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運命に花束を①
運命と共に堕ちる③
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メルクードを飛び出して二ヶ月ほどが経ち、二人はカサバラ渓谷の渓谷沿いを目的もなくただ歩いていた。旅は思いのほか快適で、お互いがお互いの駄目な部分を補い合って、仲違いをすることもなく仲良くやっている。
手配書が出回っているのか、ひやりとする場面に遭遇することもあったが、概ね平穏に旅は続いていた。
「私、こんな近くで渓谷見るの初めてですよ、凄いものですね」
「本当にな、なんでこんな地形なんだか不思議でしょうがない。あっち、見えるだろ。向こうの山を越えたらあっちはもうファルスなんだ。でもこの渓谷があるから見えるけど行けない、あっち側から見てる時も思ったけど、真っ直ぐ行けたら近いのにな」
足元には断崖絶壁、遥か下にわずかに川が流れているのは見て取れるが、後はひたすら森林だ。
誰も足を踏み入れることが出来ないから、そこは何者にも荒らされていない、それがここカサバラ渓谷だった。
「あれ? なんかほったて小屋がありますよ」
「あぁアレな。なんか渓谷近くに幾つか有るんだよな。そういえばファルスの方でも見かけたな。中は普通の山小屋だよ。渓谷好きの物好きが建てて周ってんのかな?」
それは本当に不自然に渓谷脇の何も無い場所にぽつんと小屋が建っていた。
「でも良かった。これがあればなんとかなるか、そろそろヤバイと思ってたんだよ」
「何がですか?」
「ヒート、そろそろ時期なんだよ。閉じこもる場所探してたんだ」
「別に閉じこもる必要なくないですか? ここには人もいないし二人だけですよ」
「お前がいるから閉じこもらなきゃ駄目なんだろ、馬鹿か」
グノーは遠慮も無く悪態を吐いてくる。だが、こんな悪態も二ヶ月も一緒にいればもうすっかり慣れたものだ。
「いいじゃないですか、そんな時くらい抱き合っても罰は当たりませんよ」
腕を広げてウエルカムと手を差し伸べると、勝手にやってろと顔をそむけられた。
実を言えばあのヒートの一件以来彼と抱き合ってはいない、どころかキスもハグもおあずけ状態で、自分よく耐えてるなと苦笑する。
「相変わらずつれないですね」
「お前もいい加減諦めろ。俺は嫌だってずっと言ってる」
「私も諦めないとずっと言っています」
グノーがはぁ~と溜息を零す。事コレに関してはお互いどちらも譲らず平行線を辿っているのは相変わらずだった。
グノーが『運命』という言葉に過剰な拒否反応を示すので、いつしかその言葉は使わなくなったが、それでも自分にとって彼が唯一の人だという確信は変わっていない、コレに関してナダールは彼に譲る気は少しもなかった。
それに二ヶ月経った現在、グノーにちょっとした変化がある事にナダールは気付いていた。それは深夜、自分が寝入った頃を見計らって起こる。
当然二人は別々に寝ているのだが、ふと気が付くとグノーが自分にぴったり寄り添って幸せそうに寝ているのだ。朝起きるといなくなっているので、夜にこっそり忍び寄ってきて、自分が起きる前に何食わぬ顔をして離れていっているのだろうが、その行動が微笑ましくて仕方ない。
もっと素直に甘えてくれたらいいのに……と思うのだが、それができない性格なのもこの二ヶ月でよく分かった。
だから自分はひたすら彼を甘やかす。目標はグノーの方から甘えてくれる事なのだが、いまだその目標には届かない。だが諦めるつもりもない。
「早くこいよ、今日からしばらくここで暮らすぞ」
「了解です。何か近場で食べられそうな物探してきますね」
