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甦る記憶の断片
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誰かの悲鳴が聞こえる。俺は誰かの腕の中から何が起こっているのか理解もできずにその光景をただ見ていた。
その光景は黒い影が自分の周りの人達を襲う光景、逃げ惑う人々、立ち向かう数人の大人たち。
襲われているのは着物を着た男性だった、その前に立っていたのは白いワンピース姿の女性。けれどその女性が纏っている禍々しい黒いモヤが彼女を包み込んでいて、その姿は判然としない。
女性の口元が微かに動く。男性は女性の言葉を聞いてがくがくと身を震わせ、腰が抜けてしまったのかへたり込んだままあわあわと後退っている。
「あなたっ! あれは一体何なの!?」
俺を抱き締めていた母親が怯えたように、傍らの父の腕を掴む。
「分からない、だが、ここは危険だ」
見上げた父の顔が青褪めている。あの黒いモヤは一体何なのだろう? 皆悲鳴を上げているアレはそんなに恐ろしいものなのだろうか?
だけど、自分にはその黒いモヤが激しく泣き叫んでいるように見えて仕方がなかった。
悲しい、なんで、辛い、どうして……
女性自身はただ黙って脅える男性をじっと見つめている、けれど黒いモヤは雄弁に男性に罵りと嘆きをぶつけ続けている。
その時だ、自分よりも少し年かさの男の子が周りの大人たちの制止を振り切りとととと二人に走り寄って、まるで空気を読まず無邪気に「何してるの?」と二人に問うた。
「兄さま、この方は誰?」
「お前はこっちに来るな!」
男性が慌てたように少年を追い払おうとするのだが、少年はまるで動じた様子もなく小首を傾げ「お姉さん、そんな怖いのはしまったほうがいいよ」と無表情な女性を見やった。すると女性はその少年に向き直りすっと膝を折ると、口元だけに笑みを浮かべる。
「はじめまして、二の若様。私、お兄様の鞘を務めさせていただいておりました小夜原美弥子と申します」
女性は一見するととても普通に見えた。その身体に纏っている邪気を除けば。
「みゃーこさん、はじめまして! だけどみゃーこさんは何をそんなに怒っているの?」
「私は怒ってなどいませんよ」
「ええ、そうかな?」
少年は美弥子と名乗る女性の言葉にも表情にも全く動じることなく「憑いてるモノはそうは言ってないみたいだけど」と掌を女性に向けた。
「ダメだよ、今日は兄さまの大事なお祝いの席だもの」
「ええ、そうですわね。ですから私、お兄様の元『鞘』としてお祝いにはせ参じたのですもの」
「そんな、禍々しいモノを連れて?」
「禍々しいだなんてとんでもない、だってこれは元は全てお兄様から私に預けられたモノですもの、鞘を解任された今、全てお返しするのが筋だと思いませんこと?」
女性はふらりと立ち上がり、またしても着物姿の男性に向き直るとにぃっと口角を上げた。
「ねぇ、若様。若様は私のすべてを受け止めてくださると仰いましたものねぇ?」
「すまない、美弥子、私が悪かった!」
「私はそんな言葉を聞きたかった訳ではないの、私が望んでいるのは……」
女性を覆う闇が膨れ上がり男性を覆う。同時に辺りに響く絶叫は空気を裂くようで、その場にいた誰もが動けず凍り付いた。
そんな中一番最初に動いたのは少年だった。少年は手に光を放つ刀を握り、モヤに向かって斬りつける。
一閃と共に輝くその閃光に眩しくて目を開けていられない、けれど俺はその光を見た時、すごく綺麗だと思ったのを覚えている。
気が付けば、そこには対峙していた男女が倒れていた。傍らにいた少年は呆然としたように佇み、自身の手に握られたままの刀を見やる。
俺はその瞬間弾かれたように母の腕から飛び出して、少年の元へと駆けて行った。
「お兄ちゃん、すごいね! それどうやって出したの!?」
「これは……っ」
急に少年に握られたままの刀が暴れ出すようにガタガタと震えだした。
「ダメだ、僕から離れて!」
片手で少年にどんと突き飛ばされて僕は尻もちをつく。なんでそんな急に乱暴に扱われたのかが分からなくて、キョトンとしていたら、俺の目の前には刀が迫っていた。
その刀はまるで自分の意思で動いているかのように見える。少年は刀を止めようと必死で抑え込もうとしているのだけれど、思う通りにはいかない様子で刀はずっとガタガタと震えている。そして刀の帯びる光がぶわりと広がり俺の身体を包み込む。光はキラキラと俺に降り注ぎ、そしてしばらくすると消えていった。
「君はもしかして僕のサヤなの?」
「お兄ちゃんの? サヤってだぁれ? ボクの名前はゆうとだよ」
「ゆうと……」
少年の手に握られていた刀がいつの間にか消えている。一体何処に消えたのだろう?
