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運命に花束を②
運命の武闘会その後④
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こうして、あちらこちらでドラマが生まれながら、翌週ファルス王国騎士団の新たな体制が整った。
ナダールは第二騎士団長として色々な仕事を与えられたが、コリー副団長が思いの外仕事のよくできる人で、それを見守りつつ、時折意見を求めらたらそれに答えて仕事を回すという形がいつの間にか出来上がっていた。
どちらにしても足に怪我を負っている状態では実労働は碌に出来なかったので、それはとても有難かった。
「なかなか上手くやってるみたいで安心したよ。ブラックからどんな無茶な要求がくるかと思ってたけど、さすがに少しは考えるようになったかな」
「そうですね、兵卒の頃に比べるとずいぶん楽になりましたよ」
グノーとナダールは子供達を城に預けて、街の裏通りを歩いていた。
「それにしてもお店、ずいぶん奥まった場所にあるんですねぇ」
「だな、俺も最初に来た時は本当にここでいいのか不安だったよ。ほら、あそこ」
言ってグノーが指差す先には一軒の普通の民家が建っていた。
「え? ここですか?」
「一応小さいけど看板も出てるよ、ほら」
それは本当に申し訳程度の小さな看板に「刃物・刀剣鋳造承ります」と書かれている。
「お店自体の看板ではないのですね」
「そうなんだよ、お店自体の名前はないんだって。親父が、俺が看板だ! って豪語してた」
こんな感じでは知っている人間にしか分からないし、商売になるのか……? と思わず首を傾げてしまう。
「親父、邪魔するよぉ」
家の裏側に回り、グノーは中庭の方へと遠慮もなく入っていく。家の表側は本当に普通の住居だったようで、お店自体は裏側工房の方で商っているのだろう、本当に分かりにくい事この上ない。
中庭に面する工房のような場所からは鉄を叩くカンカンという小気味いい音が響いていた。
「親父! 親父ってば!! 剣できてる?」
工房の奥で一向にこちらを見ようとしない老齢の男は、一心不乱に鉄を叩き続けている。
熱気は自分達の方まで及んでいて、熱いくらいだ。
「ねぇ、親父ってば!!」
「やかましい!! 少しそこで待っておれ!」
そう怒鳴って鍛冶職人と思われるその老齢の男はこちらをちらりと見る事もなく、鉄を打ち続けるので、グノーは「またか……」と溜息を零した。
「注文に来た時もこんな感じでさ、少しってどれぐらいだよって話だよな。ちなみにその時は俺一時間以上待って存在忘れられたからな」
「それはまた……それにしてもこれは凄いですね」
工房の壁には所狭しと刀剣・短剣・矛や槍その他諸々の刃物類が無造作に立てかけられたり、飾られたりしていて、まるで刃物の見本市だ。
中には使用用途の分からないような物まで無造作に置かれていて、圧巻だ。
「な、凄いだろ? これだけ作れる暇があるなら、俺の剣の一振りくらい追加で作ってくれてもいいと思わねぇ?」
「それは、他にもたくさん仕事があるのかもしれませんし、そういう無理は言ってはいけないと思いますよ」
「そうかなぁ……」とグノーは不満げな顔だ。彼は壁に立てかけられた剣を一振り無造作に選び取って、何気なく幾度か振って「これいいなぁ」と呟く。
「自分の物でもないのにそんな風に扱っては駄目ですよ」とグノーを嗜めるように言うと、鍛冶職人は顔も上げずに「構わん、好きに使ってみろ」とそう言った。
「え? いいんですか?」
「構わんと言っておる」
「やりぃ!」とグノーは喜色満面、嬉しそうに幾つかの剣を手に取り、同じように構えては振りを繰り返し、最終的に一番最初に手に取った一振りを手に取って「やっぱりこれがいい」と頷いた。
「親父、もう作ってくれとは言わないから、これ俺に売ってよ」
グノーがそう言って職人に声をかけると、いつの間にか職人はその手を休めてこちらを見ていた。
