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運命に花束を②
運命の武闘会②
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ナダールは晩御飯に舌鼓を打ちつつそう言った。
「何も聞いてねぇの?」
「なにせ仕事を始めたばかりで話せる相手がほとんどいないのですよ。毎日行くたびに現場も違いますし、まだ顔馴染みって感じの人もいないので仕方ないです。でもお祭りの話しは聞いていますよ、皆さんとても楽しみにされているようでしたからね」
「お祭り? お祭りあるの!?」
娘のルイがキラキラした瞳でこちらを見やる。
「来週だってさ。パパはお仕事みたいだけど、ママと一緒に行こうな」
「え~パパも一緒がいい」
不満顔の娘にナダールは笑みを零す。
「お祭りの期間も長いようなので一日くらいお休みはありますよ、ルイもユリも一緒に見に行きましょうね」
「本当!? わーい」
喜ぶ娘の傍らで、息子は口一杯に食事を詰め込んでにこにこしている。本当にちょっと食べすぎなんじゃないかと不安になるのだが、少し他所の家の同年代の子より大きくても別段太っている訳ではないのでこれは完全に父親からの遺伝なのだろう。
旦那のナダールは大きい、身長はゆうに190cmを超えている。食べる事が大好きでたくさん食べていたら大きくなったと言うのは彼自身が言っていた言葉。その体躯は威圧感がありそうなものだが、彼にはそんなものは一切ない。いつでもにこにこ笑顔をふりまき、愛想と愛嬌で世界を渡っている。
そこそこがっしりした体付きをしているが、いかにも武闘派と言った感じのがたいの良さではなく、どこかひょろりとした優男だ。
そんな優しげな一見頼りなさそうな男だが、やる時には身体を張って自分達を守ってくれる頼もしい一面も持っていて、そういう所を俺は愛している(恥ずかしいから絶対言わないけどな)
「そういえばグノーはずいぶん髪の毛が伸びましたね、切りましょうか?」
子供達の頭を撫でながら、ついでのようにナダールは俺の頬も撫でていく。
ナダールと出会う前は伸ばし放題伸び放題だった俺の髪を整えてくれているのはナダールだ。ナダール以外の人間に触られるのがあまり好きではない俺の専属床屋であるナダールは、その伸びてしまった髪が少し気になったようで頬にかかる髪を払う。
「ん~とりあえずいい。今ちょっと伸ばしてるから」
「伸ばしているんですか? なんでまた?」
「今、ちょうど括れない長さだからもう少し伸ばして括ろうと思って」
「別に短くすれば括る必要もないじゃないですか」
「あんまり短いとマメに切らないといけなくなるだろ、お前忙しいのにそんな手間かけさせるのもな……」
「別にいいのに。思う存分あなたを撫でまわせる数少ない機会(チャンス)ですよ、私は気にしません」
「お前、そういう事子供の前で言うな……」
ナダールは本当に俺の事が大好きだ。
こんな睦言は日常茶飯事で子供達も気にする事はないのだが、意味を理解した時にどう思うだろうと俺は思わずにはいられないのだ。
元々崩壊家庭に育った自分は仲睦まじい家族というのを知らない、ナダールはこれが普通だと言うが、本当にそれが普通なのかも俺には分からない。
一時あんまり落ち着くのでナダールにへばりついて生活していた時期があったのだが、ナダールはそれも普通だと言ったのに、それはさすがに普通じゃないと周りに言われてしまい、やはり『普通』と言うのがよく分からなくなった。
周りをよくよく観察してみれば、そんな生活をしている人間は確かにいなくて、それは普通ではないのだと理解した。
それでもナダールのスタンスは変わらぬまま、何かに付けて俺に構ってくるのは凄く嬉しいのだが、それが常識の範囲内なのか分からない俺は戸惑ってしまうのだ。
「とりあえず今はいい、また切りたくなったら言うから」
