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運命に花束を①
運命との出会い②
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それは遥かに幼い記憶、そんな事もあったなぁなどと思い出し苦笑する。そんな話すっかり忘れていた。
自分のこの鼻が利くという特殊能力は人間関係で非常に役立った。両親程ではないにせよ数は少なくともやはりそういう人達はいて、母の言うとおり嫌な匂いを纏っている人間はやはり嫌な人間ばかりだった。
一見にこやかで愛想が良くても、中身は酷く不快な人間だったりすることもあって、そういう人達を避けて生活をしていたら自分の周りはとても平穏で幸せに過ごすことができた。なのでこれはいい能力だなと神様からのギフトを心から喜んでいた。
だがこの能力が幸せばかりを運んでくる物ではないと知ったのはナダールが十五になったばかりの頃だった。
ある日、やはり騎士団員である父と一緒に職場に向かう道すがら、ふと甘い薫りがするな、と振り向いたらがつんと強烈な匂いに襲われて目の前が真っ白になった。
気が付くと、自分は自宅の自分のベッドで寝ており、起きた直後は激しい頭痛と吐き気に襲われ、その時は何が起こったのかまるで分からなかった。心配そうに自分の顔を覗き込む父に、一体何が起こったのかと問うと、父は少し困ったような顔で微笑んだ。
「お前も、もうそんな歳になったんだな」
そんな事を感慨深げに言われてもまるで意味が分からず首を傾げる。
「一体何があったんですか? 私はどうしてこんな事になっているんでしょうか?」
「お前はΩの発情にやられたのだよ」
オメガ? ヒート? 全く分からない単語に更に首を捻ると父は淡々と語りだした。
曰く、人にはα(アルファ)β(ベータ)Ω(オメガ)の三種類の人間がいるのだそうだ。
一番人口的に多いのがβで、ほとんどの人、自分が匂いを感じられない人達がいわゆるβにあたると父は言った。自分が匂いを嗅ぎ分けているのは、主にαとΩのフェロモンで両親もこれにあたるのだそうだ。
曰く、αは人の中でも優秀な秀でた能力を持った者が多いのだそうだ。人口割合的には千人に一人程度で、父はそれにあたるらしい。
「それでは母さんもαなのですか?」
父は静かに首を振る。
曰く、母は人口的には非常に少ないΩなのだそうだ。その人口割合は一万人に一人程度、自分の暮らすこの街メルクードの人口がおよそ三千人程だと思うと、この街には三人しかΩはいない計算だ。
「αは秀でた能力を持つ代わりに、生殖能力が非常に低いのが特徴でな」
言った父の言葉にナダールは首を傾げた。実を言えばナダールは五人兄弟の長男で、来年には六人目も生まれるというくらいの大家族なのだ、普通に考えて生殖能力が低いなどということは父に関しては当て嵌まらない。
「不思議そうな顔をするな、うちは特別なんだ。なんせ私と母さんは運命の番だからな」
「運命の番?」
また聞いた事のない言葉にナダールは首を傾げる。
曰く、運命の番というのは世界にただ一人しかいない運命で結ばれる事を決定づけられた相手なのだそうだ。
αは生殖能力が低い、優秀な遺伝子を残そうと思ってもそれが出来ない体質で、それをカバーするのがΩという存在なのだと父は言った。
「αはΩとの間にしか子を成すことが出来ない、だがΩの数はαに比べて圧倒的に少ない。しかも、Ωはその体質ゆえに弱く短命なことが多い」
「どういうことです?」
「Ωはある程度成長すると発情期がくる、それが発情だ。これは大体三ヶ月に一度の割合で起こり、その間Ωは生殖のこと以外考えられなくなる。そしてそのヒートを起こしている間はαを惹きつけるフェロモンを辺り一面にばら撒いてαを誘う。αはそれに逆らえない、言ってしまえばΩというのは淫魔に魅入られたような人間になってしまうとそういう事だ。少し考えれば分かるだろう、その結果がどんな事になるか」
確かにそんな事になれば、気が付いた時にはΩは寄ってきたαによって散々に陵辱されている結末しか見えてこない。
「でも母さんはそんな事にはなっていない、ですよね?」
「それは母さんと私が番の契りを結んでいるからだ。契りを結んでしまえば、無差別に振り撒いていたフェロモンは番相手にしか効かなくなる。私は母さんの最初のヒートですぐに番の契約をしたから、母さんはそんな事には一度もなっていない。だが、それは本当に運のいいことなんだよ」
「でも、それなら……」
そこでナダールははたと気付く、父は自分はΩのヒートにやられたのだと言った、という事は、あの時あの場所にはヒートを起こしたΩが居たという事だ。その考えに思い至って、ナダールが父を見やると、父は少し悲しげな表情で首を振った。
「私はお前を止めるので精一杯だった、もしあの場に他にもαが居たとしたら、あのΩの子がどうなっているのか私には分からない」
「そんな、駄目です! 助けに行かないと!!」
「お前が行くのは危険だ、遭遇すればまたお前はヒートに当てられてしまう。そして私は今はもう母さん以外のフェロモンは微かにしか感じることが出来ない、あれからもう半日以上経っている、匂いで辿るのは不可能だ」
「そんな……」
ナダールは愕然とした。匂いにあてられて、どんな人だったのかも分からなかったが、すぐ目の前にいて助けなければいけない人を助けられないなんて、そんな理不尽な事はない。しかも、この場合、自分が駆けつければ自分がそのΩを傷つける加害者になってしまう可能性すらあるのだ。