「あんたはやはり、それを選んだか」
職人は一振りの剣をグノーの前に差し出した。
「あれ? これこいつの? 少し細くね?」
「これはお前のだ、振ってみろ」
「え? 俺?」
戸惑ったようにグノーはその剣を手に取り、こちらを見上げてくるので、ナダールはそれに笑顔で頷いた。
剣を鞘から抜いて構えてみる、重さも長さも理想的だ。振りもしっかりしていて手に馴染む。何度か振って、頷いて、また振ってを繰り返すグノーの瞳はキラキラしていた。
「親父、これ凄い! 俺にくれるの!?」
「無料でやるかっ! ……と言いたい所だが、あんた等にはどうもうちの孫が世話になったみたいなんでな」
「え? 孫?」
それは一体誰の事だ? と首を捻る。
「あんた等、武闘会の二回戦でその辺を走って行って、その時子供を助けただろう」
「え? あぁ、もしかして戦いに巻き込まれそうになってたあの時の兄妹?」
そう言われてみると、ここは二回戦の時に自分達が通った道にかなり近い、自分達とどこかの兵士がぶつかった時に、恐怖で動けなくなっていた子供が確かにいた。
「どうやら、そのようだ。あんたが注文に来た後、あの時自分達を助けてくれた人だと孫が騒いでいてな、武闘会に一般の参加者などいる訳もないしと思っていたのだが、アインの小僧が来て、あんたに負かされたと言いおった。よくよく考えたらわしもあんたを見ていた事に気付いてな、あんた武闘会の一般の部、出ていただろう?」
「あぁ、うん、出てた。優勝しないとこいつと一緒に戦えなかったから」
「やはりな、わしはあれは男だと思っていたから、あんたとすぐには結びつかんかった。言えばそこまで無碍にはせんかったものを」
「聞く耳持たなかったの、あんたの方だよ……」
グノーの言葉に職人の目が微かに泳ぐが、それは見ないふりをしておこう。
「あ~うむ、まぁ、そういう訳で、それでも一応本当にあんたなのか確証も持てなかったから試させてもらった。あんたが手に取ったそこの剣、アレはわしが作った物だが、それ以外は全部弟子の作品だ。言っても弟子ももう既に立派な鍛冶職人だから、そこまで悪い物を作りはしないが、それでもあんたはわしの物を選んだからな。その剣はあんたにやろう」
「本当に!? うっわ、嬉しい!」
「元来ファルスで守り刀と言ったら2本でワンセットだしな。ほれ、こっちが旦那の分だ」
そう言って、職人は今度はナダールの前に大振りな剣を差し出した。
「触ってもいいですか?」
「勿論だ。これはあんたの物だからな」
その剣は普通の剣より長く大きく、自分に合わせて剣を作るなどという事をした事がなかったナダールは少し驚いた。
「こんなに大きいのに、重さが手に馴染む。思ったほど重くはないのですね、これはとても使いやすそうです」
「そうだろう、そうだろう」と頷いて職人は振ってみろと促すので、その剣を振ってみると、それは風を切ってひゅんひゅんと小気味いい音を立てる。
職人は「これは使っている玉鋼の材質が」とか「鉄を打つ温度が」とか難しい話を始めたのだが、そんな事は言われてもよく分からず、それでもその大剣が良い物だという事はよく分かった。
グノーはその職人の高説をうんうんと楽しげに聞いている。
「なんだお前、意外と話の分かる奴だな。力ばかり強くても頭の悪いガキ共は人の話を聞きもせんのに」
「え? だって面白いじゃん。その玉鋼ってどこで採れるの? それでこんな部品とか作れない?」
グノーは紙にペンでさらさらと設計図のような物を描いていく。
「ん? これはなんだ?」
「俺、義足とか作ってるんだけど、こういう関節の部分どうしても強度が足りなくなるんだ。これなら材質的に強度も高そうだし、出来たらいいなって思ってさ」
「お? なんだ、お前作る側の人間か? どれ、ほうほう、成る程な……」
言って二人は頭を付き合わせて意見を交わし始めてしまう。
そんな二人を見やって、少し長くなりそうだな……とナダールはそっと剣を持ち、工房から外へ出た。工房の中で少し振ってはみたものの、自分も剣も大きすぎて思い切り振る事が出来なかったので、少し試してみたくなったのだ。
