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02 ふたりの候補者

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 これはアレだよね? 俗にいう異世界召喚?
 召喚されたわけじゃなく、異世界につながる穴に落っこちたっていうのが泣けるけど……
 階下のおばさんの言っていた『住人が蒸発しちゃう事故物件』のセリフが、頭のなかでぐわんぐわん踊っていた。

 不動産屋さんに文句言っても無駄かな? 『異世界召喚に夢見ているかた、専用物件』とか言ってくれたら借りなかったのに……
 そりゃあ~異世界物は好きですよ。好きだけど、読みものとして好きなわけで……
 ――当事者になる予定はなかったのに……

「失礼」

 ひょいっとアラン様に横抱きにされ、慌てる。人間びっくりすると声がでなくなるものなのね。

「他の者達と合流します。馬に乗ったことは?」
「――いえ……」

 小学生の夏休み、親に連れて行ってもらった牧場の乗馬体験。きっとあれレベルじゃ乗ったことある! と、言えないはず……
 そもそも馬じゃなかった。ポニーだった……

「王都まで早駆けで1日の距離です。皆と合流したら走らせますので、私によりかかっていてください」

 微笑みながらアラン様が口笛を吹くと、木陰から馬があらわれた。
 大きい人の馬だけのことはある。うん。巨大!

 視覚的な恐怖で体がプルプルとふるえ――涙がこぼれる。

 私ってこんなに弱い人間だったっけか……いろいろなことがありすぎて、心が弱っているのかも……

 ぽろぽろ泣きだした私にアラン様は慌て、大きな手で背中をトントンしたり、頭をワシャワシャしたりしてくる。
 子供あつかいなのは気恥ずかしいけれど、大柄な騎士が慌てるようすは、ちょっと可愛い。

「――大き、すぎる……怖い」

 アラン様がばっと天をあおいだ。

「――そうか。大きすぎるか。なら、セフィロース卿の馬なら……」

 初対面でいきなりのお姫様抱っこが恥ずかしくって、今まで顔をじっくり見られなかったけど……あせるアラン様のようすを盗み見た。
 燃えるような短い赤髪、高い鼻梁にひきしまった口元の精悍な顔立ち。モテそうだなぁ~りりしいスポーツ選手みたい。
 耳の先がちょっと赤くなってるのは、慌てた自分が恥ずかしかったのかしら?

「ロズベルトの馬は軍馬だから怖いよね。私の乗ってきた馬のほうが小柄だから、怖くないよ」

 ジリオ様の馬もじゅうぶん大きいです……

 アラン様がそっとジリオ様の馬の上に私を横座りさせ、自分の馬の手綱をジリオ様に押しつけた。

「皆と合流後は、馬車があるから」

 馬の上は高すぎて怖いから、馬車は嬉しいな。アラン様が引く馬上でバランスをとりながらうなずく。

「――なっ、ダメです! 許可できません」
「なぜ? 女の子に馬での移動は無理だよ」

 ダメなのですか? 彼らのいい争いを、絶望的な気持ちで見つめた。
 青い顔の私の視線を感じて、アラン様がみずからのこめかみをグリグリ指で押す。

「ではシャルナ王国の騎士を1人同乗させます。貴国の民のみの馬車に、聖女様を乗せられません」
「リオに私。書記官、商会の代表、交代要員の御者、荷物もあるし、これ以上は無理だよ」
「御者は護衛も兼ねていますよね。御者と騎士をいれかえてください」

 しかたがない……という雰囲気で、ジリオ様が肩をすくめ、私は馬車へ乗れることになった。

 シシーリア聖皇国からの使節団は、貿易開発会議の参加者として、宰相補佐ジリオーラ・エバンティス・セフィロース伯爵を筆頭に、彼の書記官、商会の代表、護衛けん御者2名。
 シャルナ王国からは、使節団の護衛隊長としてアラン・ロズベルト騎士爵。彼の部下の騎士4名が派遣されていた。

 彩雲の出現を確認したアラン様は、部下に使節団の護衛を指示し、すぐさま雲の切れ間に馬を走らせ、天空から落ちてきた私を抱きとめたとのこと。

 落下の速度がゆっくりでよかった……

「ジリオーラ様が護衛の馬に飛び乗ったときは驚きました! 馬車のなかから彩雲は気づきにくかったのですが、聖女降臨にまにあうことができるなんて! ジリオーラ様の判断力、さすがだと思いませんか!」
「聖女様、セフィロース伯爵は27歳という若さで宰相補佐! お父上はシシーリア聖皇国宰相エバンティス侯爵閣下です。今はエバンティス侯爵の持つ爵位のひとつセフィロース伯爵をなのっておられますが、いずれ侯爵家を継がれるおかたです」

 馬車に同乗しているジリオ様の書記官と、商会の代表の、ジリオ様推しがすごすぎる。

「ロズベルト隊長は数々の武勲をあげ、平民出身ながら騎士爵の爵位を賜ったんですよ」

 負けじとシャルナ王国の騎士が、アラン様推しを展開する。
 ――2:1で分が悪そう……

 そんなようすを私の横でジリオ様は、ニコニコと微笑みながら聞いていた。
 サラサラ銀髪。甘い眼差し。端整な顔立ち。うん。美形だ……

 ――馬車……初めて乗ったなぁ。
 メリーゴーランドの馬車は上下しないからつまんない! とか思っていた、過去の自分! 反省しろ~微妙な振動でお尻、痛すぎ……酔うし……気持ち悪い……

 酔った私に肩を貸してくれたジリオ様に甘え、彼によりかかりながら『推し』合戦をする2国民の話しをぼんやり聞いていた。

 ――狭い馬車内に大人が5人――人口密度高すぎ……

 異世界からの来訪者は大切にされるらしい雰囲気には、ほっとした。いきなり奴隷あつかいとか、魔王討伐とか怖いし……不安なことは沢山あるけれど……保護してくれたかたたちが、優しくってよかった。きっと大丈夫。
 ちょいちょいでてくる『聖者・聖女条約』が気になるから、落ちついたら教えてもらおう。

 ――ただなんで、ジリオ様とアラン様を推しまくるんだろ?

 精悍なお顔、たくましい体のアラン様。端整な顔立ち文句なしのイケメン、ジリオ様。喪女まっしぐらの私には刺激が強すぎです。

「リオ様、シノアの森をぬけます。悪路もここまでです」

 馬車に平行して馬を走らせているアラン様の声で少し元気がでた。

「『聖者・聖女条約』により候補者はこのおふたり。ジリオーラ様が聖女降臨にまにあって本当によかった」

 意識が外に向かっていたので、書記官のつぶやきは耳にはいってこなかった。
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