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24 (本編完結)復讐の種が芽吹いた日
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――歌が……聞こえる……
「お目覚めになられましたの?」
窓辺からのびる日の光のなかで、リルが刺繍をさす手をとめ、針山に刺繍針をもどした。顔の横でゆれる金の巻き毛を指ですくいあげ、くるくると指にからめる。まだ短い髪は、指にまきつくことなくサラリと肩に垂れさがった。
「歌を……歌っていたの?」
ずいぶん幸せな夢を見ていた……うたた寝をしていたソファから体を起こしながら、リルに問いかけた。
「歌をご希望ですか?」
リルが歌いはじめる……けっして他人には聞かれたくない、下品で卑猥な歌詞を可愛い口が歌いあげる。
「ありがとう。もう、いいよ」
リルがニッコリ、微笑んだ。この微笑みは夢のなかのリルとなにも変わらないのに……
「ご主人様、お庭のビオラが満開ですの。お庭に出ることを許してくださる?」
「ああいいよ。一緒に見にいこう」
リルを抱きあげ庭に出ると、庭仕事をしていた男たちがいっせいに頭をさげた。
「庭でリルとピクニックだ! フォー、トゥエン、ティフォ、お前たちはさがって休んでいなさい」
3人の男たちが無言でうなずく。メイドたちがブランケットをビオラのなかに敷き、お茶の用意を整えはじめた。
「ピグ、ラビッありがとう」
「ご主人様、リル様にこちらを」
大きめのクッションを抱えながら走ってきたのは、執事服を着た少年。
「おや、ディア-はリルをひざの上に座らせられる幸運を、私から奪おうっていうのかい」
「え? 僕はあの、露草に濡れるとリリラフィーラ様の足が痛くなると思って……あの、お許しください!」
「違うよディア-。今のはきみのほうが正解だ。きみは私に、リルの体調のほうが私の気持ちより大切だ! と、怒ればいいんだ」
両手でクッションを抱えながら、ディアーは真剣な顔つきでうなずいた。
「私がなにを言ったとしても、きみたちが優先するのはリルのこと。私の宝物を守ってくれるなら、きみたちのことは私が守ろう」
後ろに控えた3人の男、フォー、トゥエン、ティフォ。2人のメイド、ピグ、ラビッ。執事見習いの少年ディア-。
3年前、ブィア鑑別所からリルとともに助けだされた彼らは、治癒院では哀れみの目を向けられ、修道院では蔑まれた。市井の者はどこまでいっても冷徹だ。
私は行き場を失った彼らに新たな名をあたえ、雇うことにした。
彼らもまた肉体的、精神的、性的虐待を受けつづけた身だ……当時の記憶を思い出せば、自身が狂う……とでもいうように、彼らはブィア鑑別所での日々を記憶の奥底に封印し、すべて忘れてすごしている。
リルの歌を聞いても、彼らが反応することはない。リルの短い髪も、傷だらけの体を見ても気にしない。彼らの目には自身の傷跡が見えず、相手の傷も見えていなかった。
高い外壁に囲まれて外界から切り離されたトゥラリウス公爵邸は、私がつくりあげた箱庭だ。まるでブィア鑑別所を囲っていた異常に高い壁と同じような外見になってしまったが、ただひとつ違っている箇所は外壁に扉がないこと……公爵邸は完璧に外と隔離された邸宅となっている。この場所でリルとともに笑える彼らを重宝した。
「できましたわ! いかがかしら? 頭をさげてくださる? ご主人様」
リルが嬉しそうにビオラの花冠を私の頭にのせる。
「ああ、ステキ! 私の大切なかたの瞳の色よ! なんてステキなの!」
リルはこの3年間、かたときも彼女のアートのことを忘れなかった。幸せそうにアートが迎えに来てくれる日を心待ちにしている。目の前にいる私のことは、けっして認識してくれないのだ……彼女の語るアートに嫉妬し、アートへの愛を見せつけられつづける日々が、私への罰……
「ありがとうリル。にあうかな?」
「ふふ、ビオラにはステキな花言葉があるんですのよ」
「おしえてリル」
「『誠実』『信頼』『私のことを思ってください』片思いを応援する花なのですって。何番目のご主人様だったかしら? お花にくわしいかたで、教えていただきましたの」
リルがふと、小首をかしげる。
「わたくしが手にいれられなかったものだよって、おっしゃっていたけれど、ビオラの絨毯のお庭をご主人様につくっていただいたから、手にいれたことにならないかしら?」
「ああ、大丈夫。リルはすべて手にいれたよ」
リルは嬉しそうに笑った。
ああ、リル、リル……手にいれられなかったのは、私のほうだ……リルに対する『誠実』さを失い。リルの『信頼』を失った。今もあさましく『私のことを思ってください』、私のことを思い出してください、見てくださいと切望している……この花畑もまた、私にとっての懺悔の証。
どんなに望んでも、リルに私を思い出してもらう努力をしてはいけないこともわかっている。私を思い出すということは、私に裏切られブィア鑑別所で自分がなにをさせられてきたのか、リルが理解してしまうことにつながるのだから……
――わたくしに罪があるというのなら、それはあなたを愛したことだけ!
