運命に花束を

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運命に花束を①

運命の交錯①

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 彼はあまり機嫌の良くなさそうな顔でそこに立っていた。
 元々彼には愛想がない、アジェの前以外で笑顔でいるのを見た事がない。付き合い自体もそうある訳ではないので、よく分からなかったが彼の機嫌が良くはないのは一目瞭然だった。

「エディ、久しぶりだな」

 彼は黙って頷いた。グノーが彼、エドワードに会うのは村にやって来た時を除けば、実におおよそ一年ぶりの事になる。
 ファルス王国カルネ領ルーンの街にアジェとエドワードは暮らしていた。そこに彼の父親を訪ねて行ったのがおよそ一年前の事で、それが彼との出会いだった。

「もう、身体はいいのか?」

 顔は不機嫌なままなのだが彼の口からはそんな言葉が出てきて驚いた。

「もう大丈夫、ごめんな。ひと月も待たせちまったみたいで……」
「いや……」

 お互い言葉は少ない。何をどう切り出せばいいのか分からなかったのだ。
 グノーがエドワードに会いたいと言うと、ナダールは最初難色を示したが、最後にはしぶしぶ頷いてくれた。しかし、それは必ず自分も同行するという条件付きのものだったので、グノーの後ろではナダールが普段からは考えられないほどピリピリした様子で二人の会話を聞いていた。
 エドワードの背後には相変わらず無表情のクロードが何も言わず立っている。




「単刀直入に聞く、あんたは本当にメリアのセカンドで間違いないのか?」
「あぁ、間違いない」

 言葉にエドワードは眉間に皺を寄せた。

「なんでそんな奴が、こんな所にいるんだよ……」
「俺は逃げてきた。メリアから、王家から……そして兄から」
「兄……メリアの現国王ですね」

 エドワードの背後のクロードは確認するように淡々とそう言った。

「王になったのは俺が家出した後だ。俺は今のあいつは知らない」
「メリア王はあなたを奪い返す為にランティスに戦争を仕掛けようとしています」
「え?」

 何を言われているのか俄かに理解できず、グノーはその無表情な顔をまじまじと凝視してしまう。

「戦……争?」
「はい、あなたを渡さなければ戦争も辞さない。彼はそう言っているのですよ」

 血の気が引いた。まさかレリックがそこまでの事を考えているとは思わなかったのだ。

「な……んで。そもそも、なんで俺がランティスにいる事がばれた? アジェは俺の代わりに連れてかれたって言ったよな?それはなんでだ?」
「話せば長くなりますが、そもそもの発端はランティスの王子暗殺未遂事件にあります」
「アレは、俺もアジェも関係ない! 王子が勝手にそう言っただけだ、俺たちは何もしてない!」

 クロードは俺の言葉に首を振った。

「それはもう分かっています。ですが、あなた達が大暴れしていたあの時とは関係なく『王子暗殺未遂』はあったのです」
「どういうこと?」

 クロードはただ淡々とあった事実を語ってくれた。
 あの時エリオット王子は実際命を狙われていたのだ。何者かに毒を盛られ日に日に体は弱っていた。誰にそれをされているかも、何に毒が入っているかも分からず、信頼のおける者だけを傍に侍らせ生活していたが、それでも彼の具合はどんどん悪くなっていた。

「そんな時にアジェとあなたは彼の前に現れたのですよ」
「それで王子はアジェに自分の代わりに死ねなんて言ったのか?」

 だがクロードはそれにも首を横に振った。

「王子はアジェを追い払う為にそんな事を言ったのですよ」
「追い払う?」
「はい、自分が命を狙われている事を知っていた王子は自分の身代わりに連れてこられようとしていた彼を助ける為に一芝居うったんです。二度と王家には近付かないように念入りに脅しをかけて彼を城から追い出そうとした。アジェを身代わりにしようとしていたのは王子の家庭教師のカイルさんだったのですが、彼の計画を知って王子はそのすべてを潰そうとしたのです」
「カイルがそんな事を?」

 王子の家庭教師でもあるカイルはナダールの幼なじみだ、彼の動揺は隠しきれない。

「カイルさんは王子の『運命』です。彼を身代わりにすれば王子は助かると、浅はかにも考えたようですね」
「え? カイルはβですよね? 王子の『運命』? そんな馬鹿な!」
「あの人Ωだったよ。匂い薄くてほとんど分からなかったけど、俺に自分でそう言った。でも俺にはナダールの事が好きだから近付くなってあの人言ったんだよ、それが王子の『運命』ってどういう事?」

