運命に花束を

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運命に花束を②

運命と仕事の両立②

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 スタールが部屋の扉をしめて外に出ると、その扉の影に隠れるようにしてハリーが座り込んでいた。

「なんだ、お前まだいたのか」
「なんとなく、帰るタイミングを逃しました」
「そうか、子供はもう寝る時間だ。帰れ帰れ」

 スタールはそう言って自分の部屋へと足を向ける。

「あのっ、僕もスタールさん達と一緒にここにいてもいいですか?」
「あ? 何言ってんだ、お前も俺等の仲間だろ? もう数の内に入ってるから、今更文句は聞かねぇよ」

 スタールの言葉にぱっと表情を明るくしたハリーは「よろしくお願いします!」と頭を下げると、スタールはやはり面白くもなさそうな顔をしているのだが、ハリーのその下げた頭をくしゃくしゃと掻き回して「さっさと寝ろ」と去って行った。

 ハリーはナダール騎士団長の部屋を気にしつつも自分の部屋へと戻る。ハリーが部屋に戻ると、ハリーと同室のキースはもう寝息を立ててぐっすり寝ていた。
 元々グノーの見張りを命じられていたのは、自分達18歳以下の下っ端で構成された少年兵の班だった。
 だが、彼等もせっかく騎士団に入って、こんな辺鄙な場所にまで付いて来たのにやる仕事がこんな事かと不満を持っている事は分かっていた。
 数日間は交替でしぶしぶやっていたのだが、あまりにも彼等の愚痴と、グノーやナダール騎士団長への中傷が酷くなってきたのでキースがキレて「そんなに嫌ならあとはオレ一人でやるから、お前等好きに自分の仕事してろよ!」と皆を追い払ってしまったのだ。
 元々キースとハリーはナダールが騎士団長へと成り上がった試合、武闘会から彼等と一緒にいる仲間だ、他の者のように突然配下に付かされた訳でもなく、2人の事はよく知っていた。
 そんな2人を悪く言われる事にキースは耐えられなかったのだろう。
 キースは「お前も行きたきゃ行けよ」とそう言ったが、ハリーはそれに首を振った。
 自分はとても気が弱い、今までもずっと人に流されて生きてきた、そんなハリーをキースは彼等に迎合していると思っていたのかもしれないが、そんな事は全くない。今まで表立って反論はしてこなかったが、ずっと嫌な気持ちは抱えていた。

「一人じゃ交替もできないだろう?」

 そう言ってハリーはキースの元に残り、ここ数日は彼と2人で交替しながら見張りにあたっている。

「ん……まぶし……」
「あ、ごめん。今、消す」

 持っていた灯りの火を消して、ハリーは自分の寝台へと潜り込んだ。

「ふぁぁ……今日も元に戻らなかったな……」
「うん、そうだね。まだもう少し時間がかかるって団長言ってたよ。いつもならもっとべったり甘やかすから、もう少し回復が早いけど、今回はそれが難しくてって」
「そっか、じゃあ明日も早いな。お前も早く寝ろ」
「うん、あ……そういえば僕達、見張り外されたよ」
「え!? なんで!?」
「スタールさんが、見張り、自分達の班に変えろって、今は何が起こるか分からないから危ないって言って。明日、団長から正式に通達があると思うよ」
「そうか……」

 キースの声が少し沈んでいるのが分かる。

「でもね、僕、スタールさんに僕も仲間に入れてって言ってみたんだ、そしたら僕達は数の中に入ってるから文句は聞かないって言われた。なんだかんだでスタールさんって優しいよね」
「なんだ……そっか……」

 今回のこの件で2人が少年兵の班から完全に浮いてしまったのは確実だった。スタールがそう言ったのなら、班自体の変更もあるのかもしれない。
 スタールは武闘会では一回戦敗北だったので、本来なら自分達と同じ平の兵卒のはずだったのだが、元々が分団長、更に二回戦他の者を率いて一着ゴールを果たしていた功績を鑑みて、班長相当と判断された。しかも他の班より人数の多いスタール班は、ほぼ分団長クラスであると言っていい。
 誰もが一回戦で当たった相手が悪かったと判断した結果である。

「今までちょっとキツかったから、これで安心だね」
「あぁ、そうだな……今日はもう寝よ、寝よ」

 そう言ってキースはまたすぐに寝息を立て始めたのだが、ハリーはその寝息を聞きながら、少しだけ今後の事に不安を覚え、寝られずにいた。



 翌朝、朝食時に班の再編成と見張り交替の命が改めて下された。予想通り、キースとハリーの2人はスタール班に組み込まれ、2人は諸手を上げて喜んだ。

「本日からこちらに配属になりました、よろしくお願いします」

 2人揃って頭を下げたら「そんな堅苦しいのはいらねぇよ」と皆に笑われた。

「2人共よく頑張ったな。まぁ、こっちはこっちで大変だし、甘やかしはしないから覚悟しとけよ」

 そう言ってスタールは2人の頭を撫でた。

「子ども扱いしないでくださいよっ!」

 キースはそう言って怒っていたが、ハリーは正直ほっとしていた。
 この数日、キースと2人でグノーの見張りをしていたが、やはり風当たりは強く、嫌味を言われる事は多々あった。
 もし何かあった場合、自分一人では対処ができない。ハリーはそれを恐れていた。
 自分が力でも心でも人より劣っている事は分かっていたから、もっと強くならなければ……とそう思っていたのだ。