「分かりました。でも髪の長いあなたもいいですね、昔と違ってちゃんと手入れがされているから手触りもいい、あなたは歳を追うごとに綺麗になっていく。あまり綺麗になられても心配なのでほどほどにしてくださいね」
「またそういう事を……」
囁かれる睦言が恥ずかしくて仕方ない俺は真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向くのだが、そんな俺を見てナダールはまたとても嬉しそうに笑うのだ。
もうなんだろうな、身悶えするくらい幸せ過ぎてどうしていいか分からない。
「そういえば、貴方ご近所の方に女性だと思われているみたいですけど、放っておいていいんですか?」
「あ? それな……なんかもう、説明するのも面倒くさいし放ってある。もっと付き合いが深くなったら説明も考えるけど、少しの近所付き合いでそこまで全部説明するのも煩わしいし、女だと思わせておいた方がなんか楽」
「野菜も安くなるし?」
「そう、野菜も安くなるし」
そう言って2人は笑う。
髪を切るまでは絶対無かった事だが、買い物をしていて迷っている時などに店主が声をかけてくる事はままある。そんな時に困った顔でにっこり笑いかけると、これが面白いほどに値引いてくれるのだ。
「女ってお得な生き物だよなぁ」
「いやいや、それは認識がおかしいです。あなただから値引いてくれているのであって、絶対女性全般に値引いているわけじゃないですよ」
「え? そうなのか?」
「あなたのそういう鈍い所も好きですけど、気を付けてください。あなたは美人! 自覚を持ってくださいね」
「そんな事言われてもなぁ……この顔、母親の顔と同じだし、そんなに綺麗だと思った事もないんだよなぁ」
顔を撫でてそう言うとナダールは少し苦笑いの表情を浮かべる。
自覚とか言われても本当に困る、自分のこの顔好きじゃないし、もっと男らしい顔の方が良かったと常々思っているくらいなのだ。
「そういう自覚の無さが私は心配で仕方ないのですよ、あなたの美しさはその容姿だけではありませんけど、その容姿に寄って来る人間というのはやはりいるんです、男はみんな獣ですよ、甘い言葉を投げられても絶対ついて行かないでくださいね」
「そんな子供じゃあるまいし……それに俺強いからその辺の男になんか負けねぇよ」
「それでも、です!」
心配性で独占欲が強いナダールの言葉に俺は思わず笑ってしまう。
「あなたの作った義足は本当に出来がいいですし、普通に生活できているのは分かってますけど、昔ほど自由に飛び跳ねる事ができないのも事実なんですからちゃんと自衛はしてください」
ナダールの言葉に俺は仕方ないなと頷いた。そう、俺の右足は義足だ。数年前に事故で片足を失ってからはずっと義足生活を続けている。
昔からからくり人形を作るのが趣味で色々な物を作っては壊しを繰り返してきた。その技術を生かして自分で作った俺のその義足は普通に流通している物より出来がよくて、隠してしまえばそれが義足だと分からない程度に普通に動く。だから俺が義足である事を知る者は少ないのだが、ナダールはそれも過剰に心配する。
「もう、分かってるって。そういえばこの間今まで手に入らなかった良い部品が手に入ってな、また改良したんだ。凄く軽くなった」
「本当にあなたはそういう所、研究熱心ですよね。いっそ商売にしてみたらどうですか?」
「商売? 義足の?」
「いいえ、そういう訳ではなく、物作るの好きでしょう? 何か作って売ってみたらどうですか? からくり人形もきっと売れますよ」
「おぉ! そんなの考えた事もなかった。それならうちで作れるし、子供達預ける必要もないからいいかもな」
なんという名案、子供向けにおもちゃでも作れば売れるかもしれない。
ナダール一人を働かせて稼ぎを食い潰しているのに多少の罪悪感を感じていた俺は、それはいいと手を打った。
「何かやりたい事があるならいつでも相談してくださいね」
