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運命に花束を①
運命と共に堕ちる②
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「渓谷は盗賊の隠れ家なんかも多くて危ないと聞きますけど……」
「あぁ、それはな。でも、そういう奴ばっかりじゃねぇよ、行き場を無くした俺みたいなのもいくらでもいる」
「一人で怖くはないんですか?」
「もう慣れたよ」
とりとめもなく彼の旅の思い出話を聞いている内に、いつの間にかナダールはうつらうつらと眠りの淵に落ちていた。けれど誰かの声にはっ、と目を覚まし周りを見回すと、薪の炎は小さく燻り、その向こう側でグノーが激しくうなされていた。
「い、やだ……やめっ……」
「グノー、大丈夫ですか!? グノー!!」
彼の身体を揺り起こすと、物凄い勢いで手を振り払われ、起き上がったと同時に剣を突きつけられた。
「っは、あ……」
「危ないですよ、大丈夫ですか?」
その剣を避けて、顔を覗き込んだら驚いたように彼はその剣を取り落とした。カランと金属の転げる音がして、その音に我に返ったのか彼は一言「ごめん」と呟いた。
「怖い夢でも見ましたか?」
「あ……あぁ、なんでもない」
「なんでもない、って感じではありませんでしたけどね」
「お前には関係ない」
彼はまたふいっとそっぽを向いてしまう。
「まぁ、そう言われるのは分かってましたよ」
言って彼の手を引いた。油断していたのか彼の身体はすっぽりナダールの腕の中に納まってしまう。
「なっ! なに!?」
「悪い夢は忘れてしまうに限ります。嫌かもしれませんけど、人肌の体温は意外と落ち着くものですよ。寝られるまでこうしてますから寝てください」
「こんな状態で寝られるか!」
「では、子守唄でも歌いましょうかね」
言って彼の頭を撫でながら母直伝の子守唄を披露する。意外と弟妹には好評ですんなり寝てくれるのだが、どんなものだろうか。
「なんか、ずるい。コレめっちゃ落ち着く……」
「それは良かった、悪い夢はもうあなたの所にはきませんよ。安心してお休みなさい」
「ホント、お前のそういう所……」
「嫌いですか?」
先回りをしたら、言葉に詰まってグノーは黙り込んだ。気にせずに子守唄を歌いながらぽんぽんと指でリズムを刻んでいたら、いつしか胸元で小さな寝息が聞こえてきて、ナダールはにっこり笑みを零した。
目が覚めたらナダールの腕の中だった。初めて彼に抱かれた日もやっちまったと思ったが、今回の方が自分の中では衝撃が大きかった。なにせ自分はヒートを起こしている訳でも、酔っ払っている訳でもない。完全に素で彼に抱かれたまま寝てしまったのだ、しかも爆睡。日が昇るまで一度も目が覚めなかった。こんな事は今までの人生で一度としてなかったのに!
「う……ん、朝ですね、おはようございます」
ナダールの声にあわわと飛び退いた。
「なんで逃げるんですか?」
彼は大きな欠伸で平然と眼を擦った。
「なんでって、なんで……」
「寝られませんでしたか?」
グノーはぶんぶんと首を横に振る。むしろ寝られすぎて驚いているのだ。なら良かった、と彼がへにゃりと笑うので何か魔法にでもかけられた気分だ。
「でもさすがに地べたは身体が痛いですね。もう少し何か考えないと」
「草の上とか、藁があったりすると凄く楽」
「あぁ、そうですね。今晩はもう少し寝場所を考えましょう」
そう言って彼はまたいつもの緊張感の欠片もない笑顔を見せた。
ヤバイ……と心の警鐘が鳴る。これは自分の人生の中で目を背けてきた感情だ。関わっては駄目だと、心の警鐘は鳴り続けるのだが、その感情の甘美さは抗いがたい。
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
彼から目を背けて顔を洗ってくる、と逃げ出した。
この鼓動は彼が『運命』だからなのか? そんなものは信じないとずっと心に誓ってきたのに、心の傾きを止められない。
「こんなの……どうすんだよ」
素直に彼を『運命』と認めて寄り添えばいいだけの事、それはそうなのかもしれないけれど自分はそれを認めたくはないのだ。
『私の運命、お前は私だけを見ていればいいのだよ。他の何にも心奪われることは許さない、私だけの……』
呪いのように、かつて自分を閉じ込めた男の声が蘇って心が冷えた。あの男とナダールは違う。だが、それでも彼が自分に向ける感情が怖くて怖くて仕方がないのだ。
「朝の川は冷えますから、行水はほどほどがいいと思いますよ」
声を掛けられ振り向くと彼がやはりにこにこ笑っていた。気が付けば水に頭を突っ込み随分長いこと冷していたようだ。
