63 / 113
第三章:出産編
不安
しおりを挟む
俺はその日どうやって家に帰ったのかあまり覚えていない。駆けつけた店のスタッフが帰ってくれと俺達を店から放り出し、俺はハインツに促されるように帰ってきたと思うのだが、心は何処か上の空でハインツと何を話したかも覚えてはいない。
ただ耳に残るのは占い師の『産んでは駄目だ』という言葉と異形の指。あれはどう見ても人の指ではなかった、まるでそこだけ意思を持ったかのようにうごうごと蠢いていて、思い出すだけで吐き気がする。それはこの世界にやってきたあの日、触手に犯され命の危機に晒された思い出とも合わさって俺を怯えさせた。
「ただいま……カズ? カズ?」
何もする気になれず寝室で横になっているとライザックの帰宅の声が聞こえた。起きなければ、そういえば晩御飯の支度もしていない。けれど身体がとても重くて動きたくても動けない。
「カズ……? カズ!?」
寝室で横になったままの俺に気付いたライザックが驚いたように駆け寄ってくる足音がする。
「どうした!? 調子が悪いのか!? 医者! すぐに病院へ!」
慌てふためくライザックの服の端を掴んで俺は首を振る。戸惑い顔の彼は俺を抱き起すようにして瞳を覗き込んだ。
「大丈夫なのか!? いや、そんな訳がない! こんなに顔色が悪いのに、やはりすぐに病院へ――」
「うぁ……」
何故かぼろぼろと涙が零れてきた。心が不安に押しつぶされそうだ、元々俺のこの妊娠を喜んでくれた人の数はとても少ない、産むべきじゃないと言われ、結婚に反対され、今だって近隣住民は俺の顔を見ればひそひそと声を潜めて何事か噂話をしている。それでもいいと、ライザックさえ俺を愛してくれて、そして子供を愛してくれればそれでいいとそう思っていた、だけど――
「カズ、どうした?」
最近繰り返し見る夢、それは赤ん坊と触手の夢だ。俺は元々不安で仕方がなかったのだ、触手(ワーム)は人に種付けし、その腹を食い破り繁殖するのだと聞く。今現在俺にその兆候は見られない、むしろ腹の子は健やかに育っていると医者も言う、だけど不安で不安で仕方がない。そしてその不安を俺は今日、目の当たりにした、あの占い師の指は人のモノではなかった。ずいぶん綺麗な男性だったが、彼が不自然に膨れ上がったあの瞬間、彼の長いローブの中で一体何が起こっていたのか俺には分からない、けれど確実にアレは人ではなかったと俺は思う。
占い師は言った、俺の腹の子は自分と同じなのだと、それはもう的確に俺の不安を言い当てた。誰にも、ライザックにもこの不安を伝えた事などなかったのに、彼はまるで知っていたかのように俺にそう言ったのだ……
「何があった、カズ? 何をそんなに泣く事がある? 言ってくれないと分からない、私ではカズの慰めにはならないのか?」
ただ何も言わずに泣き続ける俺を困ったようにライザックは抱きしめる。その温もりだけが俺のよすが、誰も知らない何も分からないこの世界で彼だけが俺の唯一頼れる温もりなのに、俺は何からどう彼に説明していいのかも分からない。
「カズ……」
「産むなって……ひっ、つ……不幸にしか、ならないって……この子は――」
「誰がそんな事を! 母上か! それともまさかと思うがミレニアか!?」
「違……ぅ」
「だったら誰に! カズはそんな馬鹿げた言葉を真に受ける必要などない!」
「うっ……」
ライザックならそう言ってくれると思っていた、だけどもし、万が一生まれた子供が化け物のような姿をしていたらライザックは同じように言ってくれるのだろうか? 腹の子はもういつ生まれても不思議じゃない、だけど俺は不安で不安で仕方がない。
「怖い……」
「カズ?」
元々俺は男で子供を産める人間じゃない。こんな男でも子供を産める異世界に飛ばされたものだから、それは当然なのだと受け入れてしまったが、そもそも俺の身体はこの異世界にとっては完全に異質なはずで、子供なんて出来るはずがなかったんだ!
