ある幸せな家庭ができるまで

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第三章:出産編

特別優待券

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「カズ~いる~?」

 家の外から声がする。大きなオーランドルフのお屋敷に居た頃とは違い俺達の暮らす家は身の丈にあった小さな家で、リビングで寛いでいた俺の耳にもその声ははっきり届いた。

「はぁい、いるよ~」

 訪ねて来たのはオーランドルフのお屋敷で一緒に働いていたハインツだ。俺のお披露目会だと思っていた催しから帰ってきてすぐに俺とライザックが屋敷を出ると宣言した時にはハインツも驚いたような顔をしていたけれど、一通りの事情説明をしたら納得してくれて、妊娠中で調子の悪い俺を気遣ってなんだかんだと世話をしてくれてとても助かる。

「もうさぁ、新しく入った使用人の人態度最悪でさぁ、確かに給金安いのは認めるよ? だけどだったらさっさと辞めればいいじゃんって話でさ、もうホント嫌! カズと働いてた時の方が全然楽しかったよ! 僕も仕事辞めちゃおうかなぁ。ねぇ、カズ、僕をこっちで雇ってよ」

 冗談めかしてハインツはそんな事を言うけれど、現状我が家には人を雇えるほど家計的余裕はなくて「ごめん」と謝るしかない。オーランドの家を勢いに任せて出てきたもののライザックはある程度向こうに仕送りも続けている。
 今までみたいに給金の全額を家計に入れるという訳ではないから、オーランドルフの家は生活の質を落とさなければかなり大変な事になっているのは間違いない。ライザックの母親、ハロルド様がそれを容認できるのか……って、そこは俺の考える事じゃないけど、まぁ色々考えちゃうよ。

「あぁ~あ、もうホント、最近滅入ることばっかり! 何か楽しい事ないかな~……あ!」

 ハインツが何かを思い出したように突然ぽんっと手を打った。

「ん? 何かあった?」
「そういえばこれ! 特別優待券!」
「優待券?」
「そう!」

 ハインツが鞄の中から取り出した一枚のチケット、そこに記されていたのはあの例の胡散臭い占い師の名前で俺は眉を顰める。占い師の名前は『I・B(アイ・ビー)』それがイニシャルなのか本名なのか、それとも占い師としての愛称なのか俺には全く分からない。

「ハインツ、まだここ通ってたの?」
「だって本当によく当たるんだよ!」

 ハインツはそんな事をにこにこと言うけれど、最初に運命の相手に巡り合うと言われて、その日のうちにナンパされ付き合うようになった相手とは一ヵ月ももたずに破局している。出会いはしたんだから本物だ!
と、その次に告げられた相手とも付き合って破局してを繰り返す事数度、いい加減懲りればいいのにハインツは占いは本物だと言って憚らない。
 なんだろうね、こうやって人は宗教なんかに騙されていくのかな? 毎度毎度言われた通りに出会っちゃうから余計たちが悪いのだと思うけど、それが長続きしない事を思うと、それサクラなんじゃないの? って俺なんかは疑ってしまう。ハインツは全くそんな事はないらしいのが不思議で仕方がない。

「で、特別優待券ってどういう事?」
「だから、特別な優待券! いつも満員御礼でなかなか視てもらえない事も増えてきたんだけど、僕常連だからこれ持ってけば優先的に視てもらえるんだ! 凄くない?」

 嬉々として語るハインツ、俺にはそれの何が嬉しいのか分からなくて「へー」と棒読みで返事を返す。もうそれさ、完全にカモにされてるよね? 一見さんよりリピーターを大事にするのは商売人の常だろうし、金になるならそういう物だって配るだろうよ。

「ねぇ! せっかくだからカズも一緒に行ってみない!?」
「はぁ? やだよ、俺そういうの興味ない」
「え~いいじゃん! 行こうよ! それにカズ、最近家に引きこもり気味なんだろう? 適度な運動大事だよ?」

 引きこもり、それは確かに間違いない。だって無駄に腹がデカいから外に出るの億劫なんだよ、聞きたくもない近隣住民のヒソヒソ話とかも気になるからな。
 「行こう行こう」と引きずり出されて、俺は乗り気ではないのだけど家の外に連れ出されてしまった。まぁ、ハインツに着いてくだけだし? どのみち買い物には出なければいけなかった事も思い出し、胡散臭い占い師の顔を一度くらい拝んでおいてもいいかな……と、苦笑交じりに俺達は繁華街へと繰り出した。
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