刃のまにまに

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座敷童

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 現代ではもう七五三の時くらいしか見かける事のない着物を纏った日本人形のように美しい少女はふわりと微笑む。なりは幼い子供なのだがその笑みは妖艶ですらあって、俺はその子から目が離せない。
 『我を祓えばこの屋敷は朽ちるぞ』と少女はにぃっとその赤い紅を差したような唇を笑みの形に変えた。

「僕達の受けた依頼はあなた方の悪戯いたずらを諫める事なので、それを止めてもらえるのであれば無闇に祓いはしませんよ」
『それは無理じゃの、悪戯いたずらをする事が我の役割ぞ、その役割を奪われたら、我がここに住まい続けるかいもない』
「土地神様は既にこの地を去り、封印も解けている。なのに何故あなたはこの地に留まり続けているのです? このままでは僕達が何もしなくてもあなたは近い将来かすみとなって消えてしまうでしょう?」
『我の心配をしてくれるのか? ずいぶん優しい祓い師殿だの。だがそんな情けは無用じゃよ、我はここから出さえすればまだ生きられる。けれど我が逃げるとタマが叱られる、だからタマがこの家に住まう限りは我もここにおる』

 タマ……? って誰だ? 猫か? あの縁側に寝てたネコのうちのどれかなのか? でも叱られるとは一体……?

「タマというのはもしかして奥様、珠子たまこさんの事ですか?」

 少し考えこむようにしていた凜々花さんが少女に問う。

『そうじゃ、我の囚われたこの豪華な牢獄の封を破ったのはタマなのじゃよ。あの時のタマの悲壮な表情たるや、思い出すだけでも笑ってしまうわ。大変な事をした、両親に怒られるとあんまりタマがわんわんと泣き続けるものだから我はタマと約束をしたのじゃ、タマがこの家に住まう間は我もこの家から出て行かぬとな』

 コロコロと鈴を転がすように少女は笑う。

『我はこの屋敷の守り神である故にタマに害なす者は最後まで追い払う、だがその約束も間もなく終わる』
「奥様に害をなす……?」
『そうじゃ、我だとてただ悪戯をしている訳ではないのじゃぞ。追い払った使用人共はタマの子等から金を積まれてやって来た者達、タマを何処ぞへ追い払ってさっさとこの土地を売り払ってしまいたいのだろうの。その時には我の加護もしまいじゃろ、代々築いたこの屋敷の富は消え失せるのだが子等は知った事ではないのだろうの。まぁ、己の力で稼いだ分は残るであろうから、子等はどうとでもなるであろうが、我は最後までタマだけは見守るつもりじゃよ』
「何故そこまでして奥様を守ろうと……?」

 日本人形のように美しい少女は瞳を細める。

『朽ちて忘れられかけたこの座敷牢に封じられて数百年、我と遊んでくれたのはタマだけであったからの。そしてタマは我を解放してくれた。恩人の願いはきくものじゃ』
「あなたを封じたのもまた、この屋敷の者であったのでしょうに……」
『ほんになぁ……だが、待遇は悪くなかったでなぁ。閉じ込められてはいても昔はここも綺麗なものだった。毎年べべも新調してくれたし、祝い事には馳走も出た。だが、外では大きな戦があったのであろ? あの頃からここはすっかり忘れられてしもうた。さすがにもう出て行こうかと思った矢先にタマが封を破りおったんじゃ、これ幸いと出て行こうとしたら泣いて我に縋るので哀れになった……それだけじゃ』

 少女は妖とは思えない穏やかな微笑みで、牢の中に座す。

「あなたにはこの屋敷の中が見えているのでしょう? もう今はあなたがその牢から出ても誰も奥様を叱る者はいない。なのに何故あなたはここに留まっているのです?」
『ふふ、いかに我でも抑えきれぬモノもある。我がこの家を守護できるのは我がここにいる事が絶対条件。そして我の手の届く範囲はこの屋敷の中だけ、我がここを去れば屋敷は朽ちる。その災禍にタマを巻き込むのは不憫だと思う、それだけの事じゃ』
「抑えきれぬモノ……何故、この牢が絶対条件なのですか? 封印は既に破られているのに」
『この土地には龍脈が流れているのじゃが一番強いのがこの場所なのじゃよ。人の業とは深いモノ。そこに富があれば悪いモノも寄ってくる、それが数百年分じゃ、なかなかに厄介なモノに育っておる。我は非力である故なぁ、この龍脈の力で屋敷の中を守る事はできても倒す事は出来ぬのじゃ』

 少女は穏やかに微笑んで『タマには息災であれ』と伝えてくれとそう言った。

「あなたと奥様は直接言葉を交わす事もできるのではないのですか?」
『我は元々子供にしか見えないモノである故なぁ、いつしかタマも我を見る事はなくなった。タマはもう我がここに残っているとは思っておらんのじゃよ、なにせ封印を破いたのは自分自身じゃからの』

 なるほど、たぶんこの少女は一般的に座敷童と呼ばれるモノなのだろう。それは子供の姿をしていて、家に福を呼び入れる。座敷童というのはそういうモノだ。
 妖とはいえ子供を家に封じ込めるというのはどうかと思うが、そうやってこの家は繁栄を続け、そしてそれは間もなく終焉を迎えるとそういう事なのだろう。

『おや……今日もまた、招かざる客が来たようじゃ。今日は千客万来じゃのう』

 この屋敷に入った瞬間から感じていたざわざわした視線。それはこの屋敷に住まう妖達がこの座敷童に屋敷への異変を伝えるものであったらしい。

「招かざる客、とは?」
『富に群がる強欲どもじゃ、この屋敷はいわば一等地という場所に建っているのだそうじゃの? いつの間にそんな事になったのかは知らぬが、この屋敷が幽霊屋敷と揶揄されて地価が下がるのを嫌う者がおるのじゃよ』

 そう座敷童が言ったところで、突然背後から「あ~!!! 開かずの蔵が開いてるぅぅ!」叫び声が聞こえて、俺はビクッと身を竦ませた。
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