「開墾事業、力仕事の方も今まで通り、そこにあいつの見張りが加わっただけだ、文句はねぇな? ある奴は今のうちに言っとけ、外してやるよ。見張りは二人一組三時間交替だ、昼寝の時間に当たった奴はラッキーだったと思っとけ」

 「基本的には起きたら団長に知らせるだけの簡単な仕事だ」とスタールは笑いながら言い「違いねぇ」と皆も笑ったが、その後声のトーンを落としてこう言った。

「最近あの2人に不満を持っている奴等は多い、楽な仕事だが、油断はするな」

 その言葉に皆それぞれ神妙な面持ちで頷いた。



「なんだか本当に皆さんにはご迷惑おかけしてしまって、心苦しいです」

 執務室でナダールが溜息を吐いていると「溜息を吐いている暇があるなら、まず手を動かしなさい」と副団長のコリーに怒られた。

「あなたは本当にやる事成す事すべてが前代未聞で、こっちは胃がキリキリ痛み通しですよ」
「すみません……」

 改めてナダールはコリーに頭を下げる。
 副団長は本来団長一人につき三人付くのだが、今回遠方での仕事という事もあり、コリー以外の副団長は第1・第3騎士団に一人ずつ預けられ、現在共に働いているのはコリー・カーティス一人となっている。
 長期になるようならば交替でという話もあったのだが、コリー自身がもう引退を考えている身で、この仕事を最後に引退を、ついでに田舎に引っ込もうという腹づもりで来ていたのでその話はなくなった。
 コリーは家族も連れ、近くに家も準備して田舎暮らしを満喫するつもりでここルーンへ越して来ていたのだが、思いもかけず激務が続き、胃薬の手離せない日々が続いている。

「あなたにはこの私の騎士団人生の最後をこんな栄誉ある立場で締めさせてくれた事に感謝すらしていたというのに、何もかもこれで全部チャラですよ。分かったらシャキシャキ働きなさい!」

 無表情に叱責されてナダールは「はい!」と姿勢を正して再び書類へと目を落とす。
 それでも一ヶ月も仕事をほったらかしにしたにも関わらず、滞りなく仕事が回っていたのはコリーの功績による所が大きく、ナダールは完全にコリーには頭が上がらなくなっていた。

「それにしても、あなたと奥さん、下の者達が快く思っていませんからね。何故ここに連れて来たのです? 療養させるにしても他に預けるなり、ちゃんとした施設に入れるなり、他にできる手段もあったでしょうに。なんなら我が家で預かりましょうか?」

 「うちには妻も娘もいますし」とコリーは言ってくれたのだが、それには再び謝罪をして首を振った。

「あの人、私以外じゃ駄目なんです。下手に知らない人間に預けると病状が悪化しかねないので、申し訳ないですがそれはできません」
「理由を聞いても?」
「あなたには一番ご迷惑おかけしましたからね……」

 ナダールは溜息を吐きつつ、コリーにはすべて包み隠さず話す事に決めた。
 グノーがメリアの王子であった事、過去何があり、現在何故こうなってしまっているのか、洗いざらいを打ち明けると「突っ込み所が多すぎて、どこから突っ込んでいいのか分かりませんね」と、話を聞いたコリーは呆れたようにそう言って首を振った。

「ですよね……でも一切嘘は吐いていませんよ。確認されたいようならカルネ領主の子、アジェ君、もしくはエドワード君、あぁクロードさんに確認してもらっても大丈夫です。それでも信じられないようなら国王陛下もすべてご存知ですので確認お願いいたします」
「今、さらっと突っ込み所が増えましたよ」
「え? どこにですか?」

 本気で「私、変な事言いましたっけ?」と首を傾げるナダールに、そんな一平民の事情を国王陛下にわざわざ確認なんてできる訳がないでしょう……とコリーは心の中で思っていたのだが、そこまで言い切るのであれば、100%嘘くさかろうとも真実なのだろうとそう思う。
 そもそも、この天然で何事にも悪気がなさそうなこの男に、そんな訳の分からない嘘が吐けるとは思えない。

「分かりました、すべて了解です。私もできうる限りの手助けはいたしましょう。ですので、あなたも全力で遅れを取り戻しなさい! 手が止まっていますよ!」

 ナダールはまた「はい!」と慌てたように姿勢を正して書類に目を通し始め、コリーはこっそり溜息を吐いた。

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