運命に花束を

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運命に花束を②

運命の家探し①

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「私、あの人を連れてここを出ようと思うのですけど……」

 出勤してきた副団長コリーにそう言ったら、意外とあっさり「いいんじゃないですか?」と返されて拍子抜けした。

「仕事を放り出して遠くに行く訳ではないんでしょう? それで言ったら私だって通いで働いているのですから、別に構わないと思いますけど?」

 「反対でもされると思いましたか?」と逆に不思議そうな顔をされ、こちらの方が困惑してしまう。

「いえ、外に出るという事は仕事時間も減るという事ですので、怒られるかと思ったのですけど……」
「なんで私が怒るのですか? あなたの方が上司なのですから、あなたの好きなようにしたらいい」
「本当にですか? 今のペースでは働けなくなりますよ?」
「むしろ少し休んだら如何ですか? あなた働き過ぎですよ」

 コリーにしれっとそう言われて「仕事持ってくるの、あなたじゃないですか!」とつい声を荒げてしまう。

「それについては、それが私の仕事ですから。それにあなたは尻を叩けば面白いようによく働くので、つい。遅れた1ヶ月分はすでに取り戻していますので、別段なんの問題もありませんよ。むしろ少し先に進み過ぎなくらいなので、休んでもらっても全然構いません」

 1ヵ月も放置された前科がありますので、仕事は早目早目に回させてもらっています、とコリーは淡々とそう言った。

「そういう事は早く言ってくださいよ……」

 思わず大きな溜息を吐くナダールに、コリーは微かに笑った。

「言ってサボられたら困るじゃないですか、主に私が」
「私、何の理由もなく仕事をサボるような、そんな人間じゃありません!」
「それはこの1ヵ月見ていてちゃんと理解をしています。だから今こうやって休んでもいいと言っているんじゃないですか」
「家探しと、引越しの為に一週間くらい休んでも問題なく?」
「問題ないですよ。でも、日に一度はこちらに顔を出してください。急な案件があると困りますので」

 「分かりました、ありがとうございます」礼を述べて、ナダールは席を立った。

「あ、あとひとつ。8班のジミーさん行方不明なので、それだけはご報告を。野放しにはせずに、ちゃんと牢に放り込めば良かったのに、何故逃がしたのですか?」
「最後の温情ですかね。私、次にあの人の顔を見たら問答無用で斬り捨てますので、その時は事後処理と第2騎士団をよろしくお願いしますね」

 ナダールはそう言ってにっこり笑う。
 コリーはそんなナダールの笑みを見て「そうならない事を祈っていますよ……」と溜息を吐いた。



「一週間休みを貰えたので、家を探しに行きましょう」

 目覚めたら、開口一番ナダールに嬉しそうにそう言われて意味が分からない。

「家? あれ? ここどこ?」
「ルーンですよ、領主様の館の近くでもいいかもしれませんね。そうしたら、あなたもアジェ君の所にいつでも遊びに行けます」
「え? アジェ? ルーン? ちょっと全く理解できないんだけど!」

 グノーが首を傾げて疑問を投げかけるのだが、そんな疑問に何の回答もくれず「いいから、いいから」とナダールはご機嫌だ。

「一週間もありますからね、説明なら幾らでも何度でも。さぁさ、着替えて行きますよ」

 「説明する気があるなら今しろよ!」という叫びを軽く無視して、ナダールは自分とグノーの身支度を整えてしまう。
 ハイテンションのナダールは引っ張るようにして、グノーを外へと連れ出してしまい、そこがどこだかも分からないグノーはきょろきょろと辺りを見回した。

「ルーンでも町中じゃないんだ? ってかルーンにこんな建物あったっけ?」

 更に首を傾げるグノーを馬に乗せ、自身もその馬に乗り「うふふ」と笑みを零す。

「なんかお前、妙にテンション高いけど大丈夫か? 俺、また記憶おかしくなってるみたいだし、何かあった?」
「別に何もありませんよ。あなたは少し記憶が飛んでいるだけ。私は私でちょっと色々嬉しくて、少しハイになっているのかもしれませんね」
「珍しいな、何か良い事あった?」
「あなたをまるっと1日独り占めできるのが、とても嬉しいです」
「何それ、そんなのいつもの事だろう? 今なんか違うの?」

 グノーは戸惑い顔を見せるのだが、そんな表情のひとつひとつが嬉しくて、抱きしめて、やはりまた「ふふふ」と零れるように笑ってしまう。そんなナダールにグノーは少しだけ不審顔を見せつつも、されるがままに腕の中に収まっていた。
 寄宿舎は町からそう離れている訳ではないが、歩けばそれなりの距離があり、その道筋はとてものどかなものだった。

「なんかえらい懐かしい感じだな、ここから向こうに行ったらブラックの家だ」
「そうなんですか?」

 グノーの指差す先は森の中で、またなんでそんな場所に……と思わずにはいられない町の外れだった。だが、ここを訪れてすでに数ヶ月が経過しているのに、そんな事も知らなかったという事に、自分自身が少し驚いてしまう。
 仕事があったから働いていたが、働き過ぎと言われたらその通りな程度に自分は外の事を知らないのだと、自分自身に呆れてしまう。
 町外れに馬を休ませ、町の中を歩いていくと、グノーはあっちの店にはこれがある、こっちの店の食事は美味いと色々な事を教えてくれた。