「あぁ、そうしてくれ」
グノーが後ろ手に手を振って小屋の扉を開けるのを確認してナダールは辺りを見回す。本当に何もない、何もないのに小屋がある……不思議だ。
あまり深くは考えまい、と幾つかの枝を薪用に拾い集める。季節は冬にさしかかろうとしている。朝晩は冷えるから多めに集めないとな……とせっせと回収していると、ぶわりと甘い薫りが広がった。グノーの匂いだ。ヒートが始まった? でもこんな急に? 胸騒ぎを覚えて薪を投げ捨て小屋へと走る。
「グノー大丈夫ですか!?」
返事がない。壊す勢いで扉を開けると更に甘い薫りがぶわりと襲ってくる。これは、キツイと思いはしたが、この二ヶ月間で彼の匂いにはだいぶ慣れた上に耐性も付いていて、どうにか小屋の中を見渡した。だが、そこには黒い影とその影に押し倒される形のグノーがいて、かっと頭に血が上った。
「グノー!!」
叫んで、その黒い影を打ち払う。転がされたその黒い影は壁にしたたかに頭を打ちつけ、気を失ったようなのだが、そんな事は知った事ではない。
「大丈夫ですか?!」
「だい、じょうぶ……じゃ、ないかも」
彼の息が上がっている。
「ヒートですよね?」
「分かんねぇ……襲われて、気が付いたらこうなってて……薬」
震える手で彼は鞄を漁る。どうにか目的の物を見つけ出したはいいが、手が震えてしまって上手く口に入らないのか焦れたように彼は舌打ちした。
「お前、そいつ連れて出とけ。ヒートだったらヤバイ」
「こんな状態の人ほっとけませんよ」
「こんな状態だからだろ! そいつαだ、また血迷う前に見張っとけ!」
言って、ぐいと身を離された。確かに床に伸びているその男がαなのだとしたらこの状況はいただけない。
「分かりました。でも何かあったらすぐに呼んでください」
転がる男の首根っこを掴み、小屋の外に放り出してその扉の前に陣取った。扉を閉めたことで甘い匂いはずいぶん軽減された。だが、自分自身も我を失う前にと薬をひとつ口の中に放り込む。
抑制剤は何年も使ってこなかったのに、ここ数ヶ月で三つ目だ。この調子で使い続けるとあっという間になくなってしまう。どこかで予備の調達を考えないといけないな、と思っていると、黒い男が「痛てて……」と身を起こした。
男とは言っても陽の下で見たその男はずいぶんと若かった。まだ少年という域をでないその男は真っ黒な黒髪に真っ黒な瞳、更には服も上下とも真っ黒で、まさに黒い男だ。
「目が覚めましたか」
「う、痛い……おいら、どうしたんだっけ?」
「ここの小屋で私の連れを襲ったんですよ、覚えていないですか?」
笑顔など出なかった、ぎりりとその黒い瞳を睨みつけ淡々と言うと、少年は俄かに思い出したのか「あぁ!」と叫び声を上げた。
「やっべ、やらかした。薬、抑制剤……あぁ、小屋の中だ……」
少年が居心地悪そうにそう言うので、しぶしぶ自分の薬瓶を投げてやると、彼は「ありがとう」と邪気のない笑みを見せた。
「申し訳ないですけど、連れが落ち着くまで小屋には入れません。荷物、中なんですか?」
「そう。寝てたら甘い匂いがして、いい匂いって思ってたらこうなってた」
まったく困ったことだ……と少年は首を振る。
彼の様子を見るに、彼はグノーのフェロモンにあてられただけで、悪意があった訳ではなさそうだった。それでもグノーが組み敷かれた光景は自分の心をざわつかせ、笑顔を見せる気にはなれなかったので、それは了承して欲しいところだ。
「おいらルークって言います。お兄さんは?」
「私はナダール。ナダール・デルクマンと申します」
少年は不思議と人懐こい笑みを見せる。だがふと思う、彼はなんでこんな所にいるのだ? それこそここには何もない、こんな若い少年が一人で渓谷脇のこの小屋で一体何を?
