運命に花束を

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運命に花束を①

運命と過去との対峙⑥

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「それはお互い様だろう。まさか役にも立たないと言われていたセカンドがこんなにキレ者だとは思っていなかったよ。君は本当にΩなのかい? 匂いもほとんどしないようだが、そこの彼と番になっているせいかな?」
「まだ私達は番になっていないのですよ。先王が彼に付けたチョーカーが外れなくて項を噛む事が出来ません。元々鍵は先王が持っていたようなのですが、その鍵の行く末も探しています、何か知りませんか?」

 ナダールが問うと、ルイスは首を捻った。

「鍵……何かどこかで聞いた気がするな……大事な鍵」

 ルイスはしばらく考え込んだが「すまん、今はちょっと思いだせん」と頭を下げた。

「それにしても番になってもいないのに、よくそこまで匂いを抑え込んでいられるものだな。昔は君が来れば五百m先でも匂いが届いた、君の匂いに惑わされないようにαの連中は軒並み君を避けていたし、βですら時々迷う輩が現れるから大変だったのだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、君に近付けるのは番持ちのαかΩくらいのものだった。人数が少ないから使用人にも避けられていると思ったかもしれないが、君の身の安全のためでもあったのだよ」

 また自分の知らない事実が出てくる。
 確かに自分はブラックに出会うまでフェロモンの制御の仕方が分からなかった。だが、それほどまでに自分のフェロモンが強いという自覚もなかったのだ。

「あまりにフェロモンが強いから、ファーストよりセカンドの方が王の器に相応しいのではないかと囁かれていた事もあったくらいなのだよ。さすがにΩの王もどうなのかという話にはなったがな」
「他人の人生勝手に語るやつ多すぎだろ……」
「だが今の君を見ていると、いっそその方が良かったのではないかとすら思えるよ、現国王はあまりにも心が弱すぎる」
「そうやって育てたのはあんた達大人だろ」
「耳の痛い話だな」

 ルイスはそう言って顔を上げる。もう迷いはないように見えた。

「セカンド・メリア……いや、グノー君だったか。君の申し出、受け入れよう。私で役に立つのならなんなりと使ってくれて構わない」
「伯父さん!」
「レオン、時は来たのだ。君の父親の、私の弟ハンスの仇(かたき)を取る時がきたのだよ。先王はまだ王家への返り咲きを狙っている、事が起こった時に動かれても厄介だ。旧体制の王家自体を叩き潰して、お前が新しい国の礎となれ」
「そんな……私にそんな事……」
「お前にならできるよ、私が保証する」

 戸惑うレオンを諭すようにルイスは静かに微笑んだ。



 今、国が動いた。

 ナダールは慄いた。たった一人の行動で、今国が変わろうとしている。その現場に自分は立ち合っている。ぞくりと背中を何かが走り抜けた。興奮? いや違う、これは恐れだ。
 この場に居る自分だけがどうにも不釣合いで異分子だ。自分が、こんな現場に居合わせる事自体がそもそも考えられない。なのに、今ひとつの国が変わろうとしているその瞬間に自分は居合わせている。まだ、何も動いていない。まだ少しの交渉が進んだだけだ、それでもそこに自分がいるという事が不思議で仕方がない。
 グノーの心も揺れているのが分かる、震える肩に手を添えると彼の空気は不思議と静まる。限りなく異分子の自分だが、今、自分がこの場にいなければ、この話自体がなかったのだと思うと人生は何がどう転んで動いていくのか分からないとしみじみ思う。
 ただの騎士団員の一人だった自分が、王家に連なる面々とこうして話し合っている。今日はメリアの人達だが、バックにはファルスもランティスも控えている。一年前の自分には考えられなかった事が今起ころうとしている。

「さっそくだが、詳しい話を聞かせてもらおうか?」

 ルイスはグノーを促すように言った。グノーはクロードと練った計画をルイスに伝えていく。

「基本的に核心部分はこちらに任せてくれればいい。あんた達は王を失ったこの国を纏めてくれさえすればそれでいいようにはしてある」
「この計画は君達の負担が大きすぎるのではないのか? 本当に出来るのかい? 言ってはなんだが無茶な計画だ、もっと策を練ってもいいと思うのだが?」
「どれだけ策を練ろうとやる事は一緒だ、メリア王を殺す。無駄に罪もない奴を殺す事はしたくない、だからあんた達はせいぜい派手にぶち上げてくれると助かるんだよね、城の目が全部そっちに向くくらいにさ」
「その為には下準備も必要だ、時間の猶予はどのくらいある?半年はみてもらい所だが……」
「そんなにかかる? まぁ、そうか……うーん、あんまり時間かけると切れる男が一人いるからなぁ……」

