運命に花束を

矢の字

文字の大きさ
上 下
48 / 455
運命に花束を①

運命と春の嵐①

しおりを挟む
 春の嵐、それは突然やってきた。その日村は賑わっていた。

「今日は何かあるのですか?」
「うん、父さんたちが帰ってくるんだよ!」

 子供達はそう言って笑顔を見せた。
 おそらく帰って来るというのは出稼ぎに出ているルークのような仕事をしている人達が村に戻って来るという事なのだろう。

「それじゃあ、今日はご馳走ですね」
「そうだよ! だからうちに帰って母さんの手伝いしないと怒られちゃう。じゃあね」

 手を振って駆けて行く子供を見やって、こちらも笑顔で手を振り返す。
 隣ではグノーもすっかり大きくなった腹を抱えて笑っていた。
 もう臨月はすぐそこだ。手を繋いで、村の市場を見てまわる、そんな二人の姿もすっかり村に馴染んでいた。

「それにしても暖かくもなってきたし、いつまでも長老の家に居候ってのも考えものだな」
「そうですね。あなたの怪我も治った事ですし、そろそろ新しい生活を考える時期かもしれませんね。この子が生まれる前にそういった事も含めて長老と相談しましょう」

 村はなんだかんだと居心地が良くて、外界から完全に隔絶されたこの村はまるで地上の楽園のようだった。ここに暮らすのも有りかもしれないなと考え、ナダールは既にいくつか新居も見てまわっていた。

「あれ? なんか見慣れない髪色の奴がいる……」

 黒髪しかいないこの村では自分やグノーのような頭髪はとても目立つ。そこには自分と同じような金色と、そこまで派手ではないが栗色の髪の頭が見え隠れしていて、長老にお客様かな? 珍しいですね、などと何とはなしに話しながら進行方向が同じだった事もあり彼らの後を追うように二人は歩いていた。
 ふと、前方の金色が何かに気が付いたように立ち止まり振り向いた。

「あれ?なんだ、あれエディじゃん。おおい、こんな所で何してんだ?」

 グノーが大きく手を振ると、向こうもこちらに気が付いたのか、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
 その後ろを慌てて追ってくるのは、あぁ、あの人メルクードで彼と一緒にいた、確か名前はクロードさん……そんな事を思っているといつの間にやらエディはすぐ目の前に迫っており、なんだか様子がおかしいと気付いた時には彼はグノーの襟首を掴もうと手を伸ばしていた。
 彼の表情は渓谷近くの街で会った弟にも似て、その険しい表情にナダールは咄嗟にグノーを守るように抱きしめ、エドワードから隠すように立ちはだかった。

「え? なに? 何かあった?」

 エドワードの手の早さは身を持って知っている。短気で何をするか分からない、彼が何故突然こんな所に現れたのかは分からなかったが、彼がグノーに怒っているという事ははっきり分かった。

「なんの御用ですか、エドワード君」
「そいつをこっちへ寄越せ」

 α特有の威圧のフェロモンがぶわっと辺りに広がった。
 それは彼の物なのか自分の物なのかよく分からなかったが、二人が険悪な事はすぐに分かったのだろう村人が何人か伺うようにこちらを見やった。

「お断りします……と言ったら?」
「力尽くで連れて行く!」

 彼はすらりと剣を抜き放とうとして「おやめなさい!」と彼の上司であるクロードに一喝された。

「あなたが焦る気持ちは分かりますが、よく御覧なさい、相手は妊夫ですよ。手荒な真似はいけません」

 エドワードは一瞬棒立ちになり、こちらを上から下まで眺めると、その大きくなった腹を確認したのだろう、拳を握ってグノーを睨みつけた。

「いい御身分だな。散々こっちを振り回して、姿を消したと思ったら子供?! ふざけんな! 何勝手に一人で幸せになろうとしてんだよ、マジふざけんなよ! お前のせいで、アジェは……アジェは!!」

 エドワードの叫びに空気が震えた。

「アジェに……何か、あったのか……?」
「あんた、何も知らないんだな……」
「だって、お前が、お前がアジェを連れてったんじゃないか!俺からアジェを奪い返した、なのにどうして!? アジェに何があった!?」

 グノーの声も震えていた。背後で、ナダールの服の袖をきつく握り占めているのが分かる。
 駄目だ、聞いてはいけない、今はまだその時じゃない!