それにしてもとても素晴らしい出来だ。こんなに自分に馴染む剣を今まで持った事などない。
ぶん! と思い切りよく振ると、やはり小気味のいい風切り音がする。これはいい。
「ナダール、親父さん話しがあるって、ちょっと来い」
しばらく無心に剣を振っていたら声をかけられた。ずいぶん長い事自分は剣を振るっていたらしい。
「あ、すみません。今行きます」
工房に戻ると、親父さんが腕を組んでこちらを見ていた。
「あんた達、聞けばメリアとランティスの出身だと言うから、特に必要もないかと思うのだがな、一応こいつの依頼が守り刀だって言うから念のため確認だ」
「なんでしょう?」
「ファルスで守り刀といえば本来は儀式用なんだ」
「そういえば第三騎士団長もそんな事を言ってたな。なんの儀式? お祭りとかそんなの?」
「守り刀と言ったら結婚式用に決まっとるだろう。変な注文だと思ってはいたが、あんたは本当に全く何も知らずに注文してきてたんだな」
「え!?」
グノーは驚いたような顔をして、それから顔を赤く染めた。
「本来2本ワンセットってそういう意味か!」
「どういう意味ですか? というか、ファルスでは守り刀は結婚式で使う物なのですか?」
「昔はまた違った意味合いもあったが、今はそれが一般的だな。どこの国でも大概指輪は二人でする物だが、ここファルスではそれに合わせて女の方から短刀を渡す。指輪と一緒で誓いの言葉を彫り込んだりするんだが、そんな感じならやはり必要なさそうだな」
「誓いの言葉ですか、それはどういった感じに?」
「儀式用の度合いが強いから強度なんかも気にしない、装飾彫りとして刃に入れるのが一般的だな。「愛してる」とか「死が二人を別つまで」とかそんな言葉を彫るんだよ」
「それはいいですね」
ナダールがにっこり笑ってそう言うと、グノーは「え!?」と再び驚きの表情を見せる。
「やっ、やっ、ナダールちょっと待て、よく考えろ。通常ファルスではそうかもしれないが、この剣は実用的な剣だ。そんな物、刀身に彫ったら強度が下がるぞ、な? 親父!」
「まぁ、そうだな。だから彫る気があるなら刀身ではなく柄の中、茎の部分に彫ったらどうだという提案だったのだが、不要ならいい」
「いえいえ、不要なんてとんでもないです。入れましょう、それはいい!」
「ちょっと待て、ナダール! お前本気!?」
「いいじゃないですか、指輪もですが、剣もいつも二人共持ち歩いている物ですよ。そういうのに誓いの言葉って素敵じゃないですか」
「ふむ、旦那の方は乗り気なようだな。普通こういうのは女の方が喜んで入れたがる物だが、あんた等は変わっとるな。それでなんと入れる? なんでもいいぞ」
ナダールは腕を組んでしばし考え込む。
「Always with youなんてどうですか?」
「いいんじゃないか? で、あんたは?」
「え? 俺もか?! 一緒でいいよ、もう……」
「愛してるとか、永遠の愛とかでもいいんですよ?」
「うあっ、やめろっ!! こっ恥ずかしくて剣が持てなくなる! せっかく凄くいい剣なのにっっ!!」
「そんなに照れなくてもいいのに」
へらっと笑うナダールにグノーは「もう!」と怒りなのか照れなのか顔を朱に染めた。
「新しい騎士団長殿は武闘会の時とはえらくイメージが違うな。なんかこう、もっと男らしいイメージだったんだがな」
「私、そんなに女々しく見えます?」
「いや、なんだろうな。嫁の方が男前過ぎて、比べるとどうしても少し見劣りするというか、迫力に欠けるというか……」
「あはは、それはよく言われます」
「笑ってる場合じゃねぇだろう、騎士団長! もっと威厳を持て!」
グノーに叱咤されるも、ナダールは笑うばかりで威厳の欠片も見えはしない。
「まぁ、いい。彫りにあともう数日かかる、三日後に取りに来い。剣を持ってみて具合の悪い所があるようならそれも調整しておくから、今のうちに言え」
