刃のまにまに

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俺とあいつの関係

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「はっ、うぅ……きっつ……」

 胎内に飲み込まれていくやいば、身体が熱を帯びて苦しい。もう幾度となく繰り返されてきている行為だが、何度やっても俺はこれに慣れる事はない。

「あと、少しだから」

 俺に刃を打ち込んでいる相手はしれっとした涼しい顔をしていて、なんで自分はこんな事をしているのだろうかと、俺は数十回目の問いかけを自分に投げかける。
 だが、もうこれは俺一人の問題ではなくて、選ばれてしまったものは覆す事もできないらしいので、俺は諦めてこの刃を受け入れるしかないのだ。

「ひぅ! あ……あぁぁ!」

 身体が熱い、胎内に飲み込まれていく刃の熱さに頭がどうにかなってしまいそうだ。

「これで全部、ふぅ……おつかれ」
「おつかれ、じゃねぇ! 俺が大変なのはこっからだっていつも言ってんだろっ!」
「はは、だけど僕はここまでだから。あとは頑張れ、さあや」
「うっせぇ、そう思うんならさっさと出てって飯でも用意しとけ!!」

 俺の言葉を聞いて微かに苦笑した男は、俺の頭を一撫でして部屋を出ていった。俺は自身の腹を抱えるようにしてベッドの上で丸くなる。
 身体中から汗が吹きだし、熱さはまるで身を焼くようだが、それをなだめすかすように俺は腹を撫でた。

「はいはい、今日もよく頑張りました。そんなに滾るな、今日の仕事はもう終わったんだよ、お前はねんねの時間だからなぁ」

 まるで子供をあやすかのように俺は身体の中を暴れ回る熱に向かって声をかける。それはさながら癇癪を起こした子供を宥めるように。
 何度も何度もなだめすかし、穏やかに少しずつ熱は冷めていく。ようやくその熱が治まる頃には俺はもう疲労困憊で全身が怠い。これ、ホント体力消耗する……
 ぐったりとベッドに横になり、今日もどうにか終わったかと身を起こそうとしたらタイミングよく「さあや、終わったぁ?」と呑気な声が問いかけてくる。

「あと少しだから待っとけ」
「分かった、ご飯の準備ももう出来るから」

 胎内に燻る熱は俺の中の所定の位置に収まった、あとは自身の熱を冷ますだけ。俺は自身の下肢に手を伸ばす。
 胎内を暴れ狂った熱は最終的にここに残る、何故か? そんなの俺だって知りはしない、いつだってそうなのだからいわゆる「疲れマラ」ってやつなのかもしれないけど、こんなの誰かに聞けもしない。
 俺のしている行為はある意味「神事」で、俺の胎内に収めたモノは神の力に等しいモノらしい、そんな神事の後に「勃っちゃうんですけど、どうすればいいですか?」なんて同僚に聞けるか? 俺には無理だ。
 いや、でも実を言えばもしかしたら、コレはこういうモノなのかもしれないのだけれど。何故なら幾つかの任務で同僚たちが同じような場面で、自分のご主人様とまぐわっているのを俺は何度か目撃した事がある。
 だけど、あの人達はいいんだよ、想い想われ相思相愛のパートナーだから、だけど俺はそうじゃない。

「さあや、まだぁ?」
「うっせぇ! 大人しく待っとけ!」

 俺はこいつに無理やり選ばれただけの、ただの運のない男なのだ。


 俺の名前は小夜原優斗さやはらゆうと、俺の相棒の名前は御堂孝篤みとうたかあつ、御堂は俺の事を「さあや」と呼ぶ。
 俺と御堂の関係は上司と部下、ご主人様と下僕、使う者と使われる者とかそんな関係。言動から察する事はできないと思うが、俺の方が下。
 下僕が偉そうにし過ぎだろ? って、そんな事は分かってんだよ! だけど俺はそんな関係に納得いっていないからのこの言動だ。ついでに御堂はそんな俺を面白がっているので何も文句は言わない。
 下肢に溜まった熱を治めて俺はシャワーを浴びる、そしてリビングに向かえばそこにはホカホカ出来立ての食事と御堂が能天気な笑みで待っていた。

「今日も一日お疲れ様、さあや♡」
「うっぜ」
「ひどい、さあや。僕はこんなにも君の事を愛してるのに!」
「それがうざいって言うんだよ! 懐くな、このうどの大木!」

 遠慮もなくじゃれついて来ようとする御堂を制して俺は食卓につく。御堂が作った物を食べるのは少しばかり癪だが、こいつの料理の腕は確かだし食べ物に罪はない。
 ちなみに俺の年齢は十八歳、御堂は俺より五歳ほど年上なのだが、言動が子供っぽいので年上の尊厳などないに等しい。それこそ出会った当初は俺も敬語を使っていたはずなのだが、いつの間にかこうなっていた。だが御堂に文句を言われた事はないので別に構わないのだろう。

