ある幸せな家庭ができるまで

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第三章:出産編

遭遇

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 どうすればいいのかなど分からない、何処に行けばいいのかも分からないけれど俺は街の外へとひたすらに駆けた。腕の中のシズクは大人しいものだがおくるみの隙間から時折ぬるりと触手の先が伸びてきて、俺はそれを乱暴におくるみの中に包み直す。腕の中のコレは小さくても化け物だ、気を抜けば俺がやられる可能性も否定できない。その指に似た触手は自由自在に伸縮し俺を縊り殺す事もできるのだろうなと思ったらまた背筋にぞくりと怖気が走った。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」

 自分の呼吸音と心臓の音がうるさい。なんで俺がこんな目に遭っているのだろう? 一体俺が何をしたというのだろう? こんな訳の分からない世界に飛ばされて、揚げ句この仕打ちとはこの世には神も仏もいないのか!
 腹の中で育み続けた可愛い我が子が化け物だなんて信じたくはない、けれどおくるみの端から覗く触手は間違いなく人のモノではあり得ない。
 気が付けば俺は暗闇の森の中を走っていた。自分はこの子を連れて一体何処へ行こうというのか、そして辿り着いた先で一体どうしようというのか……

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――っ!」

 ふいに足が縺れ蹴躓いた俺はとっさに子供を庇い抱き締め転がった。何をやっているのだろう? 何故今更俺はこんな化け物を庇ってこんな場所で転がっているのか。すっかり日が暮れて辺りはもう真っ暗だ、街から離れてしまったので照らす灯りは月明かりだけ。

「っふ……」

 なんでか涙がこみ上げる、最近俺は泣いてばかりだ。自分でもどうしていいか分からなくなって腕の中のぬくもりを抱えぼろぼろと泣き続けていたら「お待ちしていましたよ」と背後から声をかけられびくりと震えた。

「っ……なんで――」
「私の特技は未来予知さきよみです。あなたがここへ来ることは分かっていました」

 そこに立っていたのはあの忌々しい占い師。長いローブを持ち上げて俺へと右手を差し出した。その右手は普通の人間の手と変わりはしない、けれど俺はその手を取ることが出来ない。俺はシズクをぎゅっと抱きしめ、へたり込んだまま後退る。

「私が恐ろしいですか?」
「そんなの、当たり前だ!」
「あなたの腕の中の子供と私は何も変わらない」

 占い師I・Bアイ・ビーは静かにこちらを見やる。

「だったらあんたもやっぱり化け物なんじゃないか!」
「あなたが自分の産んだその子を化け物だと思うのなら、そうなのでしょうね……」

 占い師は自分が化け物呼ばわりをされても声を荒げる事もしない。ただ静かに俺を見やるその表情はとても穏やかだった。

「この子は化け物だ! 人間じゃない!」
「人間ですよ。その子も、私も、ただ少し特別な力を有しているだけ」
「特別な……ひっ!」

 俺に差し出していた占い師の右手の指がぬるりと伸びて俺の頬を撫でた。

「そう、少々人とは違う体の構造をしているだけ、この触手はあなたを傷付けはしない、私は現在これを制御できていますから」
「制御……」
「ただ時折感情の起伏で制御できなくなる事があり、先だっては失礼いたしました。まさか自分と同じ同士に巡り合うとは思っていなかったもので少々動揺致しました」

 占い師が何を言っているのか分からない、俺はまた腕の中でむずがるシズクを抱き締めた。

「同士って……なに?」
「仲間、同胞とでも言いましょうか、私やその子のような者はある一定の条件下で稀に生まれてくるのですよ。大体の場合生まれてすぐに化け物扱いで親に殺され、私のこの歳まで生き延びる事はほぼないそうですが」

 占い師もシズクも同じような触手を持っている、それは人としては異質で異形の化け物だ。実際俺もこの森でシズクをどうにかしなければと連れて来たのだ、置き去りにして獣に喰わせるのか、それともこの手で我が子を殺すのか、そんな事考えたくもなかったが、どうにかしなければとそう思ったから俺はシズクを抱えここまでやって来たのだ。

「あなたはその子をどうするおつもりですか?」
「どうって……」

 こんな化け物どう育てていいのか俺には分からない、ただでさえ人の子育てだとて分からないのに異形の子供なんて……

「ここでその子の命を絶つおつもりなら、私がその子を引き受けます」
「え……」
「どのみちその子はあなたの手には余るでしょう?」
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