 俺の言葉に驚いたのか、ナダールがまじまじとこちらを見やる。

「ちょっとグノーそれ初耳ですよ! カイルが私のこと好いているとか本気でありえませんからね! 信じたりなんてしてないですよね?!」
「や……そんな事言われたって、あの頃まだお前の事ほとんど知らなかったし、俺とお前じゃ不釣合いだって言われたら、その通りだなって思うしかないじゃん? 好きだって言われたらそうなのかなって思うだろ普通、違うの?」
「ありえませんよ! もう本当にありえない!! あの人本気で私のこと実験動物くらいにしか思っていませんからね、それで何度私が死の直前を彷徨ったと思っているんですか! そんな事好きな人にする人絶対いませんから!」

 いつ息をしているのかという勢いで一気に畳み掛けられてこっちが驚いてしまう。

「それも一種の愛の形……」
「ありえません! っていうか私は絶対嫌です!!」

 真剣な面持ちのナダールに思わず吹いてしまった。
 いかん、いかん笑ってる場合じゃない。

「お取り込み中のところ大変申し訳ないのですが、続けてもよろしいですか?」

 脇から冷静なツッコミが入った。申し訳ないと頭を下げてまたクロードの話に耳を傾ける。

「ナダールさんがカイルさんをβだと信じていたのは、あながち間違いではないのです。彼は元々βだったそうですよ。彼は後天性Ω、強いαに惹かれて稀にバース因子を持ったβが分化する事がある、という研究結果が出ております。彼はそれだったようですね」
「後天性Ω……」

 風の噂程度には聞いた事がある。バース性にはまだまだ未知な部分が多く、そんな事が本当にあるのかと驚いた。

「彼の場合元々フェロモンを嗅ぎ分ける能力も持っていたようなのでその素質はあったのでしょう。ただ、分化したのは王子に惹かれたからというよりは自分の研究のせいでもあったようです。ナダールさんも先程おっしゃっていた事ですが、カイルさんは自分の体でも色々な薬を試されていたようで、その内の何かが自分の体を分化させたのではないかとおっしゃっていました」

 ナダールは呆れたように額に手を当てる。彼ならさもありなんと考えているのが手に取るように伝わってきた。

「自分の体がΩに分化して、王子がそれに気が付き、自分の『運命』はカイルさんだと王子は彼に告げた。恐らくカイルさんもそれには気が付いていたのでしょうが、彼にはやらなければいけない事があった。それが、王子の暗殺です」

 事実を淡々と述べるだけのクロードはまるで本物の喋る人形だ。まるで何でもないことのようにさらりと言ってのけたが、それはとんでもない事実だった。

「え? カイルが? 暗殺者?」
「はい、命令されて仕方なくということですが、そういう事だったそうです。彼は研究熱が激しすぎて、使ってはいけない入手するのも違法な薬品を幾つも所持、服用していた。それに目を付けられ脅されたそうです。まさに自業自得ですね」

 更に呆れたようにナダールが溜息を吐く。

「それでも王子暗殺などただでさえ気が進まないのに、彼が自分の『運命』と分かれば殺せるはずもない。そこにアジェが現れた……」
「あぁまったく、カイルの考えそうなことです。アジェ君を人身御供に差し出して、自分と王子は駆け落ちでも何でもするつもりだったんでしょう」
「まぁ、そんな所ですね。けれど王子はそれを断り、アジェを追い返してしまった。ちなみにその時点で王子はまだ自分を殺そうとしていたのがカイルさんだとは知りませんでした。薄々勘付いてはいたようですけどね。王子は不審者を『赤毛の男』だとそう言いました」
「俺か……」

 王子にはあの時姿を見られている。アジェは王宮付きの侍女の姿をしていたし、侍女を人質に逃げた暗殺未遂犯といったところか。

「アジェを追い返すつもりで脅しをかけたのにアジェが捕まってしまっては元も子もない。都合のいい事にあなたは姿を晒して大暴れで出て行ってくれたので、アジェは身を隠す事ができた」
「そうですよ、あなた達がちゃんとアジェ君を保護してくれていたら問題は……」
「そうですね、それでもランティスの騎士団員たちは優秀でしたよ、私達の部屋に忍んでいた彼を見付けてしまった」

 自国の仲間を優秀と褒められて喜んでいいのか、悲しむべきなのかナダールは複雑な表情を見せる。

「更に最悪な事に彼の持っていたおもちゃ、あなたが別れ際に彼にあげた物ですね、あれがどうにも疑惑を招いた」
「あんなの、ただのからくり人形だ」
「確かに言われてしまえばその通りなのですが、あんな精巧なからくり人形を私は見た事がなかった。それは勿論ランティスの方々も同じだったでしょうね。からくり人形はメリアの産物、メリアとの関係を疑われるのには充分でしたよ」


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