周りの大人たちが慌てたように俺と少年に間に割って入ってきた。そこには俺の両親もいて俺は焦ったような母に抱かれて少年から距離を置かれた。
「ねぇ、ママ、ボクもお兄ちゃんが持ってるあの格好いいの欲しい!」
「何を言ってるの! お兄ちゃんは何も持ってやしないでしょ!」
母は一体何を言っているのだろう? だって少年の手には確かに光り輝く刀が握られていたではないか。
父親がそっと俺の瞳に手をかざす。
「優斗は何も見なかった」
「? なんで?」
「アレは視えてはいけないモノだから」
父の言う意味が分からない、あんなに綺麗だったのに何で見ては駄目なのだろう?
その時、真っ暗の視界の中、空気をつんざくような悲鳴が聞こえた。父の掌によって遮られていた視界が開く。
そこに広がっていた光景は先程までとは比べ物にならない程に禍々しい光景。白いワンピース姿の女性がその真っ白なワンピースを緋に染めている。
女性が握った刃の先には先程の着物の男性、少年が握っていた刀はとても神々しく見えたのに、その女性が握った刃はとても悪いモノだとすぐに分かった。
男性を刺し貫いた刃を引き抜き、女性は今度は自分の胸に刃を立てる。真っ白な服が更に緋に染まっていく、それと同時に女性の身体からは夥しいモヤが溢れ出し辺りを覆いつくしていく。
父の名を叫ぶ母の悲鳴、何が起こっているのかも分からない俺はその異形に向かって手を伸ばす。するとその異形は俺の掌の中にしゅるんと消えていった。
「優斗、お前、今、何をした!」
父親が俺を怒鳴りつける。今まで父にそんな大声を上げられた事などなかった俺はビクッと身を震わせる。
「ボク、何もしてない!」
『ほう、新しい依り代は意外と近くにいたものだな。だが、我の依り代にするにはまだまだ未熟だのう』
急に頭に響いた声。それは聞いた事もない声で、俺が辺りを見回すと一際大きなモヤと目が合った……気がした。
実際にはそのモヤには目など存在していなかったのだけれど、俺は確かにその時「見付かってしまった」とそう思ったのだ。
『まぁ、よい。美弥子はもう役には立たぬ、今日から主が我の下僕じゃ。我は大食漢故に、主も喰ろうて喰ろうて喰らい尽くすがいい』
そんな言葉と共にそのモヤは俺に覆いかぶさってきた。とっさに俺は瞳を閉じてしまったのだが、想像していたような衝撃などは何もこず、恐る恐る瞳を開けると、そこには真っ青に青褪めた両親が俺の顔を覗き込んでいた。
その光景は黒い影が自分の周りの人達を襲う光景、逃げ惑う人々、立ち向かう数人の大人たち。
襲われているのは着物を着た男性だった、その前に立っていたのは白いワンピース姿の女性。けれどその女性が纏っている禍々しい黒いモヤが彼女を包み込んでいて、その姿は判然としない。
女性の口元が微かに動く。男性は女性の言葉を聞いてがくがくと身を震わせ、腰が抜けてしまったのかへたり込んだままあわあわと後退っている。
「あなたっ! あれは一体何なの!?」
俺を抱き締めていた母親が怯えたように、傍らの父の腕を掴む。
「分からない、だが、ここは危険だ」
見上げた父の顔が青褪めている。あの黒いモヤは一体何なのだろう? 皆悲鳴を上げているアレはそんなに恐ろしいものなのだろうか?
だけど、自分にはその黒いモヤが激しく泣き叫んでいるように見えて仕方がなかった。
悲しい、なんで、辛い、どうして……
女性自身はただ黙って脅える男性をじっと見つめている、けれど黒いモヤは雄弁に男性に罵りと嘆きをぶつけ続けている。
その時だ、自分よりも少し年かさの男の子が周りの大人たちの制止を振り切りとととと二人に走り寄って、まるで空気を読まず無邪気に「何してるの?」と二人に問うた。
「兄さま、この方は誰?」
「お前はこっちに来るな!」
男性が慌てたように少年を追い払おうとするのだが、少年はまるで動じた様子もなく小首を傾げ「お姉さん、そんな怖いのはしまったほうがいいよ」と無表情な女性を見やった。すると女性はその少年に向き直りすっと膝を折ると、口元だけに笑みを浮かべる。
「はじめまして、二の若様。私、お兄様の鞘を務めさせていただいておりました小夜原美弥子と申します」
女性は一見するととても普通に見えた。その身体に纏っている邪気を除けば。
「みゃーこさん、はじめまして! だけどみゃーこさんは何をそんなに怒っているの?」
「私は怒ってなどいませんよ」
「ええ、そうかな?」
少年は美弥子と名乗る女性の言葉にも表情にも全く動じることなく「憑いてるモノはそうは言ってないみたいだけど」と掌を女性に向けた。
「ダメだよ、今日は兄さまの大事なお祝いの席だもの」
「ええ、そうですわね。ですから私、お兄様の元『鞘』としてお祝いにはせ参じたのですもの」
