64 / 71
63 ある使用人の謝罪
しおりを挟む
「ラズ侯爵! どういうことだ! ジリオーラがレディ・ピアディに執着していただと! 皇族の種を孕んだだと! 血族の当主の花嫁になる娘に、どんな教育をしていた!」
「私は悪くない! おまえの息子が、ピアディに異常な執着を見せていたから、より愛されるよう、幸せになるよう、男の欲望から遠ざけて育てただけだ! 次期当主の嗜好にあわせた教育だ! 貴殿がピアディを血族の仕事にいくよう指示したせいで、なにもかもが狂ったんだ!」
つかみあい、ののしりあいだした、ふたりの公爵を呆然と見つめた。
「初めての接吻を覚えている? あのときはふたりだけの、まねごとの婚約の儀だったけれど、やっと本当にできたね」
旦那様は微笑みながら、レディ・ピアディに絵姿の思い出を語っていた……
「終わりだ! エバンティスは、聖者の血が終わる! 血族の強い魔力を宿す子供が必要だったのに! レディ・ピアディ以降、血族魔法を使える者は産まれていないんだぞ! おまえが娘の育てかたを間違えたから、婚姻を認められず、今、こんなことになっている!」
「婚姻を認めなかったのは、いちど別の男の手垢がついた娘だからだろ! おまえの息子の嗜好からはずれたんだろ? ピアディは次期当主夫人にふさわしくないと切り捨てられたのだろう? だから、嫁ぎ先を皇族に変えようと思っただけだ!」
自分の主張だけを大声で叫びあうふたりの公爵のそばで、古参の執事長が、幼い旦那様とレディ・ピアディの絵姿にすがりつき泣き崩れていた……
「愛しいピジュ、白状するよ。学園に向かう私の馬車に、君は『いっちゃヤダ』と泣いて居座ったけれど、あのままさらってしまいたかったんだよ……私も君と離れるのが寂しくて、馬車のなかで泣いたんだ」
旦那様は、とろけるような視線をレディ・ピアディに向けている。
「おまえが血族の仕事以外に、金でレディ・ピアディの一夜の相手を決めていたことを当主の私が知らないとでも思っているのか! 愚かなおまえのせいで、金をだすからジリオーラをよこせと皇女殿下からの呼びだしが、うるさくなって迷惑したんだぞ! この俗物め!」
「あはははははは! わっははははは!」
狂ったように笑い出したラズ侯爵様が叫ぶ。
「ザマァ見ろ! おまえの息子も皇女に金で買われるがいい! ピアディは純粋だっただろ? 可憐だっただろ? ピアディはな、閨で『ジリィ助けて……助けて……』って泣くそうだ」
権力の虜だったエバンティス侯爵様……お金の亡者だったラズ侯爵様……なんて醜い言い争い。
「嫌がる女をむりやり『契約』で縛って犯す、その背徳感がたまらない! お高くとまった宰相の、令嬢に人気のある宰相補佐の、鼻をあかせると大人気だ! そうなるよう、育てさせたのはおまえの息子だ!」
わたくしたち伯爵邸の使用人のなかに、聖者の血族。エバンティス血族の裏の仕事を、知っていた者はどれぐらいいたのだろう? セフィロース領ですごす旦那様とレディ・ピアディは、いつも楽しそうにしていたから……気づきもしなかった……
「この小さいレディは僕だけのお姫様! 愛しいピジュ、君だよ」
わたくしたちは、おふたりの一体なにを見ていたのだろう?
端整な顔立ちの将来有望な若き領主。そんな旦那様の伯爵邸で働けるのが、使用人たちの自慢だった。
レディ・ピアディは、使用人の意地悪に怒ることはあっても、手をあげることはなかった……いつも旦那様の隣でニコニコと笑っていらした。幸せそうに微笑み。人目をはばからず口づけを交わし、ふざけてじゃれあう……
旦那様が心から求め、旦那様に愛されていた令嬢を、わたくしたち使用人は拒絶した。
レディ・ピアディが、夜会会場から帝国の王太子殿下に、むりやり連れ出されるのを、こっそり笑いながら見ていた。
「ジリィに知らせて! はやく! お願い!」と、叫んだ彼女の言葉を無視し、旦那様が会場に戻られてから、行き先を知らせた。
旦那様もリオ様も中座されていたため、おふたりの邪魔をしないように配慮をした……つもりだった……男を漁る淫乱な魔女の性癖を、旦那様に知られればいい。そう思っていたのかも知れない。自慢の旦那様が、はやくレディ・ピアディを伯爵邸から追い出せるように……
レディ・ピアディは優しい。使用人にたいし「鞭打つわよ」「屋敷を追いだすわ」などと言いながら、怒ることはあっても、実行されたことはなかった。旦那様がレディ・ピアディの文句を、まともに取りあわないでいてくださっているからだと思っていたが、違うのだろう……
旦那様のレディ・ピアディは、旦那様に愛されることしか知らない。そして旦那様を愛することしか知らない、お優しいかただったのだ……
きっとレディ・ピアディは、自分を見捨てる……という失態を犯した、わたくしたち使用人も許すに違いない……許し、屋敷から追いだすことはしないのだ……
旦那様の悲しみと怒りがおさまるまで、この炎は消えないだろう……自慢の旦那様には、もうレディ・ピアディの声しか届かない。そして……
――今回は許してさしあげるわ
そう言って、旦那様をなだめてくださる優しいかたは、もういないのだ。
少しずつ広がる旦那様の炎が、伯爵邸をすべて焼くまで消えなかったら……炎に焼かれる最後を思い、恐怖に体がふるえ、泣き崩れた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
