で答えた。
「親友?」
それは少し不思議な響きだ。男女で歳もずいぶん離れていそうな二人なのに、何がどうしてそうなったのかまるで分からない。
「僕達、昔、短い間だけど一緒に旅をした事があるんですよ。その時に意気投合して今は親友」
「え? 旅? 二人で? 旦那さんは?」
「あいつと出会う前の話、あいつとはその旅で出会ったから」
「あなた達駆け落ちしたんじゃなかったの?」
「ん~当たらずも遠からずって言わなかったっけ? 自分は家出、追っ手がかかってたのは本当、助けてくれたのがあいつ」
「あら、美談がひとつ減ったわ……」とメリッサは不満顔だ。
「私、旦那さんがあなたを攫って行くくだり結構好きだったのに……現実なんてそんなものかしらね」
「がっかりだわ」と呟くメリッサにグノーは困ったように笑うしかない。
「僕もその話聞いたけど、色々と辻褄が合わなさ過ぎて途中から笑っちゃった。最初は心配してたんだけどね、聞けば聞くほど可笑しくて」
「アジェ様、だったかしら? あなた二人の事よく知っているのね」
「二人が始めて会った時、僕もその場にいましたからね。あの時はまさか二人がこんな関係になるなんて思いもしませんでしたよ」
「劇的な出会い……って感じではなかったのかしら?」
「普通だよね? しいて言えば、グノーがナダールさんに喧嘩売ってたくらい?」
「え? 喧嘩?」
メリッサは噂話と現在目の前で語られている話が食い違い過ぎていて困惑する。
「二人で街道歩いていたら、馬で見回りしてたナダールさんに追いかけられてね、追っ手かと思って逃げたんだ。でもそしたら全然違ってて、紛らわしい事するなって怒ったグノーが喧嘩売ってった感じ?」
「今、可憐な姫君像も崩れたわよ」
「うん、だから可笑しいんですよ、人物像がそもそも間違ってる」
「そんな出会いから、どうやって今こうなってるの?」
「ナダールさんが僕の従兄弟だって分かって、家でお世話になったりしてる内にグノーとナダールさん、仲良くなったんだよね?」
「うんん? いやぁ……あの頃はまだ全然、うっとおしい男くらいにしか思ってなかったな。なんかもういつでもどこでも付いてくるし、正直うざくて仕方なかった」
「……ストーカー……?」
メリッサの表情は戸惑いを深くしていく。
「あ、でもあなた美人だし、騎士団長の一目惚れとか?」
「ん~今でこそ小綺麗な格好してるけど、あの頃の自分なんかまんま浮浪者だったし、髪もぼさぼさに長くて顔なんか見えてなかったはずだから、容姿に一目惚れはありえないな」
「あの頃のグノーは確かに酷かったよねぇ。綺麗な顔立ちなのは知ってたけどさ、ここまで美形だと思ってなかったから、髪切ったの見た時は本当にビックリしたよ」
「何かしら……噂話と合致している所がどこにも見付けられないんだけど……」
「あはは、だから可笑しいんです、大筋が合っていても、詳細が違いすぎてどうにも辻褄が合わない」
「これでいて大筋は合ってるの……? 駆け落ちのくだりはどうなるの?」
どこをどうしたらそこから激甘ラブストーリーが生まれるのか分からないメリッサは不審顔だ。
「追っ手が来たからナダールと二人で逃げたんだけど、アジェが人質に取られたから助けに行って、ついでに家潰してきた。嘘吐いた訳じゃないんだけど、足の怪我はその時のだよ」
「は? え? 人質って……それに家を潰すってどうやって?」
「そのまんま、言葉通り爆破して潰してきた」
「えぇ??! ちょっ……ラブやロマンスが完全に立ち消えたわよっ! それどういうバイオレンス物語(ストーリー)よっ。っていうか囚われてたの姫じゃないじゃない! 姫が王子助けに行くっておかしくない? ってか、王子が入れ替わっちゃったわ、王子様どこ行ったのよ!?」
「ナダールだったらずっと一緒にいたよ。あいつにはずいぶん支えてもらった。でも、そう思うと自分よりアジェの方がよっぽど姫っぽいよな、王子様もいるし」
「えっ、ちょっとやめてよ。これでも情けないと思ってるんだからね、助けられるばっかりでさ」
