運命に花束を

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運命に花束を②

運命の三回戦⑦

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「いや、本当にお前は面白いな。気に入った、気に入ったぞ」

 そう言って第三騎士団長アインはナダールへと肩をぶつけてくる。スタールもそうだが、どうにも扱いが手荒でそういう扱いには慣れていないナダールは困惑する。

「それはありがたいですけど、本当にいいのですか? あなただってあんな試合結果納得いかないでしょう?」
「別に俺は納得しているぞ。こんなに綺麗に整えられた試合会場で、あの一瞬戦場が見えた。殺される! と思ったら肝が冷えたわ」

 こんな緊張感のある試合、呑気なこの国ではそうできる物ではない、とアインは笑った。

「あんたランティスの出身だったか。ランティスの奴等は皆こうなのか? やはりメリアと国境を面しているだけの事はあるな」
「いえ、皆という訳ではありませんよ。私だとて、グノーと知り合うまではここまでやれる力量はありませんでした。あの人は凄いですよ」
「グノーってあれか、さっきのお前の嫁か」
「えぇ、そうですね」

 ナダールの言葉にアインは更に笑う。

「はっは、そうかそうか、それはいい。約束だからな、ちゃんと手合わせしてやらないとな」
「ありがとうございます、きっと喜びます。ですが怪我はさせないで下さいね、私の大事な人なんです」
「分かってるって、心配すんな。いやぁ、これは楽しくなってきたぞ」

 本当に心底楽しそうにアインが笑うので、あぁ、この人はきっとグノーと気が合うだろうなぁ……と、つい複雑な表情になってしまう。

「ところで、先程の方は一体誰なのでしょう? 試合には参加されていなかったように思うのですけど」
「なんだ知らんのか? さっきのは第2騎士団長ガリアス・ゲイル殿だ。あの人は強いぞぉ」
「あなたよりもですか?」
「前回の武闘会では俺が負け越したから俺は第三騎士団長な訳だ。まぁ言っても俺だって三年前とは違う、今はどうかと聞かれたら『負けるつもりはない』とだけ言っておこうか」
「そうですか、そんなに……」

 先程までの試合で体力は消耗しきっている、相手がアインと同程度、もしくは更に上となると、さすがにもう無理なのではないかと考えてしまう。
 もうやれる事はやった、納得いく形ではないにしろアインにも勝った、もういいだろう……と自分の掌を見つめて考えていると「最初から負けたような顔してんな」とアインに小突かれた。

「あの人はこうやって人前に出てくる事を好まない、それでも出てきたんだからお前には思う所があるんだろう。ちゃんと手を抜かず、正々堂々と闘え。負けるつもりで挑むなど相手に対して失礼だ」
「私、そんな顔していましたか?」
「もう帰りたいなぁ……って顔してたぞ。あんたは本当に無欲だなぁ」
「私にだって欲はありますが、私が欲しいのはこういう物ではないので仕方がありません」
「ほぅ、あんた程の男が欲しい物っていうのが何なのか、是非聞いてみたいものだな」

 アインの言葉に顔を上げてナダールは笑みを見せる。

「別に特別変わったものが欲しい訳ではありませんよ。安定した生活と、愛する人の笑顔……それだけですから」
「それならもう手に入れているだろう?」

 ナダールは掌を握りこむ。

「仲睦まじい夫婦に、幸せそうな親子に見えたが? 何か不満でもあるのか?」
「はたからうちの家族がそのように見えるのなら嬉しいです」

 その物言いにアインは首を傾げた。

「時々思うのですよ、この幸せが本当にちゃんと続くのか、とね」
「何か不安な事でもあるのか?」
「いえ、これといって今は不安な事は何もありません。ただそんな日常もある日突然崩壊する事があるという事を、身を持って経験した事があるので、少し考えてしまうのですよ。いつまでも家族で幸せに過せたらいいと思ってはいるのですけど……」
「よく分からないな。そんなのは杞憂だろう?」
「私はごくごく平凡な男ですから、今まで割と平坦な人生を歩いてきています。なのでランティスに居た頃の私なら先程のように咄嗟に剣を捨てて敵を押さえ込むような事は絶対しませんでした、きっと思いつきもしなかった。なのに、そんな動きが身に付いてしまっている事に少し驚いたのですよ。昔の自分とは明らかに違う。あなたは先程戦場が見えたとおっしゃいましたが、その通りです、私の身体はすっかり戦場に慣らされてしまった、これからもきっと全く関わらずにいられるという事は恐らくないでしょう」

 アインは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「騎士が戦場を怖がってどうする。いざという時に戦えないのなら、騎士など辞めてしまえ」