「グノー聞かなくていい、あなたは知らなくてもいい事だ」
「でも、ナダール……アジェに、何かあったんだ。だってエディが怒ってる」

 それでも聞くなと彼の耳を塞ぐ。

「連れて行かれた! メリアに!! アジェは人質として連れていかれたんだ!」

 そんな話は初耳だ。アジェはランティスにいるのではなかったか? 城に軟禁されているはずではなかったのか?
 驚いたようにエディを見やると彼は、ただもう途方に暮れたように立ち尽くしていた。

「ナダール、離して……俺ちゃんと聞かないと……」

 自分の耳を覆うようにしていたナダールの手を、グノーはぐいと押しやる。だが、その押しやる手のその指先は色を失い冷え切っていた。

「あなたの名はセカンド・メリア……お間違いはございませんか?」

 静かに、クロードがグノーへと問いかける。

「なんで、それを……」
「もっと早くに気が付くべきでした。すべてはもう、手遅れですが……」
「なんで? 何が? アジェどうしたんだよ? お前がちゃんと守ってたんだろ?! アジェを離すなってあの時俺言ったよな?!」

 グノーの言葉にエディの眉が上がる。

「全部あんたのせいだろう!! あんたがアジェにあんなおもちゃ渡すから、アジェはメリアとの関係を疑われた! あんたがメリアのセカンドだったから、アジェはあんたの兄に連れてかれたんじゃないか!!」

 エディの言う「おもちゃ」というのは恐らくグノーがナダールの自宅で作っていたからくり人形のことだろう。確かに彼はアジェとの別れ際、彼に何かを投げていた。だがそれがアジェとメリアの関係を疑わせるきっかけになったというのは初耳だった。

「連れてかれた……? レリックに、アジェが……?」

 グノーの身体は目に見えてがたがたと震えだした。

「全部、全部お前のせいだ! 返せよ! アジェを返してくれよ……俺にアジェを、返してくれ……」

 言葉の最後は涙声で、もはやほとんど聞き取れなかった。そして、そんな彼の様子に事態は深刻なのだと理解ができる、だが自分の傍らでグノーが悲痛な悲鳴を上げた。

「兄さま、なんで!! いやだ……怖い、いやっ! いやあぁああああ!!」

 叫びと共にグノーの身体が崩れ落ちる、慌ててその身体を支えたがその身体からは完全に生気というものが抜け落ちていた。

「グノー、しっかりしてください。ここにはあなたを脅かすモノは何もない、しっかり私を見て」

 何かに怯えるように身を縮こまらせる彼の瞳を覗き込んで、ナダールは気をしっかり持てと彼を抱きしめた。

「怖い、ナダール……嫌だ、怖い」

 瞳は自分を映しているのに彼の瞳は遥か遠くを見て、自分を見ようとはしない。

「あんたがいなければ、アジェはメルクードになんて行かなかった、あんたがいたから……」

 エドワードの言葉にナダールは一言「黙れ!」と吐き捨てた。

「っつ、くっ……」

 突然、グノーが腹を抱えるようにして呻き始める。

「いっ、痛い……ナダール、なにコレ? 怖い、なぁ、ナダール、どうしよう……こども、俺の……」

 彼の足元を見るとなにやら濡れている、破水? でも予定日は来月だ、まだ早すぎる。

「痛っ、痛い……ナダール怖い」

 彼の声も身体も震えていて、心身ともにダメージを受けている事は一目瞭然だ。コレは一刻を争う事態だと悟ったナダールは彼を抱き上げ駆け出した。
 エドワードとクロードの二人は何事が起こったのかとこちらを見ていたが、そんな事知った事ではないし、妻子の危機にうろたえている暇などない。

「大丈夫、大丈夫ですからね。もう少しだけ我慢ですよ」

 グノーはその言葉に少し安堵するように無言で頷いたが、またすぐに腹の痛みに呻きだした。たぶんこれはもう破水で間違いない。だてに兄弟が多いわけではない、こんな様子の母の姿は何度も見ている。でも、どうしても時期が早すぎる。
 自分と彼が交わったのはたったの一度きり、おのずと妊娠時期も割り出せて計算もとても簡単だった。

「先生! 先生!!」

 診療所の前で叫ぶと医師は何事かと慌てて飛び出してきて、彼はすぐに中に通された。
 苦しそうに呻き続ける彼の手を握って、何もできない自分はただひたすらに彼と子供の無事を祈り続けることしかできなかった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX
BL
社畜のサラリーマン柊(ひいらぎ)はある日、ヘッドマッサージの勧誘にあう。怪しいマッサージかと疑いながらもついて行くと、待っていたのは――極上の癒し体験だった。柊は担当であるイケメンセラピスト夕里(ゆり)の技術に惚れ込むが、彼はもう店を辞めるという。柊はなんとか夕里を引き止めたいが、通ううちに自分の痴態を知ってしまった。ただのマッサージなのに敏感体質で喘ぐ柊に、夕里の様子がおかしくなってきて……? 敏感すぎるリーマンが、大型犬属性のセラピストを癒し、癒され、懐かれ、蕩かされるお話。 心に傷を抱えたセラピスト(27)×疲れてボロボロのサラリーマン(30) 現代物。年下攻め。ノンケ受け。 ※表紙のイラスト(攻め)はPicrewの「人間(男)メーカー(仮)」で作成しました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

処理中です...