「なんで突然人質にされたりしたの? あなた領主様の息子さんでしょう? そんな事されたら外交問題になるんじゃないの?」
「ちょっとその辺の事情は複雑で、説明し難いかな。でも外交問題にはなりましたよ、色んな人が動いてくれて、表には出てこなくても協力してくれた人もたくさんいるって聞いてます。もちろん国王陛下もね」
僕が今ここでこうやって呑気にお茶を飲んでいられるのは皆さんのおかげです、とアジェは笑った。
「事実は小説より奇なりって言葉があるけど、そんな感じかしら。ただの恋物語からそんな外交問題が出てくるなんて思わなかったわ。奥さんの実家ってメリアなんでしょう? メリアとファルスで戦争になったりしない?」
「それは大丈夫。ファルスは国王陛下がしっかりしてるし、メリアはまだ国内が安定してなくてそれどころじゃないからね」
それならいいけど……とメリッサは安堵の表情を見せる。
「あ……そういえば来週末27日、何の問題もなければ子供達迎えに行こうって話になってて、店は休みにするから覚えておいて」
「あら、そうなのね、分かったわ。でも23日もお休みなのよね?」
「うん、それなんだけど、27日休むからどうしようかな……と思って。言っても平日なんて来るのアジェとスタールとコリーさんくらいのもんだし、メリッサさんは休みでいいよ」
「まぁそうね、確かにお客さんほとんど来ないものね。今日もアジェ様だけだし、私雇われてる意味あるのかしら? 赤字にならない?」
「そこはなんとか。それに今晩は寄宿舎の奴等も来るし、下拵え一人じゃ大変だし、助かるよ」
父親であるコリーからお給料が出ているなんて彼女が知ったらきっと怒るのだろうなぁ、と思いつつグノーは笑顔で答えた。
「グノー、23日お店やるの?」
「ん? なんで? 開けとくだけなら開けといてもいいかなって思ってるけど、何かある?」
「うん、ちょっとね。お休みならちょっとだけ付き合ってもらおうかと思ってた事があって……少し耳貸して」
アジェがグノーに耳打ちした内容にグノーは少し驚いたのだが「は? 何それ? めっちゃ楽しそう」と笑みを見せた。
「それどこでやんの?」
「とりあえず皆の迷惑にならない所、かな。ナダールさんには絶対内緒だよ!」
「分かってる。あいつ知ったらキレそうだもんな。ん~だったらここでやったら? 灯台下暗しでバレなさそうだし」
「え? でも物壊れるかもだし、危ないよ」
「さりげなく片付けとくって。それに家にいた方が自然だろ? 騙すんならその方が都合よくね?」
「それはそうなんだけどさ」
「何二人でこそこそと、私には聞かれたくない話?」
仲間に入れてもらえないメリッサは不満顔だ。
「ん~たぶん聞かない方がいい話、かな。変に首突っ込むと危ないから」
「危ないの? 今、楽しそうって言わなかった? それに旦那さんに内緒で何する気?」
「終わったら全部話すよ。それまではメリッサさんも内緒にしてくれないかな?」
「あいつキレると何やらかすか分からないからさ」とグノーは拝むように彼女に頭を下げた。
「別にいいけど、すごく気になるじゃないっ! 本当に終わったらちゃんと教えてよね」
分かったよとグノーは笑顔で頷いた。
「詳しい話しはまた追って連絡するね」
「ところでそれって首謀者はお前とエディなの?」
「ううん、違うよ。首謀者は……」
そう言ってアジェはまたグノーの耳元に口を寄せる。
「え? なんで、あの人?」
「僕もよく分からないんだけど、いつの間にかそういう話になってたんだよね。でもまぁ、悪い話じゃなかったし、不安はないに越した事ないでしょう? だから皆でその計画に乗っかったんだよ」
「みんな?」
「うん、意外と協力者多くてビックリするよ」
「それじゃあ、僕色んな所に連絡回さなきゃだから行くね」とアジェは笑顔で店を後にした。
「なんだかとても気になるわ」
「自分も何でそんな話になったのか、すごく気になる」
「見に来ても……」
