198 / 455
運命に花束を②
運命の三回戦③
しおりを挟む
「お久しぶりです、アインさん」
いつも仏頂面のエドワードが珍しくも笑みを見せる。
「来ていたんだな、クロードも一緒か」
「えぇ、お久しぶりです、お義兄さん」
アインは義兄と呼ばれて苦笑する。クロードの妻マリアがアインの妹なのだから、それは間違ってはいないのだが、呼ばれ慣れる前にクロードが出奔してしまったので、未だにその呼称には慣れないのが現状だ。
「二人とも来ていたのなら武闘会参加すればいいのに」
「私、もうここの騎士団に戻る気はないのですよ」
「俺も、親父の下で働くなんて真っ平ごめんです」
「あはは、この感じ久しぶりだな。それはともかく元気にしてたか?」
「えぇ、お陰様で」そう言って笑うクロードは相変わらず美しい。その横で「こいつはもう二児の父親だっていうのに自分は何も変わらない」とエドワードは苦笑した。
「そんな事はないだろう? ずいぶん背が伸びたじゃないか。もう、俺とそう変わらない」
「はは、そうですね。アインさんもお変わりなく?」
「俺の方こそ変わった事は何もないな。独り身なのも変わってないし……」
ついつい溜息が零れてしまう。
クロードの妻でアインの妹のマリアから折々に届く手紙で彼等の近況は知っていた。
結婚にしても早々に妹に先を越されてしまい、両親からの嫁取りの話しはあとを絶たないのだが、まだどうにもそんな気にはなれないのだ。
最初こそ妹の結婚に反対していた両親もクロードの真摯な姿勢と孫の可愛らしさに折れ、今となってはお前も早く孫を見せろと矢の催促で正直困っている。
「子供はいいですよ、癒されます」
「それは分かっているのだがな……」
クロードの言葉に少々ロリコンの気のあるアインは苦笑する。言い寄ってくる女は幾らでもいるのだが、どうにもタイプに嵌らない。少し良いなと思っていたエドワードの妹ルネーシャはこれまた早々に嫁にいってしまった。
失恋というほどではなかったが、正直がっかりしたのは否定できない。
「あぁ、そういえば昨日の二回戦の話聞いたぞ。誰なんだ、あのナダールとかいう男」
「すっかり噂になってしまいましたね。本当はもっとちゃんと実力で認めて欲しかったのですけど……」
「本当になぁ。それでも俺は騎士団入りは反対だから、別に嫌ならいつでも辞めればいいと思ってるけど」
「なんだ、エディも知り合いなのか?」
「俺の母方の従兄弟ですよ」
あぁ、それであの見事な金髪かと、アインは納得した。言われてみれば雰囲気も似ている気がする。
「なるほど、それは面白い」
「ほどほどにしてやってくださいよ」
アインの楽しげな笑みにエドワードは苦笑する。
「なんだ、お前の従兄弟というからには強いんだろ?」
「……どうなんでしょう、見ていても強いんだか弱いんだかよく分からないんですよね」
「それはどういう事だ?」とアインは首を傾げた。
「突出して優れている所がある訳ではないんです。ただ気付いたら勝っている、そんな方です」
クロードの言葉にアインは更に首を捻った。
「よく分からないな、それは強いという事じゃないのか?」
「本人は『自分は弱い』と常々言っていますし、戦うのは得意ではないそうですよ。真面目な人なので鍛錬は欠かさないようですが」
そもそもそこまで深く付き合いがある訳ではないから、自分もよく分からないとエドワードは語る。
試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がった、敗者復活戦が始まったのだろう。
「彼の試合二試合とも見ていましたが、一試合目は苦戦していたようにも見えましたが、二試合目はあっさり勝っていましたしね」
「それはただ相手の問題では?」
「一試合目の相手の方、あまり見かけないお顔でしたよ。二試合目の方はうちの副団長です。彼は決して弱くはありません」
「二試合やって緊張が解けたとか、そんな感じか?」
「それはあるかもしれませんね。何せよく分からない人ですよ、いつもにこにこしていて愛想も人当たりもいいのですけど、突然突拍子もない事をやり始めたりする。あぁいうのを『食えない男』というのかも知れませんね」
エドワードの言い様にアインは「う~ん」と考え込んだ。どうにも掴み所がない。
