化かしあい

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化かしあい

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「次はいつ会える?」

「そうね、来月の頭くらいかしら? 旦那が取引先との打ち合わせで泊まりになるって言ってたから、その日ならゆっくり会えると思う。ちゃんとした日時が決まったらまた連絡するわ」


 そう言って私は車の中の彼にキスをした。

 彼の名前は隆志、彼とはもう長い付き合いになる。旦那と結婚する前からの付き合いなのでもうかれこれ5・6年くらいになるだろうか? 隆志は所詮妻帯者、そしてそれは私も同じ、旦那のある身で不倫をしている。

 隆志は仕事の上司で出会った時には既に結婚していた。彼の妻は社長の娘、言ってしまえば『逆玉の輿婚』である。

 けれど彼の結婚には当時影で色々な噂が囁かれていた。

 曰く、彼は社長の娘と結婚するために当時付き合っていた恋人を切り捨てるように捨てたらしい、という話。

 一方で社長の娘が彼に一目惚れしたことで、社長が無理やり娘との縁談を持ち込んで、彼の当時の恋人と無理やり別れさせたのだという話も囁かれていた。

 どちらの話にせよ結果的に二人は別れて隆志は社長の娘と結婚しているのだから、結末は変わらない。その両方の話に彼は否定も肯定もせずに、ただ淡々と仕事をこなしていた。

 隆志はとても仕事のできる人で、社長の娘が一目惚れするくらいには顔立ちも整っていた。けれど家庭の話を振ると曖昧に笑うばかりで、夫婦仲は決して良くはないのだろう事は何となく察せられた。

 入社したばかりの新人だった私はそんな少し陰のある雰囲気の彼に惹かれて、妻がある事を知りながらも何度も彼に好意を伝え続けた。

 最初のうちはそんな私を困ったようにあしらっていた隆志だったのだが、ある時まるで吹っ切れたかのように彼は私の誘いに乗った。それは私の「私は二番目でも三番目でも構わない」という言葉に反応したもので「俺は現在の社長の娘婿という立場は絶対に手放すつもりはないが、それでもいいか?」と彼は私に淡々と告げた。

 そんな彼の言葉に私は嬉しくて頷いた。私は彼が振り向いてくれさえすればそれで良かったのだ、彼の妻の座を奪いたいとは思わなかった。

 いや、奪いたい気持ちが全くない訳ではなかったのかもしれない、けれど現在彼の立ち位置は『社長の娘婿』であり『次期社長候補』だった。現実的に考えれば、彼の妻の座を奪うのは彼が社長になった後で充分だと、そう思っていた。

 彼の態度から彼が妻をさほど愛していない事は分かっていた、そんな彼の愛を受け取れる、私はそれだけで舞い上がっていた。

 隆志は私達の関係を徹底的に隠すように私に命じた、もちろん私はその言葉に従い不倫の証拠は残さないように気を付けた。それと同時に、せめて彼の仕事の役に立ちたくて、彼の隣に並び立ちたいというその一心で私は仕事のキャリアを積み上げていった。

 気付けば私はバリキャリなどと呼ばれ、常に上司である彼の横に並び立つようになっていた。けれど、それは一方で私と彼の間には特別な関係があるのではないかという噂を呼んだ。