 そのアインの言葉にナダールは首を横に振る。

「戦場が怖いのではありませんよ。命のやり取りに慣らされてしまうのが怖いのです。人を殺す事に何の疑問も持たなくなりそうで、私はそれがとても恐ろしいのです。人を殺めたその手で、平気で子供を抱き上げられるほど私は強い父親ではありません」
「それは……しかし、その子供を守る為に戦わなければならない時もあるだろう!」
「守りますよ、家族のためならこの命投げ打ってでも私は戦う。しかし、その家族がそんな他人の命の上に成り立っている事に少しの不安を覚えるのですよ。実際うちの家族の幸せの為に不幸になった人間が何人もいます。それに後悔はありませんが、慣れてしまうのは間違っていると思うのです」
「お前は家族を守る為に人を殺した事があるのか?」
「えぇ、ありますよ」

 ナダールは静かに頷いた。

「たくさんの人を傷付け、巻き込みました。ですが、それはあの人を守る為には仕方がなかった」

 アインは言葉を無くしたように、ただ黙ってこちらを見ていた。

「初対面の方に少しお喋りが過ぎましたね。あまり気にしないでください、少しナーバスになっているようで、申し訳ないです」

 そう言って笑ったナダールの笑みは、先程まで話していた命のやり取りなど縁遠そうな呑気な笑みで、アインはナダールの底知れなさを垣間見た気がした。

「幸せそうな、普通の家族に見えたんだがなぁ……」
「はは、普通を目指しているので、そう見えたのならありがたいです。なんだかんだで色々な差別が私の家族には付き纏う、ここに来てもやはり考えさせられる事は多いので、つい無駄に頭を悩ませてしまうのですよ」
「差別……?」
「アインさん、あなたはαですよね?」
「え? あぁ、そうだ。え? お前もか?」

 バース性の人間はそれを公言して歩くような事はしない、何故ならバース性なら言われずともその微かに薫るフェロモンの匂いでお互いがそうである事が分かるからだ。
 けれどナダールからはバース性特有のフェロモンの匂いがまるでしないのだ、その事にアインは戸惑った。

「はい、私はαそしてグノーはΩです。グノーはΩの中でも稀な男性Ωなのですよ」
「……ちょっと待て、今なんて言った?」
「彼は男性です、と言ったのですよ。あなたも少しくらい違和感を覚えたでしょう? 何故か最近皆グノーを女性だと勝手に勘違いしていくので、どうしていいか分かりません。彼は私と番になる時も自分は女になるのも、女のふりも真っ平だと言っていたのですよ。なのにその彼が、最近はそれを否定する事もしなくなった」

 ナダールはひとつ息を吐いて、宙を見る。

「子供を産むのは母であり女性。それは一般常識ですが、それでも彼のような男性Ωは数は少なくともこの世界にはいるのです。けれどそれはとても受け入れられ難く、無理をさせているのではないかと、心配になります。私はあるがままの彼を愛しているのです、彼に無理を強いるような生活を私はさせたくない」

 何も隠している訳ではないのに何でなんでしょうねぇ……とナダールは溜息を零す。

「あの人の一人称『俺』なのに、皆不思議に思わないのですかね?」
「あの容姿じゃあ、ちょっと頭の残念な女だとしか思わねぇよ。あの顔で男とか、詐欺だろ」
「背だって一般女性より高いですし、立ち居振る舞いもそれは男らしいのに……」

 女だと思えば残念な奴だと思えたが、男だと思えば確かにごくごく普通の男らしい男と言える言動を思い返して、だがやっぱり詐欺だろう! とアインは当惑を隠せない。

「Ω、特に男性Ωの差別はどこに行っても付き纏います、私が外に出ている間、彼が肩身の狭い思いをしていたりしないか少し不安にもなるのですよ。彼をここに連れて来たのは私ですからね」

 ナダールは指に嵌った金の指輪を撫でる。それは結婚を機にグノーとお揃いで誂えたものだ。

「この国のメリア人差別はランティス程ではありません、グノーや娘の髪が差別の対象にならないのは嬉しいのですが、自由に伸び伸びとはいかないのが現状で、色々と思い悩むのですよ。それでもあなたのように普通の家族だと言ってくれる方がいるのはとても嬉しいです」

 指輪を見詰め優しく撫でる大きな手に、一体この男は心の中にどれだけの物を抱えているのだろう……とアインは思う。
 よく考えれば分かる事だ、何故ランティスからわざわざファルスへ越してきたのか、ランティスはメリアとは敵対関係にあり、その感情は国民にまで浸透している、そんな中、彼の妻や娘の赤髪が差別の対象にならない訳がない。

「まったく参ったなぁ」

こんな話を聞いてしまったら、どうにかしてやりたいと思うのが人情だ。

「何かあったらいつでも俺を頼って来い。できる事ならなんでも力になるから」
「え? あぁ……そんなつもりで話した訳ではなかったのですけど、ありがとうございます。ファルスの方々は本当に皆優しいですね」

 さすがブラック国王陛下の国だ、とナダールは笑みを零す。
 こんな風にメリアも変われたら、きっとこの世界も平和になるのだろうにとナダールは思わずにはいられなかった。

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