運命に花束を

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番外編:運命のご挨拶

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 一通りの市場視察を終え、ナダールはブラックに報告すべく城の中を歩いていた。今回は裏の諜報の仕事はほぼない表の仕事なので、城を出入りできる許可証もちゃんと持っているれっきとした客人だ。
 リンの仕事は裏の諜報がメインなのでまだそちらの仕事を続けている。

「あれ、ナダール?」

 声をかけられそちらを見やれば、見知った元同僚が幾人もいて思わず笑みが零れた。

「うわぁ、久しぶり。どこで何やってたんだ? って言うか今何やってんだ? 全然姿見かけないから死んだのかと思ってたぞ!」
「あはは、死んでないですよ。色々あって今はファルスに暮らしています。皆さんお元気そうですね」
「ファルス? なんでまた? まぁ、お前が元気で何よりだ。でもなんでこんな所にいるんだ?」
「仕事ですよ、出身がこちらという事で連れて来られました」
「へぇ……ん? 指輪?」
「あぁ、私結婚したんですよ、子供もいます。もう天使のように可愛いです」
「マジか、やるな。奥さん美人?」
「凄く綺麗ですよ、もったいないので見せません」
「なんだ、ソレ」

 一様に笑いあい近況の報告をしあって、手を振って別れれば、自分がこの地をずいぶん長い事離れていた事も忘れてしまいそうだ。
 ファルス国王が待っているのは以前エディやクロードが宿泊していた客室塔、それの一番見晴らしのいい部屋で国王陛下は待っているはずなのだが、こんこんと部屋をノックしても返事がない、おかしいなと思って部屋の前に待機していた者達に聞いても、陛下は部屋から出ていないと言う。
 寝ているのか、それとも何かあったのかと部屋を覗けば、ちょうど窓枠に手をかけ、部屋の中に戻ってきたのであろう彼とばっちり目が合ってしまった。

「何をやっているんですか、陛下」
「ちょっくら散歩?」

 悪びれる様子もなく笑った国王陛下に、呆れてしまう。かつて彼の息子もその窓枠を乗り越えて駆けて行ったのを覚えているナダールは、さすが親子と思わずにはいられない。
 部屋の外に待機していた者達に陛下はちゃんと部屋にいた事を伝えて室内へと入ると、ブラックはすでに着替えて寛いでいた。

「一体どこへ行かれてたのですか?」
「城の中からは出ていない、安心しろ」

 安心するべき所は果たしてそこだっただろうか?

「それにしてもあんたはいいな、うん、やっぱり欲しい」
「何のことですか?」
「人の心を掴むのに長けた人間は貴重だ、あんたはいい、あんた友達多いだろう?」
「どうでしょう、普通ですよ?」
「謙遜謙遜、グノーの頑なな心まで鷲掴みにしたあんたが普通なんかである訳ない」
「それこそ過大評価ですよ、陛下」

 ブラックはにこにこと機嫌がいい。

「あんたここに来るのはあの事件以来か?」
「はい、そうですね。なんだかんだと6年経ってしまいました」
「それでもここにはあんたを覚えている人間がいて、そんでもってそんな事を感じないほどすぐに打ち解ける、それは簡単なことのようでいて意外と難しいんだぞ」
「見ていらしたのですか?」
「目に入ったんだよ。あんたでかいし、それだけで人目を引く」

 一体どこから見ていたのやらとナダールは呆れてしまう。
 その時部屋の扉が叩かれた、どうやら来客のようでナダールはブラックの背後に控えるように移動する。
 ブラックが声をかけると、入ってきたのはこれまた見知った顔で驚いた。

「父さん」

 部屋に入って来たのは、幾分か老け込んだ父親ギマール・デルクマンで思わず声を上げてしまう。
 頭髪はずいぶん白くなっており、顔に刻まれた皺も自分が憶えているものよりもずいぶん深く刻まれていた。

「ナダール、なんでお前がここに?」

 驚いた顔を見せる父に「親父さんか?」と問うてくるブラック。それに頷いて「父のギマール・デルクマンです」とブラックに父を紹介した。

「ランティス王国騎士団長を務めております。それにしても、何故我が息子がここに? 長い事家を空けたままの放蕩息子が何故こんな所にいるのか、その理由が思い当たらないのですが……」
「彼には現在ファルス王国で私の配下として働いてもらっています。優秀な息子さんでとても助かっております」
「ファルスで、ですか?」

 訝るように父はこちらを見やる。

「言っていないのか?」
「ええまぁ、どこまで言っていいか分からなかったものですから……」

 さすがにファルス国王の下でスパイ活動をしていますと報告もできず、その辺の事は言葉を濁したまま家族には何も知らせてはいなかった。そもそもムソンはどの国にも属さない隠れ里で、あそこをファルスだと言っていいものかも分からず、現在自分が暮らしている場所も両親には明かしていない。
 手紙のやり取りはムソンの民の連絡網のような物を利用させて貰っており、その住所はランティスの物だったので、父は自分の事はランティスに暮らしていると思っていたはずだ。
 その辺の事情は会って直接話した方がいいと思い、あえて何も言ってはいなかったのに、まさかこんな所で父親に遭遇してしまうとは思わなかった。

「ふむ、そうか。デルクマン殿大変申し訳なかった、実は彼には私の命で少し特殊な任を与えておりまして、彼もそれを承知だったのであなたには何も言えなかったのでしょう」
「特殊な任、ですか?」
「えぇ、信頼する者にしか任せられない特別な任務です。彼は実に誠実に私に仕えてくれた、何故ランティスではなくファルスなのかとお父上はおっしゃるかもしれませんが、それは彼の誠実な仕事ぶりに私が惚れ込み、無理を通しているのです。お父上には大変申し訳ないと思っております」

 そう言ってブラックは父ギマールに頭を下げた。ファルスの国王に頭を下げられた父は慌てて「そのような事はよいのです」とそれを止める。

「国王陛下にそんな風に思ってもらえる事は私にとっては嬉しい限り、まだまだ若輩者の息子で至らぬ所もあるとは思いますが、根の真面目さだけは親の私も自慢のできる息子です、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」

 そう言って今度は父が頭を下げて、ブラックはにっこりと笑った。

「彼の誠実さはきっと親譲りなのでしょうね、実は彼の仕事ぶりは本当に素晴らしいので近々そちらの特殊な任は他に任せて、彼を我が国の騎士団に迎え入れようと思っているのです。もちろんある程度の役職は付けさせていただくつもりです。デルクマン殿はやはりファルスの騎士団など、と反対されますか?」
「いいえ、職務の成果を認められるのは素晴らしい事です、もし息子が行きたいと言うのであれば私は止めることはいたしません。どうなんだ、ナダール?」
「え? あ……いえ、お返事はもう少し待ってもらえると昨日……」
「こんないい話をお前は断るつもりでいるのか?」
「え……いや、それはですね……」
「こんないいお話を断る事などしてはいけないよ、ナダール。ですが陛下、私は息子を愛しておりますので、時には休暇と里帰りの許可を与えてくれると嬉しく思います」

 「それは勿論」とブラックは頷き「改めて息子をよろしくお願いします」と父は再び頭を下げた。
 ブラックがこちらを見やってにやりと笑ったのが分かり、やられた、これは完全に退路を塞がれたと思った。グノーの怒る顔が目に浮かぶようだ。
 改めてまた実家には顔を出す事を父に伝え、父は騎士団長の仕事へと戻って行った。

「陛下はずるい人ですね」

 溜息混じりにそう言うと、ブラックは楽しそうに可々と笑った。

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