刃のまにまに

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今日の任務

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 その家はずいぶん大きなお屋敷だった。何処までも続く土壁に覆われたその屋敷の大きさは門の前から覗き込むだけでは窺い知る事もできない。
 建物は古風な日本家屋で、庭もずいぶん立派な日本庭園に見える。

「今日の仕事ってここなん? なんかいわくでもある家なのか?」
「どうだろうねぇ、ただ繫栄している家ってのは何かしら抱えてるモノが多いのは否めないかな」
「ふぅん、凜々花さん達は?」
「もう先に到着しているそうだよ、僕達も行こうか」

 スマホをチェックしていた御堂に促され、物々しい門扉を潜り抜けると敷地に入った瞬間から視線を感じた。ソレはこちらを窺い見るようにざわざわとした気配を感じる。
 玄関で声をかけると使用人と思われるおばさんがすぐに出てきて、俺達を奥の部屋へと導いていくのだが、その間もずっと絡みつくような気配は変わらず俺はうんざりする。
 今のところ害意は感じない、けれど決して良いものではない気配。俺の肩の上に乗っかっているコン太の毛も微妙に逆立っているので、その気配をコン太も感じているのだろう。
 ちなみにコン太の姿は視える人には視えるのだが、視えない人には全く視えないらしく、俺達を案内してくれた使用人は俺の肩に乗るコン太のことはガン無視だった。
 通されたのは長い廊下の突き当りにある和室、恐らく普段は応接間、襖を開けば宴会場にも客間にも変わりそうなそんな部屋。廊下側の障子は開け放たれている、そこを開けば廊下の向こう側の庭が一望できるからだろう。
 縁側には何匹かの猫が丸くなって日向ぼっこをしている、あのよく分からない視線の事を除けばなんというかまったりした雰囲気だ。
 それにしても俺、実は和室ってあんまり得意じゃないんだよなぁ、畳生活ってのをした事がなくて正座も長時間してると動けなくなってしまう。だからあまり話が長引かないようにと祈るばかりだ。
 その応接間には御堂の言う通り凜々花さんと雄二さんがいて家主と思われる品の良い和服の老婦人と何やら話し込んでいた。

「奥様、お客様のお連れの方が到着されました」

 使用人の女性がそう言って声をかけると、その女性は「どうぞ」と俺達を中へと促した。俺達はまだ廊下側に居たのだが御堂はその場でしゃがんで背筋を正すと綺麗な所作で一礼して部屋へと入っていく。だけどちょっと待って、俺もそれやった方がいいの? そんなスマートな動き、俺出来ないんですけど!
 見よう見まねで御堂の動きを真似てみたものの、やはりぎこちなかった俺の動きに主人と思われる老婦人は柔らかい笑みを見せ「楽になさってくださいね」と気を遣わせてしまった。
 くっ、こういうとこで出てくる育ちの差! だから和室は苦手なんだよ!

「それで奥様、お話の続きなのですが……」

 凜々花さんが促すと、奥様は少し困ったような表情で「大した事ではないのですが……」と前置きした上で語りだした。
 この家は古くから続く豪農の血族で、大昔はこの辺りの一体の土地を治めていた名主なのだそうだ。戦後、土地は切り売りされて現在ではほぼこの屋敷のみが残った状態となっており、自分の死後はこの家も土地も売りに出されるのだと老婦人は語った。

「子供達はこの土地を離れて事業を立ち上げておりますので、こんなに無駄に経費のかかる古い屋敷はいらないと言われてしまい、私の死後はこの屋敷も取り壊され解体される予定なのです」

 そう言って老婦人はコロコロと笑みを見せるのだけど、こんなに立派な日本家屋をそんなに簡単に潰してしまうのかと俺はちょっと残念な気持ちになってしまう。

「けれどこの家も如何せん古い家なものですから、時々いたずらをするモノがいるようで……」
「いたずら?」
「本当に他愛もない事なんですよ、襖が閉めてあったはずの部屋の襖が全開になっていたり、廊下を元気よく駆け回る足音が聞こえたり、子供の笑い声が聞こえたり。悪いモノではないのでしょうけど、使用人が怖がってしまって……せめて私が生きている間は私もこの屋敷で暮らしたいので、これ以上使用人に辞められてしまうと少し困ってしまうの。最近ではこの屋敷を幽霊屋敷と呼ぶ者まで現れて本当に困っているのよ」

 確かにこの大きな屋敷に老婦人一人で暮らすのは維持管理面でも不可能だろう。俺達をこの部屋へ案内してくれた使用人の人もそこまで若い人ではなかったし、掃除ひとつとっても大変そうだ。

「では、奥様のご依頼はその怪異を起こしている妖の祓い、でよろしいですか?」
「ん~そうねぇ、祓ってしまっては可哀想だから、せめて使用人の前ではそういう事をしないようにってお願いできないかしら? 私自身は足音も笑い声も昔の我が家に戻ったようで賑やかでいいなと思っているのよ」

 老婦人は相変らず穏やかに笑みを浮かべていて、本当に大した事ではないと思っていそうな雰囲気なのに度肝を抜かれる。そんな怪奇現象を目の当たりにして賑やかで良いとはずいぶん肝の据わった御婦人だ。

「分かりました。では、まずは屋敷内の調査をさせていただきますね」

 凜々花さんの言葉に老婦人は「よろしくお願いします」とふわりと微笑む。なんだろうな、イメージ的に縁側で昼寝する猫の隣でお茶を飲む田舎のおばあちゃんって感じ、和む。

「ところでねぇ、あなた」

 不意に老婦人が俺を見やり小首を傾げる。

「頭に乗っているその子、少し撫でさせて貰ってもいいかしら?」
「え……あ、見えるんですね。良いですよ、コン太!」
『え~おいら愛玩動物ペットじゃないんだぞ、使役獣だぞ。そういうの任務外なんだぞ』

 ふいっとそっぽを向くように言ったコン太の胴をわしっと鷲掴み俺は老婦人の前へと差し出す。お前がペットじゃないのは分かってるが、お前の主人は俺なんだから言うこと聞け!

「コン太ちゃんって言うの? 可愛いわねぇ。あら、モフモフ」
『わぁぁ、やめろぉぉ』

 老婦人は動物好きなのか、嫌がるコン太をものともせずに撫で回す。

『あ、ダメ、そこは……はぅぅ』

 最終的には老婦人の腕の中でホワンとしてしまったコン太、老婦人のなでなでテクニックは相当なモノだと推測される。

「ふふ、ありがとう、コン太ちゃん。うちの子達と仲良くしてあげてね」
「うちの子達……?」
「ふふふ、私、昔から動物好きでたくさん生き物を飼っていたのよ、最近ではもうお世話が出来ないから飼っていないのだけど、時々ふっと姿が見える時があるの、だからたぶんあの子達まだこの家に居ると思うのよ」

 なんと? あれ? では縁側で寝ていた猫たちはもしや実体ではなかったのか……? あんまりにも普通にそこに居たものだからてっきり生きた猫だと思っていたのに。
 老婦人は「では、あとはよろしくお願いしますね」と軽く会釈をして部屋を出て行った。
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