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07 王妃の凶行と捨てられた刺繍
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アディのいる離宮へ、私の足が向くことは少なくなった……
私の来訪が途切れても、アディはとくに気にすることもなく、日々、楽団の歌い手、吟遊詩人、旅芸人まで離宮に呼び祝福の歌を歌わせている。だが、彼女が求めている歌を歌えるのは、リルだけなのだろう……
私が指示しブィア鑑別所に提出させた、生徒代表運営委員によせられたリルに対する苦情の数々。その量が多いため、リルの労働奉仕が終わるのは、かなりの時間がかかると報告を受けている。リルとの面会は、父上の許可がおりない。
私にできたのは、リルに祝福の歌の歌詞について、問いあわせる手紙を送ることだけだった。リルからの返事が返ってくることはなかったが……
母上のもとには、ブィア鑑別所からリルが労働奉仕で制作したみごとな刺繍のハンカチが届けられた。これらの商品は安価で売られ孤児院の運営費にあてられる。
「さすがリリラフィーラだわ。これなら庶民だけじゃなく貴族もほしがりそうなできばえね。でも絹糸じゃない刺繍は、いらないわ!」
パッ! と、床に捨てられたハンカチを慌てて拾う。
「母上!」
拾いあげたハンカチには、染めたレーヨン糸で丁寧な花の刺繍がされていた。絹糸しかさわったことがないリルが安価なレーヨン糸で刺繍をさす姿を思い、胸がチクンと痛む……かつて社交界で誰もが欲しがったリルの刺繍……糸が違うだけで、捨てられたハンカチにそっと指をはわせた。
「欲しいのなら、どーぞ! 絹糸じゃないのにこんなステキな刺繍がさせるなんて、なんて腹がたつことかしら! 王妃教育のときだって、わたくしよりできのよい娘が王太子妃になるなんて、本当に嫌だったわ」
母上が、ぶつぶつと文句を言いながら紅茶のカップを乱暴にソーサーに戻す。ガチャン! と、無作法な音が響いた。
「リリラフィーラと婚約破棄してくれて嬉しいわ。はやく破棄してほしくって、アルトの好みは妖艶な化粧の濃い女だとか、頻繁にお茶に誘われるのが、内心嬉しくてたまらないとか教えてあげたら、素直に行動にうつすんですもの! もぅ~おかしくって!」
母上が大笑いしている……
リルの私を悩ませた行動の一角は、母上のせいだったのか……
「リルを……なぜ、そんなに嫌っておられるのですか?」
「あら、わからない? 帝国唯一の侯爵令嬢だからよ。わたくしは4大伯爵家の出、王族の一員になるために血のにじむような努力をしてきました」
母上の背筋がすっと伸び、私をじっと見据えた。
「でもリリラフィーラは、もうすべての教養を完璧に、わたくしより優雅に身につけていた。侯爵家が持つ歴史に裏打ちされた教養が、私の努力をあざ笑ったのよ」
「リルが母上をあざ笑うなどとは……」
「ええ、言葉ではね。でも教える王妃より教わる王太子妃のほうが完璧なのですよ。まわりの目が、わたくしを蔑んでいたわ。だからあの子が嫌いなの」
母上の思惑を見抜けなかった愚かな私は、王妃教育で変わっていくリルの姿を嫌ったのか……母上は、本当に息子の好みを理解している。私が「リルはそのままでいい」と伝えていれば、なにか違った未来があったのだろうか……
「そのてんアディは淑女の所作がつたないから、よい引き立て役になってくれて気にいっていてよ。ただ、最近のあれ……頻繁に聞こえてくる短い曲は、どうにかしなさい。うっとうしいわ」
一小節しか歌われない曲が、今日も離宮から聞こえていた……
私の新たな婚約者探しは難航し、政務におわれるだけのあじけない日々を送っている。リルをブィア鑑別所に送ってそろそろ1年がたとうとしていた。この1年で確実にバリィ公爵家は衰退していった。
華やかだった公爵家の存在が、王都から薄れていくにつれ、リルの存在も消えてしまうような……そんな焦燥感がぬぐえず、おちつかない。