「調整なんて……この剣は完璧ですよ。こんなに手に馴染む剣は初めてです」
「そうだろう、そうだろう」と職人は満足げに頷いた。
愛する人から贈られる剣が欲しいという、本当に単純な動機でねだった物だったのだが、思いもかけずとてもいい物を手にしてしまって、嬉しくて仕方がない。
グノーはやはりいつでもナダールの予想を超えてくる。
「でも、これ二振りに剣増えてるけど、金は? 2倍? ちょっと今持ち合わせないんだけど……」
「今回は騎士団長就任の祝いとしてまけといてやるから、これからうちを贔屓にしてくれ。ついでに店の宣伝もな」
「するする、助かる。正直一振りでも予算オーバーだったんだよ。本当助かる」
「そんなにですか? 私も出しましょうか?」
「これはお前へのご褒美! だから駄目!」
その剣が通常その辺で売っている剣の十倍程の値段の代物だと知ったのは、それからずいぶん経ってからの事だった。どこからその金を工面したのか分からないのだが、そんな事はおくびにも出さず、グノーが贈ってくれたその剣は、私の生涯の相棒となった。
足の怪我が治り騎士団長と呼ばれる事にも慣れ始めた頃、ナダールはブラックからの呼び出しを受けていた。
「何の御用でしょうか、陛下」
「あぁ、そういうの別にいいから。ちょっとルーンに行って、エディ達と一緒に土地ならしてきてくんねぇ?」
「土地をならす? ですか?」
「あぁ、詳細は追って指示を出す。まずは一緒に行ける奴選んで、連絡くれ」
それだけ言ってブラックは忙しなく自分の仕事へと戻ってしまう。
「ルーンで土地をならす? そりゃまた思い切った政策だな」
家に帰ってグノーにその報告をすると、グノーは「ついにブラックの無茶振りが始まったか……」と首を振った。
「まぁ、いいか。ルーンにはアジェやクロードもいるし、なんとかなるだろ」
グノーは笑い、自分も「そうですね」と頷いて笑みを見せる。
その仕事が大変なのは分かっていたが、なんとかなるとその時は思っていた、不安など何もなかったのだ、まだその時までは。
そして、これが次の物語の事の始まり。
ナダールは第二騎士団長として色々な仕事を与えられたが、コリー副団長が思いの外仕事のよくできる人で、それを見守りつつ、時折意見を求めらたらそれに答えて仕事を回すという形がいつの間にか出来上がっていた。
どちらにしても足に怪我を負っている状態では実労働は碌に出来なかったので、それはとても有難かった。
「なかなか上手くやってるみたいで安心したよ。ブラックからどんな無茶な要求がくるかと思ってたけど、さすがに少しは考えるようになったかな」
「そうですね、兵卒の頃に比べるとずいぶん楽になりましたよ」
グノーとナダールは子供達を城に預けて、街の裏通りを歩いていた。
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言ってグノーが指差す先には一軒の普通の民家が建っていた。
「え? ここですか?」
「一応小さいけど看板も出てるよ、ほら」
それは本当に申し訳程度の小さな看板に「刃物・刀剣鋳造承ります」と書かれている。
「お店自体の看板ではないのですね」
「そうなんだよ、お店自体の名前はないんだって。親父が、俺が看板だ! って豪語してた」
こんな感じでは知っている人間にしか分からないし、商売になるのか……? と思わず首を傾げてしまう。
「親父、邪魔するよぉ」
家の裏側に回り、グノーは中庭の方へと遠慮もなく入っていく。家の表側は本当に普通の住居だったようで、お店自体は裏側工房の方で商っているのだろう、本当に分かりにくい事この上ない。
中庭に面する工房のような場所からは鉄を叩くカンカンという小気味いい音が響いていた。
「親父! 親父ってば!! 剣できてる?」
工房の奥で一向にこちらを見ようとしない老齢の男は、一心不乱に鉄を叩き続けている。
熱気は自分達の方まで及んでいて、熱いくらいだ。
「ねぇ、親父ってば!!」
「やかましい!! 少しそこで待っておれ!」