「私は悪くない! おまえの息子が、ピアディに異常な執着を見せていたから、より愛されるよう、幸せになるよう、男の欲望から遠ざけて育てただけだ! 次期当主の嗜好にあわせた教育だ! 貴殿がピアディを血族の仕事にいくよう指示したせいで、なにもかもが狂ったんだ!」
つかみあい、ののしりあいだした、ふたりの公爵を呆然と見つめた。
「初めての接吻を覚えている? あのときはふたりだけの、まねごとの婚約の儀だったけれど、やっと本当にできたね」
旦那様は微笑みながら、レディ・ピアディに絵姿の思い出を語っていた……
「終わりだ! エバンティスは、聖者の血が終わる! 血族の強い魔力を宿す子供が必要だったのに! レディ・ピアディ以降、血族魔法を使える者は産まれていないんだぞ! おまえが娘の育てかたを間違えたから、婚姻を認められず、今、こんなことになっている!」
「婚姻を認めなかったのは、いちど別の男の手垢がついた娘だからだろ! おまえの息子の嗜好からはずれたんだろ? ピアディは次期当主夫人にふさわしくないと切り捨てられたのだろう? だから、嫁ぎ先を皇族に変えようと思っただけだ!」
自分の主張だけを大声で叫びあうふたりの公爵のそばで、古参の執事長が、幼い旦那様とレディ・ピアディの絵姿にすがりつき泣き崩れていた……
「愛しいピジュ、白状するよ。学園に向かう私の馬車に、君は『いっちゃヤダ』と泣いて居座ったけれど、あのままさらってしまいたかったんだよ……私も君と離れるのが寂しくて、馬車のなかで泣いたんだ」
旦那様は、とろけるような視線をレディ・ピアディに向けている。
「おまえが血族の仕事以外に、金でレディ・ピアディの一夜の相手を決めていたことを当主の私が知らないとでも思っているのか! 愚かなおまえのせいで、金をだすからジリオーラをよこせと皇女殿下からの呼びだしが、うるさくなって迷惑したんだぞ! この俗物め!」
「あはははははは! わっははははは!」
狂ったように笑い出したラズ侯爵様が叫ぶ。
「ザマァ見ろ! おまえの息子も皇女に金で買われるがいい! ピアディは純粋だっただろ? 可憐だっただろ? ピアディはな、閨で『ジリィ助けて……助けて……』って泣くそうだ」
権力の虜だったエバンティス侯爵様……お金の亡者だったラズ侯爵様……なんて醜い言い争い。
「嫌がる女をむりやり『契約』で縛って犯す、その背徳感がたまらない! お高くとまった宰相の、令嬢に人気のある宰相補佐の、鼻をあかせると大人気だ! そうなるよう、育てさせたのはおまえの息子だ!」
わたくしたち伯爵邸の使用人のなかに、聖者の血族。エバンティス血族の裏の仕事を、知っていた者はどれぐらいいたのだろう? セフィロース領ですごす旦那様とレディ・ピアディは、いつも楽しそうにしていたから……気づきもしなかった……
「この小さいレディは僕だけのお姫様! 愛しいピジュ、君だよ」
わたくしたちは、おふたりの一体なにを見ていたのだろう?
端整な顔立ちの将来有望な若き領主。そんな旦那様の伯爵邸で働けるのが、使用人たちの自慢だった。
レディ・ピアディは、使用人の意地悪に怒ることはあっても、手をあげることはなかった……いつも旦那様の隣でニコニコと笑っていらした。幸せそうに微笑み。人目をはばからず口づけを交わし、ふざけてじゃれあう……
旦那様が心から求め、旦那様に愛されていた令嬢を、わたくしたち使用人は拒絶した。
レディ・ピアディが、夜会会場から帝国の王太子殿下に、むりやり連れ出されるのを、こっそり笑いながら見ていた。
「ジリィに知らせて! はやく! お願い!」と、叫んだ彼女の言葉を無視し、旦那様が会場に戻られてから、行き先を知らせた。
旦那様もリオ様も中座されていたため、おふたりの邪魔をしないように配慮をした……つもりだった……男を漁る淫乱な魔女の性癖を、旦那様に知られればいい。そう思っていたのかも知れない。自慢の旦那様が、はやくレディ・ピアディを伯爵邸から追い出せるように……
レディ・ピアディは優しい。使用人にたいし「鞭打つわよ」「屋敷を追いだすわ」などと言いながら、怒ることはあっても、実行されたことはなかった。旦那様がレディ・ピアディの文句を、まともに取りあわないでいてくださっているからだと思っていたが、違うのだろう……
旦那様のレディ・ピアディは、旦那様に愛されることしか知らない。そして旦那様を愛することしか知らない、お優しいかただったのだ……
きっとレディ・ピアディは、自分を見捨てる……という失態を犯した、わたくしたち使用人も許すに違いない……許し、屋敷から追いだすことはしないのだ……
旦那様の悲しみと怒りがおさまるまで、この炎は消えないだろう……自慢の旦那様には、もうレディ・ピアディの声しか届かない。そして……
――今回は許してさしあげるわ
そう言って、旦那様をなだめてくださる優しいかたは、もういないのだ。
少しずつ広がる旦那様の炎が、伯爵邸をすべて焼くまで消えなかったら……炎に焼かれる最後を思い、恐怖に体がふるえ、泣き崩れた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
9
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる