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番外編:お嫁においでよ
②
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夜、カズイとのやりとりを思い出しつつグノーの寝顔を眺める。
子供達を寝かしつけた後、こうして二人きりで過すのが至福の時間なのだが、育ち盛り、いたずら盛りの子供二人の面倒を日がな一日見ているグノーは最近よく先に寝てしまう。
眠る彼に少し拗ねた気持ちになって、耳元で囁く。
「グノー、愛してますよ」
「……んっ……ん?」
寝ぼけたような返事に悪戯心が湧き彼の身体を抱きしめると、彼はまだ夢の中だが、それでも無意識にだろうか、ぎゅっと抱きついてくる。
「ふっ……ん、なに? 俺、眠い……」
「グノー、結婚しましょうか」
「ん? 誰が? っあ、やめっ……なに?」
半分眠ったような顔の彼に所構わずキスを落とすと不思議そうにナダールを見つめるグノー。
「結婚しましょう、一生傍に居ますは何度も言いましたけど、そういえばプロポーズはまだでしたよね」
半ば、なしくずし的に同居を始めてしまったので恋人と一般的に呼ぶ期間をそういえばかなりすっ飛ばしているような気もする。
そしてすっ飛ばした恋人期間がないまま子供ができ、家族になってしまったのでそういう全てがうやむやなままなのだ。
「結……婚? ぷろぽーず?」
何を言われているのかにわかに理解できずにいるのか、グノーはキョトンとする。
「えぇ、結婚です。私はあなたを自分のモノだと皆に宣言したいのですよ」
「……何? 突然? 俺はもうずっとお前のモノだろ?」
「ちょっとね……他の人にもそれを宣言したくなったんです」
「結婚……って、え? 俺達の?」
「ええ、やりませんか? 結婚式」
ようやく事を理解したのか、でも突然なんでそんな事を……とグノーは困惑する。
「なんで? 別にそんな事しなくても今のままでよくねぇ? ルイがいて、ユリがいるのに、今更結婚式って……」
別に今の生活に不満がある訳ではない、何を突然言い出したのか分からずグノーは戸惑う。
「そういえば、全てがなしくずしで、ちゃんとしたけじめを何ひとつ付けていない事に気付いたので、そう思ったのですけど、駄目ですか?」
「けじめ?」
「そうです。長年勤めてきた騎士団の仕事も中途半端に放り出したままですし、貴方との事も全部暗黙の了解みたいにして、そういえば両親にも言っていない。貴方に対しても、既に居て当たり前みたいな感じになっちゃいましたけど、まだ正式にはプロポーズもしていない事に気付いてしまいました」
「プロポーズなら何度もされてると思うけど?」
でも何度も……というのもおかしな話で、結局目に見える形で家族にはなっていても段階としての「結婚」という過程を踏んでいないので、そんな事になってしまっているのかもしれない。
「グノー結婚しましょう、いえ、してください。一生大事にしますから」
「バカ、そんなの分かってるし、今更……」
「両親にもちゃんと報告しますよ。今度一緒にメルクードに行きましょうね」
「……それは、無理」
「なんでですか?」
実は事件後ナダールはまだランティスには一度も戻っていない。
事件後グノーが記憶を失ったり、すぐに二人目を身篭ったりして、片足を無くしたグノー一人をこのムソンに残して出かける事もできず、子供が生まれたら生まれたで生活に追われてそれ所ではなくなってしまったのだ。
手紙のやりとりはしているのだが、なにせムソンは秘密の村なので詳細は語る事もできず、詳しいこちらの生活は両親にも何も知らせてはいなかった。
そして一方でグノーは、ナダールの両親に一体どんな顔をして会えばいいのだ、絶対無理だ……と困惑の表情を隠せない。
「お前の両親にしてみたら、俺なんか大事な跡取り息子たぶらかした性悪女みたいなもんだぞ? 無理無理、絶対無理。俺、怖くて会えねぇよ」
「なんでですか? あなたもしばらく私の家で暮らしていたのですから分かるでしょ、うちの両親はそんなに心の狭い人間じゃないですよ」
「そうは言っても俺のせいで散々迷惑かけたし、詫びのひとつも入れに行かなきゃ駄目なのは分かってるけど、俺、お前の両親に顔向けなんかできない。マジでそれだけは勘弁してくれ」
「大丈夫ですよ。すでに事情は全て伝わっていますし、うちの両親はいつまでもそういう恨みを引きずる人達じゃないですよ」
だから余計に心苦しいんだよ……とグノーは溜め息を落とす。
今のナダールの生活を彼らは一体どう思っているのだろう。
もう既に除名されてしまっているかもしれないが、ランティスの騎士団員であるはずの彼が、今では立派なファルスのスパイだ。
そうさせてしまったのも自分だし、彼を故郷から引き離し、こんな辺境の地で生活させてしまっているのも自分だった。
黙ってしまったグノーの顔をナダールは覗き込む。
「グノー、返事は?」
「……プロポーズは嬉しい。でもお前の両親に会うのは怖い。お前は怖くないのか? あんな事件があったんだぞ、親の気持ちだって変わってるかもしれないじゃないか」