私に残されたリルの最後の言葉は、私を愛したことを後悔する内容……愚かな私がリルを裏切りさえしなければ、夢で見た幸せな未来があっただろうか? 胸が引き裂かれるように痛み頭痛が押しよせてきた……思い出のなかのアートとともにリルが笑う。
ガララランッッ! と、鐘の音が鳴り響いた。
「ああ、せっかくのピクニックだったのに……すまない仕事がはいったようだ」
「いってらっしゃいませ。わたくしは、わたくしの大切なかたのために、花冠をもっときれいに丸くつくる練習をしていますわ」
「あはは、ではコレは練習だったのかい?」
リルはペロリと舌を出した。
「練習品はすべてご主人様に差しあげるわ」
「そういうことなら不問にしよう。皆、リルをまかせたよ」
「かしこまりましたご主人様」
一度、邸内に入り、自分の執務室に行く。公爵邸はリルが動きやすいよう、随所に手すりが取りつけられた平屋建てだ。邸内の執務室にある本棚裏の扉から王宮内の執務室へつながる渡り廊下がつくられていた。
王宮のはずれにありながらも、扉のない高い外壁におおわれ、なかをうかがい見ることができないトゥラリウス公爵邸。リルが笑っていられる狭い世界。いや、私がリルと一緒にいるためにつくった虚像の世界だ。
リルは3年前、王都へ戻る馬車の外から聞こえてくる市井の喧騒に震え、私の宮殿にいる使用人の目におびえ、謝罪の言葉をくりかえした。
リルに会いに来てくれたバリィ侯爵とライノルトは、家族がわからなくなってしまったリルに土下座され、泣き崩れた。
「本当はリリラフィーラを連れて帰るつもりでした。あの子を裏切った殿下に、リリラフィーラを預けるなんて我慢ならなかった……でも、もう侯爵家ではあの子を守れない。領地へ連れて帰れば、リリラフィーラは好奇と侮蔑の視線にさらされつづけてしまうことでしょう。リリラフィーラの笑顔を取り戻したいと願うのなら、けっして人目につかないようにして殿下が守ってください。これ以上あの子が蔑まれるのは許せない」
帰りぎわ、一気に歳をとったように肩を落としたバリィ侯爵との約束もあり、このトゥラリウス公爵邸は建てられた。
リルを人の目から隠し、好奇と侮蔑の視線を遮断する……私の愛しいリルの名誉をこれ以上貶められないように……どんな姿でも、どんな言動を繰り返しても、リルは私にとって気高い女神だ。彼女は、愛情と敬愛……そんな視線を集める国母になるはずの女性だったのだから。
完成したトゥラリウス公爵邸にリルを連れて来たとき、彼女は深い安堵のため息をついた。高い壁の存在がリルを守っている。やっと安心して呼吸ができたとでもいうように、リルは微笑んだ……怖いものから隠してくれるリルのための箱庭は、まるで私がリルを閉じこめておける宝箱のように私の心も慰めてくれた……
リルはここにいる。私のそばにいてくれる……たとえ心をかよわせることができないとしても、私の手のなかにリルはいる……幸せと絶望が交互に私の心を蝕んでいく……
ガララランッッ! 再度、鐘の音が鳴り響く。
鐘の音は、私に用事がある者がきた合図だ。食事の準備ができた時も鳴らされるが、今回のは時間的に違うだろう……
「アルトヴァルツ様、目をとおしていただきたい書類をお持ちしました……泣いて、おられるのか?」
ケイオスが驚いたように私の顔を見つめた。
「ああ、大丈夫。すぐ見る」
