榊原さんちの家庭の事情

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βだって愛されたい!①

家庭の中での俺の立ち位置

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「今朝連れてた可愛い子、誰!?」

 教室に入った途端、級友たちに囲まれる。ほらな、やっぱり注目の的だった。

「あぁもう! アレは俺の弟だよ! お前等うるさい! 散れ!」
「弟!? 妹じゃなくて!? でもあの双子の兄ちゃんの弟だと思えば納得か、兄ちゃん達も美形だったもんなぁ」
「四季、お前って本当にあの兄弟と血繋がってんの?」

 級友達は勝手な事を言って囃し立ててくるが、そんな事は俺だってもうとっくの昔に考えたわ! 何処かで捨てられていたのを貰われてきた子なんだって俺だって思ったさ! 思いつめて戸籍謄本を取り寄せてそれが両親に見付かって母親に大泣きされて家族会議になった事だってあるんだからな、ついでにそのまま俺が産まれた時の記録ビデオの鑑賞会になってめっちゃ気まずかったわ!
 その時の俺はまだ末っ子だったから、皆にそりゃもうちやほやされてる映像でさ、俺にもこんな時代があったんだなぁ……って妙に感慨深かったよ。
 一縷兄ちゃんが恐る恐る俺を抱っこしててさ、双葉兄ちゃんと三葉兄ちゃんが自分達もって大騒ぎしてるんだけど、まだ2人は小さすぎて抱っこさせてもらえなくて拗ねてんの。 
 一縷兄ちゃんはずっと俺の事、可愛い可愛いって連呼してて恥ずかしかったな。

 そんでもってその流れで樹の方のビデオ鑑賞会になって、あまりの樹の可愛さにほわんとなったと同時に、一縷兄ちゃんの膝の中にいた俺がぽいっと放り出される映像があって、俺の天下はこの瞬間に終わったんだなって思ったのも覚えてる。
 さすがに2歳だったから当時の事は覚えてないけど、画面の向こうでギャン泣きする俺はとても可哀想だった……思えばそうやって俺は誰かに愛される事を諦めていったんだろうな、って何となく理解した。

「そうは言っても『みにくいアヒルの子』だって白鳥になる可能性はまだ残されてるよな」
「あん?」
「お前、頭は良いもんなぁ、というわけで塾の宿題見せて!」

 級友に拝むように頭を下げられた俺は、鞄の中からノートを取り出し下げた頭にぽすんと乗せる。

「助かる~四季、大好き!」
「たまには自力でやる事も覚えろよ、俺達だってもう受験生なんだから」

 俺は溜息を零しながら席に着く、別に俺は頭がいい訳じゃない。人より少しだけ成績が良いのは兄達に引けを取らない為に必死に勉強しているからで、その成績だって上の下なんだから世の中上手くいかないよな。




「学校の方はどうだった?」

 晩御飯を食べ終わり、リビングでテレビを見ていた俺に声をかけてきたのは一縷兄ちゃん、どうと言われてもいつもと何も変わんねぇけど? あぁ、樹の事か……

「まぁ、大丈夫なんじゃねぇ? クラスに友達も出来たみたいだし」

 樹は人懐こく甘え上手だ、入学早々クラスの友達と何かあったらと少し心配していたのだが、同じ中学から進学した元クラスメイトもいる上に、どうやら早速仲良くなれそうな友達を見つけたようで、樹はるんるんで帰ってきた。
 樹を護衛してくれる友達が出来るのは良い事だ、そうすれば俺の負担は格段に減る。ちなみに中学校時代1年間は俺が面倒を見て、残り2年はクラスにできた樹の親衛隊がまるで姫を守る騎士のように樹の貞操を守ってくれたのでとても安心感があった。
 高校でも同じような仲間に恵まれるといいのだが……

「そうか、で?」
「で?」

 しばしの沈黙、で? なんだよ? 俺がきょとんと首を傾げると兄が少し戸惑ったように「お前はどうなんだ?」と問うてきた。

「どうって、別に何も変わらないけど?」

 今までそんな事聞いてきた事もない癖に突然なんだ? 一縷兄ちゃんは昔から少し言葉が足りない。α特有のカリスマ性で兄ちゃんが何も言わなくても周りが察して動いてくれる弊害なのか、俺は時々兄ちゃんが何を言いたいのか分からない時がある。
 そのいい例が家族の前で彼女が出来たと俺が宣言した時の事なのだが、双葉兄ちゃん三葉兄ちゃんが囃し立てる中、一縷兄ちゃんだけが「お前はまだ子供だろ」と言い放った。
確かに俺はまだ親に養われている子供だけど、別に彼女作るのにそれって関係ある? すぐに結婚して彼女を養う訳でもないのにさ、俺にはさっぱり意味が分からない。

 そう言えばバース性の人間は付き合う=結婚みたいな所あるもんなぁ。
 Ωは3か月に一度発情期というのがやって来て、その時にαと性交をするとΩはかなりの高確率で妊娠してしまう。しかもαは発情期にΩが発する発情フェロモンに逆らえない。言ってしまえばバース性はSEXに支配されている性ともいえる訳で、だからαもΩもそこの所はとても慎重で、交際には細心の注意を払うのだけど、言っても俺はβだし、彼女とは手を繋ぐくらいしかしていない清い仲だったし? 変に勘繰られる事は何もなかったんだけどな。

 「そうか」と、また兄は頷いて沈黙、もうホント何なんだよっ! 一縷兄ちゃんのこういう所が本当に俺には謎で、最近俺は兄ちゃんに近寄らないようにしてるってのに、どう返していいか分かんねぇよ!