「そんな事はないと思いますけどねぇ」とナダールはどこまでも呑気だ。「孫の顔を見たら一発で許してもらえる」と真顔で言われても「はい、そうですか」と素直に頷く事ができないグノーは眉を寄せた。
自分は一時は戦争になりかけたメリア王国王家の次男で、戦争の原因で、その為にナダールの父は投獄まで余儀なくされたというのに、全くナダールは楽観的過ぎる。
「でも、お前だってもし俺の両親に挨拶とか言ったらビビるだろ?」
「グノーの両親……メリアの元国王様と王妃様ですもんねぇ、さすがにそうなったら緊張しますね」
「それだけか?」
緊張だけなのか? なんというか肝が座っているというのか、考えなしというか……
「? 行きましょうか? まだ御存命ですよね? やはりここは息子さんをくださいで一発殴られとかないといけませんかね?」
「いい、遠慮しとく。そもそもあいつら俺が生きてるなんて思ってないと思うし」
母はともかく父には絶対会わせたくない。そもそも先王は父では無い可能性の方が今となっては高いのだ、今更挨拶に行くいわれもない。
「駄目ですよグノー、ご両親をあいつらなんて言ったら自分の価値まで下げてしまいます。どんな人間だろうと、貴方をこの世に産み出してくれた事に変わりはないんですから」
「好きで生まれてきたんじゃない」
「グノー」
「そういうのは幸せな家庭で育ってきたから言えるんだ、俺はあんな家族の中に生まれてきたくなんかなかった」
「でも、そこに生まれていなかったら、きっと私達は出会えていませんでしたよ」
「………………」
「貴方は私と出会う為にきっと選んで大変な場所に生まれてきたのです。私は貴方を生んでくれたご両親に感謝しますよ」
「……モノは言い様、だな」
「グノーは物事を暗く考えすぎなんですよ」
「馬鹿言え、お前が楽観的過ぎなんだよ」
「そうですか……?」
そんな事はないと思うが、とナダールは首をひねる。
「まぁ、なんにせよ結婚式やりましょう」
「……お前、本気?」
「冗談なんか言いませんよ」
にっこり笑うナダールにグノーはどうしよう、大変な事になってしまったと頭を抱えた。
三日後、満面の笑みのナダールに指輪を渡された。嬉しくない訳じゃない、だが自分が望んでいたのはこういうあからさまな形ではなくて、もっと内面的な繋がりだった訳で、心中複雑なグノーは戸惑いの笑みをこぼす。式を挙げたからといって今までの関係が変わるわけではないだろう? こういうのはわざわざそんな公言して回ることでもないと思うのだ。
ナダールはけじめだと言ったが、わざわざそんな事をする必要性をこの村では感じられない。なので、なんで突然そんな事を……と思わずにはいられないグノーは戸惑うばかりだった。
陽の光が眩しい、洗濯物を干し終えたグノーは家の壁に寄りかかり溜息を吐く。片足を失いはしたが、自分で作った義足は思いの外出来が良くて生活には一切困らない。
さすがに昔のように身軽に飛んだり跳ねたりは出来なくなったのでナダールの様に外に働きには出られないのだが、それでも村で子供の面倒を見ながら暮らす分には何の支障もない生活を送っている。
今も子供達は近所の子供達とその辺をこけつまろびつ駆け回っていて、それを眺めて目を細めた。
「なんだか大きな溜息が聞こえたわよ、どうしたの?」
声をかけられそちらを向くと近所に住むカズイの妻、サリサが自分と同じように洗濯物でも干していたのだろう、大きな籠を持ってこちらをにこにこと見ていた。
「あぁ、サリサさん、こんにちは」
彼女達の家と自宅は本当にすぐ裏手で面しており、こんなことは日常茶飯事でグノーも笑みを零す。ナダールがカズイと仲良くなった事で、グノーもいつの間にかサリサとは仲良く話すようになっていた。それは括弧で括れば主婦仲間というやつである。
「どうしたの、浮かない顔だったわよ? 何かあった?」
「え? そんな顔してたかな? 特別何かあった訳じゃないんだけど……」
「そう? ならいいけど。何か生活に困る事があったらなんでも相談してね」
カズイ・サリサ夫婦は自分達より少し年上で、こうやって何かと色々目をかけて世話をしてくれるので、本当に助かっている。
二人には三人の子供がいるが、その三人もうちの子供達と仲良くしてくれるので、本当に家族ぐるみのお付き合いなのだ。
「生活には困ってないんですけど……なんかナダールにコレ貰っちゃって」
指に嵌る金色の指輪、それはまだ真新しく陽の光を浴びてキラキラと輝いている。それが、グノーにはなんだか眩しくて仕方がない。
「あら、指輪? いいじゃない、なんでそれでそんな浮かない顔してるの?」
サリサはグノーの元に寄ってきてその手元を眺める。
「なんか、突然ナダールの奴が結婚式やろうって言い出して、それも今更だと思うんだけど、両親に挨拶とかも言い出したから本当にもう気が重くて……」
「挨拶? ナダールさんのご両親に?」
「そう、結婚式も気が重いけど、そっちの方がもっと気が重い」
旦那であるカズイに話を聞いているのであろうサリサは含み笑いを零す。
「結婚式も嫌なの?」
「だってすごく今更じゃない? ルイだってもう五歳だよ。五年もこんな生活してるのに今更結婚式ってどうかと思うだろ?」
「あらそうかしら? いいじゃない結婚式、やってないならやるべきだわ。結婚式って花嫁が人生で一番輝ける日よ?」