「久しぶりだから変わってる所も多いけど、この町は変わらないなぁ。皆いい顔で生活してる。俺、なんかこの町好きだな」

 そう言って彼は笑みを見せるので、こんな事ならもっと早く連れて来れば良かったとナダールは少しだけ後悔した。

「そうだ、アジェ君の所にも寄ってみましょうか?」

 ナダールのその提案にグノーはまたぱっと笑顔を見せて「行く!」と子供のように喜んだ。


「あれ? 2人してどうしたの? もう出歩いても大丈夫?」

 領主の館に面会を求めると、アジェはすぐに笑顔で2人の元に駆けつけてくれた。

「はい、まだ多少記憶は混乱していますが、あなたの事もちゃんと覚えていますよ」
「なんかまた色々と迷惑かけたみたいで、ごめんな。俺、変な事したり言ったりしなかったか?」
「あはは、大丈夫だよ。グノー子供みたいに可愛くて、新鮮だった」
「え……参ったなぁ」

 自分では何を言ったのか、何をしたのかまるで覚えていないグノーは困り顔で自身の髪をくしゃりと掻き上げた。

「ところで今日はどうしたの? ナダールさん仕事は?」
「休みを貰いました。実は寄宿舎からこちらに引っ越してこようと思って、良い家がないか探しに来たのです」
「え? 本当? いいと思う。どの辺かもう決めたの?」
「いえ、引越しを決めたの昨晩なので、まだ全然」
「そうなんだ、今ね、騎士団の方で人をたくさん募集したでしょう、だから少し住宅不足なんだよね。言っても安い単身者用の所ばっかりだけど、普通に一軒家なら幾つか心当たりあるけど……」
「それならそれで全然構いません。むしろその方がありがたいです」
「ルイちゃん達も呼ぶの?」
「いえ、それはまだ……」

 アジェの何気ない言葉と、言い澱むナダール。
 『ルイ』という名前に心当たりのないグノーは首を傾げた。

「ルイって……?」
「あぁ、ごめん。なんでもないよ」

 アジェは慌てたように首を振るし、妙ににこにこしていたナダールも少しだけ瞳を伏せるので、それに不穏な物を感じてグノーはやはり首を傾げた。

「ルイ……ルイ……なぁ、ナダール、ルイって誰だっけ?」

 なんかこうもやっとするんだよなぁ……何かが体の中で引っかかっているようなそんな感覚に軽く胸を叩く。

「思い出さないのなら、まだその時ではないのですよ。焦らずゆっくり思い出しましょう、大丈夫ですよ、必ずきっと思い出しますから」

 グノーの頭を撫でながらそんな事を言うナダールのその物言いが、何か妙に心の中に残って、自分はまた何か重大な事を忘れているのかもしれないとそう思うのだが、ナダールもアジェも何も言わずに笑みを見せるので、それ以上は何も聞けずに黙り込んだ。
 その時、ふとアジェがこちらを見やって、首を傾げる。

「ねぇ、ナダールさん少し顔色悪くないですか? 大丈夫?」

 え? とグノーがその顔を見上げると、ナダールは「そうですか?」と笑うのだが、確かにその顔色はいつもより血色が悪く、グノーは慌ててその手を取った。
 頬が上気しているのは寒い中、馬を走らせてきたせいだと思っていたし、彼の体温が高いのはいつもの事だったので全く気が付かなかったのだ。だが掴んだ手はとても熱くて、これは普通じゃないと青褪めた。

「お前熱あるじゃねぇか! 調子悪いなら早く言えよ!!」
「別に調子は悪くないですよ、今日はちょっといつもより寒いかなと思う程度で……」
「それ調子が悪いって言うんだよ! この馬鹿!! 変にテンション高かったのそのせいだな!」
「いやいや、そんな訳ないじゃないですか。私は本当に頑丈なだけが取り柄なんですよ?」

 でも、指摘されてしまうとなんだか少し体が重い気もする。促されて椅子に掛けると、改めて額に手を当てられた。グノーの手はとてもひんやりしていて気持ちがいい。

「何が頑丈だけが取り柄だよ、ただ気付いてないだけじゃねぇか、この馬鹿! ごめん、アジェ。俺、こいつ連れて帰る」
「何言ってるの、無理だよ! ナダールさんが倒れたら、グノーなんか潰されちゃうよ。ちょっと待ってて、すぐ部屋準備するから!」

 アジェは奥へと駆けて行き、使用人と思われる者達に幾つか指示を飛ばして戻って来た。

「大丈夫ですか? 動けますか?」
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ? そんなご迷惑……」

 かけられない、と言いながら立ち上がろうしたら、すーっと血の気が下がった。
 立ち眩みで視界がぼやけ、あぁ……これはよくない、と思った瞬間には周りの音が遠くなり、視界はブラックアウト、その時自分は昏倒したのだという事は後で聞いて知った。

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