「……あの……その花冠は……いったい……」
「リルからのプレゼントだ。書類は?」
手渡された書類にフィーリー男爵領の文字が書かれているのを見て、ついっと投げ捨てた。
ケイオスが、だまってそれを拾う。
「フィーリー男爵領で反乱がおきました。陛下は王領に近いことを懸念し、出兵の準備をするようにと……」
「私は行かない」
「……アルトヴァルツ様がリリラフィーラ様のそばから離れないことは、わかっています……ただ、あなたが蒔いておいた種が芽吹いたことを報告しておいたほうがよいと思い……」
「そうか……3年は長いか、短いか? 私としては、もっと苦しんでほしかったとも思っている」
アディが編入してきてからのアカデミーでの2年間。リルがブィア鑑別所へ送られた1年間。リルが苦しんだ同じ年月をかけ、フィーリー男爵領は疲弊していった。
そして、庶民による反乱……私という王太子を失った王宮も、領地へ引きこもり王都へ出てこないバリィ侯爵家も、後継者たちが子供をのぞめない薬液に蝕まれた4大伯爵家もフィーリー男爵領を助けることはしないだろう……
「父上には、男爵領の領民も薬液の精製にかかわっている可能性がある……気をつけるように……と」
「かしこまりました。きっと領民をひとりも男爵領から出さないよう、尽力してくださることでしょう……あの……」
ケイオスがなにか聞きたそうにしている。なんだ? と、先をうながすように首をかしげた。
「リリラフィーラ様のごようすは? あなたのことをアルトヴァルツ様とおわかりになられましたでしょうか?」
ついっと顔をあげ、壁に飾られたリルとの婚姻届を見つめる……私のサインしかはいっていない婚姻届は、これからも正式受領されることはない。
「言いにくいことを聞いてくるね……リルはまだ、大好きな婚約者のアートが迎えにくるのを夢見ているよ。彼女は別世界へ旅立ったままだ」
(完)
「お目覚めになられましたの?」
窓辺からのびる日の光のなかで、リルが刺繍をさす手をとめ、針山に刺繍針をもどした。顔の横でゆれる金の巻き毛を指ですくいあげ、くるくると指にからめる。まだ短い髪は、指にまきつくことなくサラリと肩に垂れさがった。
「歌を……歌っていたの?」
ずいぶん幸せな夢を見ていた……うたた寝をしていたソファから体を起こしながら、リルに問いかけた。
「歌をご希望ですか?」
リルが歌いはじめる……けっして他人には聞かれたくない、下品で卑猥な歌詞を可愛い口が歌いあげる。
「ありがとう。もう、いいよ」
リルがニッコリ、微笑んだ。この微笑みは夢のなかのリルとなにも変わらないのに……
「ご主人様、お庭のビオラが満開ですの。お庭に出ることを許してくださる?」
「ああいいよ。一緒に見にいこう」
リルを抱きあげ庭に出ると、庭仕事をしていた男たちがいっせいに頭をさげた。
「庭でリルとピクニックだ! フォー、トゥエン、ティフォ、お前たちはさがって休んでいなさい」
3人の男たちが無言でうなずく。メイドたちがブランケットをビオラのなかに敷き、お茶の用意を整えはじめた。
「ピグ、ラビッありがとう」
「ご主人様、リル様にこちらを」
大きめのクッションを抱えながら走ってきたのは、執事服を着た少年。
「おや、ディア-はリルをひざの上に座らせられる幸運を、私から奪おうっていうのかい」
「え? 僕はあの、露草に濡れるとリリラフィーラ様の足が痛くなると思って……あの、お許しください!」