そう怒鳴って鍛冶職人と思われるその老齢の男はこちらをちらりと見る事もなく、鉄を打ち続けるので、グノーは「またか……」と溜息を零した。
「注文に来た時もこんな感じでさ、少しってどれぐらいだよって話だよな。ちなみにその時は俺一時間以上待って存在忘れられたからな」
「それはまた……それにしてもこれは凄いですね」
工房の壁には所狭しと刀剣・短剣・矛や槍その他諸々の刃物類が無造作に立てかけられたり、飾られたりしていて、まるで刃物の見本市だ。
中には使用用途の分からないような物まで無造作に置かれていて、圧巻だ。
「な、凄いだろ? これだけ作れる暇があるなら、俺の剣の一振りくらい追加で作ってくれてもいいと思わねぇ?」
「それは、他にもたくさん仕事があるのかもしれませんし、そういう無理は言ってはいけないと思いますよ」
「そうかなぁ……」とグノーは不満げな顔だ。彼は壁に立てかけられた剣を一振り無造作に選び取って、何気なく幾度か振って「これいいなぁ」と呟く。
「自分の物でもないのにそんな風に扱っては駄目ですよ」とグノーを嗜めるように言うと、鍛冶職人は顔も上げずに「構わん、好きに使ってみろ」とそう言った。
「え? いいんですか?」
「構わんと言っておる」
「やりぃ!」とグノーは喜色満面、嬉しそうに幾つかの剣を手に取り、同じように構えては振りを繰り返し、最終的に一番最初に手に取った一振りを手に取って「やっぱりこれがいい」と頷いた。
「親父、もう作ってくれとは言わないから、これ俺に売ってよ」
グノーがそう言って職人に声をかけると、いつの間にか職人はその手を休めてこちらを見ていた。
「あんたはやはり、それを選んだか」
職人は一振りの剣をグノーの前に差し出した。
「あれ? これこいつの? 少し細くね?」
「これはお前のだ、振ってみろ」
「え? 俺?」
戸惑ったようにグノーはその剣を手に取り、こちらを見上げてくるので、ナダールはそれに笑顔で頷いた。
剣を鞘から抜いて構えてみる、重さも長さも理想的だ。振りもしっかりしていて手に馴染む。何度か振って、頷いて、また振ってを繰り返すグノーの瞳はキラキラしていた。
「親父、これ凄い! 俺にくれるの!?」
「無料でやるかっ! ……と言いたい所だが、あんた等にはどうもうちの孫が世話になったみたいなんでな」
「え? 孫?」
それは一体誰の事だ? と首を捻る。
「あんた等、武闘会の二回戦でその辺を走って行って、その時子供を助けただろう」
「え? あぁ、もしかして戦いに巻き込まれそうになってたあの時の兄妹?」
そう言われてみると、ここは二回戦の時に自分達が通った道にかなり近い、自分達とどこかの兵士がぶつかった時に、恐怖で動けなくなっていた子供が確かにいた。
「どうやら、そのようだ。あんたが注文に来た後、あの時自分達を助けてくれた人だと孫が騒いでいてな、武闘会に一般の参加者などいる訳もないしと思っていたのだが、アインの小僧が来て、あんたに負かされたと言いおった。よくよく考えたらわしもあんたを見ていた事に気付いてな、あんた武闘会の一般の部、出ていただろう?」
「あぁ、うん、出てた。優勝しないとこいつと一緒に戦えなかったから」
「やはりな、わしはあれは男だと思っていたから、あんたとすぐには結びつかんかった。言えばそこまで無碍にはせんかったものを」
「聞く耳持たなかったの、あんたの方だよ……」
グノーの言葉に職人の目が微かに泳ぐが、それは見ないふりをしておこう。
「あ~うむ、まぁ、そういう訳で、それでも一応本当にあんたなのか確証も持てなかったから試させてもらった。あんたが手に取ったそこの剣、アレはわしが作った物だが、それ以外は全部弟子の作品だ。言っても弟子ももう既に立派な鍛冶職人だから、そこまで悪い物を作りはしないが、それでもあんたはわしの物を選んだからな。その剣はあんたにやろう」
「本当に!? うっわ、嬉しい!」
「元来ファルスで守り刀と言ったら2本でワンセットだしな。ほれ、こっちが旦那の分だ」