 その憶測自体は間違っていなかったので、火のない所に煙が立った訳ではなかったのだけれど、彼はその噂話に眉をひそめ、その時は私達の別れ話にまで発展した。


「嫌よ! 私は絶対に別れない!」

「だったら君、結婚してくれないか?」


 瞬間何を言われたのか分からなかった。けれど意味はすぐに分かった、彼は私に偽装結婚をすすめてきたのだ。


「相手は俺の方で見繕ってやる、君はそいつと結婚しろ」


 そうして彼に紹介されたのが、私の現在の旦那である。

 旦那は彼の元同僚だった。彼が結婚した頃に会社を辞め、フリーランスのプログラマーとして在宅ワークで働いていると彼は言った。

 旦那である洸こうの第一印象は「まるで人懐こい犬のよう」だった。

 初対面からにこにこと愛想がよく、お人好しで少し抜けている。正直隆志とは真反対とも言える人柄で、友人だと紹介された時には本当かしら? と疑った。

 実際私が洸と付き合うのも結婚するのもあくまでも隆志と付き合い続けるための偽装であったのだから、隆志にとって洸は『簡単に利用できる相手』でしかなかったのだろう。

 この頃には私は隆志の噂話のひとつ、社長の娘との結婚で当時の恋人を切り捨てたという話もあながち間違いではなかったのだろうな、と思うようになっていた。

 彼の心には出世という野心しかないように私には見えた。

 私の結婚、そしてその頃社長の娘が妊娠した。あまり仲が良くないと思われていた二人だがやる事はやっていたのだなと私は思う。

 社長の口からからは「早く跡継ぎを」という言葉が度々出ているという話も聞いていたので、彼はその『任務』をそつなくこなした結果だったのだろう。

 そうして、そんなふたつの出来事が立て続き、彼と私との間に流れていた『特別な関係』という噂は自然消滅的に消えて行った。



「ただいま~」

「おかえり、みっちゃん、ご飯できてるよ」


 洸の仕事は在宅勤務、ほとんど毎日家にいる旦那は家の事は大体やってくれる。家事があまり得意ではない私にはとても有難い。

 料理上手で綺麗好き、家事はほぼ完璧にこなす旦那は働く女にとってはかなり優良物件だったと思う。

 ただひとつ難を上げるのであれば洸の稼ぎは決して良くはなかった。フリーランスの仕事は受注できれば稼げるが、毎月定額を稼ぎ出す訳ではないので固定の生活費は私の負担の方が多かった。

 だが隆志の傍に居たいがために積み上げた自身のキャリアのおかげで生活に困る事はなかったし、これは隆志との関係を継続するための必要経費だと私は割り切っていた。

 それに家に帰れば美味しい食事が並び、綺麗な部屋でくつろげる生活はかなり贅沢だと思うのだ。


「わぁ、美味しそう。いつもありがとう、洸こうくん」

「みっちゃんいつも大変そうだからね、これくらいは当然」


 にっこり笑う旦那の笑みはとても可愛らしい。

 稼ぎは決してよくない旦那だが、私の癒しとしては最適だ。言ってしまえばそう、彼は私にとってペットに近い。私の身の回りの世話までしてくれる有能なペット、愛しているが男としての魅力は薄い。けれどそれは私にとってとても都合が良かったのだ。


