ある幸せな家庭ができるまで

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番外編:その後のある幸せな家庭

浮気の基準

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「やはり一度バートラム殿とお話をしないといけませんね」

 そう言ってライザックは椅子から立ち上がる。
 俺達は改めてバートラム様に話を聞くためバートラム様の執務室、兼、私室に向かう。その部屋は皮肉にも元はお義母さんの部屋で、なんだか妙な気持ちになる。だって俺はこの部屋にあまり良い印象がないからな。
 家相とかそういうのは分からないけど、お義母さんはこの部屋を出る事で変わっていったし、バートラム様は現在部屋に引き籠っていると聞いてしまうと、迷信・占いは信じないたちの俺でもこの部屋、実はあんま良くないんじゃないか? って疑ってしまう。
 俺達をその部屋に案内してくれたのは立派なたてがみ鬣の大きなライオンの獣人ライオネスさん。俺がバートラム様に拉致された時に一緒にいた人で、彼はバートラム様の秘書なのだそうだ。
 無駄に大きかったこの屋敷は現在バートラム様のお屋敷、兼、仕事場になっているらしく、最初に俺がオフィスみたいだと思った感想はあながち間違っていなかったらしい。

「バートラム、入るぞ」

 ライオネスさんは秘書という役職の上ではバートラム様の部下にあたると思うのだが、あまり遠慮がないようでバートラム様の返事も待たずに部屋の扉を開ける。

「俺はミレニアが帰って来るまで働かないと言ったはずだが?」

 カーテンを締め切った薄暗い部屋から唸るような声が聞こえる。部屋の中は何やら書類のような物がとっ散らかっていて、これはこの部屋がお義母さんの部屋だった頃より酷い有り様だ。

「お前はもう駄々をこねてどうにかなる子供じゃない、わきまえろ! ……と、言いたい所だが仕事の話じゃない、お前に客が来てる」
「客? ロゼッタなら好きにさせとけ。それかお前が相手をすればいい」

 部屋の奥からくぐもった声だけが聞こえてくるのだが、バートラム様の姿は見えない。たぶん部屋の隅で白いシーツが蠢いているのであの辺にいるのだろうなという事は分かるのだが、どうにもいつものバートラム様らしからぬ姿だ。

「私の扱いが酷すぎないか、バート、そんなに私の事が嫌いなのかい?」

 ロゼッタさんが室内を覗き込んで眉を顰める。確かにバートラム様のその言い草は酷いと思う。

「ロゼッタ、その呼び方はやめてくれ、またミレニアに誤解される。俺はお前のアドバイス通りに動いたのにひとつも上手くいかなかった。今はあんたの顔は見たくない、お願いだから放っておいてくれ」
「バート、そう呼んでいいと言ったのは君の方なのに重症だな。だけどまぁ、この状況は私のせいでもあるようだし話をきかせてよ、バートラム」
「くどい! 放っておけと言っているだろう!」

 顔を上げたバートラム様がこちらを睨む、その面相は面やつれて酷い有り様だ。俺の知っているバートラム様はいつも快活で豪快で陽気なクマだったのに、まるで別人みたいだ。

「なんだ……客はロゼッタだけじゃないのか、何をしに来た?」

 虚ろな瞳がこちらを見やる、ああ、何故だろう、ちょっとイライラするぞ!

「お久しぶりですバートラム殿、これは一体どういう事ですか?」
「どうとは何だ? 勝手に私室に入り込み、訳の分からない事を言わないでくれ。俺は調子が悪いんだ。特に今は幸せそうな奴等を見ていると暴れ出したくなる、噛み殺されたくなかったらさっさと出て行ってくれ」

 そう言ってバートラム様は歯をむき出しこちらを威嚇するような姿を見せるけれど、その姿はまるで拗ねた子供のようで俺は思わず部屋へと踏み込んだ。

「あんたは何を拗ねてるんだ、ミレニアさんが帰ってこないからって周りに当たり散らすとか子供か! 帰ってこないなら迎えに来るくらいの気概を見せればいいのに、何やってんだ!」
「あぁ!?」
「うちのライザックは俺が家を飛び出した時、ちゃんと見付けだして迎えに来たぞ! 本当に相手が大事なんだったらそれくらいしろよっ!」
「迎えに行きたくても場所が分かんねぇんだよっ! 分かってたらとっくに行ってるわ! ってか、俺はズーランドからここまであいつを迎えにきたのに逃げ回ってるのはあいつの方だ、ミレニアは本気で俺に関わりたくないんだよ、俺はもう……どうしていいか分らん……」

