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運命に花束を①
運命と過去との対峙④
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スフラウト家には代々守り伝えてきた昔話があった。それはスフラウト家の成り立ちに関わり、他言無用の昔語りとして親から子へ語り継がれる物語だった。
メリアとランティスが仲違いをし、メリア王が酷く傷心していた頃一人の女が王の前に現れた。女は言葉巧みに王を誘惑し、一人の子供を授かる。だがその子供は王の子供ではなく、王の側近との間にできた子供だった。
子供はすくすく成長し、王はそれと知らず子を愛し育てた。
子供の成長と共にますます二国間の争いは絶えなくなる、それは裏で糸を操っていた側近が言葉巧みに女を使って王の心を狂わせていったからだったのだが、王はそんな事には気付かない、そして気付いた時にはもう二国の関係はどうにもならない所まで悪化していた。
側近は女を操り、我が子である王子を操り、王を殺した。
殺したはずだった……だが、王は生き延びた。
「初代スフラウト当主はメリア王自身なのだよ」
着の身着のまま命からがら王は城を逃げ出し、途方に暮れていた時に出会ったのが一人の男性Ωだった。そのΩは自身のΩ性を恥じて一人、山中に暮らしていた。そんな所に現れたのが王だった。女に嫌気がさしていた王は、そのΩの人となりに惹かれやがて子を授かる。今度は正真正銘自分の子供だ。
市井に下りて王は気付く、メリア王国という国の惨状を。
王として国に君臨するのはもうこりごりだと思いつつ、王は子に伝えていく『お前は本当はこの国の王となるべき子供なのだよ』と。
月日は流れ、王は死に世代が変わっても連綿とその話は語り継がれた。
スフラウト家に欲はなかった、だが彼らの血筋は腐っても王家の物、αが輩出されれば必ず人の目に留まり家はどんどん大きくなった。そしてついには王家に一番近い貴族としての立場まで手に入れてしまった。
それでも、彼らはその時まで王位を簒奪しようとは考えていなかったのだ、だが先代の王の時代国は荒れに荒れていた。王は国民を省みず、国民は飢えに苦しんで死んでいった。
このままでは国が駄目になる、そう思った時にルイスとハンスは考えた、かつて側近が国を乗っ取ったように、自分達が今度はこの国を取り戻す事を。
「ハンスは王妃に近付いた。そしてすぐに君が生まれた」
「え?」
ハンスがグノーの方を向いてそんな事を言うので、グノーが驚いたような顔をする。
「え? 俺、先王の子供じゃないの?」
「どうだろうな、はっきりはしないが、ハンスは君の事を自分の子供だと思っていたようだったよ」
大きな手と優しげな瞳、彼の事は覚えている。大好きだった。
「君はΩでずいぶんと強いフェロモンを発していたようだからね。ファーストにはそんな様子は一切なくて『運命の番』の子供はその性がはっきり出る事が多いらしいから、多分自分の子供だろうとハンスは言っていたよ」
「でも、母親は俺を憎んでいたし嫌っていた……」
「王妃様も君の事を愛していたよ、ハンスが死ぬまではね」
ルイスの言葉にグノーは首を傾げる。そんな記憶はひとつもないのだから当然だ。
「母はこの人が父を殺したと言っていました。それはどういう意味だったのですか?」
「ハンスを殺したのは先王だよ、それは間違いない。だが、そのきっかけを作ったのはセカンド、君だった」
その日王妃とハンスはメリア王の手から逃れ、駆け落ちの計画を実行しようとしていた。最初は国を乗っ取るつもりで王妃に近付いたハンスだったが、巡り会ってしまえば二人の運命は歯車が合ったように廻り始めた。
『今日は大事な用事があるんだ、ここで静かに待っていられるかな?』
ハンスは我が子であると信じていたセカンドの頭を優しく撫でる。子供は小さく頷いて忙しなく動き回る大人たちを眺めていた。
『静かに、絶対声をあげては駄目ですよ』
子供を抱き上げハンスは言う。子供は頷いたが、その瞳は何が起こっているのかも分からず怯えたような色をしていた。
闇を掻い潜るように王妃とハンスは城を抜け出そうとした、そんな時に子供は突然泣き出した、怯えるように大声で。
その声はすぐに聞きとがめられ、ハンスは捕まり殺された。
「そんな……」
グノーは呆然としたように呟きうなだれた。
そんな事は覚えていない……いや、本当に?