「まぁ強いにせよ、弱いにせよ、戦ってみたら分かるか。明日が楽しみだ」
そう言ってにっと笑うアインにエドワードは「せいぜい頑張ってください」と興味なさげに苦笑した。その時、また試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がる。
「なんだかやけに盛り上がっているな。何かあったか?」
敗者復活戦など、大番狂わせのような事もそうはないと思うのだが、どうにも会場が盛り上がっていて興味を惹かれた。
会場を見やると、闘技場の上では初老の男性が相手の剣を打ち落とした所だ。
「あれ? あの人……」
その初老の男性はナダールの一試合目の相手、コリー・カーティス。
「ん? あれ、コリー班長じゃねぇか。こんな所まで上がってきたの初めてだな」
「アインさん、知ってるんですか?」
「俺が15で班長になった時、同じ隊で一緒に班長やってたんだよ。気難しい人でなぁ、どうにも苦手なんだが腕は確かだ。剣の腕は一流で、一対一なら負け知らずな人なんだが、如何せん人に好かれない偏屈で、今までここまで上がってきた事はなかったんだよ。敗者復活戦って事はあの人を負かした奴がいるって事か。これは凄いな」
「えっと……あの人ですよ、ナダールさんの一試合目の相手」
「え!? あっはっはっ、そうか、コリー班長を負かしたか、それはいい! そうか、そうか」
アインが愉快そうに笑う傍ら、エドワードとクロードは首を傾げた。
「あの人そんなに凄い人なんですか?」
「知らないのか? あの人君の親父さんの師匠だぞ」
「え!?」
「俺みたいな武闘馬鹿の間では有名な話なんだがな、なんせあの人、人付き合いは悪いし、気難しいし、考えてる事もよく分からないって、あまり好かれてないんだよ。だから武闘会では個人戦はどうにかなっても団体戦はからっきしでな、ここまで上がってきたのも初めてだと思うぞ。常々班長なんかにしておくのは勿体ないと思っていたのだがな」
「そうか、そうか」とアインはとても嬉しそうだ。
「君の従兄弟は本当にとんだ食わせ者のようだ。ますます明日が楽しみになった」
アインはそう言って笑うと「ちょっくら稽古でもしてくるか」と楽しそうにその場を後にした。
「お前知ってたか?」
「いいえ、そもそも私は人との関わりが薄いですから」
確かに試合を見ていて弱くはないと思ったのだが、そこまでの強さは感じなかった。
気迫が薄いとでも言うのか、二人の試合はとても静かだと思ったのだ。二人共に勝利への執着が感じられない、二人の試合はそんな試合だったのだ。
やはり強い相手は自分で戦ってみないと分からないものなのだな。
「そういえばお前も最初はそんなに強いとは思わなかったもんな」
「何がですか?」
エドワードは数年前、淡々とクロードにぼこぼこにやられた過去を思い出す。
「人は見かけで判断できないって、知ってたつもりだったんだけどな、俺もまだまだだわ」
敗者復活戦の試合会場はまだまだ盛り上がりを見せていた。
「あと一勝したら騎士団長様か、お前凄いな」
夜、にこにこ満面の笑みのグノーに褒められ、ナダールは「えぇ、まぁ……」と複雑な表情を見せる。
「何、お前嬉しくないの?」
「嬉しくない訳ではないのですけど、こんな右も左も分からない人間が果たして騎士団長になんかなっていいものかと戸惑いはしますよね」
父ギマールもランティスで騎士団長を務めている。だがそれは長年騎士団に従事し、功績を認められた上でのその職務だ。
実際父が騎士団長に就任したのは40代を超えてからで、ランティスではそれが当たり前だった。
「私のランティスでの元々の立場はこちらで言う所の班長クラスですよ。もうじき分団長になれるかという所で、こちらに来て『じゃあ騎士団長やってね』と言われても、どうしていいか分かりません」
「まぁ、あのブラックが治める国だからな。それにランティスはメリアと地続きで小さな争いが絶えないけど、ファルスはその点平和そのものだから、意外とこんな感じでも務まっちまうのかもな」
「私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ん? 嫌ならやめたら?」