 グノーは腕を組んで考え込んだ。

「人を集めるのにはそもそも時間がかかる、説得にもな」
「それ、俺たちも手伝うから三ヶ月でいけない?」
「無茶を言う」
「使えるなら、自分だって切り売りするぞ」

 ぶわっと辺りに一気に甘い薫りが広がった。

「俺のこの匂い、βにも効くんだよな。だったら人集めなんてお手の物だ」
「グノーやめてください」

 レオンがフェロモンにあてられたのか、ふらりとグノーに手を伸ばすのを牽制するようにαのフェロモンで撥ねつけた。
 まったく放っておくと何をしでかすか分からない。
 レオンははっと我に返ったように頭を振るので、飲んでくださいと薬をひとつ放り投げた。

「聞いてはいたが、強烈だな。番持ちの自分ですらうっかり惑いそうだ」
「こいつに会ってからますます強くなって困ってるんだ。さっさとケリをつけて番にならないと不便で仕方ない」

 グノーのフェロモンは本当に強烈なのだ。薬で抑えこんだり、自分で抑制してなんとか生活はできているが、いったん開放してしまうと匂いはずいぶん先まで届いてしまって、小さなムソンの村では惑う人間が続出する。
 子供を生んでからは特に、ナダールといるとそれがますます顕著で本当に困っている。気を抜くとフェロモンが駄々漏れてしまうので、最近二人は迂闊にいちゃつく事もできなくなっていた。
 ようやく完全両想い、後は幸せに過すだけ! の二人がHもままならなくなってしまい、それがここ最近の二人の大きな悩みでもあった。
 メリアが平和になれば、鍵がなくともこのからくり細工と思われるチョーカーを外せる人間が出てくるかもしれない、それが今の所の一縷の望みだ。

「だが、実際これは使えそうだな。αはともかくβにどこまで通用するのか分からないが、やってみる価値はあるかもしれん」
「え? 本気ですか? 襲われでもしたらどうするんですか!」
「そこはお前が守ってくれるんだろ?」
「私も襲いたい方なんですけど、耐えろという事ですね!」
「俺のフェロモンに一番耐性付いてるのお前じゃん。俺だってお前以外を誘惑するのは嫌だけど、背に腹はかえられないからな」

 グノーがいい笑顔で笑っているのが分かる。これはもう決定事項として通ってしまったという事なんだろうな……と息を吐いた。

「どれだけフェロモンを振り撒いても、誘惑するのは私だけにしてくださいね」
「分かってる」

 グノーとルイスは話を詰めるように二人で会話を開始してしまう。ナダールの傍らで薬を飲んだレオンもまた、大きな溜息を零した。

「私達を迷惑だと思いますか?」
「まぁ、正直。でも伯父さんが生き生きとしてるから。あんな元気な伯父さん、久しぶりに見ましたよ。あなたは見た所ランティスの人間みたいですけど、こんな所にいていいんですか?」
「彼の運命に巻き込まれてしまいましたからね、腹はくくっています。それよりも私達の運命にあなたまで巻き込んでしまって申し訳ないです」
「いずれは何かあると思っていましたよ。あなた達に限らず私を担ぎ上げようとする人は幾らでもいましたからね。そのたび伯父は渋い顔をして、私も断ってきましたが、伯父のあの様子だと勝算はあるという事なのでしょう。正直、礎になれと言われてもどうしていいか分かりませんけど」

 今この二十歳そこそこの青年の肩の上にメリアという国が乗ったのだ、そんな事を言われても実感も湧かないというのはなんとなく分かる。

「ご迷惑おかけします」
「あはは、なんだかおかしな人ですね。どう見てもあなた兄の尻に敷かれているでしょう?」
「そうですね、それがなかなか居心地いいので困っています」
「本当におかしな人ですね」

 レオンは歳相応な顔で笑った。



 計画は動き出した、もう後戻りはできない。

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