運命に花束を

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運命に花束を①

運命との旅立ち②

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 気まずい……


 平静を装いつつ、グノーはアジェの横を歩いていた。
 昨晩の記憶は途中から完全に飛んでいて、自分とナダールがどれだけの時間、何度身体を重ねたのかまるで覚えていない。目が覚めたら彼の顔が間近ですぅすぅと寝息を立てていて飛び起きた。飛び起きたら、下肢からどろりと彼のモノが流れ出してきて、やらかしてしまったのだと自覚した。
 ヒートには気を付けているつもりだった。
 確かにナダールに会って、彼の近くにいると自分の中の何かがざわついているのは分かっていた。フェロモンの抑制剤の効きも悪くなって薬の過剰摂取、足りなくなるはずのない量の薬を消費している事も自覚していた。
 彼には近付かないように気を付けていても、居候先が彼の家では彼のフェロモンを避けることもできず、ついには堰を切ったように暴走してしまったのだ。
 慌てて身繕いをして客間に戻ると、一晩戻らなかった自分に何も聞かず、アジェは「おはよう」と微笑んだ。どこに行っていたのか、何故戻らなかったのか、尋ねられたらいい訳もできるのに、何も聞かれないから何も言えない。


 非常に、気まずい。


 昨晩のヒートが嘘のように治まって、何事もなかったようなふりはしているが、自分に纏わりつくナダールの匂いは自覚している。
 アジェは匂いの感知能力が低い、気付かれてはいないのかもしれないが、気付かれているかもしれない、それはどうにも判断がつかなかった。
 別にアジェとは恋人同士ではない。
 出会ったのだとて、たかだか二ヶ月ほど前のことだ。自分はメリアを飛び出してからは常に一人で行動してきた。何故か旅先で先回りでもしているのかという位の頻度で出没するブラックとはなんだかんだと懇意にはしていたが、彼と共に旅をした事もほとんどない。一人に馴れすぎて、距離感が分からなくなっているのだ。
 メリアを飛び出す前から自分には友と呼べる人間は居なかった、話を聞いてくれる人間も、優しく笑ってくれる人間もいなかった。だからアジェが自分の話を笑顔で聞いてくれて、応えてくれて、頼ってくれるのがとても嬉しかった。
 彼の辛い状況を目の前で見てきて、傍にいようと思ったのも事実で、自分はアジェが大好きで特別なのだとそう思っている。
 だが、ナダールはアジェとは別次元で気になって仕方がないのだ。初めて会った時もそうだった。
 あの時、αの匂いに気が付いてすぐにアジェの手を引いて逃げ出したが、その薫りは心地よくて身震いした。
 αの匂いを心地良いと思ってしまった自分に愕然としたのだ。今までそんな事は一度もなかったのに。
 αは自分にとって恐ろしい疫病神で、好意を持った事など一度もない。にも拘わらず彼の匂いは心地良いと感じてしまったのだ。その感覚はとても恐ろしくて彼を警戒し、威嚇して近付かないように、近寄らせないようにしてきたのにこの有様だ。
 ナダールは自分の事を『運命』だという。
 自分の様子がおかしくなった時にアジェにも言われた。

「もしかしてナダールさんはグノーの『運命』の相手なんじゃないの?」

 運命の相手がすでにいるアジェには、グノーが彼を拒んでしまう理由が分からないようだった。でもどうしても自分は『運命』を信じることができない。
 なぜならかつて、やはり自分の事を『運命』と呼び、首輪を嵌め、束縛した男がいるからだ。
 その男には何度も何度も犯された。嫌だ、やめてと何度泣き叫んでも聞き入れては貰えなかった、そんな束縛はもうこりごりだ。自分は『運命』を信じない。それは彼に会っても変わることはない。
 アジェも『運命』から逃げてきた身だ、グノーが頑なにその事を否定したら、もうそれ以上何も言ってはこなかった。だが、いくら否定しても反応してしまった身体はどうする事もできず、昨晩ついにヒートに浮かされ自分達は肌を重ねてしまった。しかも昨夜ナダールと行為を行う上で今までと違う事がいくつもあった。
 今まで何度男に抱かれても、そんなにすんなり身体が受け入れることなどありえなかった。行為は苦痛の連続で、気持ちいいなどと思った事も一度もない。
 だが昨夜、グノーの身体は彼をすんなり受け入れたのだ。自ら下肢を濡らして男を受け入れた自分に驚きしかない。


『運命』


 そんな言葉は信じない、それでも身体が勝手に反応してしまう事が恐ろしくて仕方なかった。

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