「駄目っ、それは絶対ダメ! コリーさんに怒られる」
「父なんてどうでもいいわよ、のけ者なんて酷いわ」とメリッサは不貞腐れた。
机に身体を預けて、グノーが伸びていると「大丈夫?」と含み笑ったような声がかけられた。
「あぁ、下ごしらえ出来た?」
「出来たと思うけど、確認してみて」
そう言ってボウルを差し出すメリッサにグノーはよいしょと身体を起した。
「うん、上出来。メリッサさん、料理上手だね。教える事なんて全然ないな」
「まぁ、時間だけはたっぷりあったから、花嫁修行は完璧よ……」
ふふ……と自嘲気味な笑みを見せ、遠くを見詰めるメリッサに地雷を踏んだか……と苦笑する。
「それにしてもあなた達、新婚でもないんでしょ? 毎日一体どれだけやってるの?」
「独身の娘さんがそういう事言うもんじゃないよ……はぁ、でも本当、これはやり過ぎだよなぁ……」
言ってグノーは自分の首筋に触れる。そこにはまだ真新しいキスマークがこれ見よがしに付いていて、グノーは溜息を零した。
そんな所有の印は身体中に付いていて、これは少しやり過ぎだと自分でも分かっている。
「騎士団長は女好きって話、実は本当だったの?」
「え? いや……これはそういうんじゃないんだ……」
言葉を濁しても、ここまで痕を残されると言い訳にしか聞こえなくてどうにも否定がしづらい。それはコリーに警告をされたナダールが、せめてもと付けている牽制の所有印だったのだが、そんな話を知らない二人には知りようもない事だ。
「こんにちは」
昼間の常連客であるアジェが店の中を覗き込み、こちらに笑みを向けて手をふった。「いらっしゃいませ」とグノーとメリッサは彼を迎え入れる。
「グノー、今日はなんだかいつもよりご機嫌? 何かいい事あった?」
いつもと変わらぬ接客をしているつもりだったのに、アジェはそんな事を言って彼の指定席であるカウンター端に座る。
「なんでバレた? んん、でもそんな事どうでもいいや、思い出したんだ!」
満面の笑みでアジェにそう告げると「記憶戻ったの?!」とアジェも嬉しそうに声を弾ませた。
「あぁ、思い出した。ルイの事もユリウスの事も全部。お前にも迷惑かけたな、ごめん」
「そんなの別に全然。そっか、良かったねぇ」
手を取り合わんばかりに喜んでいる二人に、一人だけ事情が分かっていないメリッサが首を傾げる。
「あの……何の話? 記憶が戻ったってどういう……?」
「え……あぁ、えっと……自分、今までちょっと記憶喪失で、子供の事忘れてたんだよ。ルイとユリウスはうちの子供達なんだ。今は友達の家に預かってもらってる」
「あら? あなた子供いたのね」
うん、と瞳を伏せて頷く。
「自分、少し頭おかしくてさ、時々こんな感じに記憶が抜け落ちちゃう時があって、この何ヶ月か子供達の事忘れちゃってたんだ……本当に可哀相なことしたよ」
「それって病気なの? そんな病気聞いた事もないけど」
「ストレスが限界を超えると起こる心の病みたいですよ。僕も昔母親に忘れられた事があるから、珍しいけど全くない病気ではないみたいです」
あら……とメリッサはアジェの思いがけない告白に、どう返答を返したものか戸惑った。
「あ、今はもう心の整理はきっちり付いてるので気にしないでくださいね」
そう……とメリッサは頷いた。
毎日のように店に通って来るカルネ領主の息子アジェ、最初は店主であるグノーに気でもあるのかと思っていたのだが、どうやらそういう関係ではなかったらしい。
店主のその記憶喪失が気になって店に通って来ていた事が分かり、メリッサはなんとなく合点がいった。それにしても……
「あなた達元々知り合いだったの? 二人の関係がいまいち分からないわ」
メリッサの言葉に「僕はグノーの事、親友だと思ってるよ」と領主の息子は笑顔で答えた。
「親友?」
それは少し不思議な響きだ。男女で歳もずいぶん離れていそうな二人なのに、何がどうしてそうなったのかまるで分からない。
