運命に花束を

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運命に花束を②

運命の三回戦③

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「お久しぶりです、アインさん」

 いつも仏頂面のエドワードが珍しくも笑みを見せる。

「来ていたんだな、クロードも一緒か」
「えぇ、お久しぶりです、お義兄にいさん」

 アインは義兄あにと呼ばれて苦笑する。クロードの妻マリアがアインの妹なのだから、それは間違ってはいないのだが、呼ばれ慣れる前にクロードが出奔してしまったので、未だにその呼称には慣れないのが現状だ。

「二人とも来ていたのなら武闘会参加すればいいのに」
「私、もうここの騎士団に戻る気はないのですよ」
「俺も、親父の下で働くなんて真っ平ごめんです」
「あはは、この感じ久しぶりだな。それはともかく元気にしてたか?」

 「えぇ、お陰様で」そう言って笑うクロードは相変わらず美しい。その横で「こいつはもう二児の父親だっていうのに自分は何も変わらない」とエドワードは苦笑した。

「そんな事はないだろう? ずいぶん背が伸びたじゃないか。もう、俺とそう変わらない」
「はは、そうですね。アインさんもお変わりなく?」
「俺の方こそ変わった事は何もないな。独り身なのも変わってないし……」

 ついつい溜息が零れてしまう。
 クロードの妻でアインの妹のマリアから折々に届く手紙で彼等の近況は知っていた。
 結婚にしても早々に妹に先を越されてしまい、両親からの嫁取りの話しはあとを絶たないのだが、まだどうにもそんな気にはなれないのだ。
 最初こそ妹の結婚に反対していた両親もクロードの真摯な姿勢と孫の可愛らしさに折れ、今となってはお前も早く孫を見せろと矢の催促で正直困っている。

「子供はいいですよ、癒されます」
「それは分かっているのだがな……」

 クロードの言葉に少々ロリコンの気のあるアインは苦笑する。言い寄ってくる女は幾らでもいるのだが、どうにもタイプに嵌らない。少し良いなと思っていたエドワードの妹ルネーシャはこれまた早々に嫁にいってしまった。
 失恋というほどではなかったが、正直がっかりしたのは否定できない。

「あぁ、そういえば昨日の二回戦の話聞いたぞ。誰なんだ、あのナダールとかいう男」
「すっかり噂になってしまいましたね。本当はもっとちゃんと実力で認めて欲しかったのですけど……」
「本当になぁ。それでも俺は騎士団入りは反対だから、別に嫌ならいつでも辞めればいいと思ってるけど」
「なんだ、エディも知り合いなのか?」
「俺の母方の従兄弟ですよ」

 あぁ、それであの見事な金髪かと、アインは納得した。言われてみれば雰囲気も似ている気がする。

「なるほど、それは面白い」
「ほどほどにしてやってくださいよ」

 アインの楽しげな笑みにエドワードは苦笑する。

「なんだ、お前の従兄弟というからには強いんだろ?」
「……どうなんでしょう、見ていても強いんだか弱いんだかよく分からないんですよね」

 「それはどういう事だ?」とアインは首を傾げた。

「突出して優れている所がある訳ではないんです。ただ気付いたら勝っている、そんな方です」

 クロードの言葉にアインは更に首を捻った。

「よく分からないな、それは強いという事じゃないのか?」
「本人は『自分は弱い』と常々言っていますし、戦うのは得意ではないそうですよ。真面目な人なので鍛錬は欠かさないようですが」

 そもそもそこまで深く付き合いがある訳ではないから、自分もよく分からないとエドワードは語る。
 試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がった、敗者復活戦が始まったのだろう。

「彼の試合二試合とも見ていましたが、一試合目は苦戦していたようにも見えましたが、二試合目はあっさり勝っていましたしね」
「それはただ相手の問題では?」
「一試合目の相手の方、あまり見かけないお顔でしたよ。二試合目の方はうちの副団長です。彼は決して弱くはありません」
「二試合やって緊張が解けたとか、そんな感じか?」
「それはあるかもしれませんね。何せよく分からない人ですよ、いつもにこにこしていて愛想も人当たりもいいのですけど、突然突拍子もない事をやり始めたりする。あぁいうのを『食えない男』というのかも知れませんね」

