運命に花束を

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運命に花束を②

運命の三回戦②

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 試合は間もなく始まった。
 ナダールとコリーは相対し、それを皆、固唾を飲んで見守っている。

「ねぇ、キース君。あのコリー・カーティスっていう人強いの?」

 グノーは傍らで一緒になってナダールを応援してくれているキースに尋ねた。

「さぁ、どうなんでしょう。名前は聞いた事ないですよ、たぶんここまで勝ち上がってきたのも初めてなんじゃないですかね。二回戦だって順位遅かったし」

 「そうなんだ……」とグノーが試合を見やると、近くの観客席から「あいつは強いぞ」と声をかけられた。

「あの方のお知り合いですか?」
「あぁ、まぁな」

 笑う初老のその男は「あいつは俺等の中じゃ一番強い」とそう言った。

「俺等の中って、おじさん強いの?」

 キースの遠慮のない言葉に男は苦笑する。

「辛辣だな坊主、これでも若い頃は俺だって分団長だぞ。今はもう引退を待つばかりの老兵だけどな」
「それじゃあ、あの人も分団長?」
「いや、あいつはずっと班長止まりだ」
「強いのに?」

 キースは不思議そうに首を傾げた。

「お前等も知ってるだろう、二回戦は団体戦だ。あいつは一人ならべらぼうに強いが、人付き合いはからっきしでなぁ、友達ほとんどいないんだよ。今回は最後にどうしてももう一回やってみたいと珍しくあいつが頭を下げるから手伝ってやったが、それでもぎりぎりの人数でなぁ。それでまさか、あんな所に立っちまうなんて俺達も予想してなかったよ」

 「これはもしかすると、もしかするかもな」と男は笑った。

「悪いけど、ナダールは負けないよ」
「お、あんたは向こうの応援だったか、これは失礼。でもあいつは本当に強いぞ、なんたってあの……」

 言いかけた男の声にかぶさるように試合開始の鐘が鳴る。

「あ、何?」

 「いや、なんでもない」と男は首を振る。
 コリーは本当に一人ならとんでもなく強いのだ、頭も切れるし、分家の分家という形だが貴族の出で出自だとて悪くない。それでもここまで上に立てなかったのは、ひとえに愛想のなさと、人付き合いの悪さゆえだった。
 それでも昔は良かったのだがなぁ……と男は懐かしむ。
 コリーにも昔は「班長、班長」と懐いて周りを飛び跳ねている若者が何人かいたのだ。だが、ある日からその若者はふつりとコリーの前に姿を現さなくなった。
 一人いなくなると、また一人と段々コリーの周りから人は消えていき、元々人付き合いの得意ではないコリーはそれで意固地になってしまって、ますます孤立していったのだ。
 そんな彼が最後にもう一度だけ、と昔なじみの自分に声をかけてきて実は少し嬉しかったのだ。
 若造なんかに負けるなよ……男は心の中で密かに彼に声援をおくった。


 試合開始の合図と共に繰り出された剣撃は思いのほか速かった。老齢だからと侮っていたら、たぶんその一撃でやられていただろうその攻撃をナダールはがいなすと、コリーは「ほぅ」と少し驚いたような表情を見せた。

「あなた意外とやりますね」

 斬り結び、離れる刹那そんな事を言われて『あぁ、この人全然余裕綽々なのだな……』と冷や汗をかいた。
 やはり見た目で判断などしてはいけなかったのだ。
 スピードは恐らくグノーの方が上だろう、重さもブラックほどではない、だが彼の剣撃には隙がない。それは長年培った鍛錬の賜物だと思われた。
 時間をかければ隙を突かれる『ここは行くしかないだろう』と少し深めに踏み込んだ。それを読んでいたかのようにコリーは身を引く、だがこちらは体格の分だけリーチが長い、『捉えた!』と思った瞬間には剣を弾かれていた。
 ナダールは慌てて体勢を立て直す。

「やはりここまでこられる方は違いますね、面白い」

 コリーはそんな事を言って剣を構え直したが、その息は少し上がっていた。
 『体力だったらこちらが上か? それなら……』と休む暇を与えずに剣撃を繰り返す。思ったとおり彼の息はどんどん上がっていく、しかしそれでも隙を見せないのはさすがとしか言いようがない。
 隙が無いのならもう作るしかない。
 全力の力を込めて押し切る!『パワーなら恐らく負けない』力技で打ち込んで、怯んだ隙に剣を弾き飛ばした。
 一瞬の静寂の後、われるような歓声が上がり、コリーは驚いたように己の手を見ていた。
 ナダールはふと安堵の息を零す、さすがにここまで残ってくる人達は伊達ではないな……とそう思った。
 コリーは気を取り直したように自分の剣を拾うと、ナダールの元へとやって来た。