「みっちゃん、来月頭、依頼主との打ち合わせで九州まで行かないといけないんだけど大丈夫? みっちゃんは僕がいないとすぐに無理するから凄く心配」

「大丈夫よ、子供じゃないんだからちゃんと留守番くらいできるわ」

「本当? せめてちゃんとご飯は食べてよ? 作り置きはしてくつもりだけど、みっちゃんレンチンすら面倒くさがるから、僕本当に心配なんだよ」

「洸くんは私のママですか? 大丈夫だって言ってるでしょ、洸くんもゆっくり羽を伸ばしてきて」

「みっちゃん優しい」

「んふふ、当たり前。洸くんは私の大事な旦那様ですからね」


 なんの罪悪感も抱かずに彼にキスを贈るのももうすっかり慣れてしまった。

 彼は可愛い私のペット、私は彼を男として愛していないが、生活する上ではとても大事にしているつもりだ。私はこの生活に満足している。




 そんなこんなの生活を続けて数年、ある日、今日はやけに胸がむかむかすると思っていたら、急な吐き気に襲われて私は慌てて病院を受診した。

 医師に告げられたのは妊娠で、私は嬉しさ半分、戸惑っていた。

 医師は「おめでとうございます」と満面の笑みだが、正直妊娠は困るのだ。仕事にも支障が出るし、そもそもどちらの子供か分からない。

 誤魔化す事はできるかもしれないが危険な橋は渡りたくない。

 妊娠には気を付けているつもりだった、どちらとの行為でも避妊はちゃんとしていた。

 洸くんは子供を欲しがっていたが、自分が仕事を休む事で生活が困窮する事は目に見えていたので、もう少しお金を貯めてから、と2人の話は纏まっていた。

 妊娠を告げれば洸くんは喜ぶだろうが、私はどうにも困惑していた。

 旦那に黙って堕す選択もある、不倫相手である隆志も恐らく困るだろう、きっと堕せと言うはずだ。

 それでも自分のお腹の中に小さな命が宿っていると思うと私は堕胎への踏ん切りが付けられなかった。


「みっちゃん、最近調子悪そうだけど、大丈夫?」

「うん、ちょっと仕事が立て込んでるから、でも洸くんは心配しなくて大丈夫。ありがとう」


 洸くんはどこまでも優しい。あまり物を食べられなくなった私に消化のいい食事を調べて出してくれる。もしこの子が洸くんの子供だったら堕す必要はまるでない。

 多少生活は苦しくなるが、産休育休をフルに使って、即職場復帰をすれば生活できない事もない。

 けれど、もしこの子が隆志の子供だった場合、それがバレたら私の生活は破綻する。

 産むべきか、堕すべきか……答えを出したのは隆志の一言だった。


「生めばいい。あいつと俺の血液型は同じだ、あいつは鈍い、気付きやしない」


 洸くんは隆志の『友人』であるのに、全く悪びれた様子もない彼のその一言で私は子供を生む決意をした。

 妊娠を告げると、想像通り旦那は大喜びで私を抱き締めてくれたのだが、私には何の後悔も罪悪感もなくなっていた。



 妊娠、出産、その一年はあっという間に過ぎていった。

 生まれたのは丸々とした可愛い男の子、旦那はその子をそれはもう目の中に入れても痛くないという可愛がりようで、子育てにも積極的に協力してくれた。

 元々在宅仕事の旦那だ、それは当然とも言える。その一方で産休育休で仕事を休んで家に籠って家族3人日がな1日過すのは私にとって苦痛以外の何物でもなかった。

 旦那は優しい、けれど旦那と子供としか顔を合わせない生活、そんな家に籠った生活に私は耐えられなかった。


「ごめんパパ、職場の子が分からない事があるって言うからちょっと出かけてくる」

「うん、いいよ。いってらっしゃい」


 何の疑問も抱かずに旦那は私を送り出す。昼日中からの隆志との逢瀬、隆志との子かもしれない子供を托卵相手に託して私達は逢瀬を重ねていた。職場復帰をしてからはなおの事、私は隆志にのめり込んだ。

 旦那は息子の世話を苦としない。息子もいつしか私より旦那に懐き、そして子供が3歳になる頃事件は起きた。


 「妻との離婚が決まった」と隆志は淡々と私に告げたのだ。それは青天の霹靂、隆志は社長の娘婿という立場を何がなんでも手放す気はないように私には見えていたので、何故そうなったのかと驚いてしまった。

 話を聞けば、どうやら彼の妻の座に収まっていた社長の娘は元来男癖が悪く、外に男を何人も作っていたらしい。言ってしまえば彼は体のいいお飾りの旦那だったのだ。

 社長も勿論その事は知っていていて、それでも体裁のために会社の中でも有能だった彼が娘にあてがわれたのだ。隆志への見返りは次期社長の座、それは暗黙の了解で、隆志もそれは結婚してすぐから理解していたらしい。


「でも、だったら何で?」


 それが分かっていての結婚なのだったら離婚という選択肢は隆志には無いように思う、けれど隆志はうっそりと暗い笑みで「準備は全て整ったから」と、そう言った。


「美知も洸と別れてくれるよな?」


 隆志の言葉に私は驚く。隆志は私の事など妻にする気はないと思っていた。長年彼の愛人を続けてきて、彼には私への愛情もさして無いのだという事は否が応にも私は理解してしまっていた。


「いいの?」

「ああ、勿論。でも美知、ひとつだけお願いがあるんだ、洸と別れる時には子供は置いてきてもらいたい。俺は自分の子供は愛せても、他人の子供は愛せない」

「? あの子はあなたの子かも知れないのにそんな事を言うの? 産めといったのは貴方なのに……」

「可能性は半々なんだろう? だったら洸の子供の可能性だってなくはない」


 確かにそれはその通りなのだが、それでも腹を痛めて産んだ子だ、子供はもちろん可愛くて、私は少し逡巡した。


「もし子供を引き取ると言うのなら君との今後の関係は考えさせてもらう」

「ちょっと待ってよ! 貴方の子供の可能性だってあるのよ!」

「妻との子供は俺の子じゃなかった。お前の子もその可能性は高い」


 彼に告げられた言葉に驚いた、そしてそれと同時に納得もした。彼は妻の確実な不貞の証拠という離婚への切り札を手に入れていたのだ。

 社長は恐らくその事実を公にされる事を嫌ったのだろう、現在の立場はそのままに妻との離婚はあっさりと承認されたと隆志は笑った。

 それにしても彼の妻が彼同様不倫の末の妊娠だったとは、因果応報とはよく言ったものだ。托卵を目論んだ男自身が托卵されていたとは笑い話としては面白すぎる。

 けれど結果的に隆志はそれで自由を手に入れたのだ。


「俺は自分の子供が欲しい。もし、引き取るというのならちゃんとDNA鑑定をした上で俺の子供だという証明が欲しい」

「いいわよ、分かった。私も貴方と再婚する以上子供は貴方との子供の方が望ましいわ。ちゃんと検査して貴方の子供なら引き取るし、旦那の子供なら置いてくる。それでいい?」


