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運命に花束を②
運命の家探し④
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ナダールと領主の奥方サラとは叔母と甥の関係にあたる。ナダールの父ギマールの妹であるサラはナダールを見て「本当に兄の若い頃にそっくり」と、ころころと笑った。
サラはナダールが生まれた頃にここルーンに嫁いでおり、今まで交流はないに等しい。それでもサラは「懐かしいわ」と目を細めた。
「そういえば、なんで母さまはメルクードからこんな遠い隣国にまで嫁いで来たのです?」
「あら、うふふ。話した事はなかったわね。昔、お父様がメルクードに留学にいらしてね、兄と学校で知り合って紹介されたのよ。あれが紹介と言えるかどうかは分からないけど」
そう言ってサラは昔を懐かしむように更に笑った。
「私はギマールとは仲が悪かったからね……」と領主ジョセフも苦笑を零して、アジェは首を傾げた。
「仲悪かったんですか? 意外」
「私も昔は色々とやんちゃだったから、とだけ言っておこうか」
その昔の話を話したがらない領主ジョゼフと、それを可笑しそうに見詰め微笑む領主夫妻は本当に仲の良い夫婦なのだと分かる。
「兄には『あいつにだけは近付くな』って言われてね、ふふ、それが紹介みたいなものだったわ」
「え……意外すぎる。お父さまは昔どんな感じだったんです?」
ジョゼフは困ったような表情で、視線を宙に彷徨わせたのだが、皆の視線に諦めたようにひとつ息を吐いた。
「ギマールは若い頃から生真面目でね、正直最初は苦手だったのだよ。彼には怒られてばかりで……あぁ、やはりこれ以上はあまり聞かないで貰えるとありがたいな」
「うふふ」と更にサラは微笑むのだが、ジョゼフは心底困りきった表情で、そのやんちゃぶりが相当言い難い事なのだろうなと、なんとなく想像ができた。
「でも、そんな感じでよく父が結婚を許しましたね? うちは祖父が早くに他界してますから、父の許しがなければ結婚できなかったと思うのですけど」
「そこは頑張ったよ、許してもらうまで5年かかった。それなりの努力をして、今がある。こうやって真っ当に領主の座に座っていられるのも、ギマールのおかげだ」
「すごく意外……」
アジェの呟きは当然だろう、アジェの知る限り領主ジョゼフは昔から今のままだった。威厳も風格も生まれ持った物だと思っていたのに、それはどうやら違っていたようだ。
「人は誰しも成長するものだよ。その成長が何をきっかけに成されるのかは人それぞれだが、私の場合は妻との出会い、そしてその兄であるギマールとの出会いであったのだろうな」
サラと結婚してからも色々な事があったが、その思いは変わらない、と領主ジョゼフはそう言って穏やかな笑みを見せた。
「なんだかそれはとてもよく分かる気がします。私もグノーに出会わなければ今頃メルクードで何も考えずに、単調な生活を繰り返していたと思います。この人に出会ったことで私の世界は一気に広がりましたし、人間的にもずいぶん成長できたと感じています」
領主は頷き「いい出会いをしたね」と、そう言い「君はどうなのかな?」とグノーにも言葉を促す。
「お……自分は、まだ全然成長途中で、ナダールや周りにも迷惑かけっぱなしで、でも、やっぱりこの出会いがなかったら、今の自分はなかったと思うので、出会えて良かったと思っています」
「そうか、そうか」と領主は目を細めて、次に息子2人を見やる。
「君達にはそういう出会いはあったかい?」
「私の成長の出会いはアジェ以外にはないですよ。幼い頃に出会ってから、私はずっと彼に相応しい人間になろうと努力してきた。それはそういう事ですよね?」
エドワードの言葉にアジェが赤面する。
「ふむ、そのようだな。アジェも同じなのかな?」
「僕は……そうですね、僕もそう思います」
アジェは頬を赤く染めながらも少しだけ言いよどみ、その後はいつもの笑顔でにっこり微笑んだ。