「違うよディア-。今のはきみのほうが正解だ。きみは私に、リルの体調のほうが私の気持ちより大切だ! と、怒ればいいんだ」
両手でクッションを抱えながら、ディアーは真剣な顔つきでうなずいた。
「私がなにを言ったとしても、きみたちが優先するのはリルのこと。私の宝物を守ってくれるなら、きみたちのことは私が守ろう」
後ろに控えた3人の男、フォー、トゥエン、ティフォ。2人のメイド、ピグ、ラビッ。執事見習いの少年ディア-。
3年前、ブィア鑑別所からリルとともに助けだされた彼らは、治癒院では哀れみの目を向けられ、修道院では蔑まれた。市井の者はどこまでいっても冷徹だ。
私は行き場を失った彼らに新たな名をあたえ、雇うことにした。
彼らもまた肉体的、精神的、性的虐待を受けつづけた身だ……当時の記憶を思い出せば、自身が狂う……とでもいうように、彼らはブィア鑑別所での日々を記憶の奥底に封印し、すべて忘れてすごしている。
リルの歌を聞いても、彼らが反応することはない。リルの短い髪も、傷だらけの体を見ても気にしない。彼らの目には自身の傷跡が見えず、相手の傷も見えていなかった。
高い外壁に囲まれて外界から切り離されたトゥラリウス公爵邸は、私がつくりあげた箱庭だ。まるでブィア鑑別所を囲っていた異常に高い壁と同じような外見になってしまったが、ただひとつ違っている箇所は外壁に扉がないこと……公爵邸は完璧に外と隔離された邸宅となっている。この場所でリルとともに笑える彼らを重宝した。
「できましたわ! いかがかしら? 頭をさげてくださる? ご主人様」
リルが嬉しそうにビオラの花冠を私の頭にのせる。
「ああ、ステキ! 私の大切なかたの瞳の色よ! なんてステキなの!」
リルはこの3年間、かたときも彼女のアートのことを忘れなかった。幸せそうにアートが迎えに来てくれる日を心待ちにしている。目の前にいる私のことは、けっして認識してくれないのだ……彼女の語るアートに嫉妬し、アートへの愛を見せつけられつづける日々が、私への罰……
「ありがとうリル。にあうかな?」
「ふふ、ビオラにはステキな花言葉があるんですのよ」
「おしえてリル」
「『誠実』『信頼』『私のことを思ってください』片思いを応援する花なのですって。何番目のご主人様だったかしら? お花にくわしいかたで、教えていただきましたの」
リルがふと、小首をかしげる。
「わたくしが手にいれられなかったものだよって、おっしゃっていたけれど、ビオラの絨毯のお庭をご主人様につくっていただいたから、手にいれたことにならないかしら?」
「ああ、大丈夫。リルはすべて手にいれたよ」
リルは嬉しそうに笑った。
ああ、リル、リル……手にいれられなかったのは、私のほうだ……リルに対する『誠実』さを失い。リルの『信頼』を失った。今もあさましく『私のことを思ってください』、私のことを思い出してください、見てくださいと切望している……この花畑もまた、私にとっての懺悔の証。
どんなに望んでも、リルに私を思い出してもらう努力をしてはいけないこともわかっている。私を思い出すということは、私に裏切られブィア鑑別所で自分がなにをさせられてきたのか、リルが理解してしまうことにつながるのだから……
――わたくしに罪があるというのなら、それはあなたを愛したことだけ!