 隆志は黙って頷いた。彼がこんなに子供好きだとは知らなかった。自分の子供が欲しいだなんて、そんなタイプの人間だとはまるで思っていなかった。

 隆志はばりばりの仕事人間で、家庭を顧みず私と不倫を続けるくらいに家庭に興味のない人間だと思っていたので正直意外だ。


「ありがとう美知、愛してるよ」

「私もよ、隆志」


 子供は可愛い、けれどこの機会は逃せない。これは彼と私が正式に結ばれる事のできる最後のチャンスだ。

 私は元々結婚前から彼を愛しているし、このチャンスを逃しては私は幸せを取り逃がす、私は嬉々として息子と自分のDNA鑑定を試みた。

 結果、息子は旦那の子供で確定したのだが、それならそれでまぁ、いいかと思った。

 旦那の洸は子供を可愛がっているし、隆志の子だったとしても書類的には息子は旦那の子供として登録されていて、それを変更するには労力もいる。

 再婚してから今度はちゃんと隆志の子供を産めばいい、と私は軽い気持ちで離婚へと踏み切った。

 旦那は私が離婚を切り出すと意外にもすんなりと受け入れて、それでも「子供だけは渡さない」と私に告げた。慰謝料も養育費も要らない、だけど子供だけはどうしても手放せないと彼は言った。

 私はそれならばむしろ好都合と子供は旦那に押し付け、幸せだったはずの家庭を投げ捨てた。

 晴れて×1となった私は、喜び勇んで隆志の元へと押しかけるつもりでいた、だが新居だと聞いていた連絡先に彼はおらず、電話をしてみても着信拒否、ついでに彼はいつの間にか会社自体も辞めていた。

 隆志は会社での自分の立場はそのままに離婚ができたとそう言っていたのに、彼は会社を自主都合で辞めていた。それは社長の娘との離婚と同時だったので色々な憶測が流れたのだけれど、隆志から教えてもらったような情報は何ひとつ流れてはこなかった。

 私と彼との関係は傍目にも親密に見えていた、会社の同僚たちは彼に一体何があったのかと私に聞いてくるのだが、それは私の方が聞きたいくらいだ、全く意味が分からない。

 私も隆志とは同時期に離婚している、私と隆志の不倫がバレて離婚ののち隆志は放逐されたのではないかという噂話も耳に入ってきたが、片割れである私には会社から何の処分も沙汰もなかったので、その噂はすぐに消えて行った。

 まるで狐にでも化かされたかのように過ごしてしばらく、会社の業績は目に見えて傾き始めた。それは本当に小さな変化から、少しずつ少しずつ取引先が消えて行った。

 最初は誰も気にとめる程ではない位の数字の変化だった、けれど気付いた頃には会社の業績はどうにも出来ない程に傾き、数年後会社はあっけなく倒産した。

 最後の頃には私は仕事に忙殺されて隆志の事を考える余裕もなくなっていた、それは私の無駄に積み上げたキャリアが仇になった瞬間だった。本当はもう少し早い段階で会社に見切りを付けて辞めていたら良かったのだろうが、私と隆志の繋がりはこの会社にしかなかった、だから私はこの会社をあっさりと辞める事ができなかったのだ。

 会社が倒産し、しばらく家に引き籠った。そしてそんな時に思い出したのは温かい家庭を維持してくれていた元旦那の顔だった。

 隆志が消えてしまった現状、今の私に縋れる人間は元旦那しかいなかった。虫のいい話だというのは分かっている、家庭を捨てて別の男に走り、挙句の果てに逃げられた女がどの面下げてと想いはしたけれど、私は意を決してスマホに残る旦那の電話番号をタップした。