「そうか、それならそれもいい。2人が協力してこの地を治めてくれるのならば、カルネ領も安泰だ。だが、できれば早く孫の顔も見せて欲しいのだがな」
「鋭意努力中です、今しばらくお待ちください」
「ちょっと、エディ! そういう事言わないでよ!」
「嘘は吐いてない。誰かさんが子供ができないと結婚しないと言い張るから、まだ婚姻関係も結べていないが、私はあなた以外を選ぶ気はない」
「そうだけど、そうだけどさぁ!」
アジェの頬は茹で上がったように真っ赤なのだが、エドワードの表情はしれっとしたものだ。
『恋人』というよりはすでに事実婚状態なのだなとその2人の関係を察する事ができて、グノーとナダールの2人も笑ってしまった。
「あの2人もなんだかんだで幸せそうで安心した。早く子供出来るといいのに……って、あれ? 子供?」
グノーは首を傾げる。
今朝ここに来るまでの間にナダールに説明されたバース性の話。自分は男性Ωで、αであるナダールと婚姻関係を結ぶ事に何の問題もないのだとこんこんと説明をされて、結婚の話にも納得したのだが、結婚と子供が結びついていなかったグノーは首を傾げた。
「子供……子供……」
何かが引っかかる、小さな幼子の顔が頭の隅をチラついて、ツキンと頭が痛んだ。
「どうしました?」
「え? あれ? なんだっけ……?」
「顔色悪いですよ? 調子が悪いようなら先に横になっていてください」
体調が悪いはずのナダールに気遣われて、なんだかいたたまれない。
しかも、横になるのはいいのだが、そこにはあるのは大きなキングサイズのダブルベッドで、それにも何ともいえない居心地の悪さを感じる。
最初にナダールが寝ていたのは本当に急作りの客間で、そのベッドもナダールが寝るには少し小さすぎる普通サイズの物だったのだが、食事を終えて戻ろうとしたら「グノーも泊まるでしょ? 改めてちゃんと部屋用意したから」と別の部屋に案内されたのがこの部屋で、どうにも居心地が悪くて仕方がないのだ。
確かにそのキングサイズのダブルベッドならナダールもはみ出す事なく寝る事ができるが、完全な夫婦扱いに、どうにも落ち着かない。
「なぁ、ナダール。俺達完全に夫婦扱いだけど、本当にいいのか? それにお前、寄宿舎の奴等にどこまでバラしてあるんだ? 皆俺の事女だと思ってんの?」
「どうなんでしょう、私もはっきりとは分からないのですよ、誰も何も言わないので。一応コリーさん、スタール、キース君・ハリー君には話したので知っていますよ。それ以外の方にはまだ話していないので、なんとも。ですが別に隠してもいないので、何かの拍子に気付いた方もいるかもしれませんね」
「そっか……お前、いつの間にか騎士団長なんかやってるし、やっぱり体裁悪いよな? 俺、女のふりしたほうがいい?」
「別に今まで通りで構いませんよ、それで何か言われた事も今まで一度もありませんし、あなたは、あなたのままでいてくれた方が私は嬉しいです。隠す必要なんてどこにもないでしょう?」
ナダールは平気平気と笑うのだが、そんなに簡単に笑って済ませられる問題なのか今の自分には分からない。
「それよりも、そろそろその指輪、私としては指に戻して貰えると嬉しいんですけどねぇ」
グノーの首からネックレスのように提げられた指輪を、ナダールは持ち上げる。
「え? これ、こうやって持ってるのが普通だったんじゃねぇの?」
「それはあなたが痩せて指輪が落ちるようになってしまったから首から提げていただけで、あなたはちゃんとこれを指に嵌めてくれていましたよ。ある程度体重も戻りましたし、今ならもう嵌るでしょう?」
そう言って、ナダールは鎖から指輪を外し、グノーの指に嵌めて満足気な笑みを見せる。
「まだ少し緩いですかね。やはり太ったら外れなくなるように細い指輪も準備するべきでしたね」
「お前、どんだけ独占欲強いんだよ」
「嫌ですか?」
「嫌じゃねぇけど、時々怖い」
「……また怖いと言われてしまいました……」