「あなた、ここで何をしているんですか? しかもその黒髪、ランティスでは見かける事あまりありませんけど、どこから来たんです?」
「え? あぁ、黒髪珍しいんだね、おいらの村は全員黒髪だからそう言われると変な感じ。ここには仕事できたよ、初任務なんだ」
「仕事……なんの仕事ですか?」
こんな何もない所で一体なんの仕事があると言うのだろう。意味の分からないナダールは首を傾げた。
「それは企業秘密。でもおいらはあんた達の事知ってるよ。名前、隠してないんだね、お兄さんお尋ね者でしょ?」
「私がですか?」
確かにグノーの人相書きが出回っているのは知っていたが、自分もだとは思わなかった。やはり姿をくらました事で何かしらの嫌疑をかけられたことは想像に難くない。
「メルクードで王子暗殺未遂だっけ? なんでそんな事したの?」
「私、そんな事してませんよ。私の連れだってそんな事考えてもいません」
「ふぅん、そうなんだ。まぁ、そうだよね。あんなに目立つ暗殺者なんておかしいもんね」
まるで見てきたように彼は笑う。
「でもさぁ、今お兄さん達物凄く探されてるよ、こんな所で遭遇すると思わなかったなぁ」
「あなた、賞金首狙いのハンターか何かですか?」
「そんな訳ないじゃん。おいら非力だもん、戦いには向いてない」
確かに彼の体躯は決して逞しいとは言えず、その辺にいる普通の少年にしか見えない。だからこそ余計に、ここにいる事に違和感しか感じないのだが。
「……あなた何者ですか?」
「おいらはおいらだよ」
少年はにっこり人好きのする笑みを見せる。
「さてと、こんな所で油売ってる場合じゃないや、仕事増えちゃった。おいら、そろそろ行くね」
「荷物は?」
「置いといてよ、どうせまた来る」
「賞金稼ぎを連れて?」
「そんな事しないよぉ。おいらグノーさん好きだもん、あの人格好良いよねぇ、憧れる」
なんで彼はグノーの事を知っている? ぶわっと鳥肌が立った。彼はよいしょと立ち上がり、にっこり笑う。
「また、その内どこかで会うかもね。グノーさんともお話したいからよろしくって言っておいて下さい。それじゃあ!」
言って彼は笑顔のまま渓谷を飛び降りた。
「は!?」
断崖絶壁に駆け寄って谷底を見てもすでに彼の姿は見えない。見えないどころか、常識的に考えてこの高さを落ちたら生きていられる訳がない。それでも彼は「またどこかで会うかも」とそう言ったのだから、自殺などという事も考えられない。
驚きすぎて言葉も出なかった。グノーに話して聞かせたいのに、彼はまだ小屋の中だ。
世の中には摩訶不思議な事がある……何かあやかし的なモノに化かされたのかと思いもしたが、彼の身体は実体を持っていた。自分の手を見つめて首を傾げる、こういう訳の分からない時は食べて寝るにかぎる。
ナダールは首を傾げつつ、とりあえず食事の準備を始めた。
手配書が出回っているのか、ひやりとする場面に遭遇することもあったが、概ね平穏に旅は続いていた。
「私、こんな近くで渓谷見るの初めてですよ、凄いものですね」
「本当にな、なんでこんな地形なんだか不思議でしょうがない。あっち、見えるだろ。向こうの山を越えたらあっちはもうファルスなんだ。でもこの渓谷があるから見えるけど行けない、あっち側から見てる時も思ったけど、真っ直ぐ行けたら近いのにな」
足元には断崖絶壁、遥か下にわずかに川が流れているのは見て取れるが、後はひたすら森林だ。
誰も足を踏み入れることが出来ないから、そこは何者にも荒らされていない、それがここカサバラ渓谷だった。
「あれ? なんかほったて小屋がありますよ」
「あぁアレな。なんか渓谷近くに幾つか有るんだよな。そういえばファルスの方でも見かけたな。中は普通の山小屋だよ。渓谷好きの物好きが建てて周ってんのかな?」
それは本当に不自然に渓谷脇の何も無い場所にぽつんと小屋が建っていた。
「でも良かった。これがあればなんとかなるか、そろそろヤバイと思ってたんだよ」
「何がですか?」
「ヒート、そろそろ時期なんだよ。閉じこもる場所探してたんだ」
「別に閉じこもる必要なくないですか? ここには人もいないし二人だけですよ」
「お前がいるから閉じこもらなきゃ駄目なんだろ、馬鹿か」
グノーは遠慮も無く悪態を吐いてくる。だが、こんな悪態も二ヶ月も一緒にいればもうすっかり慣れたものだ。
「いいじゃないですか、そんな時くらい抱き合っても罰は当たりませんよ」
腕を広げてウエルカムと手を差し伸べると、勝手にやってろと顔をそむけられた。
実を言えばあのヒートの一件以来彼と抱き合ってはいない、どころかキスもハグもおあずけ状態で、自分よく耐えてるなと苦笑する。
「相変わらずつれないですね」
「お前もいい加減諦めろ。俺は嫌だってずっと言ってる」
「私も諦めないとずっと言っています」
グノーがはぁ~と溜息を零す。事コレに関してはお互いどちらも譲らず平行線を辿っているのは相変わらずだった。