「それにしても今日のはちょっと強敵だったねぇ」
「あ? そうなのか?」
「あれ? 見てなかった?」
「なんかいつも以上にごっそり持ってかれてそれ所じゃなかった」

 「そうなんだ、ごめんね」と御堂は笑みを見せる。そう思うんなら少しくらい手加減しろと思いつつ俺は飯を胃袋に収めていく。
 なにせ仕事の後は腹が減って仕方がないのだ、身体を動かすという意味では何もしていないのだが、仕事の後は何かをごそっと持っていかれる。それが何なのか俺にも分からないのだが、持っていかれた分は補給しとかないとな。
 さて、ここまで俺達の会話を聞いて俺達の職業が分かるだろうか? 分かる訳がないよな……俺だって自分がこんな立場に立たされていなかったら、そんな職業がある事すら知らなかったくらいの仕事、俺と御堂の仕事は「退魔師」だ。
 なんだそれ? って思うよな、俺だって思った。昔から少しばかり勘の良い子供だった俺にはいわゆる霊感というものが生まれつき備わっていた。だが、俺はその力をどうにかする事など出来なかったし、生まれつき変なモノが見えてしまうだけの運のない人間だった。
 その変なモノは幽霊である事もあったり、いわゆる妖怪や妖精、あやかし全般なのだが、見えるだけで何かができる訳ではない、もちろん祓う事も退治する事もできはしない。
 それで退魔師を名乗るのはおこがましいって? ホントその通りだよ、俺は何も出来ないし、そんな職業に就く気だってなかったんだ、なのにある日突然目の前に現れた御堂が「僕のさあや、ようやく見付けた!」と、現れてから俺の生活は一変する。

「さあや、お弁当付いてるよ」

 御堂は俺の口元についた飯粒をひょいと摘まんで自分の口に入れてしまう。そんな彼の言動に俺はまたドン引きして冷ややかな視線を送ってしまうのだが、赤の他人の食べこぼしを口にするって、非常識だよな? 俺、間違ってないよな?

「お前、マジでそういうのやめろ」
「えぇ? なんで?」

 出会った当初から何故か御堂はこうだった。恋愛シミュレーションゲームなんかで好感度ってあるだろ? あれがまさにカンストしてる状態、それが初めて会った時からだ、全く意味が分からない。
 ついでに言うなら俺に男色の気はないので迷惑この上ない。

「ここに住まわせて貰ってんのには感謝してるけど、俺はお前とそういう関係になる気ないから!」
「!?」
「なに驚いたような顔してんだよっ! 当たり前だろ!」
「でも、さあやは僕のただ一人の『さや』なんだよ?」
「知った事か! そもそも俺はそれだって納得した訳じゃねぇからな!」

 『鞘』それは刀剣などを収める筒の事を指す。それはそれ以上でもそれ以下でもなくただの入れ物。御堂は俺の事を自分の『鞘』だとそう言うのだ。
 御堂の名の語源は『御刀』からきている。御堂の家系は代々妖を祓う退魔を生業としている家系なのだそうだ。そしてその退魔の力は刀の形をしているらしい。正しく言えばその力に形など存在しない、ただ刀に見立てて魔を祓う、だから『御刀みとう』だ。
 その力は代々受け継がれ、その退魔の技術も代を重ねて洗練されていき、御堂家は日本でも随一の退魔師として君臨しているらしいのだが、その力は代を重ね強力になり過ぎて抑える事が困難な程に強大になってしまったのだと御堂は言った。

「だからね、御堂家はその一人では扱いきれない力を二人に分散させる事にしたんだよ」

 御堂曰く、強大になり過ぎた御堂の力は己一人では制御ができなくなる、けれど退魔を行う為にはその力は必要不可欠で、その溢れ返った力を収める器が必要になったのだそうだ、それが御堂の言う『鞘』という存在。
 その力を抑えたのはその当時、巫女をしていた家系の『小夜原家』そう、我が家の家系なのだそうだ。俺は御堂に出会うまでそんな話は全っ然知らなかったけどな!
 なにせ俺は五歳で両親を事故で亡くし、一度は親戚に引き取られたものの、すぐに施設に放り込まれて両親の記憶などほぼないと言っていい。
 というか、実際に両親を亡くした事故のせいで五歳より前の記憶が欠落している俺は写真で見た両親の顔しか思い出せない。だから当然御堂の語る話など寝耳に水だったのだ。
 高校だけはどうにか奨学金で進学して、いよいよ卒業で施設からも追い出されるというその日、俺の前に御堂は現れた。

「さあや、ようやく見付けた。今日から僕が君のご主人様だよ♡」

 そんな事を言って目の前に現れた彼に、思わず変質者かと思って蹴りをくれて逃げ出した俺は絶対悪くない。

「さあやは本当につれないなぁ、でもそういう所も大好きだよ♡」

 いくら俺が拒絶したところで御堂はめげない。何故なら好感度がカンストしてるから、何故その好感度が最初からカンストしているのかを俺は知らないのだけれど、それにもちゃんと理由はあると御堂は言う。

「それは運命的な出会いだった、僕にとって君は救いの神、命の恩人、そして誰よりも大事な人なんだよ」

 どうやら俺達は俺が記憶を失う五歳より以前に面識があったらしいのだ。当然俺は覚えていないのだが、その時の出会いが御堂の何かを揺さぶったらしく、御堂はずっと俺を探していたのだとそう言った。
 でも俺が五歳より前って言ったら御堂だって十歳前後、一体何があったのか皆目見当もつかない。そしてその時のことを御堂は語ろうとはせず「さあやが自分で思い出して」と笑みを見せるのだ。
 思い出した所で何があるとも思えないので、思い出す努力はしていないのだが、その出会いを自分だけが覚えていないのはそれはそれでもやっとする。

「もうその話はいい、お前も大人しく飯を食え」

 俺の言葉に御堂は笑みを見せて、「いただきます」と手を合わせた。
 こういう所、本当に育ちがいいと思うのだ。なのに何故、俺なのかが分からない。
 俺は言い方は悪いが施設育ちで、施設で育つ者の中には素行の悪い者も幾らもいた。そんな中で揉まれて育った俺は、やはり当たり前のように色眼鏡で見られて色々苦い経験を積んできているので、こういう無償の愛のようなものが信じられない。きっとこいつには何か裏があるに違いないと思わずにはいられないのだ。
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