見る間に落ち込んだナダールを、時々だけだからとグノーは慰めるのだが、完全に落ち込んでしまったナダールは瞳を伏せる。
「ごめん、ごめんってば! お前は俺の特別だから、別に何したっていいんだ。独り占めだってなんだってすればいいよ、俺も嬉しい」
「でも、怖いんでしょう?」
「お前が怖いんじゃないんだ、お前が俺の為に俺以外を拒絶するのが怖いんだよ。俺はお前だけいれば幸せだけど、それだけじゃ駄目なのちゃんと分かってる。そういうの全部ひっくるめての怖いだから、お前が怖いんじゃない」
「私が変わってしまうのが怖いのですか?」
「え……うん、まぁ、そうかな」
上手く言えないけど、とグノーは一生懸命言葉を探すのだが、何と言っていいのか分からずに、途方に暮れた。
「私は変わりませんよ、今も昔もこれからも、ずっとあなたの傍らにいる約束を違える事は決してしない。その為に周りに理解を求めていく姿勢を変えるつもりもありません」
グノーをイリヤに置き去りにした事を棚に上げ、そう言い募る。もう今後一切、彼を離す気はないのでそれでいいのだ。
「うん、だったらいい。俺、お前の足手纏いにはなりたくないんだ」
「足手纏いって何ですか? そんな事がある訳ない。それこそ私が今ここにいるのも、騎士団長になったのも、幸せに生活しているのも、全部あなたのおかげなのに」
グノーに寄って行って、その頭を撫でると「お前は俺に甘すぎる」と彼は呟く。
「あなたが自分に厳しすぎるんですよ。もっと目一杯私に甘えて、幸せを享受すればいいのに、私はあなたが笑っていてくれさえすればそれで充分なんですから」
「そんなの俺、ただの馬鹿みたいじゃん。俺はそんなの嫌だね、お前とは対等でいたいから、絶対そんな風にはなりたくない」
「強情ですねぇ。まぁ、そんな所もあなたらしくて、私は好きですよ」
「あぁ~あ、俺にも何かできる事ないかなぁ……」
使えるのは腕っ節と多少の専門知識だけで、それ以外は常識ですら危うい自分に溜息しか出てこない。
「それなら少しコリーさんとお話してみてください。彼、あなたと話がしてみたいと言っていましたからね」
「コリーさん? もしかして、怖いおじさん?」
「あれ? 分かるんですか?」
グノーの記憶は朝起きた時にある程度またリセットされているはずだ。今日はコリーとは顔も合わせていないので、彼を覚えている事に驚いてしまう。
「なんか印象強いっていうのか、威圧感半端ない感じでその名前に怖いおじさんのイメージが付いてる。顔は思い出せないんだけどな」
「それはまた凄いですね。今までそんな事一度もなかったのに」
「やっぱり怖いのか?」
「物をはっきり言う人なので、第一印象は怖いかもしれませんが、そこまで怖い人ではありませんよ」
「そうなんだ、でも話しって?」
「先程も少し話しましたけど、商業施設の誘致の話ですよ。あらかた概要は掴めましたので、私から話してもいいのですけど、細かい話しは2人でして貰った方がたぶん話しも通じると思うので」
「情けない話しですが、私ではあなた方の話には付いていけません……」そう言ってナダールは肩を落とし「もっと勉強しないと」と遠くを見やった。
「おじさん頭いいんだ?」
「仕事もすごくできますよ。なので私は采配は全て彼に任せっぱなしです。私がやるより早いし、的確なので」
「そうなんだ……でも俺、一週間仕事の話禁止って言ったよな」
「分かっています、お休みが終わったら、ですね。明日は家探せるといいですねぇ」
「あぁ、それな、アジェがもう何軒か見付けてくれたってさ、明日一緒に見行こうって言われてる」
「え? 本当ですか?」
「本当、本当。いい家あるといいな」
そう言ってグノーは笑った後「ところでお前、熱下がったの?」とナダールの額に手を当てる。
「もう大丈夫ですよ。頑丈だけが取り柄だと言ったでしょう? ご飯も美味しくいただけましたし、身体がふらつく事もありません」
ナダールはにっこり笑みを零し、実際その熱は完全に平熱に戻ってしまっているようで、グノーは呆れる。