「うん、ちょっと考えてみる」
俺が頷くと彼はまたにっこりと笑みを見せた。
「何も聞いてねぇの?」
「なにせ仕事を始めたばかりで話せる相手がほとんどいないのですよ。毎日行くたびに現場も違いますし、まだ顔馴染みって感じの人もいないので仕方ないです。でもお祭りの話しは聞いていますよ、皆さんとても楽しみにされているようでしたからね」
「お祭り? お祭りあるの!?」
娘のルイがキラキラした瞳でこちらを見やる。
「来週だってさ。パパはお仕事みたいだけど、ママと一緒に行こうな」
「え~パパも一緒がいい」
不満顔の娘にナダールは笑みを零す。
「お祭りの期間も長いようなので一日くらいお休みはありますよ、ルイもユリも一緒に見に行きましょうね」
「本当!? わーい」
喜ぶ娘の傍らで、息子は口一杯に食事を詰め込んでにこにこしている。本当にちょっと食べすぎなんじゃないかと不安になるのだが、少し他所の家の同年代の子より大きくても別段太っている訳ではないのでこれは完全に父親からの遺伝なのだろう。
旦那のナダールは大きい、身長はゆうに190cmを超えている。食べる事が大好きでたくさん食べていたら大きくなったと言うのは彼自身が言っていた言葉。その体躯は威圧感がありそうなものだが、彼にはそんなものは一切ない。いつでもにこにこ笑顔をふりまき、愛想と愛嬌で世界を渡っている。
そこそこがっしりした体付きをしているが、いかにも武闘派と言った感じのがたいの良さではなく、どこかひょろりとした優男だ。
そんな優しげな一見頼りなさそうな男だが、やる時には身体を張って自分達を守ってくれる頼もしい一面も持っていて、そういう所を俺は愛している(恥ずかしいから絶対言わないけどな)
「そういえばグノーはずいぶん髪の毛が伸びましたね、切りましょうか?」
子供達の頭を撫でながら、ついでのようにナダールは俺の頬も撫でていく。
ナダールと出会う前は伸ばし放題伸び放題だった俺の髪を整えてくれているのはナダールだ。ナダール以外の人間に触られるのがあまり好きではない俺の専属床屋であるナダールは、その伸びてしまった髪が少し気になったようで頬にかかる髪を払う。
「ん~とりあえずいい。今ちょっと伸ばしてるから」
「伸ばしているんですか? なんでまた?」
「今、ちょうど括れない長さだからもう少し伸ばして括ろうと思って」
「別に短くすれば括る必要もないじゃないですか」
「あんまり短いとマメに切らないといけなくなるだろ、お前忙しいのにそんな手間かけさせるのもな……」
「別にいいのに。思う存分あなたを撫でまわせる数少ない機会(チャンス)ですよ、私は気にしません」
「お前、そういう事子供の前で言うな……」
ナダールは本当に俺の事が大好きだ。
こんな睦言は日常茶飯事で子供達も気にする事はないのだが、意味を理解した時にどう思うだろうと俺は思わずにはいられないのだ。
元々崩壊家庭に育った自分は仲睦まじい家族というのを知らない、ナダールはこれが普通だと言うが、本当にそれが普通なのかも俺には分からない。
一時あんまり落ち着くのでナダールにへばりついて生活していた時期があったのだが、ナダールはそれも普通だと言ったのに、それはさすがに普通じゃないと周りに言われてしまい、やはり『普通』と言うのがよく分からなくなった。
周りをよくよく観察してみれば、そんな生活をしている人間は確かにいなくて、それは普通ではないのだと理解した。
それでもナダールのスタンスは変わらぬまま、何かに付けて俺に構ってくるのは凄く嬉しいのだが、それが常識の範囲内なのか分からない俺は戸惑ってしまうのだ。
「とりあえず今はいい、また切りたくなったら言うから」
「分かりました。でも髪の長いあなたもいいですね、昔と違ってちゃんと手入れがされているから手触りもいい、あなたは歳を追うごとに綺麗になっていく。あまり綺麗になられても心配なのでほどほどにしてくださいね」