 最初は威勢が良かったバートラム様が途方に暮れたように頭を抱えて息を吐く。なんだよ、やっぱりバートラム様とミレニアさんは両想いなんじゃないか。

「ミレニアさんはバートラム様は自分が靡かないから構っているだけで、陥落したら自分への興味は失うだろうって言ってましたよ。その辺、バートラム様はどう考えているんですか?」
「は!? なんでミレニアがそんな事を? そんな馬鹿な話ある訳ないだろう!? 俺が何年あいつの事を追いかけまわしていると思っているんだ、もうかれこれ10年以上だぞ!? ただの興味本位だけでそんな長い期間たった一人を追いかけまわしていられるかっ!」

 10年以上……意外と長かったな。それはちょっとバートラム様にも同情してしまうぞ、そんなに長い事一緒に居て、何故ミレニアさんはあそこまで疑心暗鬼になっているのだろうか?

「はは、同情できんな。お前の日頃の行いが如実に表れた結果じゃないか」

 何故かライオネスさんが鼻で笑う。日頃の行い?

「日々浮気三昧しているからそんな風に言われるんだ、当然だろう?」
「俺は浮気なんかしていない、抱くのだって今は商売でやっている奴だけだ!」
「知っているか? 浮気って言うのは基準が人それぞれで異なるんだ。俺に言わせれば、お前の行いは不実で軽薄、それを婚約者の目の前で平気でやるお前を俺は常々最低な奴だと思っていたぞ。ただお前の婚約者様はそんなお前に何も言わないから寛容だなと思っていたが、やはり信用されていなかっただけだったって話で、言うなればこの現状は自業自得だ、馬鹿が」

 ライオネスさんの言葉は辛辣だ、だけどちょっと待って、今の話ってどういう事? もしかしてバートラム様って常態的にミレニアさんの目の前で浮気してたってこと? しかも悪気がないとか最低じゃないか!
 ライオネスさんの糾弾にライザックとロゼッタさんもドン引き顔だ、だけどまぁ、当然だよな。

「あんなのただの性欲処理だといつも言っているだろう!」
「それが浮気かどうかを決めるのはお前じゃなく相手だと言ってるんだ! お前の婚約者がそれを浮気だと思うなら、それは立派な浮気だ! ついでに言うなら俺もそう思うし、何ならここに居る奴等全員に聞いてみたらいい」

 ライオネスさんがちらりとこちらを見やる。

「はい、俺も浮気だと思います。仕事の接待とかならともかく、常態的にああいう店に通って、しかも誰かとそういう事してるなら浮気以外のなにものでもないですよ、バートラム様最低」
「私もカズに同意だ、あり得ない」

 俺の言葉にライザックがすかさず同意してくれた、うんうん、夫婦で価値観が同じって大事だよな! ここでライザックがバートラム様の肩を持つようだったら少し話し合いを持たなければいけない所だ。

「私もそれは浮気だと判断するな『多くを愛したいのであれば全てにおいて誠実であれ』これは私の父の言葉だが、誰かを愛するのならその相手には常に誠実であるべきだ。全員を平等に愛せないのであれば複数人の妻を娶るべきではないし、相手から同意を得られていない時点で裏切り以外の何ものでもない」

 続いて声をあげたのはロゼッタさん。そういえばロゼッタさんのお父さんって何人もお妾さんを抱えてる人だった。そういう点ではロゼッタさんは寛容だけど、遊びは駄目だって事か。確かにあそこはお妾さん達もロゼッタさんの応援をしていたし、たぶんお妾さん達は本妻のローズさんと仲が良いのだろう、それはロゼッタさんのお父さんが全員を同じように愛しているからで、大変そうだけど誠実ではある。

「もしかして僕も意見を言った方がいい感じかな?」

 ロゼッタさんが意見を述べ終わると、今まで黙って話を聞いていたシノックさんがにこりと微笑んだ。バートラム様が初めて彼に気付いたのだろう「あんた誰だ?」と小首を傾げた。

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