ある幸せな家庭ができるまで

矢の字

文字の大きさ
上 下
64 / 113
第三章:出産編

シズク

しおりを挟む
 占い師の元へ行ったその日から俺の精神状態は少しおかしくなった。気分の上がり下がりがまるで波のように訪れて自分自身で制御が出来ない。少し調子が良くなったと思っても、すぐに不安に押しつぶされるように涙が止まらなくなったり、そうかと思えば悩んでいるのは馬鹿らしいと妙に楽天的になってみたり、感情の起伏が激しすぎて消耗が半端ない。
 そんな俺の様子は明らかにおかしかったのだろう、ライザックは仕事を休み、つきっきりで俺の傍に居てくれた。彼の傍だけが俺の安全地帯、傍に居ないと不安になる。まるでこれでは母親の後追いをする赤ん坊のようだ。そんな状態の自分の現状にまた落ち込む事数度、その度毎にライザックは俺を抱き締め「大丈夫だ」とそう言った。
 大丈夫の根拠が何もない、だけど俺はその言葉だけでだいぶ救われていたと思う。そして、そんな感じでついに出産予定日、その日はしとしとと雨の降るあいにくの天気で、心は晴れやらぬまま俺はその出産に挑んだ。

「んっ……ふ、ぐっ……はぁ――」

 寄せては返す痛みの波、意識は朦朧として何も考えられない、産みの苦しみとはよく言ったもので出産がこんなにつらく苦しいものだとは知らなかった。改めて自分を生んでくれた母親には感謝しないとと、もう会う事もできないのであろう母を想う。

「カズ、もう少しだからな」
「んっ、ふ……」

 精神的に不安定な間は傍に居てもらって安心できたライザックだったが、事これに関しては何の役にも立ちはしない。痛みを代わってもらう事も、出産を代わってもらう事も出来ないのだから、それはもうどうしようもなく、その思いは彼も同じだったのだろうひたすら俺の手を握り、腰を撫で続けてくれた。
 長い長い陣痛、いや、それは果てしなく長い拷問のようにも感じられたが実際の時間は3時間と少し、一般的には超安産と言われる時間でその子はこの世に生まれてきた。
 朦朧とする意識の中、微かに聞こえた産声はまるで子猫の泣き声のようだったが、それでも人の声だと安心した。誰も声を上げない、どこかに異常があればすぐにでも誰かが声をあげるはずだ、けれどそこに聞こえてきたのは「おめでとう、よく頑張った」という労いの言葉だけで、俺は涙が零れた。
 良かった、俺は異形の子供など腹に宿していなかった、占い師はやはりインチキで、きっとアレは俺の心の奥に潜む不安を具現化しただけのモノだったのだと、俺はそこでようやく安堵ができた。

「赤ちゃん……俺の――可愛い」

 胸の上に置かれたまだ人よりは猿に近い小さな生き物、俺はその小さな手を確認する。紅葉のように小さな可愛い手はあの占い師のような形状はしていない。大丈夫、この子は普通の子供だ。
 俺はもう涙が止まらなくて、けれど身体は思っていたより疲れていたのだろう、まるで意識を吸い込まれるようにそのまま気を失った。

 雨の日に生まれた子供、子の名前は「シズク」と決まった。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...