「さすがにここまで来て『やめます』って訳にもいかないでしょう?」
グノーは簡単に言ってくれるが、さすがにそれは無責任が過ぎる気がする。
「そうか? 嫌々続けたって意味ないし、俺達の生活考えてくれてるのは嬉しいけど、家族四人で食ってく事くらい、お前一人に頼らなくてもなんとかなるよ、嫌ならやめとけ。それに俺は前からブラックの下はどうかと思うって言ってるだろ」
「嫌ではないですよ、騎士団の仕事は好きですし、自分に合っていると思うのです。ただ、こんなに全く馴染んでもいない異国の人間が上に立って良いものかと思うだけで」
「いいんじゃねぇの? ファルスって元々そういう国じゃん。懐の大きい国だよな、なんでもかんでも受け入れる、そういう所もブラックの国なんだなって俺は思うよ」
「あなたのブラックさんの評価はいまいち分かりませんね。認めているのか、いないのか……」
ナダールの困惑顔にグノーは「う~ん」と考え込む。
「ブラックはいい奴だよ、個人的に付き合う分には付かず離れず、尊重もしてくれるし、どんな時でも対等だ。でも、あいつと一緒に働くとなったら話しは別。あいつは自分が出来る事は他の奴も同じようにすべて出来ると思ってやがる。だから平気で無茶振りしてくるし、出来たら出来たで更に無茶振りしてくるから、心身共に強くないと潰れちまう。だからちょっと心配。言っても俺が付いてるから、お前にはそんな無茶は言わせねぇけど」
「それは心強いですね」
「だからさ……」とグノーはナダールを見上げる。
「無理なら、いつ辞めてもいいんだぞ?」
「そうですね、そう言って貰えると心が軽くなります。少々プレッシャーにやられていたみたいです」
「プレッシャーなんてお前らしくもない。お前はいつでも笑って何でも乗り越えて行くだろう?」
「買いかぶりですよ」
「そうかな? 今までずっとそうだったじゃねぇか。お前のそういう所、俺、好きだぞ」
真っ赤になりながらもそんな事を言うグノーがナダールは可愛くて仕方がない。
「ふふ、ありがとうございます。グノー、もし私が騎士団長になれたら、キスとは別に、ご褒美をいただいてもいいですか?」
「何? 何か他にも欲しい物あんの?」
一回戦二回戦のご褒美はグノーからのキスだった。勿論それもとても嬉しいのだが、これだけの重責だ、もう少しおねだりをしてみてもいいかと思うのだ。
「剣を一振りいただきたいのです」
「剣? 新しい剣欲しいのか? 別に好きなの買ってやるよ」
「そんなのでいいのか?」と首を傾げるグノーにナダールは首を振った。
「いえ、そうではないのですよ。あなたが選んで私に剣を一振り贈って欲しいのです」
「え? なんで? 剣なんか自分で選ぶのが一番だぞ。他人が選んだ剣なんて、実際自分に合うかどうかなんて分からないし」
なんで突然そんな事を言い出したのかと、グノーは不思議そうな表情をこちらに向けた。
「父が騎士団長になった時、母が父に剣を贈ったんですよ。古い迷信みたいなものなのですけど、大切な人に剣を贈って守護してくださいと願いを込めるのだそうですよ。だから通常は小刀等の小さな物なんです、守り刀というやつですね。そういうのでも勿論構わないのですけど、あなたならきっと私に合った剣を見つけ出してくれると思うので、普通の剣を一振り私にいただきたいのです」
「守り刀か、聞いた事あるけどそういう意味だったんだ……でも、それって結構責任重大じゃね? やっぱり自分で選んだ方が……」
言葉を濁すグノーにそれとなく詰め寄っていく。
「あなたに選んで欲しいのです。それに自分で選んだらご褒美にならないじゃないですか」
「金は俺が出すから……」
「駄目ですか? 私、ああいうの良いなって憧れていたのに……」
「えっ、いや……う~ん……」
自分も剣を使う側の人間なので、剣の良し悪しなど個々で感覚が異なる事くらい分かっている。本当は自分で自分の手に馴染む物を買うのが一番なのだがと思いはするのだが、少ししょげてしまったナダールの顔を見てグノーは苦笑する。
「分かったよ、騎士団長になれたら、お前に合う一振り贈るから楽しみにしとけ。だから絶対負けんなよ」
「はい、頑張ります!」
ナダールはにっこり笑い、イリヤに武器屋は何軒あったかな……とグノーは考える。