そう言って、職人は今度はナダールの前に大振りな剣を差し出した。
「触ってもいいですか?」
「勿論だ。これはあんたの物だからな」
その剣は普通の剣より長く大きく、自分に合わせて剣を作るなどという事をした事がなかったナダールは少し驚いた。
「こんなに大きいのに、重さが手に馴染む。思ったほど重くはないのですね、これはとても使いやすそうです」
「そうだろう、そうだろう」と頷いて職人は振ってみろと促すので、その剣を振ってみると、それは風を切ってひゅんひゅんと小気味いい音を立てる。
職人は「これは使っている玉鋼の材質が」とか「鉄を打つ温度が」とか難しい話を始めたのだが、そんな事は言われてもよく分からず、それでもその大剣が良い物だという事はよく分かった。
グノーはその職人の高説をうんうんと楽しげに聞いている。
「なんだお前、意外と話の分かる奴だな。力ばかり強くても頭の悪いガキ共は人の話を聞きもせんのに」
「え? だって面白いじゃん。その玉鋼ってどこで採れるの? それでこんな部品とか作れない?」
グノーは紙にペンでさらさらと設計図のような物を描いていく。
「ん? これはなんだ?」
「俺、義足とか作ってるんだけど、こういう関節の部分どうしても強度が足りなくなるんだ。これなら材質的に強度も高そうだし、出来たらいいなって思ってさ」
「お? なんだ、お前作る側の人間か? どれ、ほうほう、成る程な……」
言って二人は頭を付き合わせて意見を交わし始めてしまう。
そんな二人を見やって、少し長くなりそうだな……とナダールはそっと剣を持ち、工房から外へ出た。工房の中で少し振ってはみたものの、自分も剣も大きすぎて思い切り振る事が出来なかったので、少し試してみたくなったのだ。
それにしてもとても素晴らしい出来だ。こんなに自分に馴染む剣を今まで持った事などない。
ぶん! と思い切りよく振ると、やはり小気味のいい風切り音がする。これはいい。
「ナダール、親父さん話しがあるって、ちょっと来い」
しばらく無心に剣を振っていたら声をかけられた。ずいぶん長い事自分は剣を振るっていたらしい。
「あ、すみません。今行きます」
工房に戻ると、親父さんが腕を組んでこちらを見ていた。
「あんた達、聞けばメリアとランティスの出身だと言うから、特に必要もないかと思うのだがな、一応こいつの依頼が守り刀だって言うから念のため確認だ」
「なんでしょう?」
「ファルスで守り刀といえば本来は儀式用なんだ」
「そういえば第三騎士団長もそんな事を言ってたな。なんの儀式? お祭りとかそんなの?」
「守り刀と言ったら結婚式用に決まっとるだろう。変な注文だと思ってはいたが、あんたは本当に全く何も知らずに注文してきてたんだな」
「え!?」
グノーは驚いたような顔をして、それから顔を赤く染めた。
「本来2本ワンセットってそういう意味か!」
「どういう意味ですか? というか、ファルスでは守り刀は結婚式で使う物なのですか?」
「昔はまた違った意味合いもあったが、今はそれが一般的だな。どこの国でも大概指輪は二人でする物だが、ここファルスではそれに合わせて女の方から短刀を渡す。指輪と一緒で誓いの言葉を彫り込んだりするんだが、そんな感じならやはり必要なさそうだな」
「誓いの言葉ですか、それはどういった感じに?」
「儀式用の度合いが強いから強度なんかも気にしない、装飾彫りとして刃に入れるのが一般的だな。「愛してる」とか「死が二人を別つまで」とかそんな言葉を彫るんだよ」
「それはいいですね」
ナダールがにっこり笑ってそう言うと、グノーは「え!?」と再び驚きの表情を見せる。
「やっ、やっ、ナダールちょっと待て、よく考えろ。通常ファルスではそうかもしれないが、この剣は実用的な剣だ。そんな物、刀身に彫ったら強度が下がるぞ、な? 親父!」
「まぁ、そうだな。だから彫る気があるなら刀身ではなく柄の中、茎の部分に彫ったらどうだという提案だったのだが、不要ならいい」
「いえいえ、不要なんてとんでもないです。入れましょう、それはいい!」