「本当に下がってるし……でもその調子だと今までもこんな事何回もあったんだろう? あんまり過信しすぎるなよ、毎回こんなにすぐに回復するとは限らないんだからな!」
「だったらあなたが見ていてくれればいい。きっと私は自分では気付きません」
そう言って笑顔を見せるナダールに呆れつつ「そうするよ」とグノーは呟いて、溜息を零した。
サラはナダールが生まれた頃にここルーンに嫁いでおり、今まで交流はないに等しい。それでもサラは「懐かしいわ」と目を細めた。
「そういえば、なんで母さまはメルクードからこんな遠い隣国にまで嫁いで来たのです?」
「あら、うふふ。話した事はなかったわね。昔、お父様がメルクードに留学にいらしてね、兄と学校で知り合って紹介されたのよ。あれが紹介と言えるかどうかは分からないけど」
そう言ってサラは昔を懐かしむように更に笑った。
「私はギマールとは仲が悪かったからね……」と領主ジョセフも苦笑を零して、アジェは首を傾げた。
「仲悪かったんですか? 意外」
「私も昔は色々とやんちゃだったから、とだけ言っておこうか」
その昔の話を話したがらない領主ジョゼフと、それを可笑しそうに見詰め微笑む領主夫妻は本当に仲の良い夫婦なのだと分かる。
「兄には『あいつにだけは近付くな』って言われてね、ふふ、それが紹介みたいなものだったわ」
「え……意外すぎる。お父さまは昔どんな感じだったんです?」
ジョゼフは困ったような表情で、視線を宙に彷徨わせたのだが、皆の視線に諦めたようにひとつ息を吐いた。
「ギマールは若い頃から生真面目でね、正直最初は苦手だったのだよ。彼には怒られてばかりで……あぁ、やはりこれ以上はあまり聞かないで貰えるとありがたいな」
「うふふ」と更にサラは微笑むのだが、ジョゼフは心底困りきった表情で、そのやんちゃぶりが相当言い難い事なのだろうなと、なんとなく想像ができた。
「でも、そんな感じでよく父が結婚を許しましたね? うちは祖父が早くに他界してますから、父の許しがなければ結婚できなかったと思うのですけど」
「そこは頑張ったよ、許してもらうまで5年かかった。それなりの努力をして、今がある。こうやって真っ当に領主の座に座っていられるのも、ギマールのおかげだ」
「すごく意外……」
アジェの呟きは当然だろう、アジェの知る限り領主ジョゼフは昔から今のままだった。威厳も風格も生まれ持った物だと思っていたのに、それはどうやら違っていたようだ。
「人は誰しも成長するものだよ。その成長が何をきっかけに成されるのかは人それぞれだが、私の場合は妻との出会い、そしてその兄であるギマールとの出会いであったのだろうな」
サラと結婚してからも色々な事があったが、その思いは変わらない、と領主ジョゼフはそう言って穏やかな笑みを見せた。
「なんだかそれはとてもよく分かる気がします。私もグノーに出会わなければ今頃メルクードで何も考えずに、単調な生活を繰り返していたと思います。この人に出会ったことで私の世界は一気に広がりましたし、人間的にもずいぶん成長できたと感じています」
領主は頷き「いい出会いをしたね」と、そう言い「君はどうなのかな?」とグノーにも言葉を促す。
「お……自分は、まだ全然成長途中で、ナダールや周りにも迷惑かけっぱなしで、でも、やっぱりこの出会いがなかったら、今の自分はなかったと思うので、出会えて良かったと思っています」
「そうか、そうか」と領主は目を細めて、次に息子2人を見やる。
「君達にはそういう出会いはあったかい?」
「私の成長の出会いはアジェ以外にはないですよ。幼い頃に出会ってから、私はずっと彼に相応しい人間になろうと努力してきた。それはそういう事ですよね?」
エドワードの言葉にアジェが赤面する。
「ふむ、そのようだな。アジェも同じなのかな?」
「僕は……そうですね、僕もそう思います」
アジェは頬を赤く染めながらも少しだけ言いよどみ、その後はいつもの笑顔でにっこり微笑んだ。
「そうか、それならそれもいい。2人が協力してこの地を治めてくれるのならば、カルネ領も安泰だ。だが、できれば早く孫の顔も見せて欲しいのだがな」
