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第三章:出産編

不安

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 俺はその日どうやって家に帰ったのかあまり覚えていない。駆けつけた店のスタッフが帰ってくれと俺達を店から放り出し、俺はハインツに促されるように帰ってきたと思うのだが、心は何処か上の空でハインツと何を話したかも覚えてはいない。
 ただ耳に残るのは占い師の『産んでは駄目だ』という言葉と異形の指。あれはどう見ても人の指ではなかった、まるでそこだけ意思を持ったかのようにうごうごと蠢いていて、思い出すだけで吐き気がする。それはこの世界にやってきたあの日、触手に犯され命の危機に晒された思い出とも合わさって俺を怯えさせた。

「ただいま……カズ? カズ?」

 何もする気になれず寝室で横になっているとライザックの帰宅の声が聞こえた。起きなければ、そういえば晩御飯の支度もしていない。けれど身体がとても重くて動きたくても動けない。

「カズ……? カズ!?」

 寝室で横になったままの俺に気付いたライザックが驚いたように駆け寄ってくる足音がする。

「どうした!? 調子が悪いのか!? 医者! すぐに病院へ!」

 慌てふためくライザックの服の端を掴んで俺は首を振る。戸惑い顔の彼は俺を抱き起すようにして瞳を覗き込んだ。

「大丈夫なのか!? いや、そんな訳がない! こんなに顔色が悪いのに、やはりすぐに病院へ――」
「うぁ……」

 何故かぼろぼろと涙が零れてきた。心が不安に押しつぶされそうだ、元々俺のこの妊娠を喜んでくれた人の数はとても少ない、産むべきじゃないと言われ、結婚に反対され、今だって近隣住民は俺の顔を見ればひそひそと声を潜めて何事か噂話をしている。それでもいいと、ライザックさえ俺を愛してくれて、そして子供を愛してくれればそれでいいとそう思っていた、だけど――

「カズ、どうした?」

 最近繰り返し見る夢、それは赤ん坊と触手の夢だ。俺は元々不安で仕方がなかったのだ、触手(ワーム)は人に種付けし、その腹を食い破り繁殖するのだと聞く。今現在俺にその兆候は見られない、むしろ腹の子は健やかに育っていると医者も言う、だけど不安で不安で仕方がない。そしてその不安を俺は今日、目の当たりにした、あの占い師の指は人のモノではなかった。ずいぶん綺麗な男性だったが、彼が不自然に膨れ上がったあの瞬間、彼の長いローブの中で一体何が起こっていたのか俺には分からない、けれど確実にアレは人ではなかったと俺は思う。
 占い師は言った、俺の腹の子は自分と同じなのだと、それはもう的確に俺の不安を言い当てた。誰にも、ライザックにもこの不安を伝えた事などなかったのに、彼はまるで知っていたかのように俺にそう言ったのだ……

「何があった、カズ? 何をそんなに泣く事がある? 言ってくれないと分からない、私ではカズの慰めにはならないのか?」

 ただ何も言わずに泣き続ける俺を困ったようにライザックは抱きしめる。その温もりだけが俺のよすが、誰も知らない何も分からないこの世界で彼だけが俺の唯一頼れる温もりなのに、俺は何からどう彼に説明していいのかも分からない。
 
「カズ……」
「産むなって……ひっ、つ……不幸にしか、ならないって……この子は――」
「誰がそんな事を! 母上か! それともまさかと思うがミレニアか!?」
「違……ぅ」
「だったら誰に! カズはそんな馬鹿げた言葉を真に受ける必要などない!」
「うっ……」

 ライザックならそう言ってくれると思っていた、だけどもし、万が一生まれた子供が化け物のような姿をしていたらライザックは同じように言ってくれるのだろうか? 腹の子はもういつ生まれても不思議じゃない、だけど俺は不安で不安で仕方がない。

「怖い……」
「カズ?」

 元々俺は男で子供を産める人間じゃない。こんな男でも子供を産める異世界に飛ばされたものだから、それは当然なのだと受け入れてしまったが、そもそも俺の身体はこの異世界にとっては完全に異質なはずで、子供なんて出来るはずがなかったんだ!

「産むの、怖い……」
「カズ――」

 ライザックがまた俺をぎゅっと抱きしめる。

「カズはもしかして子供を産む事が不安だったのか?」

 そうなのかもしれない、違うのかもしれない、この世界は俺の現実とは違いすぎて、まるで夢を見ているかのように現実感も薄く流されるままに生活してきてしまった。ここの常識はこうなのだと、それを受け入れて生きなければ駄目なのだと俺は自分自身に暗示をかけた、だけど駄目だ。怖い。何もかもが怖くて仕方がない。

「私はカズに負担を強いていたんだな、すまない、カズ。私は子供が出来た事に浮かれすぎていた……」
「ライザック」
「今となってはもう変わってやる事もできない、本当にすまない」

 俺はライザックの胸に顔を埋める。そんな俺をライザックはいつまでも抱きしめていてくれて、俺はそれに少しだけ安心して甘えるように泣き続けた。
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