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運命に花束を①
運命と共に堕ちる⑥
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『だって、そいつは家族じゃない』
ナダールの弟から放たれた一言が心の傷口をえぐった。家族、家族ってなんだっけ?
自分を見ない父親、まるで汚物を見るような目で見る母親、そして兄。弟もいたはずだが、話した事もないから分からない。
あぁ、そうだよな、俺、家族じゃないもんな……
ナダールの家はとても温かかった。彼の小さな弟妹達も懐いて周りを飛び回り、とても可愛かった。あの中に入れるかもなんて自分は少しでも思ってしまったのだろうか? まったくおこがましいにも程がある。
なんだか可笑しくて仕方がない。だって自分は家族を知らない。そんな人間が普通の家族に加われるはずもない。
「帰ればいい」
思わず言葉が口をついた。だってお前には帰れる場所があるのだから。自分にはない、何もない。そんな自分の人生にお前を巻き込む資格もない。もっともらしいことを言って逃げ出した。
そう、俺は逃げたんだ。俺はお前から逃げ出すんだ、アジェがエディを想って逃げ出したように、これ以上彼を自分に関わらせてはいけないとそう思った。
ファルスに戻ろうかな、メリア人である自分はこの地では疎まれてばかりだ。言ってもファルスだってメリア人を歓迎している訳ではないのだが、ランティスにいるよりかまだマシだと思う。
あぁ、疲れたな。ナダールのせいで、ある程度時間が経つと定期的に腹も減ってしまってしかたない。
このまま捕まって処分されたら楽になれるかな。だけど、やってもいない罪で殺されるのはやっぱり不本意だ。
追い立ててくる騎士団員の剣をなぎ払い、渓谷へと向けて走る。どうせ死ぬならそこがいい。今まで怖くて踏み出すことは出来なかったけれど、今なら勢いのまま飛び降りられるかもしれないなと笑みを零した。
グノーの匂いを辿っていけば、どうやら渓谷に向かっているようで、そんな逃げ場のない方向へ逃げていくのは変だと気付く。グノーだって分かっているはずだ、あそこは身を隠す場所もないただの断崖絶壁なのだ。
『グノーは死にたがってるんだよ』
アジェの言葉が唐突に思い出される。グノーは死ぬ気なのか?彼はひとりで生きるとそう言った、けれど彼が生きる事に執着がないことも自分は知っている。
眼前に三人の人影を捉えた。一人はグノー、そしてそれを追い詰める二人の騎士団員。彼の後ろにもう道はない。
「もう逃げられないぞ、観念しろ」
じりじりと詰め寄る男達に対して彼の口元は弧を描いている。彼の剣の腕前は知っている、二人くらい余裕で倒せるという余裕の笑みだと思おうとしたが、胸騒ぎが止まらない。
その時彼と目が合った。いや、彼の顔は相変わらずの前髪で隠されていてその瞳は確認できなかったが、確かにその時目が合ったとそう思った。
『じゃあな』
口元がそう動いた。彼の身体が後ろに傾ぐ、あっけにとられる男二人を押しのけて手を伸ばし腕を掴んだ。なんとか掴みはしたが、自分も体勢を崩して地べたに這いつくばっているような状態だ。
頼みの綱は腕一本。彼の身体が軽いのでなんとか持ちこたえているといった感じである。
「なんでこんな事を!」
「なんではこっちのセリフだよ。ようやく死ねると思ったのに、こんな中途半端にぶら下げられたら怖くなっちまうだろ」
「馬鹿言ってないで上がって来てください、あなたならできるでしょう!」
「もう、疲れたよ。腹も減ったし力が出ない。こんな感覚忘れてたのに、お前のせいだ」
「軽口叩ける余裕があるならまだ大丈夫です、早く上がってきて!」
「お前まで落ちちまうから、いいよ、離して」
「嫌です!」
そっかぁ……と彼は笑った。それはこれまで一度も見た事がないほどいい笑顔だった。
「でも、もういいよ……」
腕はずるずると下へと落ちていく。腕から手首へ彼はもう諦めているのか、ナダールの腕を掴もうとはしない。
「あなたが逝くと言うのなら、私はここに残るつもりはない!!」
身を乗り出して彼の身体をかき抱いた、堕ちるのなら共にどこまでも。身体は宙を泳いでいたが、その細い身体を抱きしめる。
彼は驚いたようだったが、その時ようやく彼の手が私の腕を掴んだのが分かった。
ナダールの弟から放たれた一言が心の傷口をえぐった。家族、家族ってなんだっけ?