 元旦那の洸くんはいつもと変わらず穏やかな声で電話に出てくれた。

 電話の向こうからは息子の可愛らしい声も聞こえてくる、そんな二人の光景は目に映るようで私は泣いてしまいそうだった。


「洸くん、あのね……」

「みっちゃん、僕、再婚したんだ」

「え……?」


 それは隆志の離婚話を聞いた時以来の晴天の霹靂だった。だって彼と別れてからまだそんなに年月は経っていない。上司である不倫相手の隆志に捨てられてから、私は仕事に忙殺されるように日々を過していた、その僅かな時間で元旦那は新たな相手を見付けて新生活をスタートさせていたという事に私は驚きを隠せなかった。


「だから、申し訳ないんだけどこういう電話はもう最後にしてくれないかな?」


 いつもと変わらない穏やかな声ではっきり引導を突き付けられた。

 家庭を捨てたのは私、優しく穏やかに私を甘やかすようにしてくれた洸くんを、子供ごとあっさり捨ててきたのは私なのにショックで言葉が出なかった。


「ちょっと待って洸くん!」

「どうしたの?」

「相手は誰? 私の知ってる人!?」

「今更そんな事聞いてどうするの? みっちゃんにはもう関係ないだろう? みっちゃんもちゃんと前を向かなきゃ駄目だよ? みっちゃん騙されやすいんだから」

「え……?」

「ご飯もちゃんと食べて、家事も頑張ってね? 僕みたいな男はもうきっといないから、みっちゃんはみっちゃんで頑張らないと、一生独身って事になりかねないよ?」


 彼がその穏やかな口調で辛辣な事を言っているのは分かるのだが、どうにも理解が追いつかない。


「まぁま、抱っこぉ」


 電話の向こうで愛息子の声が聞こえる。その電話の向こうには息子を抱き上げる洸くんの新しいお嫁さんがいるのだろう。


「それとね、これは忠告だけど、やっぱり不倫は良くないと思うよ? みっちゃんに不倫は無理、だってバレバレだったもん」

「え……ちょっと、どういう事?」


 もしかして洸くんは私の不倫を知っていたの? 知っていて黙っていたの? そんなまさかと思いはするのだが、電話の先の洸くんの声はやはり変わらず穏やかだった。


「もしかしてバレてないと思ってた? あはは、僕ね、結婚する前から知ってたよ、みっちゃんが隆志に夢中な事。でもね、僕達にはそれで良かったんだ。ある意味お互い様なんだ。ごめんね、みっちゃん、僕は子供が欲しかった。みっちゃんの事も嫌いじゃなかったけど、こうなる事は分かってたんだ」


 離婚を切り出した時にも洸くんはいつもと変わらず穏やかだった。もっとごねられるかと思ったけれど「親権だけは渡さない」断固として言われたのはそれだけで、それ以外はすべて洸くんは私の言いなりだった。

 それはすべてこうなる事を見越していたからだとそういう事だったの?


「みっちゃん、ごめんね。僕にとってみっちゃんは三番目だけど、僕はみっちゃんが大好きだったよ」

「え?」

「二番目でも三番目でも構わないなんて、そんなの哀しいばっかりだから、今度は一番にみっちゃんを愛してくれる人を選んで幸せになってね」


 私が二番目でも三番目でも構わないと告げたのは隆志にだった、でもなんで洸がそれを知っているの? 

 「さようなら」それだけ言って、洸くんは電話を切った。電話が切れる刹那、電話の向こうで聞こえた声にはどこか聞き覚えがある気がした。


「ママの電話は長いなぁ、よし、パパと遊ぶか」



 本当に狐につままれたような気持ちで私は数年を過ごし、新たに恋をして再婚した。

 その間に会社の元同僚たちに聞いた噂話、社長の娘と隆志の間に生まれた子供はやはり托卵であった事、そしてそれを黙っている代わりに隆志は莫大な慰謝料を社長親子に請求した事、その慰謝料が会社が傾くきっかけを作った事を本当に風の噂程度に私は聞いた。

 隆志はその慰謝料を元手に新たな会社を起業し今は軌道に乗せて悠々と暮らしているらしい、そしてその傍らには有能な元同僚がいるとかいないとか。

 隆志が起こしたという会社の話を聞いた時、私はその会社に乗り込もうと思った時もあった、けれどその会社の役員の顔ぶれの中に元旦那の顔を見付けて私はそれをやめた。

 新進気鋭の若社長とその部下たちを特集する雑誌の記事の写真に映る隆志と洸はそれは見た事もないような幸せな笑みで、私は全てを悟った気がした。

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