運命に花束を

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運命に花束を①

運命と過去の話④

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 窓の外を見れば粉雪が舞っている。自分はどのくらい寝ていたのだろう? 外はとても寒そうだったが、部屋の中はとても温かくて眠気がきた。さっき起きたばかりなのにな……と欠伸を噛み殺す。
 すべてを話してしまった事でなんだか心の中が軽くなっていた。
 子供も喜んでくれたみたいで安心した。
 まだなんの膨らみもない腹を撫でて過去を思う。兄との間に子が出来なかったのは『運命』ではなかったからなのだろうか?
 ナダールと自分はまだ番契約もしていないのに子供ができたのも、これもまた『運命』の成せるわざだとでもいうのだろうか? 疑問ばかりが浮かび上がる。
 そもそも兄は何故自分を『運命』と呼んだのだろう。ナダールに会った今なら分かる、彼は『運命』ではありえない。自分は彼に対してこんなにそわそわとした気持ちを抱いた事などない。
 いつも抱いていたのは恐怖、緊張、畏れと諦め。彼にもそんな拒絶の気持ちは伝わっていたであろうに、それでも兄は最後まで自分を『運命』だと言い続けた。
 そういえば兄のフェロモンは感情に左右される事がなかったなと思い出す。自分はブラックに会うまでフェロモンの制御の仕方が分からず、常に辺り一面にフェロモンを撒き散らしている状態だった。
 自分以外のΩに会ったのは母と兄嫁だけで、どちらも番になっていたのであまり匂いを感じられなかった。
 自分のフェロモンが人より少し過剰なのだと気がついたのはアジェに会ってからだった。ブラックも制御しなければ似たようなものだったので気がつかなかったのだ。
 アジェは薬を飲まなくてもさしてフェロモンを発しなかった。もちろん制御の術も知らず、だがエディといる時だけは微かなフェロモンを流し続けていた。
 元々アジェのフェロモン自体が少ないのかもしれなかったが、それでも明らかに自分と違う事に驚いたのだ。自分はどこかおかしい。そう思っても誰に問う事もできず、ひたすら薬に頼っている。
 ナダールと出会ってから、更にフェロモン量は増大しているようで薬が手離せない。番になってしまえば楽になれるのに……思ってもせんない事だが、自分を戒める首輪がそれを邪魔する。
 今まではそれでも良かった、だがナダールといるとどんどん薬の効きが悪くなる事も分かっていた。



 慌しい足音と共にナダールが戻ってきた。お前も怪我人じゃなかったっけか? と素朴な疑問が頭をよぎる。恐らく医者であろう男を小脇に抱えるようにして、ナダールは自分の元に駆け寄ってきた。

「お待たせしました、どこか痛かったりしませんか? 調子の悪い所はありませんか?」

 相変わらず慌てふためいているナダールに笑ってしまった。

「別に動かなけりゃどこも痛くないし、調子も悪くねぇよ」
「おなかは? 痛くないですか? 大丈夫ですか?」
「別に平気。お前少し落ち着け」

 でも、だってと子供のようになってしまっているナダールにまた笑みが零れた。

「子供ができたんだって?」

 医者と思われる男は言った。

「まだ多分としか言えないけど、ヒート来てないから……」
「どのくらい?」
「いつもより半月くらい遅れてる」

 ふむ、と男は顎に手を当てた。

「まだ微妙な所だね。したのはいつ?」
「二ヶ月前」
「そうか……調子は悪くないんだね? 吐き気や眠気は?」
「今の所は……あ、でも最近よく眠れる……かも」

 自分はずいぶん長いこと不眠に悩まされてきていた。寝られないわけじゃない、ただ寝ると悪夢に襲われ飛び起きてしまうのだ。
 ナダールの傍はよく寝られた、彼の匂いは心地よくて悪夢を見る事もなくなっていた。

「まだ半々と言った所かな。でもまぁ、大怪我した割には元気そうだし、できてるとしたら赤ちゃんは無事だと思うよ」

 男の言葉に心底ほっとしたようにナダールは息を吐いた。

「良かったです。もう本当に無茶はしないでくださいね! これから怪我が治るまで、絶対安静ですから!」
「大袈裟だな、怪我なんて慣れてる」
「妊娠は初めてでしょ」
「まだ半々だって今言われただろ、俺もできたかもって言ったよな? か・も、だぞ」
「そんな事言って無理して子供に何かあったらどうするんですか!」