朝ごはん出来てますよと彼は手を差し出した。けれど自分はその手を取っていいのか分からない。
「グノー?」
「今行く」
手は取らずに頭を振ると、冷たいですよ、と彼はまた笑った。
「あぁ、それはな。でも、そういう奴ばっかりじゃねぇよ、行き場を無くした俺みたいなのもいくらでもいる」
「一人で怖くはないんですか?」
「もう慣れたよ」
とりとめもなく彼の旅の思い出話を聞いている内に、いつの間にかナダールはうつらうつらと眠りの淵に落ちていた。けれど誰かの声にはっ、と目を覚まし周りを見回すと、薪の炎は小さく燻り、その向こう側でグノーが激しくうなされていた。
「い、やだ……やめっ……」
「グノー、大丈夫ですか!? グノー!!」
彼の身体を揺り起こすと、物凄い勢いで手を振り払われ、起き上がったと同時に剣を突きつけられた。
「っは、あ……」
「危ないですよ、大丈夫ですか?」
その剣を避けて、顔を覗き込んだら驚いたように彼はその剣を取り落とした。カランと金属の転げる音がして、その音に我に返ったのか彼は一言「ごめん」と呟いた。
「怖い夢でも見ましたか?」
「あ……あぁ、なんでもない」
「なんでもない、って感じではありませんでしたけどね」
「お前には関係ない」
彼はまたふいっとそっぽを向いてしまう。
「まぁ、そう言われるのは分かってましたよ」
言って彼の手を引いた。油断していたのか彼の身体はすっぽりナダールの腕の中に納まってしまう。
「なっ! なに!?」
「悪い夢は忘れてしまうに限ります。嫌かもしれませんけど、人肌の体温は意外と落ち着くものですよ。寝られるまでこうしてますから寝てください」
「こんな状態で寝られるか!」
「では、子守唄でも歌いましょうかね」
言って彼の頭を撫でながら母直伝の子守唄を披露する。意外と弟妹には好評ですんなり寝てくれるのだが、どんなものだろうか。
「なんか、ずるい。コレめっちゃ落ち着く……」
「それは良かった、悪い夢はもうあなたの所にはきませんよ。安心してお休みなさい」
「ホント、お前のそういう所……」
「嫌いですか?」
先回りをしたら、言葉に詰まってグノーは黙り込んだ。気にせずに子守唄を歌いながらぽんぽんと指でリズムを刻んでいたら、いつしか胸元で小さな寝息が聞こえてきて、ナダールはにっこり笑みを零した。
目が覚めたらナダールの腕の中だった。初めて彼に抱かれた日もやっちまったと思ったが、今回の方が自分の中では衝撃が大きかった。なにせ自分はヒートを起こしている訳でも、酔っ払っている訳でもない。完全に素で彼に抱かれたまま寝てしまったのだ、しかも爆睡。日が昇るまで一度も目が覚めなかった。こんな事は今までの人生で一度としてなかったのに!
「う……ん、朝ですね、おはようございます」
ナダールの声にあわわと飛び退いた。
「なんで逃げるんですか?」
彼は大きな欠伸で平然と眼を擦った。
「なんでって、なんで……」
「寝られませんでしたか?」
グノーはぶんぶんと首を横に振る。むしろ寝られすぎて驚いているのだ。なら良かった、と彼がへにゃりと笑うので何か魔法にでもかけられた気分だ。
「でもさすがに地べたは身体が痛いですね。もう少し何か考えないと」
「草の上とか、藁があったりすると凄く楽」
「あぁ、そうですね。今晩はもう少し寝場所を考えましょう」
そう言って彼はまたいつもの緊張感の欠片もない笑顔を見せた。
ヤバイ……と心の警鐘が鳴る。これは自分の人生の中で目を背けてきた感情だ。関わっては駄目だと、心の警鐘は鳴り続けるのだが、その感情の甘美さは抗いがたい。
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
彼から目を背けて顔を洗ってくる、と逃げ出した。
この鼓動は彼が『運命』だからなのか? そんなものは信じないとずっと心に誓ってきたのに、心の傾きを止められない。
「こんなの……どうすんだよ」
素直に彼を『運命』と認めて寄り添えばいいだけの事、それはそうなのかもしれないけれど自分はそれを認めたくはないのだ。
『私の運命、お前は私だけを見ていればいいのだよ。他の何にも心奪われることは許さない、私だけの……』
呪いのように、かつて自分を閉じ込めた男の声が蘇って心が冷えた。あの男とナダールは違う。だが、それでも彼が自分に向ける感情が怖くて怖くて仕方がないのだ。
「朝の川は冷えますから、行水はほどほどがいいと思いますよ」
声を掛けられ振り向くと彼がやはりにこにこ笑っていた。気が付けば水に頭を突っ込み随分長いこと冷していたようだ。
朝ごはん出来てますよと彼は手を差し出した。けれど自分はその手を取っていいのか分からない。
「グノー?」
「今行く」
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