運命に花束を

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運命に花束を①

運命と春の嵐①

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 春の嵐、それは突然やってきた。その日村は賑わっていた。

「今日は何かあるのですか?」
「うん、父さんたちが帰ってくるんだよ!」

 子供達はそう言って笑顔を見せた。
 おそらく帰って来るというのは出稼ぎに出ているルークのような仕事をしている人達が村に戻って来るという事なのだろう。

「それじゃあ、今日はご馳走ですね」
「そうだよ! だからうちに帰って母さんの手伝いしないと怒られちゃう。じゃあね」

 手を振って駆けて行く子供を見やって、こちらも笑顔で手を振り返す。
 隣ではグノーもすっかり大きくなった腹を抱えて笑っていた。
 もう臨月はすぐそこだ。手を繋いで、村の市場を見てまわる、そんな二人の姿もすっかり村に馴染んでいた。

「それにしても暖かくもなってきたし、いつまでも長老の家に居候ってのも考えものだな」
「そうですね。あなたの怪我も治った事ですし、そろそろ新しい生活を考える時期かもしれませんね。この子が生まれる前にそういった事も含めて長老と相談しましょう」

 村はなんだかんだと居心地が良くて、外界から完全に隔絶されたこの村はまるで地上の楽園のようだった。ここに暮らすのも有りかもしれないなと考え、ナダールは既にいくつか新居も見てまわっていた。

「あれ? なんか見慣れない髪色の奴がいる……」

 黒髪しかいないこの村では自分やグノーのような頭髪はとても目立つ。そこには自分と同じような金色と、そこまで派手ではないが栗色の髪の頭が見え隠れしていて、長老にお客様かな? 珍しいですね、などと何とはなしに話しながら進行方向が同じだった事もあり彼らの後を追うように二人は歩いていた。
 ふと、前方の金色が何かに気が付いたように立ち止まり振り向いた。

「あれ?なんだ、あれエディじゃん。おおい、こんな所で何してんだ?」

 グノーが大きく手を振ると、向こうもこちらに気が付いたのか、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
 その後ろを慌てて追ってくるのは、あぁ、あの人メルクードで彼と一緒にいた、確か名前はクロードさん……そんな事を思っているといつの間にやらエディはすぐ目の前に迫っており、なんだか様子がおかしいと気付いた時には彼はグノーの襟首を掴もうと手を伸ばしていた。
 彼の表情は渓谷近くの街で会った弟にも似て、その険しい表情にナダールは咄嗟にグノーを守るように抱きしめ、エドワードから隠すように立ちはだかった。

「え? なに? 何かあった?」

 エドワードの手の早さは身を持って知っている。短気で何をするか分からない、彼が何故突然こんな所に現れたのかは分からなかったが、彼がグノーに怒っているという事ははっきり分かった。

「なんの御用ですか、エドワード君」
「そいつをこっちへ寄越せ」

 α特有の威圧のフェロモンがぶわっと辺りに広がった。
 それは彼の物なのか自分の物なのかよく分からなかったが、二人が険悪な事はすぐに分かったのだろう村人が何人か伺うようにこちらを見やった。

「お断りします……と言ったら?」
「力尽くで連れて行く!」

 彼はすらりと剣を抜き放とうとして「おやめなさい!」と彼の上司であるクロードに一喝された。

「あなたが焦る気持ちは分かりますが、よく御覧なさい、相手は妊夫ですよ。手荒な真似はいけません」

 エドワードは一瞬棒立ちになり、こちらを上から下まで眺めると、その大きくなった腹を確認したのだろう、拳を握ってグノーを睨みつけた。

「いい御身分だな。散々こっちを振り回して、姿を消したと思ったら子供?! ふざけんな! 何勝手に一人で幸せになろうとしてんだよ、マジふざけんなよ! お前のせいで、アジェは……アジェは!!」

 エドワードの叫びに空気が震えた。

「アジェに……何か、あったのか……?」
「あんた、何も知らないんだな……」
「だって、お前が、お前がアジェを連れてったんじゃないか!俺からアジェを奪い返した、なのにどうして!? アジェに何があった!?」

 グノーの声も震えていた。背後で、ナダールの服の袖をきつく握り占めているのが分かる。
 駄目だ、聞いてはいけない、今はまだその時じゃない!