「そうは言ったって俺男だよ? 花嫁って言うか……花嫁なの?」
「うふふ、それは二人で決めればいい問題じゃないかしら?」
サリサは笑って籠をひっくり返しその籠に腰掛ける。こうなってしまえば井戸端会議の始まりだ。
「俺はそういう目立つ事あんまりしたくないんだけどなぁ」
「愛があっていいじゃない。あなた愛されてるわよね」
「愛、愛かぁ……俺、愛ってよく分からないんだよなぁ……」
ナダールはいつでも人目を憚らない、それが嬉しくもあり、時々恥ずかしくもある。
『本当にいつまで経ってもお前達は新婚みたいで羨ましい』
と、カズイにまでからかわれて真っ赤になるのは日常茶飯事で、それが愛だと言うなら、もう少し控えてくれてもいいのだけどとグノーは思わないでもないのだ。
「サリサさんは愛ってなんだと思う?」
「うーん、相手を想う気持ちかしら? 私もそこまで深く考えた事はないけど、子供達は愛しいわ。いつまで見てても飽きないし」
「旦那は?」
「旦那はねぇ……時々面倒くさいわ、仕事に出てると清々する時もあるし」
「そんなもんなの?」
グノーは首を傾げる。自分は少しナダールに依存し過ぎているのか彼がいないと寂しくて寂しくて仕方がない。
彼にそっくりな子供達がいつも周りに居てくれるのでそこまで落ち込むほどの寂しさを感じる事は少ないが、仕事で何週間も外に出られてしまうとそれは例外で、何も手に付かなくなるほどに落ち込んでしまう。
これも一種の「愛」なのだろうか? なんだか少し違う気もしなくもないのだが……
「旦那を愛してないわけじゃないのよ? ただ四六時中一緒にいたら疲れちゃうじゃない。うちの旦那、家に居たら基本何もしないのよ? あなたの所は何でもにこにこやってくれそうで羨ましいわ」
サリサに言われてそんなものかと頷いた。確かにナダールは家事をする事を厭わない。むしろ家にいる時は率先してやってくれる。元々家事の何たるかをまるで理解していなかった自分に家事を叩き込んだのはナダールである、そこは少しよその家とは違うのかもしれない。
「サリサさんは結婚して良かったと思う?」
「それはね。何? あなたは思わないの?」
「うちは親が元々破綻した家族だったから結婚の概念がよく分からないんだ。今は本当に幸せに暮らしてて家族としては成り立ってると思うんだけど、結婚ってまた違うだろ? 番契約が結婚と同じ定義かと思ってたのにナダールは式やりたがるし、だったら結婚ってなんだろう……って思ったり」
「ナダールさんが結婚式をやりたがっているのは、多分あなたを独り占めしたいからよ?」
サリサの言葉にまたグノーは首を傾げる。
「なんで? 俺はもうずっとあいつのモノなのに」
「さらっと惚気られちゃったわ。まぁあなたがそう思っていたとしても、周りがあなたを放っておかないじゃない?」
あぁ……とグノーは溜息を吐く。
ナダールと正式に番になってそういう話は一切なくなると信じていたのに、何故か自分の周りはその手の話が絶えなくて、ナダールが眉間に皺を寄せているのには気が付いていたのだが、そういうことなのか?
「俺ってまだそんなに匂う?」
「そんな事ないわよ。番になってからは前ほど薫りは感じないけど、普通に考えてあなた美人だしね、美人がもてるのは性別関係なく世の条理だと思わない?」
「俺、自分が美人だなんて思ったことないけど……」
「本気の美人はそう言うものよ。ホント羨ましい」
そんな事を言われても自分のこの顔は自分にとっては母親の物で、自分の顔という感覚はあまりないのだ。確かに整っているとは思うが、好きだと思ったことも一度もない。
「顔に傷でも付ければいいのかな?」
「ちょっとやめてよ、そんなのナダールさん怒り狂うわよ」
「顔にだけ惚れられてる訳じゃないと思うから平気だと思うけど。虫除けになるならそれもありかなぁ」
「ホントにやめて。なんであなたはそんなに自分に無頓着なの?」
「無頓着、かな? 俺はナダールが良ければなんでもいいんだ。ナダールがそうやって人が寄ってくるのが嫌だって言うなら、別に構わない」
「それはきっと彼の望む所ではないわよ。あなたが意識を失っている時や、記憶を失っている時、彼がどれだけあなたの心配をしていたと思っているの? 彼はあなたが傷付くのは嫌なのよ、それなのに当のあなたがそんな事を言ったら駄目よ」
言い募るサリサにグノーはそんな物なんだとやはり首を傾げた。
「あなたは本当に自分に対してもっと関心を持つべきね」
「関心?」
「そう、他人を愛する前に自分を愛せなきゃ、愛なんて理解できないわよ」
自分を愛する……それはなかなかに衝撃的な言葉だった。なにせ今までの人生で自分が自分を好きだと思ったことなど一度もないのだ。
「そんなの無理」
「何故?」
「だって好きになれる要素ひとつもないじゃん。顔はともかく性格だっていい訳じゃない、常識も分からないし、ナダールみたいに人に好かれるような態度も取れない。自分が自分を好きになれる要素なんて一個もない」
「本気で言ってるの?」
「え? そうだけど……」
呆れた、とサリサは溜息を吐く。
「なんだかナダールさんが心配する気持ちがなんとなく分かったわ。あなた放っておいたら何するか分からないもの、目の届く所で囲っておきたいってナダールさんの気持ちよく分かるわ」