「産むの、怖い……」
「カズ――」
ライザックがまた俺をぎゅっと抱きしめる。
「カズはもしかして子供を産む事が不安だったのか?」
そうなのかもしれない、違うのかもしれない、この世界は俺の現実とは違いすぎて、まるで夢を見ているかのように現実感も薄く流されるままに生活してきてしまった。ここの常識はこうなのだと、それを受け入れて生きなければ駄目なのだと俺は自分自身に暗示をかけた、だけど駄目だ。怖い。何もかもが怖くて仕方がない。
「私はカズに負担を強いていたんだな、すまない、カズ。私は子供が出来た事に浮かれすぎていた……」
「ライザック」
「今となってはもう変わってやる事もできない、本当にすまない」
俺はライザックの胸に顔を埋める。そんな俺をライザックはいつまでも抱きしめていてくれて、俺はそれに少しだけ安心して甘えるように泣き続けた。
ただ耳に残るのは占い師の『産んでは駄目だ』という言葉と異形の指。あれはどう見ても人の指ではなかった、まるでそこだけ意思を持ったかのようにうごうごと蠢いていて、思い出すだけで吐き気がする。それはこの世界にやってきたあの日、触手に犯され命の危機に晒された思い出とも合わさって俺を怯えさせた。
「ただいま……カズ? カズ?」
何もする気になれず寝室で横になっているとライザックの帰宅の声が聞こえた。起きなければ、そういえば晩御飯の支度もしていない。けれど身体がとても重くて動きたくても動けない。
「カズ……? カズ!?」
寝室で横になったままの俺に気付いたライザックが驚いたように駆け寄ってくる足音がする。
「どうした!? 調子が悪いのか!? 医者! すぐに病院へ!」
慌てふためくライザックの服の端を掴んで俺は首を振る。戸惑い顔の彼は俺を抱き起すようにして瞳を覗き込んだ。
「大丈夫なのか!? いや、そんな訳がない! こんなに顔色が悪いのに、やはりすぐに病院へ――」
「うぁ……」
何故かぼろぼろと涙が零れてきた。心が不安に押しつぶされそうだ、元々俺のこの妊娠を喜んでくれた人の数はとても少ない、産むべきじゃないと言われ、結婚に反対され、今だって近隣住民は俺の顔を見ればひそひそと声を潜めて何事か噂話をしている。それでもいいと、ライザックさえ俺を愛してくれて、そして子供を愛してくれればそれでいいとそう思っていた、だけど――
「カズ、どうした?」
最近繰り返し見る夢、それは赤ん坊と触手の夢だ。俺は元々不安で仕方がなかったのだ、触手(ワーム)は人に種付けし、その腹を食い破り繁殖するのだと聞く。今現在俺にその兆候は見られない、むしろ腹の子は健やかに育っていると医者も言う、だけど不安で不安で仕方がない。そしてその不安を俺は今日、目の当たりにした、あの占い師の指は人のモノではなかった。ずいぶん綺麗な男性だったが、彼が不自然に膨れ上がったあの瞬間、彼の長いローブの中で一体何が起こっていたのか俺には分からない、けれど確実にアレは人ではなかったと俺は思う。
占い師は言った、俺の腹の子は自分と同じなのだと、それはもう的確に俺の不安を言い当てた。誰にも、ライザックにもこの不安を伝えた事などなかったのに、彼はまるで知っていたかのように俺にそう言ったのだ……
「何があった、カズ? 何をそんなに泣く事がある? 言ってくれないと分からない、私ではカズの慰めにはならないのか?」
ただ何も言わずに泣き続ける俺を困ったようにライザックは抱きしめる。その温もりだけが俺のよすが、誰も知らない何も分からないこの世界で彼だけが俺の唯一頼れる温もりなのに、俺は何からどう彼に説明していいのかも分からない。
「カズ……」
「産むなって……ひっ、つ……不幸にしか、ならないって……この子は――」
「誰がそんな事を! 母上か! それともまさかと思うがミレニアか!?」
「違……ぅ」
「だったら誰に! カズはそんな馬鹿げた言葉を真に受ける必要などない!」
「うっ……」
ライザックならそう言ってくれると思っていた、だけどもし、万が一生まれた子供が化け物のような姿をしていたらライザックは同じように言ってくれるのだろうか? 腹の子はもういつ生まれても不思議じゃない、だけど俺は不安で不安で仕方がない。
「怖い……」
「カズ?」
元々俺は男で子供を産める人間じゃない。こんな男でも子供を産める異世界に飛ばされたものだから、それは当然なのだと受け入れてしまったが、そもそも俺の身体はこの異世界にとっては完全に異質なはずで、子供なんて出来るはずがなかったんだ!
「産むの、怖い……」
「カズ――」
ライザックがまた俺をぎゅっと抱きしめる。
「カズはもしかして子供を産む事が不安だったのか?」
そうなのかもしれない、違うのかもしれない、この世界は俺の現実とは違いすぎて、まるで夢を見ているかのように現実感も薄く流されるままに生活してきてしまった。ここの常識はこうなのだと、それを受け入れて生きなければ駄目なのだと俺は自分自身に暗示をかけた、だけど駄目だ。怖い。何もかもが怖くて仕方がない。
「私はカズに負担を強いていたんだな、すまない、カズ。私は子供が出来た事に浮かれすぎていた……」
「ライザック」
「今となってはもう変わってやる事もできない、本当にすまない」
俺はライザックの胸に顔を埋める。そんな俺をライザックはいつまでも抱きしめていてくれて、俺はそれに少しだけ安心して甘えるように泣き続けた。
19
お気に入りに追加
2,771
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる