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63 ある使用人の謝罪
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「ラズ侯爵! どういうことだ! ジリオーラがレディ・ピアディに執着していただと! 皇族の種を孕んだだと! 血族の当主の花嫁になる娘に、どんな教育をしていた!」
「私は悪くない! おまえの息子が、ピアディに異常な執着を見せていたから、より愛されるよう、幸せになるよう、男の欲望から遠ざけて育てただけだ! 次期当主の嗜好にあわせた教育だ! 貴殿がピアディを血族の仕事にいくよう指示したせいで、なにもかもが狂ったんだ!」
つかみあい、ののしりあいだした、ふたりの公爵を呆然と見つめた。
「初めての接吻を覚えている? あのときはふたりだけの、まねごとの婚約の儀だったけれど、やっと本当にできたね」
旦那様は微笑みながら、レディ・ピアディに絵姿の思い出を語っていた……
「終わりだ! エバンティスは、聖者の血が終わる! 血族の強い魔力を宿す子供が必要だったのに! レディ・ピアディ以降、血族魔法を使える者は産まれていないんだぞ! おまえが娘の育てかたを間違えたから、婚姻を認められず、今、こんなことになっている!」
「婚姻を認めなかったのは、いちど別の男の手垢がついた娘だからだろ! おまえの息子の嗜好からはずれたんだろ? ピアディは次期当主夫人にふさわしくないと切り捨てられたのだろう? だから、嫁ぎ先を皇族に変えようと思っただけだ!」
自分の主張だけを大声で叫びあうふたりの公爵のそばで、古参の執事長が、幼い旦那様とレディ・ピアディの絵姿にすがりつき泣き崩れていた……
「愛しいピジュ、白状するよ。学園に向かう私の馬車に、君は『いっちゃヤダ』と泣いて居座ったけれど、あのままさらってしまいたかったんだよ……私も君と離れるのが寂しくて、馬車のなかで泣いたんだ」
旦那様は、とろけるような視線をレディ・ピアディに向けている。
「おまえが血族の仕事以外に、金でレディ・ピアディの一夜の相手を決めていたことを当主の私が知らないとでも思っているのか! 愚かなおまえのせいで、金をだすからジリオーラをよこせと皇女殿下からの呼びだしが、うるさくなって迷惑したんだぞ! この俗物め!」
「あはははははは! わっははははは!」
狂ったように笑い出したラズ侯爵様が叫ぶ。
「ザマァ見ろ! おまえの息子も皇女に金で買われるがいい! ピアディは純粋だっただろ? 可憐だっただろ? ピアディはな、閨で『ジリィ助けて……助けて……』って泣くそうだ」
権力の虜だったエバンティス侯爵様……お金の亡者だったラズ侯爵様……なんて醜い言い争い。
「嫌がる女をむりやり『契約』で縛って犯す、その背徳感がたまらない! お高くとまった宰相の、令嬢に人気のある宰相補佐の、鼻をあかせると大人気だ! そうなるよう、育てさせたのはおまえの息子だ!」
わたくしたち伯爵邸の使用人のなかに、聖者の血族。エバンティス血族の裏の仕事を、知っていた者はどれぐらいいたのだろう? セフィロース領ですごす旦那様とレディ・ピアディは、いつも楽しそうにしていたから……気づきもしなかった……
「この小さいレディは僕だけのお姫様! 愛しいピジュ、君だよ」
わたくしたちは、おふたりの一体なにを見ていたのだろう?
端整な顔立ちの将来有望な若き領主。そんな旦那様の伯爵邸で働けるのが、使用人たちの自慢だった。
レディ・ピアディは、使用人の意地悪に怒ることはあっても、手をあげることはなかった……いつも旦那様の隣でニコニコと笑っていらした。幸せそうに微笑み。人目をはばからず口づけを交わし、ふざけてじゃれあう……
旦那様が心から求め、旦那様に愛されていた令嬢を、わたくしたち使用人は拒絶した。
レディ・ピアディが、夜会会場から帝国の王太子殿下に、むりやり連れ出されるのを、こっそり笑いながら見ていた。
「ジリィに知らせて! はやく! お願い!」と、叫んだ彼女の言葉を無視し、旦那様が会場に戻られてから、行き先を知らせた。
旦那様もリオ様も中座されていたため、おふたりの邪魔をしないように配慮をした……つもりだった……男を漁る淫乱な魔女の性癖を、旦那様に知られればいい。そう思っていたのかも知れない。自慢の旦那様が、はやくレディ・ピアディを伯爵邸から追い出せるように……
レディ・ピアディは優しい。使用人にたいし「鞭打つわよ」「屋敷を追いだすわ」などと言いながら、怒ることはあっても、実行されたことはなかった。旦那様がレディ・ピアディの文句を、まともに取りあわないでいてくださっているからだと思っていたが、違うのだろう……
旦那様のレディ・ピアディは、旦那様に愛されることしか知らない。そして旦那様を愛することしか知らない、お優しいかただったのだ……
きっとレディ・ピアディは、自分を見捨てる……という失態を犯した、わたくしたち使用人も許すに違いない……許し、屋敷から追いだすことはしないのだ……
旦那様の悲しみと怒りがおさまるまで、この炎は消えないだろう……自慢の旦那様には、もうレディ・ピアディの声しか届かない。そして……
――今回は許してさしあげるわ
そう言って、旦那様をなだめてくださる優しいかたは、もういないのだ。
少しずつ広がる旦那様の炎が、伯爵邸をすべて焼くまで消えなかったら……炎に焼かれる最後を思い、恐怖に体がふるえ、泣き崩れた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
「私は悪くない! おまえの息子が、ピアディに異常な執着を見せていたから、より愛されるよう、幸せになるよう、男の欲望から遠ざけて育てただけだ! 次期当主の嗜好にあわせた教育だ! 貴殿がピアディを血族の仕事にいくよう指示したせいで、なにもかもが狂ったんだ!」
つかみあい、ののしりあいだした、ふたりの公爵を呆然と見つめた。
「初めての接吻を覚えている? あのときはふたりだけの、まねごとの婚約の儀だったけれど、やっと本当にできたね」
旦那様は微笑みながら、レディ・ピアディに絵姿の思い出を語っていた……
「終わりだ! エバンティスは、聖者の血が終わる! 血族の強い魔力を宿す子供が必要だったのに! レディ・ピアディ以降、血族魔法を使える者は産まれていないんだぞ! おまえが娘の育てかたを間違えたから、婚姻を認められず、今、こんなことになっている!」
「婚姻を認めなかったのは、いちど別の男の手垢がついた娘だからだろ! おまえの息子の嗜好からはずれたんだろ? ピアディは次期当主夫人にふさわしくないと切り捨てられたのだろう? だから、嫁ぎ先を皇族に変えようと思っただけだ!」
自分の主張だけを大声で叫びあうふたりの公爵のそばで、古参の執事長が、幼い旦那様とレディ・ピアディの絵姿にすがりつき泣き崩れていた……
「愛しいピジュ、白状するよ。学園に向かう私の馬車に、君は『いっちゃヤダ』と泣いて居座ったけれど、あのままさらってしまいたかったんだよ……私も君と離れるのが寂しくて、馬車のなかで泣いたんだ」
旦那様は、とろけるような視線をレディ・ピアディに向けている。
「おまえが血族の仕事以外に、金でレディ・ピアディの一夜の相手を決めていたことを当主の私が知らないとでも思っているのか! 愚かなおまえのせいで、金をだすからジリオーラをよこせと皇女殿下からの呼びだしが、うるさくなって迷惑したんだぞ! この俗物め!」
「あはははははは! わっははははは!」
狂ったように笑い出したラズ侯爵様が叫ぶ。
「ザマァ見ろ! おまえの息子も皇女に金で買われるがいい! ピアディは純粋だっただろ? 可憐だっただろ? ピアディはな、閨で『ジリィ助けて……助けて……』って泣くそうだ」
権力の虜だったエバンティス侯爵様……お金の亡者だったラズ侯爵様……なんて醜い言い争い。
「嫌がる女をむりやり『契約』で縛って犯す、その背徳感がたまらない! お高くとまった宰相の、令嬢に人気のある宰相補佐の、鼻をあかせると大人気だ! そうなるよう、育てさせたのはおまえの息子だ!」
わたくしたち伯爵邸の使用人のなかに、聖者の血族。エバンティス血族の裏の仕事を、知っていた者はどれぐらいいたのだろう? セフィロース領ですごす旦那様とレディ・ピアディは、いつも楽しそうにしていたから……気づきもしなかった……
「この小さいレディは僕だけのお姫様! 愛しいピジュ、君だよ」
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端整な顔立ちの将来有望な若き領主。そんな旦那様の伯爵邸で働けるのが、使用人たちの自慢だった。
レディ・ピアディは、使用人の意地悪に怒ることはあっても、手をあげることはなかった……いつも旦那様の隣でニコニコと笑っていらした。幸せそうに微笑み。人目をはばからず口づけを交わし、ふざけてじゃれあう……
旦那様が心から求め、旦那様に愛されていた令嬢を、わたくしたち使用人は拒絶した。
レディ・ピアディが、夜会会場から帝国の王太子殿下に、むりやり連れ出されるのを、こっそり笑いながら見ていた。
「ジリィに知らせて! はやく! お願い!」と、叫んだ彼女の言葉を無視し、旦那様が会場に戻られてから、行き先を知らせた。
旦那様もリオ様も中座されていたため、おふたりの邪魔をしないように配慮をした……つもりだった……男を漁る淫乱な魔女の性癖を、旦那様に知られればいい。そう思っていたのかも知れない。自慢の旦那様が、はやくレディ・ピアディを伯爵邸から追い出せるように……
レディ・ピアディは優しい。使用人にたいし「鞭打つわよ」「屋敷を追いだすわ」などと言いながら、怒ることはあっても、実行されたことはなかった。旦那様がレディ・ピアディの文句を、まともに取りあわないでいてくださっているからだと思っていたが、違うのだろう……
旦那様のレディ・ピアディは、旦那様に愛されることしか知らない。そして旦那様を愛することしか知らない、お優しいかただったのだ……
きっとレディ・ピアディは、自分を見捨てる……という失態を犯した、わたくしたち使用人も許すに違いない……許し、屋敷から追いだすことはしないのだ……
旦那様の悲しみと怒りがおさまるまで、この炎は消えないだろう……自慢の旦那様には、もうレディ・ピアディの声しか届かない。そして……
――今回は許してさしあげるわ
そう言って、旦那様をなだめてくださる優しいかたは、もういないのだ。
少しずつ広がる旦那様の炎が、伯爵邸をすべて焼くまで消えなかったら……炎に焼かれる最後を思い、恐怖に体がふるえ、泣き崩れた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
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