「またそういう事を……」
囁かれる睦言が恥ずかしくて仕方ない俺は真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向くのだが、そんな俺を見てナダールはまたとても嬉しそうに笑うのだ。
もうなんだろうな、身悶えするくらい幸せ過ぎてどうしていいか分からない。
「そういえば、貴方ご近所の方に女性だと思われているみたいですけど、放っておいていいんですか?」
「あ? それな……なんかもう、説明するのも面倒くさいし放ってある。もっと付き合いが深くなったら説明も考えるけど、少しの近所付き合いでそこまで全部説明するのも煩わしいし、女だと思わせておいた方がなんか楽」
「野菜も安くなるし?」
「そう、野菜も安くなるし」
そう言って2人は笑う。
髪を切るまでは絶対無かった事だが、買い物をしていて迷っている時などに店主が声をかけてくる事はままある。そんな時に困った顔でにっこり笑いかけると、これが面白いほどに値引いてくれるのだ。
「女ってお得な生き物だよなぁ」
「いやいや、それは認識がおかしいです。あなただから値引いてくれているのであって、絶対女性全般に値引いているわけじゃないですよ」
「え? そうなのか?」
「あなたのそういう鈍い所も好きですけど、気を付けてください。あなたは美人! 自覚を持ってくださいね」
「そんな事言われてもなぁ……この顔、母親の顔と同じだし、そんなに綺麗だと思った事もないんだよなぁ」
顔を撫でてそう言うとナダールは少し苦笑いの表情を浮かべる。
自覚とか言われても本当に困る、自分のこの顔好きじゃないし、もっと男らしい顔の方が良かったと常々思っているくらいなのだ。
「そういう自覚の無さが私は心配で仕方ないのですよ、あなたの美しさはその容姿だけではありませんけど、その容姿に寄って来る人間というのはやはりいるんです、男はみんな獣ですよ、甘い言葉を投げられても絶対ついて行かないでくださいね」
「そんな子供じゃあるまいし……それに俺強いからその辺の男になんか負けねぇよ」
「それでも、です!」
心配性で独占欲が強いナダールの言葉に俺は思わず笑ってしまう。
「あなたの作った義足は本当に出来がいいですし、普通に生活できているのは分かってますけど、昔ほど自由に飛び跳ねる事ができないのも事実なんですからちゃんと自衛はしてください」
ナダールの言葉に俺は仕方ないなと頷いた。そう、俺の右足は義足だ。数年前に事故で片足を失ってからはずっと義足生活を続けている。
昔からからくり人形を作るのが趣味で色々な物を作っては壊しを繰り返してきた。その技術を生かして自分で作った俺のその義足は普通に流通している物より出来がよくて、隠してしまえばそれが義足だと分からない程度に普通に動く。だから俺が義足である事を知る者は少ないのだが、ナダールはそれも過剰に心配する。
「もう、分かってるって。そういえばこの間今まで手に入らなかった良い部品が手に入ってな、また改良したんだ。凄く軽くなった」
「本当にあなたはそういう所、研究熱心ですよね。いっそ商売にしてみたらどうですか?」
「商売? 義足の?」
「いいえ、そういう訳ではなく、物作るの好きでしょう? 何か作って売ってみたらどうですか? からくり人形もきっと売れますよ」
「おぉ! そんなの考えた事もなかった。それならうちで作れるし、子供達預ける必要もないからいいかもな」
なんという名案、子供向けにおもちゃでも作れば売れるかもしれない。
ナダール一人を働かせて稼ぎを食い潰しているのに多少の罪悪感を感じていた俺は、それはいいと手を打った。
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「うん、ちょっと考えてみる」
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