 エドワードの言い様にアインは「う~ん」と考え込んだ。どうにも掴み所がない。

「まぁ強いにせよ、弱いにせよ、戦ってみたら分かるか。明日が楽しみだ」

 そう言ってにっと笑うアインにエドワードは「せいぜい頑張ってください」と興味なさげに苦笑した。その時、また試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がる。

「なんだかやけに盛り上がっているな。何かあったか?」

 敗者復活戦など、大番狂わせのような事もそうはないと思うのだが、どうにも会場が盛り上がっていて興味を惹かれた。
 会場を見やると、闘技場の上では初老の男性が相手の剣を打ち落とした所だ。

「あれ? あの人……」

 その初老の男性はナダールの一試合目の相手、コリー・カーティス。

「ん? あれ、コリー班長じゃねぇか。こんな所まで上がってきたの初めてだな」
「アインさん、知ってるんですか?」
「俺が15で班長になった時、同じ隊で一緒に班長やってたんだよ。気難しい人でなぁ、どうにも苦手なんだが腕は確かだ。剣の腕は一流で、一対一なら負け知らずな人なんだが、如何せん人に好かれない偏屈で、今までここまで上がってきた事はなかったんだよ。敗者復活戦って事はあの人を負かした奴がいるって事か。これは凄いな」
「えっと……あの人ですよ、ナダールさんの一試合目の相手」
「え!? あっはっはっ、そうか、コリー班長を負かしたか、それはいい! そうか、そうか」

 アインが愉快そうに笑う傍ら、エドワードとクロードは首を傾げた。

「あの人そんなに凄い人なんですか?」
「知らないのか? あの人君の親父さんの師匠だぞ」
「え!?」
「俺みたいな武闘馬鹿の間では有名な話なんだがな、なんせあの人、人付き合いは悪いし、気難しいし、考えてる事もよく分からないって、あまり好かれてないんだよ。だから武闘会では個人戦はどうにかなっても団体戦はからっきしでな、ここまで上がってきたのも初めてだと思うぞ。常々班長なんかにしておくのは勿体ないと思っていたのだがな」

 「そうか、そうか」とアインはとても嬉しそうだ。

「君の従兄弟は本当にとんだ食わせ者のようだ。ますます明日が楽しみになった」

 アインはそう言って笑うと「ちょっくら稽古でもしてくるか」と楽しそうにその場を後にした。

「お前知ってたか?」
「いいえ、そもそも私は人との関わりが薄いですから」

 確かに試合を見ていて弱くはないと思ったのだが、そこまでの強さは感じなかった。
 気迫が薄いとでも言うのか、二人の試合はとても静かだと思ったのだ。二人共に勝利への執着が感じられない、二人の試合はそんな試合だったのだ。
 やはり強い相手は自分で戦ってみないと分からないものなのだな。

「そういえばお前も最初はそんなに強いとは思わなかったもんな」
「何がですか?」

 エドワードは数年前、淡々とクロードにぼこぼこにやられた過去を思い出す。

「人は見かけで判断できないって、知ってたつもりだったんだけどな、俺もまだまだだわ」

 敗者復活戦の試合会場はまだまだ盛り上がりを見せていた。



「あと一勝したら騎士団長様か、お前凄いな」

 夜、にこにこ満面の笑みのグノーに褒められ、ナダールは「えぇ、まぁ……」と複雑な表情を見せる。

「何、お前嬉しくないの?」
「嬉しくない訳ではないのですけど、こんな右も左も分からない人間が果たして騎士団長になんかなっていいものかと戸惑いはしますよね」

 父ギマールもランティスで騎士団長を務めている。だがそれは長年騎士団に従事し、功績を認められた上でのその職務だ。
 実際父が騎士団長に就任したのは40代を超えてからで、ランティスではそれが当たり前だった。

「私のランティスでの元々の立場はこちらで言う所の班長クラスですよ。もうじき分団長になれるかという所で、こちらに来て『じゃあ騎士団長やってね』と言われても、どうしていいか分かりません」
「まぁ、あのブラックが治める国だからな。それにランティスはメリアと地続きで小さな争いが絶えないけど、ファルスはその点平和そのものだから、意外とこんな感じでも務まっちまうのかもな」
「私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ん? 嫌ならやめたら?」
「さすがにここまで来て『やめます』って訳にもいかないでしょう?」