自分を見ない父親、まるで汚物を見るような目で見る母親、そして兄。弟もいたはずだが、話した事もないから分からない。
あぁ、そうだよな、俺、家族じゃないもんな……
ナダールの家はとても温かかった。彼の小さな弟妹達も懐いて周りを飛び回り、とても可愛かった。あの中に入れるかもなんて自分は少しでも思ってしまったのだろうか? まったくおこがましいにも程がある。
なんだか可笑しくて仕方がない。だって自分は家族を知らない。そんな人間が普通の家族に加われるはずもない。
「帰ればいい」
思わず言葉が口をついた。だってお前には帰れる場所があるのだから。自分にはない、何もない。そんな自分の人生にお前を巻き込む資格もない。もっともらしいことを言って逃げ出した。
そう、俺は逃げたんだ。俺はお前から逃げ出すんだ、アジェがエディを想って逃げ出したように、これ以上彼を自分に関わらせてはいけないとそう思った。
ファルスに戻ろうかな、メリア人である自分はこの地では疎まれてばかりだ。言ってもファルスだってメリア人を歓迎している訳ではないのだが、ランティスにいるよりかまだマシだと思う。
あぁ、疲れたな。ナダールのせいで、ある程度時間が経つと定期的に腹も減ってしまってしかたない。
このまま捕まって処分されたら楽になれるかな。だけど、やってもいない罪で殺されるのはやっぱり不本意だ。
追い立ててくる騎士団員の剣をなぎ払い、渓谷へと向けて走る。どうせ死ぬならそこがいい。今まで怖くて踏み出すことは出来なかったけれど、今なら勢いのまま飛び降りられるかもしれないなと笑みを零した。
グノーの匂いを辿っていけば、どうやら渓谷に向かっているようで、そんな逃げ場のない方向へ逃げていくのは変だと気付く。グノーだって分かっているはずだ、あそこは身を隠す場所もないただの断崖絶壁なのだ。
『グノーは死にたがってるんだよ』
アジェの言葉が唐突に思い出される。グノーは死ぬ気なのか?彼はひとりで生きるとそう言った、けれど彼が生きる事に執着がないことも自分は知っている。
眼前に三人の人影を捉えた。一人はグノー、そしてそれを追い詰める二人の騎士団員。彼の後ろにもう道はない。
「もう逃げられないぞ、観念しろ」
じりじりと詰め寄る男達に対して彼の口元は弧を描いている。彼の剣の腕前は知っている、二人くらい余裕で倒せるという余裕の笑みだと思おうとしたが、胸騒ぎが止まらない。
その時彼と目が合った。いや、彼の顔は相変わらずの前髪で隠されていてその瞳は確認できなかったが、確かにその時目が合ったとそう思った。
『じゃあな』
口元がそう動いた。彼の身体が後ろに傾ぐ、あっけにとられる男二人を押しのけて手を伸ばし腕を掴んだ。なんとか掴みはしたが、自分も体勢を崩して地べたに這いつくばっているような状態だ。
頼みの綱は腕一本。彼の身体が軽いのでなんとか持ちこたえているといった感じである。
「なんでこんな事を!」
「なんではこっちのセリフだよ。ようやく死ねると思ったのに、こんな中途半端にぶら下げられたら怖くなっちまうだろ」
「馬鹿言ってないで上がって来てください、あなたならできるでしょう!」
「もう、疲れたよ。腹も減ったし力が出ない。こんな感覚忘れてたのに、お前のせいだ」
「軽口叩ける余裕があるならまだ大丈夫です、早く上がってきて!」
「お前まで落ちちまうから、いいよ、離して」
「嫌です!」
そっかぁ……と彼は笑った。それはこれまで一度も見た事がないほどいい笑顔だった。
「でも、もういいよ……」
腕はずるずると下へと落ちていく。腕から手首へ彼はもう諦めているのか、ナダールの腕を掴もうとはしない。
「あなたが逝くと言うのなら、私はここに残るつもりはない!!」
身を乗り出して彼の身体をかき抱いた、堕ちるのなら共にどこまでも。身体は宙を泳いでいたが、その細い身体を抱きしめる。
彼は驚いたようだったが、その時ようやく彼の手が私の腕を掴んだのが分かった。
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