ある幸せな家庭ができるまで

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第三章:出産編

シズク

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 占い師の元へ行ったその日から俺の精神状態は少しおかしくなった。気分の上がり下がりがまるで波のように訪れて自分自身で制御が出来ない。少し調子が良くなったと思っても、すぐに不安に押しつぶされるように涙が止まらなくなったり、そうかと思えば悩んでいるのは馬鹿らしいと妙に楽天的になってみたり、感情の起伏が激しすぎて消耗が半端ない。
 そんな俺の様子は明らかにおかしかったのだろう、ライザックは仕事を休み、つきっきりで俺の傍に居てくれた。彼の傍だけが俺の安全地帯、傍に居ないと不安になる。まるでこれでは母親の後追いをする赤ん坊のようだ。そんな状態の自分の現状にまた落ち込む事数度、その度毎にライザックは俺を抱き締め「大丈夫だ」とそう言った。
 大丈夫の根拠が何もない、だけど俺はその言葉だけでだいぶ救われていたと思う。そして、そんな感じでついに出産予定日、その日はしとしとと雨の降るあいにくの天気で、心は晴れやらぬまま俺はその出産に挑んだ。

「んっ……ふ、ぐっ……はぁ――」

 寄せては返す痛みの波、意識は朦朧として何も考えられない、産みの苦しみとはよく言ったもので出産がこんなにつらく苦しいものだとは知らなかった。改めて自分を生んでくれた母親には感謝しないとと、もう会う事もできないのであろう母を想う。

「カズ、もう少しだからな」
「んっ、ふ……」

 精神的に不安定な間は傍に居てもらって安心できたライザックだったが、事これに関しては何の役にも立ちはしない。痛みを代わってもらう事も、出産を代わってもらう事も出来ないのだから、それはもうどうしようもなく、その思いは彼も同じだったのだろうひたすら俺の手を握り、腰を撫で続けてくれた。
 長い長い陣痛、いや、それは果てしなく長い拷問のようにも感じられたが実際の時間は3時間と少し、一般的には超安産と言われる時間でその子はこの世に生まれてきた。
 朦朧とする意識の中、微かに聞こえた産声はまるで子猫の泣き声のようだったが、それでも人の声だと安心した。誰も声を上げない、どこかに異常があればすぐにでも誰かが声をあげるはずだ、けれどそこに聞こえてきたのは「おめでとう、よく頑張った」という労いの言葉だけで、俺は涙が零れた。
 良かった、俺は異形の子供など腹に宿していなかった、占い師はやはりインチキで、きっとアレは俺の心の奥に潜む不安を具現化しただけのモノだったのだと、俺はそこでようやく安堵ができた。

「赤ちゃん……俺の――可愛い」

 胸の上に置かれたまだ人よりは猿に近い小さな生き物、俺はその小さな手を確認する。紅葉のように小さな可愛い手はあの占い師のような形状はしていない。大丈夫、この子は普通の子供だ。
 俺はもう涙が止まらなくて、けれど身体は思っていたより疲れていたのだろう、まるで意識を吸い込まれるようにそのまま気を失った。

 雨の日に生まれた子供、子の名前は「シズク」と決まった。

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