私に残されたリルの最後の言葉は、私を愛したことを後悔する内容……愚かな私がリルを裏切りさえしなければ、夢で見た幸せな未来があっただろうか? 胸が引き裂かれるように痛み頭痛が押しよせてきた……思い出のなかのアートとともにリルが笑う。
ガララランッッ! と、鐘の音が鳴り響いた。
「ああ、せっかくのピクニックだったのに……すまない仕事がはいったようだ」
「いってらっしゃいませ。わたくしは、わたくしの大切なかたのために、花冠をもっときれいに丸くつくる練習をしていますわ」
「あはは、ではコレは練習だったのかい?」
リルはペロリと舌を出した。
「練習品はすべてご主人様に差しあげるわ」
「そういうことなら不問にしよう。皆、リルをまかせたよ」
「かしこまりましたご主人様」
一度、邸内に入り、自分の執務室に行く。公爵邸はリルが動きやすいよう、随所に手すりが取りつけられた平屋建てだ。邸内の執務室にある本棚裏の扉から王宮内の執務室へつながる渡り廊下がつくられていた。
王宮のはずれにありながらも、扉のない高い外壁におおわれ、なかをうかがい見ることができないトゥラリウス公爵邸。リルが笑っていられる狭い世界。いや、私がリルと一緒にいるためにつくった虚像の世界だ。
リルは3年前、王都へ戻る馬車の外から聞こえてくる市井の喧騒に震え、私の宮殿にいる使用人の目におびえ、謝罪の言葉をくりかえした。
リルに会いに来てくれたバリィ侯爵とライノルトは、家族がわからなくなってしまったリルに土下座され、泣き崩れた。
「本当はリリラフィーラを連れて帰るつもりでした。あの子を裏切った殿下に、リリラフィーラを預けるなんて我慢ならなかった……でも、もう侯爵家ではあの子を守れない。領地へ連れて帰れば、リリラフィーラは好奇と侮蔑の視線にさらされつづけてしまうことでしょう。リリラフィーラの笑顔を取り戻したいと願うのなら、けっして人目につかないようにして殿下が守ってください。これ以上あの子が蔑まれるのは許せない」
帰りぎわ、一気に歳をとったように肩を落としたバリィ侯爵との約束もあり、このトゥラリウス公爵邸は建てられた。
リルを人の目から隠し、好奇と侮蔑の視線を遮断する……私の愛しいリルの名誉をこれ以上貶められないように……どんな姿でも、どんな言動を繰り返しても、リルは私にとって気高い女神だ。彼女は、愛情と敬愛……そんな視線を集める国母になるはずの女性だったのだから。
完成したトゥラリウス公爵邸にリルを連れて来たとき、彼女は深い安堵のため息をついた。高い壁の存在がリルを守っている。やっと安心して呼吸ができたとでもいうように、リルは微笑んだ……怖いものから隠してくれるリルのための箱庭は、まるで私がリルを閉じこめておける宝箱のように私の心も慰めてくれた……
リルはここにいる。私のそばにいてくれる……たとえ心をかよわせることができないとしても、私の手のなかにリルはいる……幸せと絶望が交互に私の心を蝕んでいく……
ガララランッッ! 再度、鐘の音が鳴り響く。
鐘の音は、私に用事がある者がきた合図だ。食事の準備ができた時も鳴らされるが、今回のは時間的に違うだろう……
「アルトヴァルツ様、目をとおしていただきたい書類をお持ちしました……泣いて、おられるのか?」
ケイオスが驚いたように私の顔を見つめた。
「ああ、大丈夫。すぐ見る」
「……あの……その花冠は……いったい……」
「リルからのプレゼントだ。書類は?」
手渡された書類にフィーリー男爵領の文字が書かれているのを見て、ついっと投げ捨てた。
ケイオスが、だまってそれを拾う。
「フィーリー男爵領で反乱がおきました。陛下は王領に近いことを懸念し、出兵の準備をするようにと……」
「私は行かない」
「……アルトヴァルツ様がリリラフィーラ様のそばから離れないことは、わかっています……ただ、あなたが蒔いておいた種が芽吹いたことを報告しておいたほうがよいと思い……」
「そうか……3年は長いか、短いか? 私としては、もっと苦しんでほしかったとも思っている」
アディが編入してきてからのアカデミーでの2年間。リルがブィア鑑別所へ送られた1年間。リルが苦しんだ同じ年月をかけ、フィーリー男爵領は疲弊していった。
そして、庶民による反乱……私という王太子を失った王宮も、領地へ引きこもり王都へ出てこないバリィ侯爵家も、後継者たちが子供をのぞめない薬液に蝕まれた4大伯爵家もフィーリー男爵領を助けることはしないだろう……
「父上には、男爵領の領民も薬液の精製にかかわっている可能性がある……気をつけるように……と」
「かしこまりました。きっと領民をひとりも男爵領から出さないよう、尽力してくださることでしょう……あの……」
ケイオスがなにか聞きたそうにしている。なんだ? と、先をうながすように首をかしげた。
「リリラフィーラ様のごようすは? あなたのことをアルトヴァルツ様とおわかりになられましたでしょうか?」
ついっと顔をあげ、壁に飾られたリルとの婚姻届を見つめる……私のサインしかはいっていない婚姻届は、これからも正式受領されることはない。
「言いにくいことを聞いてくるね……リルはまだ、大好きな婚約者のアートが迎えにくるのを夢見ているよ。彼女は別世界へ旅立ったままだ」
(完)
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