ナダールはぞっとした。
自分のこの鼻が利くという特殊能力は人間関係で非常に役立った。両親程ではないにせよ数は少なくともやはりそういう人達はいて、母の言うとおり嫌な匂いを纏っている人間はやはり嫌な人間ばかりだった。
一見にこやかで愛想が良くても、中身は酷く不快な人間だったりすることもあって、そういう人達を避けて生活をしていたら自分の周りはとても平穏で幸せに過ごすことができた。なのでこれはいい能力だなと神様からのギフトを心から喜んでいた。
だがこの能力が幸せばかりを運んでくる物ではないと知ったのはナダールが十五になったばかりの頃だった。
ある日、やはり騎士団員である父と一緒に職場に向かう道すがら、ふと甘い薫りがするな、と振り向いたらがつんと強烈な匂いに襲われて目の前が真っ白になった。
気が付くと、自分は自宅の自分のベッドで寝ており、起きた直後は激しい頭痛と吐き気に襲われ、その時は何が起こったのかまるで分からなかった。心配そうに自分の顔を覗き込む父に、一体何が起こったのかと問うと、父は少し困ったような顔で微笑んだ。
「お前も、もうそんな歳になったんだな」
そんな事を感慨深げに言われてもまるで意味が分からず首を傾げる。
「一体何があったんですか? 私はどうしてこんな事になっているんでしょうか?」
「お前はΩの発情にやられたのだよ」
オメガ? ヒート? 全く分からない単語に更に首を捻ると父は淡々と語りだした。
曰く、人にはα(アルファ)β(ベータ)Ω(オメガ)の三種類の人間がいるのだそうだ。
一番人口的に多いのがβで、ほとんどの人、自分が匂いを感じられない人達がいわゆるβにあたると父は言った。自分が匂いを嗅ぎ分けているのは、主にαとΩのフェロモンで両親もこれにあたるのだそうだ。
曰く、αは人の中でも優秀な秀でた能力を持った者が多いのだそうだ。人口割合的には千人に一人程度で、父はそれにあたるらしい。
「それでは母さんもαなのですか?」
父は静かに首を振る。
曰く、母は人口的には非常に少ないΩなのだそうだ。その人口割合は一万人に一人程度、自分の暮らすこの街メルクードの人口がおよそ三千人程だと思うと、この街には三人しかΩはいない計算だ。
「αは秀でた能力を持つ代わりに、生殖能力が非常に低いのが特徴でな」
言った父の言葉にナダールは首を傾げた。実を言えばナダールは五人兄弟の長男で、来年には六人目も生まれるというくらいの大家族なのだ、普通に考えて生殖能力が低いなどということは父に関しては当て嵌まらない。
「不思議そうな顔をするな、うちは特別なんだ。なんせ私と母さんは運命の番だからな」
「運命の番?」
また聞いた事のない言葉にナダールは首を傾げる。
曰く、運命の番というのは世界にただ一人しかいない運命で結ばれる事を決定づけられた相手なのだそうだ。
αは生殖能力が低い、優秀な遺伝子を残そうと思ってもそれが出来ない体質で、それをカバーするのがΩという存在なのだと父は言った。
「αはΩとの間にしか子を成すことが出来ない、だがΩの数はαに比べて圧倒的に少ない。しかも、Ωはその体質ゆえに弱く短命なことが多い」
「どういうことです?」
「Ωはある程度成長すると発情期がくる、それが発情だ。これは大体三ヶ月に一度の割合で起こり、その間Ωは生殖のこと以外考えられなくなる。そしてそのヒートを起こしている間はαを惹きつけるフェロモンを辺り一面にばら撒いてαを誘う。αはそれに逆らえない、言ってしまえばΩというのは淫魔に魅入られたような人間になってしまうとそういう事だ。少し考えれば分かるだろう、その結果がどんな事になるか」
確かにそんな事になれば、気が付いた時にはΩは寄ってきたαによって散々に陵辱されている結末しか見えてこない。
「でも母さんはそんな事にはなっていない、ですよね?」
「それは母さんと私が番の契りを結んでいるからだ。契りを結んでしまえば、無差別に振り撒いていたフェロモンは番相手にしか効かなくなる。私は母さんの最初のヒートですぐに番の契約をしたから、母さんはそんな事には一度もなっていない。だが、それは本当に運のいいことなんだよ」
「でも、それなら……」
そこでナダールははたと気付く、父は自分はΩのヒートにやられたのだと言った、という事は、あの時あの場所にはヒートを起こしたΩが居たという事だ。その考えに思い至って、ナダールが父を見やると、父は少し悲しげな表情で首を振った。
「私はお前を止めるので精一杯だった、もしあの場に他にもαが居たとしたら、あのΩの子がどうなっているのか私には分からない」
「そんな、駄目です! 助けに行かないと!!」
「お前が行くのは危険だ、遭遇すればまたお前はヒートに当てられてしまう。そして私は今はもう母さん以外のフェロモンは微かにしか感じることが出来ない、あれからもう半日以上経っている、匂いで辿るのは不可能だ」
「そんな……」
ナダールは愕然とした。匂いにあてられて、どんな人だったのかも分からなかったが、すぐ目の前にいて助けなければいけない人を助けられないなんて、そんな理不尽な事はない。しかも、この場合、自分が駆けつければ自分がそのΩを傷つける加害者になってしまう可能性すらあるのだ。
ナダールはぞっとした。
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