「え? 何それ? 俺あいつにそんな風に思われてんの?」
「うちの旦那に相談しているみたいね、心配で心配で仕方ないって。あなたはもっと自分を大事にしないと」
少し釈然としない。
「俺一応男だし、そこまで囲われるのなんか嫌だなぁ。元々こんな生活も自分の中では想定してなかったし、これはこれで最近は有りだと思ってるけど、そういう束縛は好きじゃないな」
「そういうのも分かっているから、あなたには何も言わずにうちの旦那に愚痴るんじゃないの?」
「あぁ、そういう事か。ううん、なんか俺あいつの事結構分かったつもりで全然分かってないんだな……」
「そんなの一朝一夕に分かるものではないでしょ? 私だって旦那とは幼馴染で小さい頃から知ってるけど、いまだに知らない一面見つけて驚く事だってあるわよ」
「そんなもん? でもサリサさんの所がそうならうちなんかもっとだよなぁ。そもそも育ってきた環境が全然違うし、あいつと出会うまであんなに平和で太平楽な性格の人間がいるなんて思ってなかったからな」
「太平楽って……ナダールさんは彼なりに色々考えて行動していると思うわよ」
「うん、分かってるんだけど、なんかそれまで俺の周りには絶対いなかったタイプの人間だったから、最初はホント怖かったなぁ」
「怖かったの?」
サリサは意外という表情を見せる。まぁ、そうだよな。あの人当たりのいいナダールを怖いと思う人間はそういない。
「だって、あいつ俺の都合がいいようにしか行動しないから、こいつ一体何考えてこんな事してるんだろうって、全然分からなくて怖かった。結局は何も考えずに自分のやりたいようにやってたってのが正解だったみたいだけど、そんな自分に不利益にしかならない行動ばっかり、相手のいいようにって動くような人間いるとは思わないじゃん? 最終的には『結果よければすべて善し』って笑う人間が太平楽じゃなくてなんだって言うんだ」
「またさらっと惚気られたわ。それはあなたが愛されているが故のナダールさんの行動だと私は思うわよ」
「うん、でもなんでそこまであいつが俺を好いてくれたのか、実際よく分からないんだよな。『運命の番』なんて聞こえはいいけど、身体の相性がいいだけだろ? 俺、あいつが俺の一体どこを好きになったのかいまだによく分からない」
「運命の番は魂の絆も深いって聞くけど、それはどうなの?」
「う~ん、俺はあいつに出会って人生変わったし、幸せになったし、そういうのは全部一方的に貰ってて、俺からしたらあいつは神様みたいだけど、あいつからしたら俺は疫病神だと思わない?」
「それは本人に聞いてみないと分からないけど、そんな疫病神だと思っていたら、そんな人と好き好んで一緒に居る人はいないと思うわ」
「そうだよな、だから俺も不思議で仕方がない。子供を産んだことは凄く喜んでくれてて、あいつの子供を産めた事は本当に幸せだけど、それだけで色々あいつに返せてるとも思えないんだよな」
サリサはグノーの言葉に少し苦笑の表情を見せる。
「あなたって意外なほど自己評価が低いのね。知らなかったわ」
そうかなと首を傾げるとサリサは笑う。
「最初この村に来た時はもっと態度も大きかったし、人に馴れない感じで威嚇する野生動物みたいだったのに、それもこれも全部自分に自信が無かったからだったのね」
「あぁ……それを言われると返す言葉もないかも」
「可愛らしいのね。きっとナダールさんはそういう所を好きになったんじゃないのかしら?」
「片意地張って突っ張ってるって? それは前に言われた事あるなぁ……」
「あら、ちゃんと教えて貰ってるんじゃない。あなた達はちゃんと相思相愛のカップルよ、もっと自信を持ちなさいな」
「自信……自信かぁ。でも俺やっぱり考えるんだよな、あの子達が生まれなかったらナダールは本当に自分の傍にずっと居てくれたのかな、って」
庭を駆け回る子供達を見やってグノーは思う。子はかすがい、そのかすがいが無かったら今の二人の関係はどうなっていたのだろうと考えてしまう。
「そのあなたの自信の無さがなんとなくナダールさんに伝わってしまうのかしらね。だからナダールさんも不安になるんじゃないの?」
「自分は愛されてる! なんて自信を持って胸を張って言える人間なんて、世界にどれだけいるんだろう」
「少なくともあの子達は今あなた達夫婦に愛されてるって胸を張って言うんじゃない?」
サリサも自分の子供達と一緒に駆け回る彼らを見やる。
「俺、ちゃんと愛せてるかな?」
「少なくとも私の目にはあなた達一家は幸せ家族にしか見えないわよ」
そっか……とグノーは頷く。
本当は子供の愛し方なんて分からなかった。愛された記憶がほとんどないのだ、どう接していいのかも分からなかったものを、これもまた全部ナダールが教えてくれた。
「なんだか難しい話になっちゃったわね。何はともかく結婚式楽しみにしてるわよ」
「え~楽しみにされても困る……」
「結婚式って言うのは花嫁の人生で一番華やぐ瞬間でもあるけど、娯楽の少ないこの村では数少ない楽しいイベントなのよ。やるって言うなら盛大にやってちょうだい、私も協力は惜しまないから」
片目を瞑って笑顔を見せるサリサにグノーは苦笑する。詳しい話は何もしていないけれど、本気なのだろうか?