微かな記憶、暗い闇の中を自分を抱いて駆ける人、暗闇から何かが襲い掛かってきそうで怖くて怖くて泣き出した。響く怒声、慌しく動く人たち、更に泣き出す小さな子供。
振り上げられた剣、目の前に広がる紅い、紅い……
「っぐ……」
猛烈な吐き気にうずくまる。慌てたように背を撫でるナダールに思わずしがみついた。
「君はまだ幼かった、けれどそれでも王妃は君が許せなかった」
「それで母はこの人が父を殺したと?」
「そうだな、そうやって憎む相手を見付ける事と、腹に宿ったお前を守る事で王妃はなんとか生き永らえた、彼女も哀れな人なのだよ」
身体の震えが止まらない。幾つもの記憶がフラッシュバックのように目の前をちらついていた。
笑顔のハンスと母親、頭を撫でる大きな手。
「グノー、大丈夫ですか?」
罵る母親、血にまみれそれでも自分に微笑んだハンスの顔が明滅する。
「うあぁあああぁ……」
言葉にもならない悲鳴が零れる。
『あぁ、お前が無事で良かったよ……』
伸ばされた手、紅い指先。知らずに涙が零れた。
「お父……さ、ん」
どこか遠くで自分を呼ぶ声がする。だが、それは遠く遠く……グノーは意識を失った。封印された過去は父親の死を目の前で目撃した小さな子供の記憶だった。
メリアとランティスが仲違いをし、メリア王が酷く傷心していた頃一人の女が王の前に現れた。女は言葉巧みに王を誘惑し、一人の子供を授かる。だがその子供は王の子供ではなく、王の側近との間にできた子供だった。
子供はすくすく成長し、王はそれと知らず子を愛し育てた。
子供の成長と共にますます二国間の争いは絶えなくなる、それは裏で糸を操っていた側近が言葉巧みに女を使って王の心を狂わせていったからだったのだが、王はそんな事には気付かない、そして気付いた時にはもう二国の関係はどうにもならない所まで悪化していた。
側近は女を操り、我が子である王子を操り、王を殺した。
殺したはずだった……だが、王は生き延びた。
「初代スフラウト当主はメリア王自身なのだよ」
着の身着のまま命からがら王は城を逃げ出し、途方に暮れていた時に出会ったのが一人の男性Ωだった。そのΩは自身のΩ性を恥じて一人、山中に暮らしていた。そんな所に現れたのが王だった。女に嫌気がさしていた王は、そのΩの人となりに惹かれやがて子を授かる。今度は正真正銘自分の子供だ。
市井に下りて王は気付く、メリア王国という国の惨状を。
王として国に君臨するのはもうこりごりだと思いつつ、王は子に伝えていく『お前は本当はこの国の王となるべき子供なのだよ』と。
月日は流れ、王は死に世代が変わっても連綿とその話は語り継がれた。
スフラウト家に欲はなかった、だが彼らの血筋は腐っても王家の物、αが輩出されれば必ず人の目に留まり家はどんどん大きくなった。そしてついには王家に一番近い貴族としての立場まで手に入れてしまった。
それでも、彼らはその時まで王位を簒奪しようとは考えていなかったのだ、だが先代の王の時代国は荒れに荒れていた。王は国民を省みず、国民は飢えに苦しんで死んでいった。
このままでは国が駄目になる、そう思った時にルイスとハンスは考えた、かつて側近が国を乗っ取ったように、自分達が今度はこの国を取り戻す事を。
「ハンスは王妃に近付いた。そしてすぐに君が生まれた」
「え?」
ハンスがグノーの方を向いてそんな事を言うので、グノーが驚いたような顔をする。
「え? 俺、先王の子供じゃないの?」
「どうだろうな、はっきりはしないが、ハンスは君の事を自分の子供だと思っていたようだったよ」
大きな手と優しげな瞳、彼の事は覚えている。大好きだった。
「君はΩでずいぶんと強いフェロモンを発していたようだからね。ファーストにはそんな様子は一切なくて『運命の番』の子供はその性がはっきり出る事が多いらしいから、多分自分の子供だろうとハンスは言っていたよ」
「でも、母親は俺を憎んでいたし嫌っていた……」
「王妃様も君の事を愛していたよ、ハンスが死ぬまではね」
ルイスの言葉にグノーは首を傾げる。そんな記憶はひとつもないのだから当然だ。
「母はこの人が父を殺したと言っていました。それはどういう意味だったのですか?」
「ハンスを殺したのは先王だよ、それは間違いない。だが、そのきっかけを作ったのはセカンド、君だった」
その日王妃とハンスはメリア王の手から逃れ、駆け落ちの計画を実行しようとしていた。最初は国を乗っ取るつもりで王妃に近付いたハンスだったが、巡り会ってしまえば二人の運命は歯車が合ったように廻り始めた。
『今日は大事な用事があるんだ、ここで静かに待っていられるかな?』
ハンスは我が子であると信じていたセカンドの頭を優しく撫でる。子供は小さく頷いて忙しなく動き回る大人たちを眺めていた。
『静かに、絶対声をあげては駄目ですよ』
子供を抱き上げハンスは言う。子供は頷いたが、その瞳は何が起こっているのかも分からず怯えたような色をしていた。
闇を掻い潜るように王妃とハンスは城を抜け出そうとした、そんな時に子供は突然泣き出した、怯えるように大声で。
その声はすぐに聞きとがめられ、ハンスは捕まり殺された。
「そんな……」
グノーは呆然としたように呟きうなだれた。
そんな事は覚えていない……いや、本当に?
微かな記憶、暗い闇の中を自分を抱いて駆ける人、暗闇から何かが襲い掛かってきそうで怖くて怖くて泣き出した。響く怒声、慌しく動く人たち、更に泣き出す小さな子供。
振り上げられた剣、目の前に広がる紅い、紅い……
「っぐ……」
猛烈な吐き気にうずくまる。慌てたように背を撫でるナダールに思わずしがみついた。
「君はまだ幼かった、けれどそれでも王妃は君が許せなかった」
「それで母はこの人が父を殺したと?」
「そうだな、そうやって憎む相手を見付ける事と、腹に宿ったお前を守る事で王妃はなんとか生き永らえた、彼女も哀れな人なのだよ」
身体の震えが止まらない。幾つもの記憶がフラッシュバックのように目の前をちらついていた。
笑顔のハンスと母親、頭を撫でる大きな手。
「グノー、大丈夫ですか?」
罵る母親、血にまみれそれでも自分に微笑んだハンスの顔が明滅する。
「うあぁあああぁ……」
言葉にもならない悲鳴が零れる。
『あぁ、お前が無事で良かったよ……』
伸ばされた手、紅い指先。知らずに涙が零れた。
「お父……さ、ん」
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