 ナダールの過剰な反応に笑うを通り越して呆れてしまう。でもそんな彼の反応に、彼はきっと子供ができていたらその子を愛してくれると確信できた。

「君たち『運命の番』かね? 『運命』の子供は強いよ。そんなに心配することはない」
「番にはまだなってないんですけど、大丈夫ですか?」
「相手が『運命』ならって話しだ。安心していい」

 医者はにっこり笑った。
 ところでグノーは先程からひとつ気になる事があった。それは医者の頭髪が黒いのだ、黒髪はとても珍しい。ルークと名乗った少年も黒髪だったそうだし、最近なにやら黒髪ばかりと遭遇するのは何故なのだろう。

「ん? 私の黒髪が珍しいかね?」

 まじまじとそれを見ていたのに気がついたのか医者が笑った。

「ブラックの知り合い?」
「君はブラックを知ってるのか。そうか知り合いか、通りで強運なわけだ」
「どういう事?」
「ブラックはこの村一番の出世頭だからね、αとしても最強クラスだ。あいつが目を付けた奴は軒並み全員何かしらの才がある、αの中でも特別なんだよ」
「ブラックさんってこの村出身だったんですか?」
「厳密に言えば違うんだが、幼い頃はよく遊びに来ていたよ。母親がこの村の出身でな、長老の娘なんだ」

 長老……ということは先程の老人がブラックの祖父? そんな事があるのかと驚いた。

「ブラックは元気にしてるか?」
「三ヶ月前には生きてた」
「はは、元気そうでなによりだ」

 医者はそう言って「お大事に」と去って行った。ここがブラックの故郷……カサバラ渓谷の下が?
 彼は時々常人離れした身体能力を発揮していたが、それは鳥人だったからなのだろうか? というか、鳥人全員黒髪?

「なぁ、もしかしてこの間のルークとかいう奴が言ってた村って、ここの事なんじゃないのか?」
「あ、凄いですね正解です。ルーク君も下にいますよ。彼も村長の孫の一人らしいです。ついでに私達を見つけてくれたのも彼だったそうですよ」

 グノーの言葉にナダールはにっこり正解ですと微笑んだ。

「じゃあこの村の人間ってみんな黒髪なんだ?」
「はい、そうです。更に付け加えるならこの村の住人は八割方がバース性で構成されていてβの人ほとんどいないんですよ。驚きです」
「え? マジで?」

 確かに近くからいろんな匂いがしているとは思っていたのだ、だがそんな事は常識的に考えられない。

「きっと人口が少なくて濃縮されていったんでしょうねぇ、フェロモンの度合いも高いみたいで、みなさんいい匂いがするのですけど、いい薬もたくさんあって助かります」

 フェロモンを完全に押さえ込んで消してしまえる薬もあるんですよ、とナダールは嬉々として語ってくれた。
 そういえば先程の医者は自分がΩである事に動揺すら見せなかった。男性Ωは珍しいのに驚く素振りもなかったのだが、ここの村人がほとんどバース性だと言うのならばその反応にも納得がいった。
 きっとこの村にはバース性での差別など存在しないのだろう、なんという楽園だ。

「俺もっとこの村の事知りたい!」
「ふふふ、いいですよ。私が知っている話ならいくらでも、でも外出は怪我が治るまで禁止ですよ」
「お前だって怪我人だろ、ずるい」
「私はあなたほど大怪我じゃないんですよ。分かったら言う事聞いてください」

 ずるいずるいと言い続けたら、仕方のない人ですね、と頭を撫でられた。やばい、なんかこれも気持ちいい。
 ずるずるとナダールの甘やかしに嵌まっていきそうな自分に、時折我に返るのだが、なんだかもうそんなのどうでもいいや、と囁くもう一人の自分がいて、今はしばらくこの幸せを享受しようなんてそんな事を考えている自分に驚いてしまった。




 結局翌月改めて検査を受けてみたら結果はご懐妊。ナダールが小躍りして喜んだのは言うまでもない。

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