いい剣を探し出してやらないとな。
いつも仏頂面のエドワードが珍しくも笑みを見せる。
「来ていたんだな、クロードも一緒か」
「えぇ、お久しぶりです、お義兄さん」
アインは義兄と呼ばれて苦笑する。クロードの妻マリアがアインの妹なのだから、それは間違ってはいないのだが、呼ばれ慣れる前にクロードが出奔してしまったので、未だにその呼称には慣れないのが現状だ。
「二人とも来ていたのなら武闘会参加すればいいのに」
「私、もうここの騎士団に戻る気はないのですよ」
「俺も、親父の下で働くなんて真っ平ごめんです」
「あはは、この感じ久しぶりだな。それはともかく元気にしてたか?」
「えぇ、お陰様で」そう言って笑うクロードは相変わらず美しい。その横で「こいつはもう二児の父親だっていうのに自分は何も変わらない」とエドワードは苦笑した。
「そんな事はないだろう? ずいぶん背が伸びたじゃないか。もう、俺とそう変わらない」
「はは、そうですね。アインさんもお変わりなく?」
「俺の方こそ変わった事は何もないな。独り身なのも変わってないし……」
ついつい溜息が零れてしまう。
クロードの妻でアインの妹のマリアから折々に届く手紙で彼等の近況は知っていた。
結婚にしても早々に妹に先を越されてしまい、両親からの嫁取りの話しはあとを絶たないのだが、まだどうにもそんな気にはなれないのだ。
最初こそ妹の結婚に反対していた両親もクロードの真摯な姿勢と孫の可愛らしさに折れ、今となってはお前も早く孫を見せろと矢の催促で正直困っている。
「子供はいいですよ、癒されます」
「それは分かっているのだがな……」
クロードの言葉に少々ロリコンの気のあるアインは苦笑する。言い寄ってくる女は幾らでもいるのだが、どうにもタイプに嵌らない。少し良いなと思っていたエドワードの妹ルネーシャはこれまた早々に嫁にいってしまった。
失恋というほどではなかったが、正直がっかりしたのは否定できない。
「あぁ、そういえば昨日の二回戦の話聞いたぞ。誰なんだ、あのナダールとかいう男」
「すっかり噂になってしまいましたね。本当はもっとちゃんと実力で認めて欲しかったのですけど……」
「本当になぁ。それでも俺は騎士団入りは反対だから、別に嫌ならいつでも辞めればいいと思ってるけど」
「なんだ、エディも知り合いなのか?」
「俺の母方の従兄弟ですよ」
あぁ、それであの見事な金髪かと、アインは納得した。言われてみれば雰囲気も似ている気がする。
「なるほど、それは面白い」
「ほどほどにしてやってくださいよ」
アインの楽しげな笑みにエドワードは苦笑する。
「なんだ、お前の従兄弟というからには強いんだろ?」
「……どうなんでしょう、見ていても強いんだか弱いんだかよく分からないんですよね」
「それはどういう事だ?」とアインは首を傾げた。
「突出して優れている所がある訳ではないんです。ただ気付いたら勝っている、そんな方です」
クロードの言葉にアインは更に首を捻った。
「よく分からないな、それは強いという事じゃないのか?」
「本人は『自分は弱い』と常々言っていますし、戦うのは得意ではないそうですよ。真面目な人なので鍛錬は欠かさないようですが」
そもそもそこまで深く付き合いがある訳ではないから、自分もよく分からないとエドワードは語る。
試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がった、敗者復活戦が始まったのだろう。
「彼の試合二試合とも見ていましたが、一試合目は苦戦していたようにも見えましたが、二試合目はあっさり勝っていましたしね」
「それはただ相手の問題では?」
「一試合目の相手の方、あまり見かけないお顔でしたよ。二試合目の方はうちの副団長です。彼は決して弱くはありません」
「二試合やって緊張が解けたとか、そんな感じか?」
「それはあるかもしれませんね。何せよく分からない人ですよ、いつもにこにこしていて愛想も人当たりもいいのですけど、突然突拍子もない事をやり始めたりする。あぁいうのを『食えない男』というのかも知れませんね」
エドワードの言い様にアインは「う~ん」と考え込んだ。どうにも掴み所がない。
「まぁ強いにせよ、弱いにせよ、戦ってみたら分かるか。明日が楽しみだ」
