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09 乙女ゲームの抑止力

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 アディはアカデミー卒業の祭典後、フィーリー男爵家へもどらず、そのまま王宮へきた。アディがアカデミーから持ってきた荷物は、すべて彼女とすごした思い出の品だ。私にとってもアカデミー時代の記念になると考え、彼女の持ち物はすべて保管しておくように命令していた。ライノルトのいうリルの宝物の小箱もきっとあるはずだ……
 メイドを呼びアディがアカデミーから持ってきた荷物のなかから、小箱を探すよう指示をだす。
 メイドは目的の小箱をほとんど使いきっている香水瓶だとか、破れてボロボロの本だとか……捨てられてもおかしくなかったものだけが入れられた、箱のなかから見つけだしてくれた。

 私や生徒代表運営委員のメンバーたちから贈られた豪華なプレゼントのなかに、ポツンと混ざった簡素な黒い小箱は、庶民の母親が娘に残したブローチの入れ物と考えればしっくりきた。反対に侯爵令嬢の宝物と考えると、違和感しかない。

 小箱のなかには、ライノルトが送ってきたブローチに似ているが、別物の木のブローチが入れられていた。

 これを返されたとき、自分の母親の形見だと気がつかない娘だったというわけか……または『盗まれた形見』イベント用、とかのためだけに用意されたガラクタで、中身を確認もしなかったか……

「返して! わたくしのよ! わたくしの!」

 必死で叫んでいたリルの当時の姿が目に浮かんできた。誰が見ても侯爵令嬢の持ち物にふさわしくない簡素な黒い小箱。当時は問題ばかりおこすリルの言葉を信じる者は、誰もいなかった……

 ブローチを取りだした空の小箱を振ってみると、カラカラと小さな音がする。二重底か? 小箱の底板をつついてみると、底板は簡単にはずれた。

 小箱の底に隠されていたのは、紫色のガラス玉がついたおもちゃの指輪……これもまた、侯爵令嬢の持ち物としては違和感がありすぎる。

 ――紫の石のついた指輪をはめ、その指を金の巻き毛にクルクルとまきつけ……嬉しそうに歌っていた……

「小鳥と一緒に歌いましょ……なくしてしまった妖精に祝福された指輪を探して……小鳥と一緒にどこまでも、冒険へでかけるの……きっと、愛する人と出会えるから……」
「アルト!」

 飛びこんできたアディの大声に、思わず口ずさんでいた歌が止まる。歌詞は頭のなかから霧のように霧散し消えてしまった。

「今の歌! 歌い手の祝福の歌! 歌ってはやく! すべての歌詞を!」
「……無理だ……だって…………忘れてしまった……なぜだ? きみと出会ってから、リルとの幼いころの思い出が消えているんだ」

 私の頬を涙がつたい落ちていた……

「この指輪を見たとき、一瞬だけリルが歌っていた姿を思い出した……けれど……きみの声を聞いたとたん、忘れてしまった……なぜだ? なぜリルとの思い出を忘れてしまうんだ」
「そんなの乙女ゲームの抑止力のせいに決まっているじゃない」
「抑止力?」
「そうよ。悪役令嬢とのステキな思い出なんて、攻略対象には必要ないもの。ヒロインとの思い出に上書きされただけよ」

 『乙女ゲーム』の抑止力なんてものが実際にあるのだとしたら、それはなんてひどい呪いなんだ……私は調べなくていけない。リルとの思い出を! 本当の彼女の姿と心を! アカデミーでの騒動の真相を……

 リルの宝物は黒い小箱。紫色のガラス玉がついたおもちゃの指輪。私の色だ……黒髪で、紫の瞳の……私の色だ……

 妖艶な化粧をしたリルに、私はなぜ清純なイメージの白いドレスを贈った?

 卒業の祭典……真っ白いドレスを着たリルが悪意という毒で、どんどん汚されていく……どろどろに踏みつけられた白いドレス。金色にかがやく髪は乱れ、琥珀色の瞳は涙をあふれさせ、光を失っていった……私に助けを求めたリルの細い手を、つかみたいのに……届かない。 

 リルがなにか、言っている……

 ――聞こえない、聞こえないんだリル! もっと大きな声で私の名を呼んでくれ!

「どうして殿下は、わたくしを信じてくださいませんの! どうしてお忘れになってしまったの?」

 生徒代表運営委員のメンバーに小箱を取りあげられたリルの悲痛な叫びが、耳の奥でこだました……
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