「ちょっと待て、ナダール! お前本気!?」
「いいじゃないですか、指輪もですが、剣もいつも二人共持ち歩いている物ですよ。そういうのに誓いの言葉って素敵じゃないですか」
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ナダールは腕を組んでしばし考え込む。
「Always with youなんてどうですか?」
「いいんじゃないか? で、あんたは?」
「え? 俺もか?! 一緒でいいよ、もう……」
「愛してるとか、永遠の愛とかでもいいんですよ?」
「うあっ、やめろっ!! こっ恥ずかしくて剣が持てなくなる! せっかく凄くいい剣なのにっっ!!」
「そんなに照れなくてもいいのに」
へらっと笑うナダールにグノーは「もう!」と怒りなのか照れなのか顔を朱に染めた。
「新しい騎士団長殿は武闘会の時とはえらくイメージが違うな。なんかこう、もっと男らしいイメージだったんだがな」
「私、そんなに女々しく見えます?」
「いや、なんだろうな。嫁の方が男前過ぎて、比べるとどうしても少し見劣りするというか、迫力に欠けるというか……」
「あはは、それはよく言われます」
「笑ってる場合じゃねぇだろう、騎士団長! もっと威厳を持て!」
グノーに叱咤されるも、ナダールは笑うばかりで威厳の欠片も見えはしない。
「まぁ、いい。彫りにあともう数日かかる、三日後に取りに来い。剣を持ってみて具合の悪い所があるようならそれも調整しておくから、今のうちに言え」
「調整なんて……この剣は完璧ですよ。こんなに手に馴染む剣は初めてです」
「そうだろう、そうだろう」と職人は満足げに頷いた。
愛する人から贈られる剣が欲しいという、本当に単純な動機でねだった物だったのだが、思いもかけずとてもいい物を手にしてしまって、嬉しくて仕方がない。
グノーはやはりいつでもナダールの予想を超えてくる。
「でも、これ二振りに剣増えてるけど、金は? 2倍? ちょっと今持ち合わせないんだけど……」
「今回は騎士団長就任の祝いとしてまけといてやるから、これからうちを贔屓にしてくれ。ついでに店の宣伝もな」
「するする、助かる。正直一振りでも予算オーバーだったんだよ。本当助かる」
「そんなにですか? 私も出しましょうか?」
「これはお前へのご褒美! だから駄目!」
その剣が通常その辺で売っている剣の十倍程の値段の代物だと知ったのは、それからずいぶん経ってからの事だった。どこからその金を工面したのか分からないのだが、そんな事はおくびにも出さず、グノーが贈ってくれたその剣は、私の生涯の相棒となった。
足の怪我が治り騎士団長と呼ばれる事にも慣れ始めた頃、ナダールはブラックからの呼び出しを受けていた。
「何の御用でしょうか、陛下」
「あぁ、そういうの別にいいから。ちょっとルーンに行って、エディ達と一緒に土地ならしてきてくんねぇ?」
「土地をならす? ですか?」
「あぁ、詳細は追って指示を出す。まずは一緒に行ける奴選んで、連絡くれ」
それだけ言ってブラックは忙しなく自分の仕事へと戻ってしまう。
「ルーンで土地をならす? そりゃまた思い切った政策だな」
家に帰ってグノーにその報告をすると、グノーは「ついにブラックの無茶振りが始まったか……」と首を振った。
「まぁ、いいか。ルーンにはアジェやクロードもいるし、なんとかなるだろ」
グノーは笑い、自分も「そうですね」と頷いて笑みを見せる。
その仕事が大変なのは分かっていたが、なんとかなるとその時は思っていた、不安など何もなかったのだ、まだその時までは。
そして、これが次の物語の事の始まり。
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仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
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