「僕達、昔、短い間だけど一緒に旅をした事があるんですよ。その時に意気投合して今は親友」
「え? 旅? 二人で? 旦那さんは?」
「あいつと出会う前の話、あいつとはその旅で出会ったから」
「あなた達駆け落ちしたんじゃなかったの?」
「ん~当たらずも遠からずって言わなかったっけ? 自分は家出、追っ手がかかってたのは本当、助けてくれたのがあいつ」
「あら、美談がひとつ減ったわ……」とメリッサは不満顔だ。
「私、旦那さんがあなたを攫って行くくだり結構好きだったのに……現実なんてそんなものかしらね」
「がっかりだわ」と呟くメリッサにグノーは困ったように笑うしかない。
「僕もその話聞いたけど、色々と辻褄が合わなさ過ぎて途中から笑っちゃった。最初は心配してたんだけどね、聞けば聞くほど可笑しくて」
「アジェ様、だったかしら? あなた二人の事よく知っているのね」
「二人が始めて会った時、僕もその場にいましたからね。あの時はまさか二人がこんな関係になるなんて思いもしませんでしたよ」
「劇的な出会い……って感じではなかったのかしら?」
「普通だよね? しいて言えば、グノーがナダールさんに喧嘩売ってたくらい?」
「え? 喧嘩?」
メリッサは噂話と現在目の前で語られている話が食い違い過ぎていて困惑する。
「二人で街道歩いていたら、馬で見回りしてたナダールさんに追いかけられてね、追っ手かと思って逃げたんだ。でもそしたら全然違ってて、紛らわしい事するなって怒ったグノーが喧嘩売ってった感じ?」
「今、可憐な姫君像も崩れたわよ」
「うん、だから可笑しいんですよ、人物像がそもそも間違ってる」
「そんな出会いから、どうやって今こうなってるの?」
「ナダールさんが僕の従兄弟だって分かって、家でお世話になったりしてる内にグノーとナダールさん、仲良くなったんだよね?」
「うんん? いやぁ……あの頃はまだ全然、うっとおしい男くらいにしか思ってなかったな。なんかもういつでもどこでも付いてくるし、正直うざくて仕方なかった」
「……ストーカー……?」
メリッサの表情は戸惑いを深くしていく。
「あ、でもあなた美人だし、騎士団長の一目惚れとか?」
「ん~今でこそ小綺麗な格好してるけど、あの頃の自分なんかまんま浮浪者だったし、髪もぼさぼさに長くて顔なんか見えてなかったはずだから、容姿に一目惚れはありえないな」
「あの頃のグノーは確かに酷かったよねぇ。綺麗な顔立ちなのは知ってたけどさ、ここまで美形だと思ってなかったから、髪切ったの見た時は本当にビックリしたよ」
「何かしら……噂話と合致している所がどこにも見付けられないんだけど……」
「あはは、だから可笑しいんです、大筋が合っていても、詳細が違いすぎてどうにも辻褄が合わない」
「これでいて大筋は合ってるの……? 駆け落ちのくだりはどうなるの?」
どこをどうしたらそこから激甘ラブストーリーが生まれるのか分からないメリッサは不審顔だ。
「追っ手が来たからナダールと二人で逃げたんだけど、アジェが人質に取られたから助けに行って、ついでに家潰してきた。嘘吐いた訳じゃないんだけど、足の怪我はその時のだよ」
「は? え? 人質って……それに家を潰すってどうやって?」
「そのまんま、言葉通り爆破して潰してきた」
「えぇ??! ちょっ……ラブやロマンスが完全に立ち消えたわよっ! それどういうバイオレンス物語(ストーリー)よっ。っていうか囚われてたの姫じゃないじゃない! 姫が王子助けに行くっておかしくない? ってか、王子が入れ替わっちゃったわ、王子様どこ行ったのよ!?」
「ナダールだったらずっと一緒にいたよ。あいつにはずいぶん支えてもらった。でも、そう思うと自分よりアジェの方がよっぽど姫っぽいよな、王子様もいるし」
「えっ、ちょっとやめてよ。これでも情けないと思ってるんだからね、助けられるばっかりでさ」
「なんで突然人質にされたりしたの? あなた領主様の息子さんでしょう? そんな事されたら外交問題になるんじゃないの?」
