ある幸せな家庭ができるまで

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第二章:妊娠編

急展開

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 自分の頬で鳴り響いた軽やかな破裂音、平手打ちをされたのだと気付いたのは頬がかっと熱くなったから。けれど、派手な音の割に痛みはそこまでなくて……というか、痛みより驚きの方が大きくて俺は俺の頬を張ったロゼッタさんを見上げた。
 俺とロゼッタさんは先程まで友達になれるのではないかと思う程仲良く会話をしていたのだ、なのになんだこの急展開。何がロゼッタさんの心の琴線に触れたのか、彼は泣きそうな瞳で俺を見やる。
 お互いの作った物を試食して「どっちも美味しいね」と笑っていたのはつい先ほどの事、そんなうまい料理を試食というには少し多過ぎなほど胃袋に詰め込んでいた俺は腹を撫で「こんな旨いもん食べられてよかったなぁ」って、腹の子に話しかけてた。
 そんな俺の様子にロゼッタさんは少し小首を傾げ「やっぱりお腹の具合が悪いのかい? 一度医者に……」と言い出したので俺は笑って首を振る。

「病気じゃないんで大丈夫です。それよりも腹の子がロゼッタさんの料理美味しいって……」

 そこまで言った所で何故か食い気味に「腹の子!?」とロゼッタさんが顔色を変え、肩をがしっと掴まれた。あれ? 俺言ってなかったっけ? ってか、聞いてたんじゃないの?

「その腹の子って……」
「え、えっと……ライザックの……」

 次の瞬間だ、派手に俺の頬が平手打ちされたのは。俺は何が起こったのか分らなくて、だけど何処かで俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。瞳の端に映るのはライザック、慌てたようにこちらに駆けてくる姿が見て取れたのだけど、たぶんロゼッタさんにもそのライザックの声は聞こえていたのだろう、俺の肩を放し構え拳を握り、振り向きざまその拳を打ち込んだ。
 ばきっ! と物凄く痛そうな音と共にライザックの身体が吹っ飛んで、しかもその出来事は一瞬で俺は何も出来ずに呆然とその光景を眺めている。ってか、俺は平手打ちで良かった。ロゼッタさんの拳、滅茶苦茶痛そうなんですけど……

「ライザック、これはどういう事……?」

 自分が殴り倒し、吹っ飛んだ相手の襟首を掴み持ち上げるロゼッタさん、少し怯んだような表情のライザックはそれでも「何の事ですか!」と返事を返す。

「私には婚前交渉はしない、そういう事は世間が認めた後でなければ許されない、なんて綺麗ごとを言って振っておきながら、この子は既に妊娠済みってどういう事だ!!」
「え……いや……」
「というか、子供! 子供がいるのにお前一体この子に何させてんだ! こんな長時間神経すり減らして戦わせて、万が一腹の子に何かあったらお前どうするつもりだ!! お前の子だろ! 止めろよっ!」
「わ……私はちゃんと止めましたよっ! でもカズが……」
「でももへちまもないっ! お前は昔からそういう所少し頼りないというか、そういう所が好きなんだけど、だけど人の命がかかってる時くらい全力で止めろよ!!」

 なんかさっきまで割と上品な喋りだったロゼッタさんが物凄く怒ってる。しかもこれ、もしかして俺の心配してくれてんじゃないのか?

「君も君だ! 今何か月なのか知らないけど、大事な時期なんだろう! なに易々と挑発に乗ってんの! もっと自分の身体は労わって!」
「えっと、ごめんなさい……?」

 飛び火が今度はこちらに来た。でもあんまり怖くないのは怒られているというよりは叱られているだけで、それが悪意からの言葉ではないと分かるからだ。

「ほらもう座って! ライザックはそこに正座!」

 俺には椅子を用意してくれたロゼッタさん、ライザックには床を指差し彼が素直にそれに従うと上からこんこんと説教を始めた。

「いいかい、妊娠中の母体ってのは繊細なんだ、本来少しのストレスだって与えたら駄目なんだ。健康で丈夫な子供を産んでもらう為に夫が妻を守るのは責務だろう!? なのに、お前がこの子のストレスの根源になってどうする!」
「すみません、言葉もありません」
「反省してるの!?」
「それは勿論」

 なんだか項垂れるライザックが情けなくて、だけどちょっと可笑しいの。俺はくすくすと笑ってしまう。
   ロゼッタさん、本当に凄く良い人なんだな。こんな良い人を俺とハロルド様の嫁姑戦争に巻き込んだ形になってしまったみたいでなんか申し訳ないや。
 
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