「そんな、禍々しいモノを連れて?」
「禍々しいだなんてとんでもない、だってこれは元は全てお兄様から私に預けられたモノですもの、鞘を解任された今、全てお返しするのが筋だと思いませんこと?」
女性はふらりと立ち上がり、またしても着物姿の男性に向き直るとにぃっと口角を上げた。
「ねぇ、若様。若様は私のすべてを受け止めてくださると仰いましたものねぇ?」
「すまない、美弥子、私が悪かった!」
「私はそんな言葉を聞きたかった訳ではないの、私が望んでいるのは……」
女性を覆う闇が膨れ上がり男性を覆う。同時に辺りに響く絶叫は空気を裂くようで、その場にいた誰もが動けず凍り付いた。
そんな中一番最初に動いたのは少年だった。少年は手に光を放つ刀を握り、モヤに向かって斬りつける。
一閃と共に輝くその閃光に眩しくて目を開けていられない、けれど俺はその光を見た時、すごく綺麗だと思ったのを覚えている。
気が付けば、そこには対峙していた男女が倒れていた。傍らにいた少年は呆然としたように佇み、自身の手に握られたままの刀を見やる。
俺はその瞬間弾かれたように母の腕から飛び出して、少年の元へと駆けて行った。
「お兄ちゃん、すごいね! それどうやって出したの!?」
「これは……っ」
急に少年に握られたままの刀が暴れ出すようにガタガタと震えだした。
「ダメだ、僕から離れて!」
片手で少年にどんと突き飛ばされて僕は尻もちをつく。なんでそんな急に乱暴に扱われたのかが分からなくて、キョトンとしていたら、俺の目の前には刀が迫っていた。
その刀はまるで自分の意思で動いているかのように見える。少年は刀を止めようと必死で抑え込もうとしているのだけれど、思う通りにはいかない様子で刀はずっとガタガタと震えている。そして刀の帯びる光がぶわりと広がり俺の身体を包み込む。光はキラキラと俺に降り注ぎ、そしてしばらくすると消えていった。
「君はもしかして僕のサヤなの?」
「お兄ちゃんの? サヤってだぁれ? ボクの名前はゆうとだよ」
「ゆうと……」
少年の手に握られていた刀がいつの間にか消えている。一体何処に消えたのだろう?
周りの大人たちが慌てたように俺と少年に間に割って入ってきた。そこには俺の両親もいて俺は焦ったような母に抱かれて少年から距離を置かれた。
「ねぇ、ママ、ボクもお兄ちゃんが持ってるあの格好いいの欲しい!」
「何を言ってるの! お兄ちゃんは何も持ってやしないでしょ!」
母は一体何を言っているのだろう? だって少年の手には確かに光り輝く刀が握られていたではないか。
父親がそっと俺の瞳に手をかざす。
「優斗は何も見なかった」
「? なんで?」
「アレは視えてはいけないモノだから」
父の言う意味が分からない、あんなに綺麗だったのに何で見ては駄目なのだろう?
その時、真っ暗の視界の中、空気をつんざくような悲鳴が聞こえた。父の掌によって遮られていた視界が開く。
そこに広がっていた光景は先程までとは比べ物にならない程に禍々しい光景。白いワンピース姿の女性がその真っ白なワンピースを緋に染めている。
女性が握った刃の先には先程の着物の男性、少年が握っていた刀はとても神々しく見えたのに、その女性が握った刃はとても悪いモノだとすぐに分かった。
男性を刺し貫いた刃を引き抜き、女性は今度は自分の胸に刃を立てる。真っ白な服が更に緋に染まっていく、それと同時に女性の身体からは夥しいモヤが溢れ出し辺りを覆いつくしていく。
父の名を叫ぶ母の悲鳴、何が起こっているのかも分からない俺はその異形に向かって手を伸ばす。するとその異形は俺の掌の中にしゅるんと消えていった。
「優斗、お前、今、何をした!」
父親が俺を怒鳴りつける。今まで父にそんな大声を上げられた事などなかった俺はビクッと身を震わせる。
「ボク、何もしてない!」
『ほう、新しい依り代は意外と近くにいたものだな。だが、我の依り代にするにはまだまだ未熟だのう』
急に頭に響いた声。それは聞いた事もない声で、俺が辺りを見回すと一際大きなモヤと目が合った……気がした。
実際にはそのモヤには目など存在していなかったのだけれど、俺は確かにその時「見付かってしまった」とそう思ったのだ。
『まぁ、よい。美弥子はもう役には立たぬ、今日から主が我の下僕じゃ。我は大食漢故に、主も喰ろうて喰ろうて喰らい尽くすがいい』
そんな言葉と共にそのモヤは俺に覆いかぶさってきた。とっさに俺は瞳を閉じてしまったのだが、想像していたような衝撃などは何もこず、恐る恐る瞳を開けると、そこには真っ青に青褪めた両親が俺の顔を覗き込んでいた。
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