「ちょっとその辺の事情は複雑で、説明し難いかな。でも外交問題にはなりましたよ、色んな人が動いてくれて、表には出てこなくても協力してくれた人もたくさんいるって聞いてます。もちろん国王陛下もね」
僕が今ここでこうやって呑気にお茶を飲んでいられるのは皆さんのおかげです、とアジェは笑った。
「事実は小説より奇なりって言葉があるけど、そんな感じかしら。ただの恋物語からそんな外交問題が出てくるなんて思わなかったわ。奥さんの実家ってメリアなんでしょう? メリアとファルスで戦争になったりしない?」
「それは大丈夫。ファルスは国王陛下がしっかりしてるし、メリアはまだ国内が安定してなくてそれどころじゃないからね」
それならいいけど……とメリッサは安堵の表情を見せる。
「あ……そういえば来週末27日、何の問題もなければ子供達迎えに行こうって話になってて、店は休みにするから覚えておいて」
「あら、そうなのね、分かったわ。でも23日もお休みなのよね?」
「うん、それなんだけど、27日休むからどうしようかな……と思って。言っても平日なんて来るのアジェとスタールとコリーさんくらいのもんだし、メリッサさんは休みでいいよ」
「まぁそうね、確かにお客さんほとんど来ないものね。今日もアジェ様だけだし、私雇われてる意味あるのかしら? 赤字にならない?」
「そこはなんとか。それに今晩は寄宿舎の奴等も来るし、下拵え一人じゃ大変だし、助かるよ」
父親であるコリーからお給料が出ているなんて彼女が知ったらきっと怒るのだろうなぁ、と思いつつグノーは笑顔で答えた。
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「ん? なんで? 開けとくだけなら開けといてもいいかなって思ってるけど、何かある?」
「うん、ちょっとね。お休みならちょっとだけ付き合ってもらおうかと思ってた事があって……少し耳貸して」
アジェがグノーに耳打ちした内容にグノーは少し驚いたのだが「は? 何それ? めっちゃ楽しそう」と笑みを見せた。
「それどこでやんの?」
「とりあえず皆の迷惑にならない所、かな。ナダールさんには絶対内緒だよ!」
「分かってる。あいつ知ったらキレそうだもんな。ん~だったらここでやったら? 灯台下暗しでバレなさそうだし」
「え? でも物壊れるかもだし、危ないよ」
「さりげなく片付けとくって。それに家にいた方が自然だろ? 騙すんならその方が都合よくね?」
「それはそうなんだけどさ」
「何二人でこそこそと、私には聞かれたくない話?」
仲間に入れてもらえないメリッサは不満顔だ。
「ん~たぶん聞かない方がいい話、かな。変に首突っ込むと危ないから」
「危ないの? 今、楽しそうって言わなかった? それに旦那さんに内緒で何する気?」
「終わったら全部話すよ。それまではメリッサさんも内緒にしてくれないかな?」
「あいつキレると何やらかすか分からないからさ」とグノーは拝むように彼女に頭を下げた。
「別にいいけど、すごく気になるじゃないっ! 本当に終わったらちゃんと教えてよね」
分かったよとグノーは笑顔で頷いた。
「詳しい話しはまた追って連絡するね」
「ところでそれって首謀者はお前とエディなの?」
「ううん、違うよ。首謀者は……」
そう言ってアジェはまたグノーの耳元に口を寄せる。
「え? なんで、あの人?」
「僕もよく分からないんだけど、いつの間にかそういう話になってたんだよね。でもまぁ、悪い話じゃなかったし、不安はないに越した事ないでしょう? だから皆でその計画に乗っかったんだよ」
「みんな?」
「うん、意外と協力者多くてビックリするよ」
「それじゃあ、僕色んな所に連絡回さなきゃだから行くね」とアジェは笑顔で店を後にした。
「なんだかとても気になるわ」
「自分も何でそんな話になったのか、すごく気になる」
「見に来ても……」
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