運命に花束を

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運命に花束を①

運命と我が愛し子④

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 春になり村に花が咲き乱れる頃、ナダールはグノーを毛布にくるんで抱き上げると外へと連れ出した。
 すっかり引き籠もりになっていたので、外の穏やかな春風はとても気持ちが良い。周りには冬の間にすっかり仲良くなった子供達が駆け回っていて、グノーは微笑ましく子供たちを眺めやる。

「ほら、グノー見てください。アレが鳥人の正体です」

 彼の指差す先、空の上には翼を背負った村人が何人も飛び交っていた。割と近くに切り立った断崖があり、そんな断崖の中腹にあるさほど広くもない足場を幾つか回って彼らは作物を育てているのだと説明された。

「あの翼、飛翼ひよくというらしいですよ」
「飛翼……凄い、なぁ凄い! なにこれ!! 俺も飛びたい!」

 周りを駆け回っていた子供達も各々自分の翼を持っているようで、自分達も飛べるよと得意げに自慢してきた。
 彼らの足腰は強い。子供の頃から遊び場は森であり崖であり空の上なのだ、それは例え子供でも常人を越える身体能力を要している事も頷けた。

「きっとあなたも飛べますよ。でもまずは歩く所からですね」

 ナダールはグノーを地面に下ろす。
 まだ杖を使って室内で歩く練習しかしていなかったグノーは久しぶりの土の感触に足が震えた。痛みはもうそれ程ないのだがどうにも力が上手く入らない。立って歩こうとしても、生まれ立ての子馬のようによろけてしまう。
 もちろん転んだりしないようにナダールが常に寄り添っているのだが、彼は自分のその様子を見守るように優しく見つめていた。
 いつしか子供達も周りに集まってきて「がんばれ!」と声援を送ってくれる。グノーが一歩また一歩とその足を進めると子供達が杖代わりに自分の身体を支えてくれた。
 地に足をつけて自分は歩いている、なんだかそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

「ありがとな、お前ら。なぁ、俺にお前達が飛ぶ所見せてくれよ」

 俺の言葉に子供達は嬉しそうに笑って、弾かれたように駆け出した。

「見てて! グノーがびっくりするくらい上手に飛んでみせるから!!」

 子供達の笑い声が心に響いた。

「ナダール、俺こんなに幸せでいいのかな? 俺生まれてからこんなに幸せだって思ったこと一度もない……本当に、本当に幸せなんだ」
「幸せになるのはまだこれからですよ。こんなのはまだまだ序の口です」
「これ以上幸せになったら罰が当たりそうだ……」

 春風を胸いっぱいに吸い込んでグノーは笑った。そして宙を舞う子供達に大きく手をふるのだ、ナダールはそんな彼の姿を笑顔でずっと見守っていた。






 春の嵐が近付いていた。それはなんの予告も前触れもなく、それでも確実に少しずつ時は静かに動いていた。


「見つけた」

 一人の男が手に持った紙を握りつぶして呟いた。

「兄さまどうしたの? 何かいい事あった?」
「あぁ、グノーシスようやく見つけた。長かった、でもようやく……」

 男の傍らにいた少年が首を傾げる。室内は執務室だろうか、なにやら書類のような物がうず高く積まれている。

「探していた物が見つかったんだ? でも最近兄さま働きすぎだよ、少し休まないと……」
「今は休んでいる時ではないのだよ。早く一刻も早く取り戻さなければいけない。グノーシスお前は休んでおいで、私にはやる事ができた」
「でも兄さま……」

 心配そうに見上げる少年を男は見ているはずなのに、その瞳はどこか遠くを見詰めているようで少年は不安を覚えた。

「いい子だから、言う事を聞いておくれ」

 男の表情は優しい、だがその瞳に自分が映っていない事を少年は分かっていた。

「うん、兄さま分かった。でも絶対無理はしちゃ駄目だからね。おやすみなさい」

 男の頬にキスを落として少年は部屋を後にした。部屋に残された男は一人その頬を拭う。もう偽者など必要がない、本物の彼が見つかったのだから。

「グノーシス、私の『運命』もう、逃がしはしない……」

 男は喉の奥で小さく嗤う。ようやく、ようやくだ。
 完全に彼の手がかりが途絶えてすでにずいぶんな年月が流れてしまった。死んではいないと確信していた、あれは見た目に反してやわではない。
 自分の元から逃げ出した可愛い弟「グノーシス」私だけのΩ。
生まれて初めて見た時から彼は自分の『運命』だと確信していた。

「誰か、誰か居ないか! 至急ランティスに使者を出せ。内容はこうだ……」

 現れた配下の男に指示を飛ばしてほくそ笑む。今度こそ逃がしはしない。首にかかる鎖には小さな鍵がひとつ。それを握りこんで男は嗤った。

「今度こそ私とお前はひとつになるのだ。もう邪魔する者など誰もいない。だから安心して帰っておいでグノーシス」

 鍵にキスを落として男は高笑う。それは狂気にも似て、配下の者を怯えさせた。

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