ある幸せな家庭ができるまで

矢の字

文字の大きさ
上 下
55 / 113
閑話:熊さんの昔話

ミニー≠ミレニア?

しおりを挟む
 その後俺はその店に足繁く通うようになった。スタッフは年増ばかりだったが店内の雰囲気は穏やかだし、常連客は気の良い奴等が多く居心地が良かったというのもあるのだが、それより何より俺は踊り子ミニーが気になって仕方がなかったのだ。
 ミニーはその店の専属だと聞いていたので、ミニーに会う為には店に顔を出すしかない。けれど俺がその店に通い出してからミニーの舞台数が減ったのだと常連客にはぶーぶーと文句を言われた。

「俺のせいかよ!?」
「前は週に二回は顔を出していたのに、最近は週に一度もお目見えしない。小僧がこの店に入り浸る様になってからの事だからな、お前ミニーに嫌われたんじゃないか? いくらこの店がお触り自由と言っても暗黙のルールはある。踊り子さんはお触り禁止だと言っただろう? なのに手を出そうとなんてするから……」
「俺は手なんて出してない!」

 もうずいぶん顔馴染みとなった常連客にそんな事を言われて理不尽な俺は仏頂面が隠せない。そもそも俺はあの初日以来ミニーに会ってすらいないのだ。ミニーは何故か俺を避けるかのように出勤してきていて、いつも俺がどうしても抜けられない予定のある日にかぎって店に現れる。本気で嫌われているのだろうか? いや、そもそもそこまで嫌われる事をした記憶がない。

「それにしてもお前は何故そんなにミニーに固執する? 惚れたのか?」

 常連客ににやにやと笑われて「そんなんじゃない」と返答を返すのだが、たぶん彼等は俺のそんな言葉を信じやしないだろう。何故なら俺が店に来るたび開口一番必ず聞くのがその日ミニーが来るかどうかなので、俺がミニーにご執心なのはバレている。
 けれど俺は別にミニーに惚れた訳ではない。俺が引っかかっているのはひとつの可能性。『ミニー』が俺の婚約者である『ミレニア』であるかどうかを俺は確認したいだけなのだ。
 確認してどうしたいのか? と問われれば別に何もないのだが、何故こんな場末の風俗店でミレニアが踊り子などやっているのか、それがとても気にかかる。なにせミレニアは貴族だし、どう考えてもあり得ない。
 もう一度ミニーを見れば違うと確信できるかもと思うのだが、俺は未だにミニーに会えない。ついでに学校ではこちらも避けられているかのようにミレニアにも会えていない。元々仲良くもなかったし、その割に視界に入って来ていたミレニアに遭遇できなくなった俺の心のもやはまるで晴れない。だからと言ってこんな話を迂闊に他人には出来ない、なにせミレニアは貴族の子息だ、下手な事を言えば名誉棄損で訴えられる。
 一目会えればそれでいいのに、なんとも上手くいかないものだ。
 その日も俺はミニーに会えないまま、帰宅の途に着いた。繁華街の夜は遅くまで賑わっていて、時間はもう夜半過ぎだと言うのにまだチラホラと歩いている者達の姿が見えた。
 酒に酔っているのだろう足元の覚束ない者もいて、そんな酔っ払いが何かに躓き目の前で派手にこけた。

「……っんだよ、てめぇ何しやがる!」

 突然怒鳴りだす酔っ払いに、何か言っているなと通り過ぎようとしたら腕をがしっと掴まれた。

「俺を蹴倒しておきながら、無視するとはいい度胸だ、小僧!」
「……は?」
「喧嘩上等、やんのかこら!」

 下から覗き込むように睨まれて、どうやら絡まれているのだと気が付いた。こいつは自分で勝手にこけたにも関わらず、どうやらそれを俺のせいだと勘違いしたらしい。はた迷惑にも程がある。

「おっさん飲み過ぎ、酒は飲んでも飲まれるなって言うだろう? 早く家に帰ってねんねしな」
「ああん? 若造が偉そうな口を!」

 そんな言葉と同時に腹に鈍い痛みが走る。殴られたのだと気が付いたのはその直後、かっと頭に血が上った。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...