そう言ってにっと笑うアインにエドワードは「せいぜい頑張ってください」と興味なさげに苦笑した。その時、また試合会場の方から「わぁ!」と歓声が上がる。
「なんだかやけに盛り上がっているな。何かあったか?」
敗者復活戦など、大番狂わせのような事もそうはないと思うのだが、どうにも会場が盛り上がっていて興味を惹かれた。
会場を見やると、闘技場の上では初老の男性が相手の剣を打ち落とした所だ。
「あれ? あの人……」
その初老の男性はナダールの一試合目の相手、コリー・カーティス。
「ん? あれ、コリー班長じゃねぇか。こんな所まで上がってきたの初めてだな」
「アインさん、知ってるんですか?」
「俺が15で班長になった時、同じ隊で一緒に班長やってたんだよ。気難しい人でなぁ、どうにも苦手なんだが腕は確かだ。剣の腕は一流で、一対一なら負け知らずな人なんだが、如何せん人に好かれない偏屈で、今までここまで上がってきた事はなかったんだよ。敗者復活戦って事はあの人を負かした奴がいるって事か。これは凄いな」
「えっと……あの人ですよ、ナダールさんの一試合目の相手」
「え!? あっはっはっ、そうか、コリー班長を負かしたか、それはいい! そうか、そうか」
アインが愉快そうに笑う傍ら、エドワードとクロードは首を傾げた。
「あの人そんなに凄い人なんですか?」
「知らないのか? あの人君の親父さんの師匠だぞ」
「え!?」
「俺みたいな武闘馬鹿の間では有名な話なんだがな、なんせあの人、人付き合いは悪いし、気難しいし、考えてる事もよく分からないって、あまり好かれてないんだよ。だから武闘会では個人戦はどうにかなっても団体戦はからっきしでな、ここまで上がってきたのも初めてだと思うぞ。常々班長なんかにしておくのは勿体ないと思っていたのだがな」
「そうか、そうか」とアインはとても嬉しそうだ。
「君の従兄弟は本当にとんだ食わせ者のようだ。ますます明日が楽しみになった」
アインはそう言って笑うと「ちょっくら稽古でもしてくるか」と楽しそうにその場を後にした。
「お前知ってたか?」
「いいえ、そもそも私は人との関わりが薄いですから」
確かに試合を見ていて弱くはないと思ったのだが、そこまでの強さは感じなかった。
気迫が薄いとでも言うのか、二人の試合はとても静かだと思ったのだ。二人共に勝利への執着が感じられない、二人の試合はそんな試合だったのだ。
やはり強い相手は自分で戦ってみないと分からないものなのだな。
「そういえばお前も最初はそんなに強いとは思わなかったもんな」
「何がですか?」
エドワードは数年前、淡々とクロードにぼこぼこにやられた過去を思い出す。
「人は見かけで判断できないって、知ってたつもりだったんだけどな、俺もまだまだだわ」
敗者復活戦の試合会場はまだまだ盛り上がりを見せていた。
「あと一勝したら騎士団長様か、お前凄いな」
夜、にこにこ満面の笑みのグノーに褒められ、ナダールは「えぇ、まぁ……」と複雑な表情を見せる。
「何、お前嬉しくないの?」
「嬉しくない訳ではないのですけど、こんな右も左も分からない人間が果たして騎士団長になんかなっていいものかと戸惑いはしますよね」
父ギマールもランティスで騎士団長を務めている。だがそれは長年騎士団に従事し、功績を認められた上でのその職務だ。
実際父が騎士団長に就任したのは40代を超えてからで、ランティスではそれが当たり前だった。
「私のランティスでの元々の立場はこちらで言う所の班長クラスですよ。もうじき分団長になれるかという所で、こちらに来て『じゃあ騎士団長やってね』と言われても、どうしていいか分かりません」
「まぁ、あのブラックが治める国だからな。それにランティスはメリアと地続きで小さな争いが絶えないけど、ファルスはその点平和そのものだから、意外とこんな感じでも務まっちまうのかもな」
「私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ん? 嫌ならやめたら?」
「さすがにここまで来て『やめます』って訳にもいかないでしょう?」
グノーは簡単に言ってくれるが、さすがにそれは無責任が過ぎる気がする。