これはえらい事になりそうだなとグノーは息を吐いた。
子供達を寝かしつけた後、こうして二人きりで過すのが至福の時間なのだが、育ち盛り、いたずら盛りの子供二人の面倒を日がな一日見ているグノーは最近よく先に寝てしまう。
眠る彼に少し拗ねた気持ちになって、耳元で囁く。
「グノー、愛してますよ」
「……んっ……ん?」
寝ぼけたような返事に悪戯心が湧き彼の身体を抱きしめると、彼はまだ夢の中だが、それでも無意識にだろうか、ぎゅっと抱きついてくる。
「ふっ……ん、なに? 俺、眠い……」
「グノー、結婚しましょうか」
「ん? 誰が? っあ、やめっ……なに?」
半分眠ったような顔の彼に所構わずキスを落とすと不思議そうにナダールを見つめるグノー。
「結婚しましょう、一生傍に居ますは何度も言いましたけど、そういえばプロポーズはまだでしたよね」
半ば、なしくずし的に同居を始めてしまったので恋人と一般的に呼ぶ期間をそういえばかなりすっ飛ばしているような気もする。
そしてすっ飛ばした恋人期間がないまま子供ができ、家族になってしまったのでそういう全てがうやむやなままなのだ。
「結……婚? ぷろぽーず?」
何を言われているのかにわかに理解できずにいるのか、グノーはキョトンとする。
「えぇ、結婚です。私はあなたを自分のモノだと皆に宣言したいのですよ」
「……何? 突然? 俺はもうずっとお前のモノだろ?」
「ちょっとね……他の人にもそれを宣言したくなったんです」
「結婚……って、え? 俺達の?」
「ええ、やりませんか? 結婚式」
ようやく事を理解したのか、でも突然なんでそんな事を……とグノーは困惑する。
「なんで? 別にそんな事しなくても今のままでよくねぇ? ルイがいて、ユリがいるのに、今更結婚式って……」
別に今の生活に不満がある訳ではない、何を突然言い出したのか分からずグノーは戸惑う。
「そういえば、全てがなしくずしで、ちゃんとしたけじめを何ひとつ付けていない事に気付いたので、そう思ったのですけど、駄目ですか?」
「けじめ?」
「そうです。長年勤めてきた騎士団の仕事も中途半端に放り出したままですし、貴方との事も全部暗黙の了解みたいにして、そういえば両親にも言っていない。貴方に対しても、既に居て当たり前みたいな感じになっちゃいましたけど、まだ正式にはプロポーズもしていない事に気付いてしまいました」
「プロポーズなら何度もされてると思うけど?」
でも何度も……というのもおかしな話で、結局目に見える形で家族にはなっていても段階としての「結婚」という過程を踏んでいないので、そんな事になってしまっているのかもしれない。
「グノー結婚しましょう、いえ、してください。一生大事にしますから」
「バカ、そんなの分かってるし、今更……」
「両親にもちゃんと報告しますよ。今度一緒にメルクードに行きましょうね」
「……それは、無理」
「なんでですか?」
実は事件後ナダールはまだランティスには一度も戻っていない。
事件後グノーが記憶を失ったり、すぐに二人目を身篭ったりして、片足を無くしたグノー一人をこのムソンに残して出かける事もできず、子供が生まれたら生まれたで生活に追われてそれ所ではなくなってしまったのだ。
手紙のやりとりはしているのだが、なにせムソンは秘密の村なので詳細は語る事もできず、詳しいこちらの生活は両親にも何も知らせてはいなかった。
そして一方でグノーは、ナダールの両親に一体どんな顔をして会えばいいのだ、絶対無理だ……と困惑の表情を隠せない。
「お前の両親にしてみたら、俺なんか大事な跡取り息子たぶらかした性悪女みたいなもんだぞ? 無理無理、絶対無理。俺、怖くて会えねぇよ」
「なんでですか? あなたもしばらく私の家で暮らしていたのですから分かるでしょ、うちの両親はそんなに心の狭い人間じゃないですよ」
「そうは言っても俺のせいで散々迷惑かけたし、詫びのひとつも入れに行かなきゃ駄目なのは分かってるけど、俺、お前の両親に顔向けなんかできない。マジでそれだけは勘弁してくれ」
「大丈夫ですよ。すでに事情は全て伝わっていますし、うちの両親はいつまでもそういう恨みを引きずる人達じゃないですよ」
だから余計に心苦しいんだよ……とグノーは溜め息を落とす。
今のナダールの生活を彼らは一体どう思っているのだろう。
もう既に除名されてしまっているかもしれないが、ランティスの騎士団員であるはずの彼が、今では立派なファルスのスパイだ。
そうさせてしまったのも自分だし、彼を故郷から引き離し、こんな辺境の地で生活させてしまっているのも自分だった。
黙ってしまったグノーの顔をナダールは覗き込む。
「グノー、返事は?」
「……プロポーズは嬉しい。でもお前の両親に会うのは怖い。お前は怖くないのか? あんな事件があったんだぞ、親の気持ちだって変わってるかもしれないじゃないか」
「そんな事はないと思いますけどねぇ」とナダールはどこまでも呑気だ。「孫の顔を見たら一発で許してもらえる」と真顔で言われても「はい、そうですか」と素直に頷く事ができないグノーは眉を寄せた。
自分は一時は戦争になりかけたメリア王国王家の次男で、戦争の原因で、その為にナダールの父は投獄まで余儀なくされたというのに、全くナダールは楽観的過ぎる。