「鋭意努力中です、今しばらくお待ちください」
「ちょっと、エディ! そういう事言わないでよ!」
「嘘は吐いてない。誰かさんが子供ができないと結婚しないと言い張るから、まだ婚姻関係も結べていないが、私はあなた以外を選ぶ気はない」
「そうだけど、そうだけどさぁ!」
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『恋人』というよりはすでに事実婚状態なのだなとその2人の関係を察する事ができて、グノーとナダールの2人も笑ってしまった。
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「子供……子供……」
何かが引っかかる、小さな幼子の顔が頭の隅をチラついて、ツキンと頭が痛んだ。
「どうしました?」
「え? あれ? なんだっけ……?」
「顔色悪いですよ? 調子が悪いようなら先に横になっていてください」
体調が悪いはずのナダールに気遣われて、なんだかいたたまれない。
しかも、横になるのはいいのだが、そこにはあるのは大きなキングサイズのダブルベッドで、それにも何ともいえない居心地の悪さを感じる。
最初にナダールが寝ていたのは本当に急作りの客間で、そのベッドもナダールが寝るには少し小さすぎる普通サイズの物だったのだが、食事を終えて戻ろうとしたら「グノーも泊まるでしょ? 改めてちゃんと部屋用意したから」と別の部屋に案内されたのがこの部屋で、どうにも居心地が悪くて仕方がないのだ。
確かにそのキングサイズのダブルベッドならナダールもはみ出す事なく寝る事ができるが、完全な夫婦扱いに、どうにも落ち着かない。
「なぁ、ナダール。俺達完全に夫婦扱いだけど、本当にいいのか? それにお前、寄宿舎の奴等にどこまでバラしてあるんだ? 皆俺の事女だと思ってんの?」
「どうなんでしょう、私もはっきりとは分からないのですよ、誰も何も言わないので。一応コリーさん、スタール、キース君・ハリー君には話したので知っていますよ。それ以外の方にはまだ話していないので、なんとも。ですが別に隠してもいないので、何かの拍子に気付いた方もいるかもしれませんね」
「そっか……お前、いつの間にか騎士団長なんかやってるし、やっぱり体裁悪いよな? 俺、女のふりしたほうがいい?」
「別に今まで通りで構いませんよ、それで何か言われた事も今まで一度もありませんし、あなたは、あなたのままでいてくれた方が私は嬉しいです。隠す必要なんてどこにもないでしょう?」
ナダールは平気平気と笑うのだが、そんなに簡単に笑って済ませられる問題なのか今の自分には分からない。
「それよりも、そろそろその指輪、私としては指に戻して貰えると嬉しいんですけどねぇ」
グノーの首からネックレスのように提げられた指輪を、ナダールは持ち上げる。
「え? これ、こうやって持ってるのが普通だったんじゃねぇの?」
「それはあなたが痩せて指輪が落ちるようになってしまったから首から提げていただけで、あなたはちゃんとこれを指に嵌めてくれていましたよ。ある程度体重も戻りましたし、今ならもう嵌るでしょう?」
そう言って、ナダールは鎖から指輪を外し、グノーの指に嵌めて満足気な笑みを見せる。
「まだ少し緩いですかね。やはり太ったら外れなくなるように細い指輪も準備するべきでしたね」
「お前、どんだけ独占欲強いんだよ」
「嫌ですか?」
「嫌じゃねぇけど、時々怖い」
「……また怖いと言われてしまいました……」
見る間に落ち込んだナダールを、時々だけだからとグノーは慰めるのだが、完全に落ち込んでしまったナダールは瞳を伏せる。
「ごめん、ごめんってば! お前は俺の特別だから、別に何したっていいんだ。独り占めだってなんだってすればいいよ、俺も嬉しい」
「でも、怖いんでしょう?」
「お前が怖いんじゃないんだ、お前が俺の為に俺以外を拒絶するのが怖いんだよ。俺はお前だけいれば幸せだけど、それだけじゃ駄目なのちゃんと分かってる。そういうの全部ひっくるめての怖いだから、お前が怖いんじゃない」