グノーが『運命』という言葉に過剰な拒否反応を示すので、いつしかその言葉は使わなくなったが、それでも自分にとって彼が唯一の人だという確信は変わっていない、コレに関してナダールは彼に譲る気は少しもなかった。
それに二ヶ月経った現在、グノーにちょっとした変化がある事にナダールは気付いていた。それは深夜、自分が寝入った頃を見計らって起こる。
当然二人は別々に寝ているのだが、ふと気が付くとグノーが自分にぴったり寄り添って幸せそうに寝ているのだ。朝起きるといなくなっているので、夜にこっそり忍び寄ってきて、自分が起きる前に何食わぬ顔をして離れていっているのだろうが、その行動が微笑ましくて仕方ない。
もっと素直に甘えてくれたらいいのに……と思うのだが、それができない性格なのもこの二ヶ月でよく分かった。
だから自分はひたすら彼を甘やかす。目標はグノーの方から甘えてくれる事なのだが、いまだその目標には届かない。だが諦めるつもりもない。
「早くこいよ、今日からしばらくここで暮らすぞ」
「了解です。何か近場で食べられそうな物探してきますね」
「あぁ、そうしてくれ」
グノーが後ろ手に手を振って小屋の扉を開けるのを確認してナダールは辺りを見回す。本当に何もない、何もないのに小屋がある……不思議だ。
あまり深くは考えまい、と幾つかの枝を薪用に拾い集める。季節は冬にさしかかろうとしている。朝晩は冷えるから多めに集めないとな……とせっせと回収していると、ぶわりと甘い薫りが広がった。グノーの匂いだ。ヒートが始まった? でもこんな急に? 胸騒ぎを覚えて薪を投げ捨て小屋へと走る。
「グノー大丈夫ですか!?」
返事がない。壊す勢いで扉を開けると更に甘い薫りがぶわりと襲ってくる。これは、キツイと思いはしたが、この二ヶ月間で彼の匂いにはだいぶ慣れた上に耐性も付いていて、どうにか小屋の中を見渡した。だが、そこには黒い影とその影に押し倒される形のグノーがいて、かっと頭に血が上った。
「グノー!!」
叫んで、その黒い影を打ち払う。転がされたその黒い影は壁にしたたかに頭を打ちつけ、気を失ったようなのだが、そんな事は知った事ではない。
「大丈夫ですか?!」
「だい、じょうぶ……じゃ、ないかも」
彼の息が上がっている。
「ヒートですよね?」
「分かんねぇ……襲われて、気が付いたらこうなってて……薬」
震える手で彼は鞄を漁る。どうにか目的の物を見つけ出したはいいが、手が震えてしまって上手く口に入らないのか焦れたように彼は舌打ちした。
「お前、そいつ連れて出とけ。ヒートだったらヤバイ」
「こんな状態の人ほっとけませんよ」
「こんな状態だからだろ! そいつαだ、また血迷う前に見張っとけ!」
言って、ぐいと身を離された。確かに床に伸びているその男がαなのだとしたらこの状況はいただけない。
「分かりました。でも何かあったらすぐに呼んでください」
転がる男の首根っこを掴み、小屋の外に放り出してその扉の前に陣取った。扉を閉めたことで甘い匂いはずいぶん軽減された。だが、自分自身も我を失う前にと薬をひとつ口の中に放り込む。
抑制剤は何年も使ってこなかったのに、ここ数ヶ月で三つ目だ。この調子で使い続けるとあっという間になくなってしまう。どこかで予備の調達を考えないといけないな、と思っていると、黒い男が「痛てて……」と身を起こした。
男とは言っても陽の下で見たその男はずいぶんと若かった。まだ少年という域をでないその男は真っ黒な黒髪に真っ黒な瞳、更には服も上下とも真っ黒で、まさに黒い男だ。
「目が覚めましたか」
「う、痛い……おいら、どうしたんだっけ?」
「ここの小屋で私の連れを襲ったんですよ、覚えていないですか?」
笑顔など出なかった、ぎりりとその黒い瞳を睨みつけ淡々と言うと、少年は俄かに思い出したのか「あぁ!」と叫び声を上げた。
「やっべ、やらかした。薬、抑制剤……あぁ、小屋の中だ……」
少年が居心地悪そうにそう言うので、しぶしぶ自分の薬瓶を投げてやると、彼は「ありがとう」と邪気のない笑みを見せた。
「申し訳ないですけど、連れが落ち着くまで小屋には入れません。荷物、中なんですか?」
「そう。寝てたら甘い匂いがして、いい匂いって思ってたらこうなってた」
まったく困ったことだ……と少年は首を振る。
彼の様子を見るに、彼はグノーのフェロモンにあてられただけで、悪意があった訳ではなさそうだった。それでもグノーが組み敷かれた光景は自分の心をざわつかせ、笑顔を見せる気にはなれなかったので、それは了承して欲しいところだ。
「おいらルークって言います。お兄さんは?」
「私はナダール。ナダール・デルクマンと申します」
少年は不思議と人懐こい笑みを見せる。だがふと思う、彼はなんでこんな所にいるのだ? それこそここには何もない、こんな若い少年が一人で渓谷脇のこの小屋で一体何を?