「でも、お前だってもし俺の両親に挨拶とか言ったらビビるだろ?」
「グノーの両親……メリアの元国王様と王妃様ですもんねぇ、さすがにそうなったら緊張しますね」
「それだけか?」
緊張だけなのか? なんというか肝が座っているというのか、考えなしというか……
「? 行きましょうか? まだ御存命ですよね? やはりここは息子さんをくださいで一発殴られとかないといけませんかね?」
「いい、遠慮しとく。そもそもあいつら俺が生きてるなんて思ってないと思うし」
母はともかく父には絶対会わせたくない。そもそも先王は父では無い可能性の方が今となっては高いのだ、今更挨拶に行くいわれもない。
「駄目ですよグノー、ご両親をあいつらなんて言ったら自分の価値まで下げてしまいます。どんな人間だろうと、貴方をこの世に産み出してくれた事に変わりはないんですから」
「好きで生まれてきたんじゃない」
「グノー」
「そういうのは幸せな家庭で育ってきたから言えるんだ、俺はあんな家族の中に生まれてきたくなんかなかった」
「でも、そこに生まれていなかったら、きっと私達は出会えていませんでしたよ」
「………………」
「貴方は私と出会う為にきっと選んで大変な場所に生まれてきたのです。私は貴方を生んでくれたご両親に感謝しますよ」
「……モノは言い様、だな」
「グノーは物事を暗く考えすぎなんですよ」
「馬鹿言え、お前が楽観的過ぎなんだよ」
「そうですか……?」
そんな事はないと思うが、とナダールは首をひねる。
「まぁ、なんにせよ結婚式やりましょう」
「……お前、本気?」
「冗談なんか言いませんよ」
にっこり笑うナダールにグノーはどうしよう、大変な事になってしまったと頭を抱えた。
三日後、満面の笑みのナダールに指輪を渡された。嬉しくない訳じゃない、だが自分が望んでいたのはこういうあからさまな形ではなくて、もっと内面的な繋がりだった訳で、心中複雑なグノーは戸惑いの笑みをこぼす。式を挙げたからといって今までの関係が変わるわけではないだろう? こういうのはわざわざそんな公言して回ることでもないと思うのだ。
ナダールはけじめだと言ったが、わざわざそんな事をする必要性をこの村では感じられない。なので、なんで突然そんな事を……と思わずにはいられないグノーは戸惑うばかりだった。
陽の光が眩しい、洗濯物を干し終えたグノーは家の壁に寄りかかり溜息を吐く。片足を失いはしたが、自分で作った義足は思いの外出来が良くて生活には一切困らない。
さすがに昔のように身軽に飛んだり跳ねたりは出来なくなったのでナダールの様に外に働きには出られないのだが、それでも村で子供の面倒を見ながら暮らす分には何の支障もない生活を送っている。
今も子供達は近所の子供達とその辺をこけつまろびつ駆け回っていて、それを眺めて目を細めた。
「なんだか大きな溜息が聞こえたわよ、どうしたの?」
声をかけられそちらを向くと近所に住むカズイの妻、サリサが自分と同じように洗濯物でも干していたのだろう、大きな籠を持ってこちらをにこにこと見ていた。
「あぁ、サリサさん、こんにちは」
彼女達の家と自宅は本当にすぐ裏手で面しており、こんなことは日常茶飯事でグノーも笑みを零す。ナダールがカズイと仲良くなった事で、グノーもいつの間にかサリサとは仲良く話すようになっていた。それは括弧で括れば主婦仲間というやつである。
「どうしたの、浮かない顔だったわよ? 何かあった?」
「え? そんな顔してたかな? 特別何かあった訳じゃないんだけど……」
「そう? ならいいけど。何か生活に困る事があったらなんでも相談してね」
カズイ・サリサ夫婦は自分達より少し年上で、こうやって何かと色々目をかけて世話をしてくれるので、本当に助かっている。
二人には三人の子供がいるが、その三人もうちの子供達と仲良くしてくれるので、本当に家族ぐるみのお付き合いなのだ。
「生活には困ってないんですけど……なんかナダールにコレ貰っちゃって」
指に嵌る金色の指輪、それはまだ真新しく陽の光を浴びてキラキラと輝いている。それが、グノーにはなんだか眩しくて仕方がない。
「あら、指輪? いいじゃない、なんでそれでそんな浮かない顔してるの?」
サリサはグノーの元に寄ってきてその手元を眺める。
「なんか、突然ナダールの奴が結婚式やろうって言い出して、それも今更だと思うんだけど、両親に挨拶とかも言い出したから本当にもう気が重くて……」
「挨拶? ナダールさんのご両親に?」
「そう、結婚式も気が重いけど、そっちの方がもっと気が重い」
旦那であるカズイに話を聞いているのであろうサリサは含み笑いを零す。
「結婚式も嫌なの?」
「だってすごく今更じゃない? ルイだってもう五歳だよ。五年もこんな生活してるのに今更結婚式ってどうかと思うだろ?」
「あらそうかしら? いいじゃない結婚式、やってないならやるべきだわ。結婚式って花嫁が人生で一番輝ける日よ?」
「そうは言ったって俺男だよ? 花嫁って言うか……花嫁なの?」
「うふふ、それは二人で決めればいい問題じゃないかしら?」
サリサは笑って籠をひっくり返しその籠に腰掛ける。こうなってしまえば井戸端会議の始まりだ。