「私が変わってしまうのが怖いのですか?」
「え……うん、まぁ、そうかな」
上手く言えないけど、とグノーは一生懸命言葉を探すのだが、何と言っていいのか分からずに、途方に暮れた。
「私は変わりませんよ、今も昔もこれからも、ずっとあなたの傍らにいる約束を違える事は決してしない。その為に周りに理解を求めていく姿勢を変えるつもりもありません」
グノーをイリヤに置き去りにした事を棚に上げ、そう言い募る。もう今後一切、彼を離す気はないのでそれでいいのだ。
「うん、だったらいい。俺、お前の足手纏いにはなりたくないんだ」
「足手纏いって何ですか? そんな事がある訳ない。それこそ私が今ここにいるのも、騎士団長になったのも、幸せに生活しているのも、全部あなたのおかげなのに」
グノーに寄って行って、その頭を撫でると「お前は俺に甘すぎる」と彼は呟く。
「あなたが自分に厳しすぎるんですよ。もっと目一杯私に甘えて、幸せを享受すればいいのに、私はあなたが笑っていてくれさえすればそれで充分なんですから」
「そんなの俺、ただの馬鹿みたいじゃん。俺はそんなの嫌だね、お前とは対等でいたいから、絶対そんな風にはなりたくない」
「強情ですねぇ。まぁ、そんな所もあなたらしくて、私は好きですよ」
「あぁ~あ、俺にも何かできる事ないかなぁ……」
使えるのは腕っ節と多少の専門知識だけで、それ以外は常識ですら危うい自分に溜息しか出てこない。
「それなら少しコリーさんとお話してみてください。彼、あなたと話がしてみたいと言っていましたからね」
「コリーさん? もしかして、怖いおじさん?」
「あれ? 分かるんですか?」
グノーの記憶は朝起きた時にある程度またリセットされているはずだ。今日はコリーとは顔も合わせていないので、彼を覚えている事に驚いてしまう。
「なんか印象強いっていうのか、威圧感半端ない感じでその名前に怖いおじさんのイメージが付いてる。顔は思い出せないんだけどな」
「それはまた凄いですね。今までそんな事一度もなかったのに」
「やっぱり怖いのか?」
「物をはっきり言う人なので、第一印象は怖いかもしれませんが、そこまで怖い人ではありませんよ」
「そうなんだ、でも話しって?」
「先程も少し話しましたけど、商業施設の誘致の話ですよ。あらかた概要は掴めましたので、私から話してもいいのですけど、細かい話しは2人でして貰った方がたぶん話しも通じると思うので」
「情けない話しですが、私ではあなた方の話には付いていけません……」そう言ってナダールは肩を落とし「もっと勉強しないと」と遠くを見やった。
「おじさん頭いいんだ?」
「仕事もすごくできますよ。なので私は采配は全て彼に任せっぱなしです。私がやるより早いし、的確なので」
「そうなんだ……でも俺、一週間仕事の話禁止って言ったよな」
「分かっています、お休みが終わったら、ですね。明日は家探せるといいですねぇ」
「あぁ、それな、アジェがもう何軒か見付けてくれたってさ、明日一緒に見行こうって言われてる」
「え? 本当ですか?」
「本当、本当。いい家あるといいな」
そう言ってグノーは笑った後「ところでお前、熱下がったの?」とナダールの額に手を当てる。
「もう大丈夫ですよ。頑丈だけが取り柄だと言ったでしょう? ご飯も美味しくいただけましたし、身体がふらつく事もありません」
ナダールはにっこり笑みを零し、実際その熱は完全に平熱に戻ってしまっているようで、グノーは呆れる。
「本当に下がってるし……でもその調子だと今までもこんな事何回もあったんだろう? あんまり過信しすぎるなよ、毎回こんなにすぐに回復するとは限らないんだからな!」
「だったらあなたが見ていてくれればいい。きっと私は自分では気付きません」
そう言って笑顔を見せるナダールに呆れつつ「そうするよ」とグノーは呟いて、溜息を零した。
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