ある幸せな家庭ができるまで

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閑話:熊さんの昔話

ミニー≠ミレニア?

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 その後俺はその店に足繁く通うようになった。スタッフは年増ばかりだったが店内の雰囲気は穏やかだし、常連客は気の良い奴等が多く居心地が良かったというのもあるのだが、それより何より俺は踊り子ミニーが気になって仕方がなかったのだ。
 ミニーはその店の専属だと聞いていたので、ミニーに会う為には店に顔を出すしかない。けれど俺がその店に通い出してからミニーの舞台数が減ったのだと常連客にはぶーぶーと文句を言われた。

「俺のせいかよ!?」
「前は週に二回は顔を出していたのに、最近は週に一度もお目見えしない。小僧がこの店に入り浸る様になってからの事だからな、お前ミニーに嫌われたんじゃないか? いくらこの店がお触り自由と言っても暗黙のルールはある。踊り子さんはお触り禁止だと言っただろう? なのに手を出そうとなんてするから……」
「俺は手なんて出してない!」

 もうずいぶん顔馴染みとなった常連客にそんな事を言われて理不尽な俺は仏頂面が隠せない。そもそも俺はあの初日以来ミニーに会ってすらいないのだ。ミニーは何故か俺を避けるかのように出勤してきていて、いつも俺がどうしても抜けられない予定のある日にかぎって店に現れる。本気で嫌われているのだろうか? いや、そもそもそこまで嫌われる事をした記憶がない。

「それにしてもお前は何故そんなにミニーに固執する? 惚れたのか?」

 常連客ににやにやと笑われて「そんなんじゃない」と返答を返すのだが、たぶん彼等は俺のそんな言葉を信じやしないだろう。何故なら俺が店に来るたび開口一番必ず聞くのがその日ミニーが来るかどうかなので、俺がミニーにご執心なのはバレている。
 けれど俺は別にミニーに惚れた訳ではない。俺が引っかかっているのはひとつの可能性。『ミニー』が俺の婚約者である『ミレニア』であるかどうかを俺は確認したいだけなのだ。
 確認してどうしたいのか? と問われれば別に何もないのだが、何故こんな場末の風俗店でミレニアが踊り子などやっているのか、それがとても気にかかる。なにせミレニアは貴族だし、どう考えてもあり得ない。
 もう一度ミニーを見れば違うと確信できるかもと思うのだが、俺は未だにミニーに会えない。ついでに学校ではこちらも避けられているかのようにミレニアにも会えていない。元々仲良くもなかったし、その割に視界に入って来ていたミレニアに遭遇できなくなった俺の心のもやはまるで晴れない。だからと言ってこんな話を迂闊に他人には出来ない、なにせミレニアは貴族の子息だ、下手な事を言えば名誉棄損で訴えられる。
 一目会えればそれでいいのに、なんとも上手くいかないものだ。
 その日も俺はミニーに会えないまま、帰宅の途に着いた。繁華街の夜は遅くまで賑わっていて、時間はもう夜半過ぎだと言うのにまだチラホラと歩いている者達の姿が見えた。
 酒に酔っているのだろう足元の覚束ない者もいて、そんな酔っ払いが何かに躓き目の前で派手にこけた。

「……っんだよ、てめぇ何しやがる!」

 突然怒鳴りだす酔っ払いに、何か言っているなと通り過ぎようとしたら腕をがしっと掴まれた。

「俺を蹴倒しておきながら、無視するとはいい度胸だ、小僧!」
「……は?」
「喧嘩上等、やんのかこら!」

 下から覗き込むように睨まれて、どうやら絡まれているのだと気が付いた。こいつは自分で勝手にこけたにも関わらず、どうやらそれを俺のせいだと勘違いしたらしい。はた迷惑にも程がある。

「おっさん飲み過ぎ、酒は飲んでも飲まれるなって言うだろう? 早く家に帰ってねんねしな」
「ああん? 若造が偉そうな口を!」

 そんな言葉と同時に腹に鈍い痛みが走る。殴られたのだと気が付いたのはその直後、かっと頭に血が上った。

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