「まさか負けるとは思いませんでしたよ。久しぶりにとても楽しかったです」

 そう言って握手を求められ、笑顔で返す。

「こちらこそ楽しかったです。また機会があったらお手合わせお願いいたします」
「私でよかったら、いつでもどうぞ」

 コリーはそう言って去って行く。まずは一勝、この調子だと少しも気は抜けないな……とそう思った。
 スタールが「よしよし、よくやった!」と我が事のように嬉しげにやって来る。

「なんとか一勝できました」
「まだ一勝じゃねぇか、あと三人だ。その調子で全員やっちまいな」

 そう言って彼は片手を上げるので「頑張ります」とナダールもその手を叩いた。



 二試合目の相手は第一騎士団の副団長だった。
 スタールが「俺ほどじゃないが、あいつは強いぞ」と言うので気合を入れ直して戦いに挑んだら、呆気ないほどに簡単に勝ててしまって「アレ?」と首を傾げる。
 これなら一試合目のコリーの方が余程強かった。

「変な顔して、どうした?」
「いえ、今の方あまりにも手応えがなくて……」

 そう素直に答えたら相手方にも聞こえていたのか、きっ! と睨まれてしまった。

「だから言ったろ、俺ほどじゃないって。前に模擬戦で戦ったことがあるが、その時も俺が勝ってる。決して弱くはないが、俺に勝ったお前が負けるなんてねぇよ」

 言ってスタールはナダールの背をバンバンと勢いよく叩くのだが、なんだかやはり腑に落ちない。

「でも手応えがないは言いすぎだろ?」
「えっ、えぇ……まぁ、そうですね」

 確かに弱くはなかった、ただコリーがとても強敵だったので、皆あのレベルだと思っていたナダールは少し拍子抜けしたのだ。
 やはり見た目や噂に惑わされてはいけないな……と改めて思わざるを得ない。

「さぁ、次だ次。次は、あぁ……あいつだ」

 スタールの視線の先でこちらを睨む数人の男達、その中の一人をナダールは知っていた。

「アラン・メイズさんでしたか」

 二回戦で散々進行の邪魔をしたので、嫌われている自覚はある。
 アランは一人、つかつかとこちらへ歩み寄って来た。

「まさか戦えるとは思っていなかった、ナダール・デルクマン殿」
「本当ですね。お互いここまで勝ち進めて良かったです」

 にっこり笑って右手を差し出したら、その手は一瞥されて無視された。

「私は正直貴殿のようなやり方は虫が好かない。今度は正々堂々とお願いしたいものだな」

 ナダールは行き場をなくした手を引っ込めて「それはもちろん」と笑みを作る。

「三回戦は個人戦ですから、逃げも隠れもしませんよ。正々堂々思う存分戦いましょう」

 そのナダールの笑顔が気に入らないのか、アランは返事もせずに「ふん」と踵を返して行ってしまった。

「なんだかえらく嫌われてるな」
「二回戦、散々邪魔しましたからねぇ……」
「まぁ、そればかりでもないかもしれんがな。あいつのクロード・マイラー様の信奉ぶりは騎士団内でも有名でな、単純にお前が気に入らないのかもしれないぞ」
「あぁ……親衛隊ってやつですか。結構な人数らしいですもんね。そういえば、あなたはどうなんです? 親衛隊入ってなかったんですか?」