「俺はそういう目立つ事あんまりしたくないんだけどなぁ」
「愛があっていいじゃない。あなた愛されてるわよね」
「愛、愛かぁ……俺、愛ってよく分からないんだよなぁ……」
ナダールはいつでも人目を憚らない、それが嬉しくもあり、時々恥ずかしくもある。
『本当にいつまで経ってもお前達は新婚みたいで羨ましい』
と、カズイにまでからかわれて真っ赤になるのは日常茶飯事で、それが愛だと言うなら、もう少し控えてくれてもいいのだけどとグノーは思わないでもないのだ。
「サリサさんは愛ってなんだと思う?」
「うーん、相手を想う気持ちかしら? 私もそこまで深く考えた事はないけど、子供達は愛しいわ。いつまで見てても飽きないし」
「旦那は?」
「旦那はねぇ……時々面倒くさいわ、仕事に出てると清々する時もあるし」
「そんなもんなの?」
グノーは首を傾げる。自分は少しナダールに依存し過ぎているのか彼がいないと寂しくて寂しくて仕方がない。
彼にそっくりな子供達がいつも周りに居てくれるのでそこまで落ち込むほどの寂しさを感じる事は少ないが、仕事で何週間も外に出られてしまうとそれは例外で、何も手に付かなくなるほどに落ち込んでしまう。
これも一種の「愛」なのだろうか? なんだか少し違う気もしなくもないのだが……
「旦那を愛してないわけじゃないのよ? ただ四六時中一緒にいたら疲れちゃうじゃない。うちの旦那、家に居たら基本何もしないのよ? あなたの所は何でもにこにこやってくれそうで羨ましいわ」
サリサに言われてそんなものかと頷いた。確かにナダールは家事をする事を厭わない。むしろ家にいる時は率先してやってくれる。元々家事の何たるかをまるで理解していなかった自分に家事を叩き込んだのはナダールである、そこは少しよその家とは違うのかもしれない。
「サリサさんは結婚して良かったと思う?」
「それはね。何? あなたは思わないの?」
「うちは親が元々破綻した家族だったから結婚の概念がよく分からないんだ。今は本当に幸せに暮らしてて家族としては成り立ってると思うんだけど、結婚ってまた違うだろ? 番契約が結婚と同じ定義かと思ってたのにナダールは式やりたがるし、だったら結婚ってなんだろう……って思ったり」
「ナダールさんが結婚式をやりたがっているのは、多分あなたを独り占めしたいからよ?」
サリサの言葉にまたグノーは首を傾げる。
「なんで? 俺はもうずっとあいつのモノなのに」
「さらっと惚気られちゃったわ。まぁあなたがそう思っていたとしても、周りがあなたを放っておかないじゃない?」
あぁ……とグノーは溜息を吐く。
ナダールと正式に番になってそういう話は一切なくなると信じていたのに、何故か自分の周りはその手の話が絶えなくて、ナダールが眉間に皺を寄せているのには気が付いていたのだが、そういうことなのか?
「俺ってまだそんなに匂う?」
「そんな事ないわよ。番になってからは前ほど薫りは感じないけど、普通に考えてあなた美人だしね、美人がもてるのは性別関係なく世の条理だと思わない?」
「俺、自分が美人だなんて思ったことないけど……」
「本気の美人はそう言うものよ。ホント羨ましい」
そんな事を言われても自分のこの顔は自分にとっては母親の物で、自分の顔という感覚はあまりないのだ。確かに整っているとは思うが、好きだと思ったことも一度もない。
「顔に傷でも付ければいいのかな?」
「ちょっとやめてよ、そんなのナダールさん怒り狂うわよ」
「顔にだけ惚れられてる訳じゃないと思うから平気だと思うけど。虫除けになるならそれもありかなぁ」
「ホントにやめて。なんであなたはそんなに自分に無頓着なの?」
「無頓着、かな? 俺はナダールが良ければなんでもいいんだ。ナダールがそうやって人が寄ってくるのが嫌だって言うなら、別に構わない」
「それはきっと彼の望む所ではないわよ。あなたが意識を失っている時や、記憶を失っている時、彼がどれだけあなたの心配をしていたと思っているの? 彼はあなたが傷付くのは嫌なのよ、それなのに当のあなたがそんな事を言ったら駄目よ」
言い募るサリサにグノーはそんな物なんだとやはり首を傾げた。
「あなたは本当に自分に対してもっと関心を持つべきね」
「関心?」
「そう、他人を愛する前に自分を愛せなきゃ、愛なんて理解できないわよ」
自分を愛する……それはなかなかに衝撃的な言葉だった。なにせ今までの人生で自分が自分を好きだと思ったことなど一度もないのだ。
「そんなの無理」
「何故?」
「だって好きになれる要素ひとつもないじゃん。顔はともかく性格だっていい訳じゃない、常識も分からないし、ナダールみたいに人に好かれるような態度も取れない。自分が自分を好きになれる要素なんて一個もない」
「本気で言ってるの?」
「え? そうだけど……」
呆れた、とサリサは溜息を吐く。
「なんだかナダールさんが心配する気持ちがなんとなく分かったわ。あなた放っておいたら何するか分からないもの、目の届く所で囲っておきたいってナダールさんの気持ちよく分かるわ」
「え? 何それ? 俺あいつにそんな風に思われてんの?」
「うちの旦那に相談しているみたいね、心配で心配で仕方ないって。あなたはもっと自分を大事にしないと」