「あなた、ここで何をしているんですか? しかもその黒髪、ランティスでは見かける事あまりありませんけど、どこから来たんです?」
「え? あぁ、黒髪珍しいんだね、おいらの村は全員黒髪だからそう言われると変な感じ。ここには仕事できたよ、初任務なんだ」
「仕事……なんの仕事ですか?」
こんな何もない所で一体なんの仕事があると言うのだろう。意味の分からないナダールは首を傾げた。
「それは企業秘密。でもおいらはあんた達の事知ってるよ。名前、隠してないんだね、お兄さんお尋ね者でしょ?」
「私がですか?」
確かにグノーの人相書きが出回っているのは知っていたが、自分もだとは思わなかった。やはり姿をくらました事で何かしらの嫌疑をかけられたことは想像に難くない。
「メルクードで王子暗殺未遂だっけ? なんでそんな事したの?」
「私、そんな事してませんよ。私の連れだってそんな事考えてもいません」
「ふぅん、そうなんだ。まぁ、そうだよね。あんなに目立つ暗殺者なんておかしいもんね」
まるで見てきたように彼は笑う。
「でもさぁ、今お兄さん達物凄く探されてるよ、こんな所で遭遇すると思わなかったなぁ」
「あなた、賞金首狙いのハンターか何かですか?」
「そんな訳ないじゃん。おいら非力だもん、戦いには向いてない」
確かに彼の体躯は決して逞しいとは言えず、その辺にいる普通の少年にしか見えない。だからこそ余計に、ここにいる事に違和感しか感じないのだが。
「……あなた何者ですか?」
「おいらはおいらだよ」
少年はにっこり人好きのする笑みを見せる。
「さてと、こんな所で油売ってる場合じゃないや、仕事増えちゃった。おいら、そろそろ行くね」
「荷物は?」
「置いといてよ、どうせまた来る」
「賞金稼ぎを連れて?」
「そんな事しないよぉ。おいらグノーさん好きだもん、あの人格好良いよねぇ、憧れる」
なんで彼はグノーの事を知っている? ぶわっと鳥肌が立った。彼はよいしょと立ち上がり、にっこり笑う。
「また、その内どこかで会うかもね。グノーさんともお話したいからよろしくって言っておいて下さい。それじゃあ!」
言って彼は笑顔のまま渓谷を飛び降りた。
「は!?」
断崖絶壁に駆け寄って谷底を見てもすでに彼の姿は見えない。見えないどころか、常識的に考えてこの高さを落ちたら生きていられる訳がない。それでも彼は「またどこかで会うかも」とそう言ったのだから、自殺などという事も考えられない。
驚きすぎて言葉も出なかった。グノーに話して聞かせたいのに、彼はまだ小屋の中だ。
世の中には摩訶不思議な事がある……何かあやかし的なモノに化かされたのかと思いもしたが、彼の身体は実体を持っていた。自分の手を見つめて首を傾げる、こういう訳の分からない時は食べて寝るにかぎる。
ナダールは首を傾げつつ、とりあえず食事の準備を始めた。
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