 グノーは簡単に言ってくれるが、さすがにそれは無責任が過ぎる気がする。

「そうか? 嫌々続けたって意味ないし、俺達の生活考えてくれてるのは嬉しいけど、家族四人で食ってく事くらい、お前一人に頼らなくてもなんとかなるよ、嫌ならやめとけ。それに俺は前からブラックの下はどうかと思うって言ってるだろ」
「嫌ではないですよ、騎士団の仕事は好きですし、自分に合っていると思うのです。ただ、こんなに全く馴染んでもいない異国の人間が上に立って良いものかと思うだけで」
「いいんじゃねぇの? ファルスって元々そういう国じゃん。懐の大きい国だよな、なんでもかんでも受け入れる、そういう所もブラックの国なんだなって俺は思うよ」
「あなたのブラックさんの評価はいまいち分かりませんね。認めているのか、いないのか……」

 ナダールの困惑顔にグノーは「う~ん」と考え込む。

「ブラックはいい奴だよ、個人的に付き合う分には付かず離れず、尊重もしてくれるし、どんな時でも対等だ。でも、あいつと一緒に働くとなったら話しは別。あいつは自分が出来る事は他の奴も同じようにすべて出来ると思ってやがる。だから平気で無茶振りしてくるし、出来たら出来たで更に無茶振りしてくるから、心身共に強くないと潰れちまう。だからちょっと心配。言っても俺が付いてるから、お前にはそんな無茶は言わせねぇけど」
「それは心強いですね」

 「だからさ……」とグノーはナダールを見上げる。

「無理なら、いつ辞めてもいいんだぞ?」
「そうですね、そう言って貰えると心が軽くなります。少々プレッシャーにやられていたみたいです」
「プレッシャーなんてお前らしくもない。お前はいつでも笑って何でも乗り越えて行くだろう?」
「買いかぶりですよ」
「そうかな? 今までずっとそうだったじゃねぇか。お前のそういう所、俺、好きだぞ」

 真っ赤になりながらもそんな事を言うグノーがナダールは可愛くて仕方がない。

「ふふ、ありがとうございます。グノー、もし私が騎士団長になれたら、キスとは別に、ご褒美をいただいてもいいですか?」
「何? 何か他にも欲しい物あんの?」

 一回戦二回戦のご褒美はグノーからのキスだった。勿論それもとても嬉しいのだが、これだけの重責だ、もう少しおねだりをしてみてもいいかと思うのだ。

「剣を一振りいただきたいのです」
「剣? 新しい剣欲しいのか? 別に好きなの買ってやるよ」

 「そんなのでいいのか?」と首を傾げるグノーにナダールは首を振った。

「いえ、そうではないのですよ。あなたが選んで私に剣を一振り贈って欲しいのです」
「え? なんで? 剣なんか自分で選ぶのが一番だぞ。他人が選んだ剣なんて、実際自分に合うかどうかなんて分からないし」

 なんで突然そんな事を言い出したのかと、グノーは不思議そうな表情をこちらに向けた。

「父が騎士団長になった時、母が父に剣を贈ったんですよ。古い迷信みたいなものなのですけど、大切な人に剣を贈って守護してくださいと願いを込めるのだそうですよ。だから通常は小刀等の小さな物なんです、守り刀というやつですね。そういうのでも勿論構わないのですけど、あなたならきっと私に合った剣を見つけ出してくれると思うので、普通の剣を一振り私にいただきたいのです」
「守り刀か、聞いた事あるけどそういう意味だったんだ……でも、それって結構責任重大じゃね? やっぱり自分で選んだ方が……」

 言葉を濁すグノーにそれとなく詰め寄っていく。

「あなたに選んで欲しいのです。それに自分で選んだらご褒美にならないじゃないですか」
「金は俺が出すから……」
「駄目ですか? 私、ああいうの良いなって憧れていたのに……」
「えっ、いや……う~ん……」

 自分も剣を使う側の人間なので、剣の良し悪しなど個々で感覚が異なる事くらい分かっている。本当は自分で自分の手に馴染む物を買うのが一番なのだがと思いはするのだが、少ししょげてしまったナダールの顔を見てグノーは苦笑する。

「分かったよ、騎士団長になれたら、お前に合う一振り贈るから楽しみにしとけ。だから絶対負けんなよ」
「はい、頑張ります!」

 ナダールはにっこり笑い、イリヤに武器屋は何軒あったかな……とグノーは考える。
 いい剣を探し出してやらないとな。
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