刃のまにまに

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次期当主

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「この仕事、意外と厄介かもしれないわね」

 老婦人が去ったあと、凜々花さんが腕を組んでぽつりと言った。

「そうなんですか? お屋敷が広いから?」
「それももちろんだけど、全部を祓えばいいって仕事じゃないから時間がかかりそうって事。この屋敷、結構な数住みついてるもの、優君も分かるわよね?」

 確かに、縁側に居た猫も含めそういう妖の類が恐らく屋敷の中にはひしめいている。本来だったら人が住めるような家ではなくなっているのかもしれないのだが、あの老婦人が呑気に構えているお陰で共存できている可能性は否定できない。
 そう言えば凜々花さんと雄二さんは俺の事を何故か「優君ゆうくん」と呼ぶ。俺には「優斗」という立派な名前があるのに誰も呼んでくれやしない。まぁ、別に目くじら立てるような事でもないんだけどさ。

「ちなみに廊下の猫たちは祓わなくて良い類ですよね?」
「そうね、たぶん彼等はこの家を護ってる存在でしょうからね」
「俺、その辺の区別全然つかないや」
「そこは御堂君に任せておけば大丈夫よ」

 凜々花さんはそう言って綺麗な笑みを浮かべた。相変らず美人だな。

「ねぇ、凜々花さん。俺、前々から思ってたんですけど、なんで凜々花さんは御堂のこと名前で呼ばないんです? 元々凜々花さんも苗字は御堂ですよね? 紛らわしくないんですか?」
「あら、御堂君、教えてないの?」
「いっぺんに詰め込み過ぎも良くないかと思って少しずつ教えてる最中なんですよ。さあやは言霊ことだまって言葉を知ってるかい?」
「ことだま……それって漫画とかでよく聞くやつだ! 確か言葉には力があって良い事ばっかり言ってると良い事の方から寄ってくる、みたいなやつだよな?」

 そうそれ、と御堂は頷いて言葉を続ける。

「だけど、その言霊には逆の力もあって、呪いなんかにも使えてしまう。そこで言霊を使った呪いの場合『真名まな』ってのが需要になってくる、これは言ってしまえば本名の事、その名前を知られる事で悪用される事もあったりして、うちはあまり名前を呼び合わないように昔から教えられてるんだよ」

 あ、それで俺の呼び方も「さあや」だったり「優君」だったりするのか!

「でも、だったら、凜々花さんや雄二さんは?」
「うちの親族は大体名前とは別に真名を持ってるのよ、似たような名前だけどね。当然御堂君も真名はあるのでしょうけど、彼は特別だから通名の方も極力口には出さないように決められてるのよ。それがどれだけ仲の良い相手だとしてもね」
「? なんで?」
「だって、御堂君は御堂家の次期ご当主様だもの。例え真名じゃなくても呪いをかけられればある程度のダメージは受けてしまう。例え小さな呪いだとしても一族へ向けられるのと個人に向けられるのとではダメージが全然違うのよ。次期ご当主様を危険に晒す訳にはいかないでしょ」

 次期当主……? いや、確かに御堂の家が本家らしいってのは聞いてたけど、一族の跡取り? 俺、聞いてないんだけど……?

「とはいえ、完全に名前を隠して生活なんて出来ないから気休め程度だけどね」

 普通に生活してたら「呪い」なんて単語そう易々出てくるもんじゃないけど、退魔師なんて家業だとそういう事が当たり前にあるんだな。名前も迂闊に名乗れないなんて大変だ。

「お前もなかなか大変なんだな」
「さあやのその反応、僕、好きだな」

 何故か御堂が屈託のない笑みを浮かべた。その反応ってなに? 俺、そんなに変な事言った?

「普通の人だとこんな話されたらドン引きするか怖がるかして大体距離を置かれるんだよ、さあやは良い意味で段々こっちに染まってきたね」

 あ! しまった、そう言われればその通りだよ! こんな普通とかけ離れた生活が日常になりつつあるのはどうかと思うのに、俺、完全に染まってきてる!

「あと、次期当主って点でもっと驚かれるかと思ったけど、意外とそうでもなかったね」
「? だって基本的に俺、関係ないじゃん? 大変だなとは思うけど、頑張れよとしか思わないけど?」
「優君、御堂君の鞘になった時点でそれはもう君に関係ないものじゃないんだよ」

 あまり言葉を発しない寡黙な雄二さんが口を開いた。

「刀と鞘はいわば一心同体、離れる事はできないし、君はもう一生御堂君の所有物になったんだから……」
「……え?」
「あれ? 聞いてない?」

 困惑したように雄二さんが御堂を見上げる。

「ふふ、逆だよ。さあやが僕の所有物になった訳じゃない、僕がさあやの所有物になったんだ。だからさあやは自由にしてたらいいんだよ」

 何故か御堂が不吉な笑みを見せる。ちょっと待って、情報量が多すぎて脳内で処理しきれないよ!
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