「グノー聞かなくていい、あなたは知らなくてもいい事だ」
「でも、ナダール……アジェに、何かあったんだ。だってエディが怒ってる」

 それでも聞くなと彼の耳を塞ぐ。

「連れて行かれた! メリアに!! アジェは人質として連れていかれたんだ!」

 そんな話は初耳だ。アジェはランティスにいるのではなかったか? 城に軟禁されているはずではなかったのか?
 驚いたようにエディを見やると彼は、ただもう途方に暮れたように立ち尽くしていた。

「ナダール、離して……俺ちゃんと聞かないと……」

 自分の耳を覆うようにしていたナダールの手を、グノーはぐいと押しやる。だが、その押しやる手のその指先は色を失い冷え切っていた。

「あなたの名はセカンド・メリア……お間違いはございませんか?」

 静かに、クロードがグノーへと問いかける。

「なんで、それを……」
「もっと早くに気が付くべきでした。すべてはもう、手遅れですが……」
「なんで? 何が? アジェどうしたんだよ? お前がちゃんと守ってたんだろ?! アジェを離すなってあの時俺言ったよな?!」

 グノーの言葉にエディの眉が上がる。

「全部あんたのせいだろう!! あんたがアジェにあんなおもちゃ渡すから、アジェはメリアとの関係を疑われた! あんたがメリアのセカンドだったから、アジェはあんたの兄に連れてかれたんじゃないか!!」

 エディの言う「おもちゃ」というのは恐らくグノーがナダールの自宅で作っていたからくり人形のことだろう。確かに彼はアジェとの別れ際、彼に何かを投げていた。だがそれがアジェとメリアの関係を疑わせるきっかけになったというのは初耳だった。

「連れてかれた……? レリックに、アジェが……?」

 グノーの身体は目に見えてがたがたと震えだした。

「全部、全部お前のせいだ! 返せよ! アジェを返してくれよ……俺にアジェを、返してくれ……」

 言葉の最後は涙声で、もはやほとんど聞き取れなかった。そして、そんな彼の様子に事態は深刻なのだと理解ができる、だが自分の傍らでグノーが悲痛な悲鳴を上げた。

「兄さま、なんで!! いやだ……怖い、いやっ! いやあぁああああ!!」

 叫びと共にグノーの身体が崩れ落ちる、慌ててその身体を支えたがその身体からは完全に生気というものが抜け落ちていた。

「グノー、しっかりしてください。ここにはあなたを脅かすモノは何もない、しっかり私を見て」

 何かに怯えるように身を縮こまらせる彼の瞳を覗き込んで、ナダールは気をしっかり持てと彼を抱きしめた。

「怖い、ナダール……嫌だ、怖い」

 瞳は自分を映しているのに彼の瞳は遥か遠くを見て、自分を見ようとはしない。

「あんたがいなければ、アジェはメルクードになんて行かなかった、あんたがいたから……」

 エドワードの言葉にナダールは一言「黙れ!」と吐き捨てた。

「っつ、くっ……」

 突然、グノーが腹を抱えるようにして呻き始める。

「いっ、痛い……ナダール、なにコレ? 怖い、なぁ、ナダール、どうしよう……こども、俺の……」

 彼の足元を見るとなにやら濡れている、破水? でも予定日は来月だ、まだ早すぎる。

「痛っ、痛い……ナダール怖い」

 彼の声も身体も震えていて、心身ともにダメージを受けている事は一目瞭然だ。コレは一刻を争う事態だと悟ったナダールは彼を抱き上げ駆け出した。
 エドワードとクロードの二人は何事が起こったのかとこちらを見ていたが、そんな事知った事ではないし、妻子の危機にうろたえている暇などない。

「大丈夫、大丈夫ですからね。もう少しだけ我慢ですよ」

 グノーはその言葉に少し安堵するように無言で頷いたが、またすぐに腹の痛みに呻きだした。たぶんこれはもう破水で間違いない。だてに兄弟が多いわけではない、こんな様子の母の姿は何度も見ている。でも、どうしても時期が早すぎる。
 自分と彼が交わったのはたったの一度きり、おのずと妊娠時期も割り出せて計算もとても簡単だった。

「先生! 先生!!」

 診療所の前で叫ぶと医師は何事かと慌てて飛び出してきて、彼はすぐに中に通された。
 苦しそうに呻き続ける彼の手を握って、何もできない自分はただひたすらに彼と子供の無事を祈り続けることしかできなかった。

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