「一兄、四季兄ど~ん!」

 そんな言葉と共に風呂上がりの樹が俺と一縷兄ちゃんを巻き込んで抱きついてきた。ふわりと香る石鹸の匂いと温かい温もり。
 樹は基本空気を読まない、だけど今はちょっと助かった、一縷兄ちゃんの沈黙に耐えかねてどうしようかと思ってた所だ。

「樹、まだ髪濡れてるじゃないか! ちゃんと乾かしてから来いよ、濡れるだろ!」
「えぇ……四季兄やってよぉ」

 甘え上手な樹はタオルを頭に乗せて小首を傾げた。くっそ、ホント可愛いな。

「樹、俺達がやってやるからこっち来いって」
「ほらほら美味しいアイスもあるから、おいでおいで」

 何故か双子の兄が樹を手招く。まぁ、樹は昔から家族全員に愛されてるからな。

「やだぁ、ふた兄もみつ兄も乱暴なんだもん。僕の髪って繊細だから2人にやってもらうと痛んじゃう」
「お? 末っ子が生意気な口を!」
「そうだそうだ、生意気だぞ!」

 双子の兄が口を揃えてぶーぶー言うのに、樹はべーっと舌を出して「四季兄やって?」と俺をご指名だ。

「自分でやればいいだろう?」

 いつまでも甘えたな弟、少し甘やかし過ぎたのだろうか? 俺が断ると樹は不満顔でぷくりと頬を膨らませたのだが、そんな会話を尻目に無言で一縷兄ちゃんが樹の髪をタオルで拭きだした。樹はそれを当然と言わんばかりに一縷兄ちゃんの前に座り込んだので、俺はその場を離脱する事にした。

「四季?」
「俺も風呂行ってくるわ」
「あ……そうか」

 俺の言葉に何かを言いかけ、けれど一縷兄ちゃんはそれ以上は何も語らず「行ってこいと」とそう言った。
 風呂場へ向かう俺の背に「一兄口下手すぎだろ……」と、双子の兄のどちらかが呟くような声が聞こえた。


 湯船につかって天井を見上げる。この家に生まれて特別不自由な思いをしたことはないけれど、やっぱり少しだけ面倒くさいなと俺は思う。
 Ωの弟がいるから俺はそんな弟を守る為に奔走しなければならないし、優秀過ぎるαの兄達がいるから俺はそんな兄達に相応しい弟でいなければいけないのだ。
 息苦しいなとそう思う。誰も俺を俺個人として見てくれない、俺はいつでも誰かのおまけ、兄弟を恨みたくはないけれど、もっと普通の家に生まれたかったな……と俺は大きな溜息を零した。

 風呂から出ると一縷兄ちゃんはまだリビングに居て、別に兄ちゃんがどこで何をしてようが構いはしないのだけど、テレビなんてろくに見ない人が珍しい。

「なんか面白い番組でもやってんの?」

 ひょいと俺が背後から覗き込んだら、兄はびくりと振り返る。

「あれ? もしかして寝てた?」
「いや……」

 やはり兄さんの言葉は少なく首を傾げたら「お前の髪も拭いてやろうかと……」と続いたので思わずきょとんとしてしまう。

「別に自分でできるし、いらない」
「あ……あぁ、そうか……」

 なんか、兄ちゃん少しだけしょんぼり顔なの何でかな? 一縷兄ちゃんは言葉は少ないが割と面倒見はいい。なにせ下に4人も弟がいるからな。さっき樹の髪を拭いてやってたし、同じようにしてやろうとでも思ったのかな? 別にそれも今までやってくれた事はない癖に変なの。

「四季は学校で何か困った事とかないか?」
「ん? 別に何もないよ」
「そうか……彼女とは、うまくやっているのか?」

 あれ? そういえば俺フラれた事報告してなかったっけ? ってか格好悪いし、別に言わなくてもいいかと思ってたんだけど心配してたのかな?

「彼女とは別れたよ」
「え?」
「フラれたんだよ、樹と比べられたくないってさ。俺、そんな事しないのにな」

 瞬間兄ちゃんの顔がぱあっと笑顔になって、その後すぐにそれを戒めるように元の顔に戻ったんだけど、ちょっと感じ悪い。

「なに? 俺がフラれて兄ちゃんそんなに嬉しいの?」
「いや、ちが……」
「そりゃあ、兄ちゃんはモテモテで彼女なんか選びたい放題だろうし、俺みたいに理不尽な理由でフラれたりしないんだろうけどさ、それにしてもちょっと酷くない?」
「誤解だ、四季。俺は決してお前がフラれた事を喜んだわけでは……」
「嘘だぁ、今絶対笑った! 兄ちゃん最っっ低!」

 この家の中で俺はいつでも劣っている。そんな事は分かっていて、受け入れて生きてきたけど、そんな俺を家族は馬鹿にする事はしないって思ってたのに兄ちゃんは違ったんだ。
悔しいし悲しくて俺は踵を返した。背後から「四季、誤解だ!」と兄の声が追いかけてきたけど、もう知らない。兄ちゃんなんて嫌いだよ!
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