 騎士団内はほとんどだと、どこかで聞いた気もするのだが……

「……所属だけはしてた」

 クロードと話す時の挙動不審さからそうではないかと薄々感じてはいたのだが、やはりそうだったか。

「でもな、入っとかないと本当に大変だったんだぞ。人一人見守っておくだけで自分の身の安全が約束されるなら安いもんじゃねぇか」
「まぁ、そうですけどね……」

 それでも見守られるだけの方はたまったものではないだろうに。

「そんな話しはやめだ、やめ! 残りの試合は明日、最終日だ。今日はもう帰って、嫁にでも褒めてもらいながらゆっくり休め」
「ふふ、そうですね」

 今日はここからの試合は敗者復活戦で自分達に用はない。
 どこからか「パパ~」と呼ぶ声が聞こえてきて、その声にナダールは大きく手を振った。



「今年はあいつとあいつのどっちかか、どっちが来るかなぁ。今年の新入りは活きがいいなぁ」

 そう言って高見の見物とばかりに闘技場の関係者観覧席から会場を見ていた男はほくそ笑む。

「何をやってるんですか、アイン殿」
「あぁ、ガリアス殿。今年の武闘会は活きのいいのが多くてね、見物です」

 そう言って会場を見渡す二人、若い方がアイン・シグ、少し年配の男の方がガリアス・ゲイル。ガリアスが第2、アインが第三騎士団長だ。

「あなたは本当に好きですねぇ。前回も確か出ていましたよね?」
「自分は騎士団に入ってから今回で五回目の武闘会ですが、参加しなかった事は一度もありませんよ。皆勤賞です」

 そう言ってアインは屈託なく笑う。

「副団長以上は6年に一度でいいはずなのに、ご苦労な事ですね」
「はは、どうせやるならトップを狙いたいじゃないですか。毎回少しずつですが出世していますからね、今回は第一騎士団長の座、いただきますよ」
「今回私は参加していませんからね、お好きにどうぞ。クロードのいない今となっては誰が一位になろうとどうでもいい、ただ……」
「ただ、なんです?」
「アイン殿は昨日の試合の話は聞いているかね?」

 ガリアスは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

「昨日というと、あの例の二回戦の話ですか? クロード……様が極秘で参加されていたとか」

 アインはクロードからは呼び捨てで構わないと言われているのだが、元クロード・マイラー様親衛隊の大元締めであるガリアスに睨まれて慌てて敬称を付ける。
 姓ではなく名を呼ぶ事ですら気に入らなさそうなガリアスだったが、それでもアインはクロードの友達№三に名乗りを上げた身である、それくらい許して欲しいのだがと苦笑する。
 ガリアスはひとつ溜息を零すと諦めたように試合会場を見やった。

「聞いた所によると、クロードがナダール・デルクマンとかいう男を騎士団長にと推したそうだが、貴殿はそいつが何者か知っているかね?」
「いえ、詳しくは全く。でもその男、勝ち上がってきていますよ」
「何?」

 アインの言葉にガリアスの眉がぴくりと上がる。

「二試合勝ち進んで、明日の第三試合勝てば私と決勝です」
「貴殿は次の第三試合、自分が負けるという想定はまるでしていないのだな」
「負けませんよ、次の相手うちの副団長ですからね、手の内はすべてお見通しです。向こうの二人と当たれば、どちらともやった事がないので楽しい試合になったと思うのですけどね」
「そのままの勢いで、そのナダール・デルクマンという男も叩き潰しておやりなさい」
「ガリアス殿は怖いなぁ……」

 まぁ、言われなくとも負ける気などさらさらないのだが。
 普段冷静沈着な第二騎士団長殿は、クロードの事になるとどうにも冷静ではいられなくなるようだ。
 それにしても……とアインはナダールを見やり、その横でなにやら親しげに話している自分の隊の分団長であるスタールを見やった。ずいぶん目をかけてやっていたのに、どうやら一回戦で負けたらしいと聞いてがっかりしていたのだ。
 騎士団長とまではいかなくても副団長くらいにはなれるのではないかと思っていたのに、よもや班長にすらなれなかったとは……とはいえ、ファルスの騎士団ではそんな事は日常茶飯事なので今回は運がなかったのだなと思っていたのだが、そのスタールを負かしたのがあの男、ナダール・デルクマンだと聞き俄然興味が湧いてきた。

「明日が楽しみですね」

 そう笑うアインにガリアスは気難しい顔で「あなたはせいぜい足元を掬われないようにお気を付けなさい」と試合会場を一瞥して去って行った。
 アインはその背中を見送って、スタールに少し様子でも聞いてみるかと歩き出す。
 少し行くと、目指す先にとても目立つ、揺れる金髪を見付けた。ここファルスでは金色の髪は数が少ない、もしやと思って目を凝らせば、やはりエドワードだ。

「おぉい、エディ!」

 アインが声をかけると、振り向いたエドワードの横には先程まで話題に上っていたクロードが穏やかな笑みで立っていた。
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