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番外編:その後のある幸せな家庭

幸福を願う者

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 シズクとライザックが起きだしてきて、俺達がミレニアさんの作った美味しい朝食を食べ始めた頃、そのクマは嵐のようにやって来た。

「ミレニア、出てこい!」

 秘書であるライオネスさんを引きずるようにしてやって来たのはバートラム様。他人の家を訪問するには少し常識外れの時間だと思うんだけど!

「ちょっと、突然何なんですか! あまり大きな声で喚かないでください、近所迷惑です!」

 力任せに扉を叩くバートラム様をライザックが玄関口で押し留める。背後ではライオネスさんもバートラム様を羽交い絞めにしようとしているのだが、恐らく腕力では敵わないのだろう、抑える事ができない。
 ミレニアさんはバートラム様の声が響き渡った時点で顔を青褪めさせ震えだし、なんだか修羅場の予感しかしない。

「ここに居るんだろう! ミレニアに会わせてくれ!」
「ミレニアは現在体調を崩しています、そんな興奮状態のあなたには会わせられません」
「なに……」
「あなたがミレニアに過剰なストレスを与えているのですよ、あなた昨日のシノックさんのお話、ちゃんと聞いていたんですか?」
「ちゃんと聞いた、だから来た。俺はもっとミレニアと話し合うべきなんだ」
「それが分かっているならもっと手順を踏んでください、こんな早朝から怒鳴りこまれても困ります」

 ライザックが玄関口からバートラム様を押しやると、背後のライオネスさんが「すまない」と謝る声が聞こえた。

「まだダメだと言ったのだが止まらなくて、申し訳ない。すぐに連れ帰る」
「駄目だ! 俺はミレニアに謝らなければっ」
「それは今じゃないと言ってるんだ、この馬鹿が!」

 ライオネスさんって本当にバートラム様に容赦ないよな。まぁ、ライオネスさんも相当振り回されてそうだし、このくらいでなければバートラム様の秘書は務まらないのだろうけど。

「ねぇ、ライザック、バートラムの話くらい聞いてあげてもよくない?」

 扉の向こう側、何処かで聞き覚えのある声が聞こえた。その声にまたミレニアさんの肩がびくりと震える。

「ロゼッタ! 君もいたのならバートラム殿を止めてくださいよ」
「あはは、私はただの野次馬だ。それに私はバートラムとミレニアはもっと話し合いの機会を持つべきだと思うから止めないよ」
「ロゼッタ!」

 扉の向こう側、ずるずると引きずられるようにバートラム様が下がると、ひょいとロゼッタさんが家の中を覗き込み手を振った。

「やあ、カズ! ここがライザックとの新居なんだね、慎ましやかで良い家だ」

 軽やかな足取りでロゼッタさんは家の中に入ってきて、おれの腕の中にいるシズクの顔を覗き込み「この子がシズクちゃん? 可愛いねぇ、ライザックの小さい頃にそっくり」と笑みを零した。

「ロゼッタ、なんで……」
「やあミレニア、久しぶり。元気にしてたかい? あ、元気じゃないから療養中なんだっけ、ごめんごめん。だけど顔色は良さそうだ。なんだか色々話を聞いてたら、私も気になって来てしまったよ。バートラムと何があったか知らないけど、少しは話を聞いてあげたら?」

 笑みを浮かべたままのロゼッタさんの言葉に、ミレニアさんが顔を強張らせ瞳を逸らし「君には関係ないだろう」と吐き捨てる。これ、あんまり良くない雰囲気。

「ん~関係ない事もないんじゃないかな? せっかく都会まで出張って来たのに身内がごたごたしてたら気になるだろ?」
「従兄弟と言ってもただの赤の他人だ、気にかけてもらう必要はない」
「ミレニアは昔から素直じゃないよね、もっと仲良くしようよ」

 ロゼッタさんが笑顔でぐいぐいミレニアさんとの距離を縮めていく傍ら、ミレニアさんはどんどん表情を険しくして後退っていく。この二人、仲が悪いって事はなかったはずだけど……あ、そういえば俺、ロゼッタさんの昨日の話、まだミレニアさんにしていない。
 もしかしてミレニアさん、ロゼッタさんの事、恋敵とかそんな風に思ったままなんじゃ……?

「私はそんな風には笑えない、無理だ。放っておいてくれ!」
「ミレニアは、そんなに私にバートラムを盗られる事が怖いのかな?」

 いたずらっ子のような瞳でロゼッタさんは唇の前に人差し指を立てて小首を傾げた。

「っ、そんな訳、ないだろう!」
「そっかぁ、だったら私がバートラムを貰ってしまってもいいかな?」
「な……」
「私と彼なら家柄も釣り合いが取れるし、二年前のあのパーティでお披露目は済んでいるようなものだしね。バートラムはライザックと違って私をそういう目で見てくれるもの。どうやら彼は遊びが過ぎる所もあるみたいだけど、私はその点寛容だよ、浮気だって許してあ・げ・る」

 あれ? 昨日と言ってる事が違うな。これ、もしかしてミレニアさんを煽ってる?

「好きに、したらいいっ! だが、君とあいつが子を作れば私のような半獣人の子が生まれるぞ! 知っていたか、半獣人は差別の対象なんだ、獣人でも人でもない私達を誰も受け入れない。お前達の子はいばらの道を歩くんだ!」

 ミレニアさんが吐き出すようにロゼッタさんを怒鳴りつける。けれどロゼッタさんは笑みを崩さない。

「へぇ、そうなんだ。でも平気だよ、子供は私が守るもの」
「え……」
「私にはそれだけの富と権力がある事を忘れたのかな? 私はオーランドルフ家本家の跡取りだよ? そして我が子はその跡継ぎだ。そんな差別があると言うのなら私が全て取り除き、我が子に歩みたい道を歩ませてあげる、それが親の気概ってもんだ」

 ミレニアさんが瞳を瞬かせている。ってか、ロゼッタさんかっけーな。確かにこの人ならやってのけそうな気がするよ。

「それってさ、たぶん君の両親も同じように考えていたと思うんだけどね。ミレニア、最近のズーランドのこと知ってる?」

 ミレニアさんが無言で首を横に振り「もう帰る気もない国だから」と言うと「やっぱりね」とロゼッタさんが苦笑した。

「頑なに人との婚姻を認めなかったズーランドが動いたよ」
「え……」
「来年には獣人と人との婚姻が公式に認められるようになる。今後は君のような半獣人も増えていくだろうね。ちなみにその法案の立案者が誰か聞きたい?」

 一呼吸おいて「君の父上だよ」とロゼッタさんが言った所でミレニアさんの瞳が大きく見開いた。

「人と獣人の婚姻が認められていないズーランドで政略結婚とはいえ君の父上は人を娶った。だけど、君の両親は不仲だったのかな? そんな事はなかっただろう? 一朝一夕に国の根幹は変えられない、だけど変えた、それが誰のためか分からない君じゃないだろう?」
「そんなの、誰も……」
「君の父上は寡黙だからね。感情が分かりやすいと言われる獣人の中でその感情を制御して外交にあたる君の父上は存外不器用で分かりにくかったかもしれないけれど、ずっと君の身を案じていたよ。ミレニア、君はもう自分で自分を縛り付けるのはやめなよ。誰もそんな事望んでいない」
「私は……」
「ミレニア、俺の話を聞いてくれ!」

 またしてもライオネスさんを振り切ったのであろうバートラム様が叫ぶ。ミレニアさんはそちらを見やり、静かに頷いた。

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