「そうか? 嫌々続けたって意味ないし、俺達の生活考えてくれてるのは嬉しいけど、家族四人で食ってく事くらい、お前一人に頼らなくてもなんとかなるよ、嫌ならやめとけ。それに俺は前からブラックの下はどうかと思うって言ってるだろ」
「嫌ではないですよ、騎士団の仕事は好きですし、自分に合っていると思うのです。ただ、こんなに全く馴染んでもいない異国の人間が上に立って良いものかと思うだけで」
「いいんじゃねぇの? ファルスって元々そういう国じゃん。懐の大きい国だよな、なんでもかんでも受け入れる、そういう所もブラックの国なんだなって俺は思うよ」
「あなたのブラックさんの評価はいまいち分かりませんね。認めているのか、いないのか……」
ナダールの困惑顔にグノーは「う~ん」と考え込む。
「ブラックはいい奴だよ、個人的に付き合う分には付かず離れず、尊重もしてくれるし、どんな時でも対等だ。でも、あいつと一緒に働くとなったら話しは別。あいつは自分が出来る事は他の奴も同じようにすべて出来ると思ってやがる。だから平気で無茶振りしてくるし、出来たら出来たで更に無茶振りしてくるから、心身共に強くないと潰れちまう。だからちょっと心配。言っても俺が付いてるから、お前にはそんな無茶は言わせねぇけど」
「それは心強いですね」
「だからさ……」とグノーはナダールを見上げる。
「無理なら、いつ辞めてもいいんだぞ?」
「そうですね、そう言って貰えると心が軽くなります。少々プレッシャーにやられていたみたいです」
「プレッシャーなんてお前らしくもない。お前はいつでも笑って何でも乗り越えて行くだろう?」
「買いかぶりですよ」
「そうかな? 今までずっとそうだったじゃねぇか。お前のそういう所、俺、好きだぞ」
真っ赤になりながらもそんな事を言うグノーがナダールは可愛くて仕方がない。
「ふふ、ありがとうございます。グノー、もし私が騎士団長になれたら、キスとは別に、ご褒美をいただいてもいいですか?」
「何? 何か他にも欲しい物あんの?」
一回戦二回戦のご褒美はグノーからのキスだった。勿論それもとても嬉しいのだが、これだけの重責だ、もう少しおねだりをしてみてもいいかと思うのだ。
「剣を一振りいただきたいのです」
「剣? 新しい剣欲しいのか? 別に好きなの買ってやるよ」
「そんなのでいいのか?」と首を傾げるグノーにナダールは首を振った。
「いえ、そうではないのですよ。あなたが選んで私に剣を一振り贈って欲しいのです」
「え? なんで? 剣なんか自分で選ぶのが一番だぞ。他人が選んだ剣なんて、実際自分に合うかどうかなんて分からないし」
なんで突然そんな事を言い出したのかと、グノーは不思議そうな表情をこちらに向けた。
「父が騎士団長になった時、母が父に剣を贈ったんですよ。古い迷信みたいなものなのですけど、大切な人に剣を贈って守護してくださいと願いを込めるのだそうですよ。だから通常は小刀等の小さな物なんです、守り刀というやつですね。そういうのでも勿論構わないのですけど、あなたならきっと私に合った剣を見つけ出してくれると思うので、普通の剣を一振り私にいただきたいのです」
「守り刀か、聞いた事あるけどそういう意味だったんだ……でも、それって結構責任重大じゃね? やっぱり自分で選んだ方が……」
言葉を濁すグノーにそれとなく詰め寄っていく。
「あなたに選んで欲しいのです。それに自分で選んだらご褒美にならないじゃないですか」
「金は俺が出すから……」
「駄目ですか? 私、ああいうの良いなって憧れていたのに……」
「えっ、いや……う~ん……」
自分も剣を使う側の人間なので、剣の良し悪しなど個々で感覚が異なる事くらい分かっている。本当は自分で自分の手に馴染む物を買うのが一番なのだがと思いはするのだが、少ししょげてしまったナダールの顔を見てグノーは苦笑する。
「分かったよ、騎士団長になれたら、お前に合う一振り贈るから楽しみにしとけ。だから絶対負けんなよ」
「はい、頑張ります!」
ナダールはにっこり笑い、イリヤに武器屋は何軒あったかな……とグノーは考える。
いい剣を探し出してやらないとな。
0
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる