榊原さんちの家庭の事情

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強気なΩは好きですか?③

揺れる

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 番相手のいない発情期ヒートはツラい。何故ならその疼く身体を慰めてくれる相手がいないからだ。そもそも僕はまだ学生だし番相手がいたとしても無闇に抱き合う事なんてできやしない。
 だって発情期のオメガの妊娠率はとても高いのだ、ちゃんと避妊具を付けてしていても、事後に緊急避妊薬を飲んだとしても妊娠してしまう確率はゼロにはならないのだから、学生の内は品行方正にお付き合いは清く正しく、そんな事は分っているけど発情期中のオメガの性欲には底がない。

「っあ、やだ、もうヤダ……先……輩、うぅぅ」

 篠木先輩はまだ僕の番相手ではない。なんなら恋人ですらないと言い続けたのは僕自身、なのに今、ここに先輩がいないのが悲しくて寂しくて仕方がないのだ。
 しかも先輩は試合に負けてしまった、試合に勝ったらお付き合い、そう約束をしてここまできたのに、その約束は結局果たされなかった。
 身体が疼く。腹の奥から際限もなく蜜が零れて、そこに楔を打ち込んで欲しいのにその相手は何処にもいなくて、泣けて泣けて、僕は貰ったウサギのキーチェーンを握り込んだ。
 僕には何もない、このウサギしか寄る辺がない。本来なら番相手の匂いの付いた衣服などを借り受けてこの発情期をやり過ごすのがベストなのに、僕にはそんなモノが何もない。
 発情の熱と、それを沈める術のないやるせなさで心の中はぐちゃぐちゃで、僕は発情期ヒートの間中ずっと泣き続けていた。
 長い長い一週間、発情期が終わったら高校サッカーの全国大会は終わっていた。どのみち先輩の出てない試合なんて見ても仕方ないから見なかったと思うけどね。
 始業式も休んで家に籠りきりの僕に先輩からの連絡は何もなかった。あっても会えなかったと思うけど、ここまで何も連絡がないなんて先輩の気持ちって結局その程度だったのかなってすごく凹んだ。
 ついでに、そんな感じだから試合も勝ってくれなかったのかな、って。もうこれは被害妄想に近いと思うんだけど、それくらい僕は落ち込んでいたんだ。

「樹、大丈夫か?」

 長兄の一縷兄ちゃんが僕の顔を覗き込む。どうにか登校の準備はしたものの、リビングでぼんやりしていた僕に「無理そうなら今日も休むか?」と一兄は僕を甘やかすような事を言ってくれたけど、これ以上休んだら出席日数に響くと思うんだよね。

「うんん、行く。大丈夫」

 いつも何があっても平気な顔で揶揄ってくる双子の兄達までもがこちらを心配そうな顔で見ていて、いつまでも家族に心配かけてちゃダメだなと僕は頭を振った。

「心配かけて、ごめんね」
「俺達のことは別にいいんだよ。樹が無理をしてないかって、そっちの方が心配だ。本当に大丈夫なのか? 休んでもいいんだぞ?」
「そうだ、そうだ俺達なんか出席日数ギリギリだったぞ」
「うんうん、樹は頑張ってて偉い偉い」
「お前等のそれもどうかと思うのだがな……」

 一兄が双葉兄ちゃんと三葉兄ちゃんには厳しい表情を見せる傍ら、四季兄が改めて僕の顔を覗き込んでくるので、僕は「平気、大丈夫だよ」と、もう一度兄に告げた。
 そうだよ、僕の生活は今までと何ら変わらない。先輩が試合に負けたからと言って世界が滅んだわけではない。時は淡々と過ぎていくし落ち込んでいたって何も変わらない。
 いつものように一兄に最寄り駅まで車で送ってもらって、昇降口までは四季兄が、別れ際には「何かあったらすぐに連絡すること!」と何度も念を押された。ホント僕って兄ちゃん達に愛されてるよなぁ。
 久しぶりの教室はやはり何も変わらない。クラスメイトも特別何を言う事もない。皆僕がオメガだって事知ってるし、数日欠席したらその理由は大体察してくれる。

「おはよ、榊原君! 今更だけど、明けましておめでとう!」
「あは、ホント今更だ」

 同中の友達に元気よく挨拶をされて笑みが零れた。うん、僕は大丈夫。



「榊原君、ダーリン迎えに来たよ」
「え……」

 冬休みの間、結局先輩から一度だって連絡はなかった。発情期ヒートの時だってそれは同様で、だからまさか昼休みに顔を出してくるとは思わなかった僕は動揺する。

「学校始まってから毎日うちのクラス覗きに来てたんだよ、連絡とってなかったの?」
「僕、それどころじゃなかったし……」

 発情期の間は理性がおかしくなっているから自分から連絡を入れる事はできなかった、けれどかと言って先輩からも今までなんの連絡もなかったのに……

「樹、良かった! 会えた!」

 教室の扉からこちらを覗き込む先輩は僕と会えたことを素直に喜んでいる感じだけど、年末からこっち連絡寄こさなかったのそっちじゃん! と、僕の心中は複雑で「お久しぶりです、篠木先輩」なんて妙によそよそしい返事を返してしまった僕は悪くない。
 僕の態度がいつもと違う事に気付いたのだろう、先輩は困ったように眉を下げた。

「あ~……怒ってる?」
「別に、僕が怒ることなんて何もないでしょう?」

 どういう態度でいたらいいのか分からない僕の態度はいつも以上につっけんどんで、先輩もまるで腫れ物でも触るようにおどおどしているのが更に僕の癇に障った。

「少しだけ話、いいかな?」
「僕も先輩とは一度話さないとと思ってたんでいいですよ」

 いつもだったら屋上に向かう僕達だけど、季節は冬、吹きっさらしの屋上に出る気にはなれなくて、その手前の踊り場で僕達は立ち止まった。

「えっと、改めてごめん! 試合負けた!」

 先輩が勢いよく頭を下げる。知ってるよ、そんなのとっくに知ってるよ。

「なんで先輩が謝るの? 僕、先輩に謝られても全然嬉しくない」
「いや……約束、守れなかったから……」
「僕、そんな事より年末からこっち一度も連絡がなかった事の方が嫌だったんだけど。試合前は仕方ないとして、どうして今日まで一度も連絡くれなかったの?」
「あ……っと、直接会って謝らないと駄目だと思って、あの試合の晩、樹に会いに行ったんだ、でも、樹のお兄さん達に追い返されて……」

 え……そんなの僕、聞いてない。

「樹泣かせんな、ってめちゃくちゃ怒られて、その時発情期ヒートだって事も聞いたから、直接会えるまで待とうって……」
「それで一度も連絡くれなかったの?」

 先輩はこくりと頷くので僕は大きく息を吐いた。それ先輩悪くないのかも、どうして兄ちゃん達言ってくれなかったのかな? 帰ったら問い正さないとだよ。

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