少し釈然としない。
「俺一応男だし、そこまで囲われるのなんか嫌だなぁ。元々こんな生活も自分の中では想定してなかったし、これはこれで最近は有りだと思ってるけど、そういう束縛は好きじゃないな」
「そういうのも分かっているから、あなたには何も言わずにうちの旦那に愚痴るんじゃないの?」
「あぁ、そういう事か。ううん、なんか俺あいつの事結構分かったつもりで全然分かってないんだな……」
「そんなの一朝一夕に分かるものではないでしょ? 私だって旦那とは幼馴染で小さい頃から知ってるけど、いまだに知らない一面見つけて驚く事だってあるわよ」
「そんなもん? でもサリサさんの所がそうならうちなんかもっとだよなぁ。そもそも育ってきた環境が全然違うし、あいつと出会うまであんなに平和で太平楽な性格の人間がいるなんて思ってなかったからな」
「太平楽って……ナダールさんは彼なりに色々考えて行動していると思うわよ」
「うん、分かってるんだけど、なんかそれまで俺の周りには絶対いなかったタイプの人間だったから、最初はホント怖かったなぁ」
「怖かったの?」
サリサは意外という表情を見せる。まぁ、そうだよな。あの人当たりのいいナダールを怖いと思う人間はそういない。
「だって、あいつ俺の都合がいいようにしか行動しないから、こいつ一体何考えてこんな事してるんだろうって、全然分からなくて怖かった。結局は何も考えずに自分のやりたいようにやってたってのが正解だったみたいだけど、そんな自分に不利益にしかならない行動ばっかり、相手のいいようにって動くような人間いるとは思わないじゃん? 最終的には『結果よければすべて善し』って笑う人間が太平楽じゃなくてなんだって言うんだ」
「またさらっと惚気られたわ。それはあなたが愛されているが故のナダールさんの行動だと私は思うわよ」
「うん、でもなんでそこまであいつが俺を好いてくれたのか、実際よく分からないんだよな。『運命の番』なんて聞こえはいいけど、身体の相性がいいだけだろ? 俺、あいつが俺の一体どこを好きになったのかいまだによく分からない」
「運命の番は魂の絆も深いって聞くけど、それはどうなの?」
「う~ん、俺はあいつに出会って人生変わったし、幸せになったし、そういうのは全部一方的に貰ってて、俺からしたらあいつは神様みたいだけど、あいつからしたら俺は疫病神だと思わない?」
「それは本人に聞いてみないと分からないけど、そんな疫病神だと思っていたら、そんな人と好き好んで一緒に居る人はいないと思うわ」
「そうだよな、だから俺も不思議で仕方がない。子供を産んだことは凄く喜んでくれてて、あいつの子供を産めた事は本当に幸せだけど、それだけで色々あいつに返せてるとも思えないんだよな」
サリサはグノーの言葉に少し苦笑の表情を見せる。
「あなたって意外なほど自己評価が低いのね。知らなかったわ」
そうかなと首を傾げるとサリサは笑う。
「最初この村に来た時はもっと態度も大きかったし、人に馴れない感じで威嚇する野生動物みたいだったのに、それもこれも全部自分に自信が無かったからだったのね」
「あぁ……それを言われると返す言葉もないかも」
「可愛らしいのね。きっとナダールさんはそういう所を好きになったんじゃないのかしら?」
「片意地張って突っ張ってるって? それは前に言われた事あるなぁ……」
「あら、ちゃんと教えて貰ってるんじゃない。あなた達はちゃんと相思相愛のカップルよ、もっと自信を持ちなさいな」
「自信……自信かぁ。でも俺やっぱり考えるんだよな、あの子達が生まれなかったらナダールは本当に自分の傍にずっと居てくれたのかな、って」
庭を駆け回る子供達を見やってグノーは思う。子はかすがい、そのかすがいが無かったら今の二人の関係はどうなっていたのだろうと考えてしまう。
「そのあなたの自信の無さがなんとなくナダールさんに伝わってしまうのかしらね。だからナダールさんも不安になるんじゃないの?」
「自分は愛されてる! なんて自信を持って胸を張って言える人間なんて、世界にどれだけいるんだろう」
「少なくともあの子達は今あなた達夫婦に愛されてるって胸を張って言うんじゃない?」
サリサも自分の子供達と一緒に駆け回る彼らを見やる。
「俺、ちゃんと愛せてるかな?」
「少なくとも私の目にはあなた達一家は幸せ家族にしか見えないわよ」
そっか……とグノーは頷く。
本当は子供の愛し方なんて分からなかった。愛された記憶がほとんどないのだ、どう接していいのかも分からなかったものを、これもまた全部ナダールが教えてくれた。
「なんだか難しい話になっちゃったわね。何はともかく結婚式楽しみにしてるわよ」
「え~楽しみにされても困る……」
「結婚式って言うのは花嫁の人生で一番華やぐ瞬間でもあるけど、娯楽の少ないこの村では数少ない楽しいイベントなのよ。やるって言うなら盛大にやってちょうだい、私も協力は惜しまないから」
片目を瞑って笑顔を見せるサリサにグノーは苦笑する。詳しい話は何もしていないけれど、本気なのだろうか?
これはえらい事になりそうだなとグノーは息を吐いた。
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