視察で立ちよった市井の食堂で、リルの刺繍のハンカチが額装されて飾られているのを見つけ嬉しくなった。母上に捨てられたリルの刺繍は、市井の民にとってキレイで飾っていたいものであるらしい。こっそりしまっている捨てられたハンカチと違い、飾られている刺繍には金の糸も使われているようだ。キラキラと美しい光を反射させている刺繍は、私を懐かしい気分にさせてくれた。
離宮のアディは、私の顔を見ると「帰りたい、帰りたい」と泣き叫ぶ。まともな会話がなりたたないことが多くなってしまった。彼女の言動は、私の頭痛の種になっている。
そんなおり、『乙女ゲーム』というアディの妄想にまきこまれた私達の運命を、急激に修正していくこととなる小包が届けられた。
送り主はライノルト・バリィ侯爵令息。隣国に留学したリルの弟からだった。
私の来訪が途切れても、アディはとくに気にすることもなく、日々、楽団の歌い手、吟遊詩人、旅芸人まで離宮に呼び祝福の歌を歌わせている。だが、彼女が求めている歌を歌えるのは、リルだけなのだろう……
私が指示しブィア鑑別所に提出させた、生徒代表運営委員によせられたリルに対する苦情の数々。その量が多いため、リルの労働奉仕が終わるのは、かなりの時間がかかると報告を受けている。リルとの面会は、父上の許可がおりない。
私にできたのは、リルに祝福の歌の歌詞について、問いあわせる手紙を送ることだけだった。リルからの返事が返ってくることはなかったが……
母上のもとには、ブィア鑑別所からリルが労働奉仕で制作したみごとな刺繍のハンカチが届けられた。これらの商品は安価で売られ孤児院の運営費にあてられる。
「さすがリリラフィーラだわ。これなら庶民だけじゃなく貴族もほしがりそうなできばえね。でも絹糸じゃない刺繍は、いらないわ!」
パッ! と、床に捨てられたハンカチを慌てて拾う。
「母上!」
拾いあげたハンカチには、染めたレーヨン糸で丁寧な花の刺繍がされていた。絹糸しかさわったことがないリルが安価なレーヨン糸で刺繍をさす姿を思い、胸がチクンと痛む……かつて社交界で誰もが欲しがったリルの刺繍……糸が違うだけで、捨てられたハンカチにそっと指をはわせた。
「欲しいのなら、どーぞ! 絹糸じゃないのにこんなステキな刺繍がさせるなんて、なんて腹がたつことかしら! 王妃教育のときだって、わたくしよりできのよい娘が王太子妃になるなんて、本当に嫌だったわ」
母上が、ぶつぶつと文句を言いながら紅茶のカップを乱暴にソーサーに戻す。ガチャン! と、無作法な音が響いた。
「リリラフィーラと婚約破棄してくれて嬉しいわ。はやく破棄してほしくって、アルトの好みは妖艶な化粧の濃い女だとか、頻繁にお茶に誘われるのが、内心嬉しくてたまらないとか教えてあげたら、素直に行動にうつすんですもの! もぅ~おかしくって!」
母上が大笑いしている……
リルの私を悩ませた行動の一角は、母上のせいだったのか……
「リルを……なぜ、そんなに嫌っておられるのですか?」
「あら、わからない? 帝国唯一の侯爵令嬢だからよ。わたくしは4大伯爵家の出、王族の一員になるために血のにじむような努力をしてきました」
母上の背筋がすっと伸び、私をじっと見据えた。
「でもリリラフィーラは、もうすべての教養を完璧に、わたくしより優雅に身につけていた。侯爵家が持つ歴史に裏打ちされた教養が、私の努力をあざ笑ったのよ」
「リルが母上をあざ笑うなどとは……」
「ええ、言葉ではね。でも教える王妃より教わる王太子妃のほうが完璧なのですよ。まわりの目が、わたくしを蔑んでいたわ。だからあの子が嫌いなの」
母上の思惑を見抜けなかった愚かな私は、王妃教育で変わっていくリルの姿を嫌ったのか……母上は、本当に息子の好みを理解している。私が「リルはそのままでいい」と伝えていれば、なにか違った未来があったのだろうか……
「そのてんアディは淑女の所作がつたないから、よい引き立て役になってくれて気にいっていてよ。ただ、最近のあれ……頻繁に聞こえてくる短い曲は、どうにかしなさい。うっとうしいわ」
一小節しか歌われない曲が、今日も離宮から聞こえていた……
私の新たな婚約者探しは難航し、政務におわれるだけのあじけない日々を送っている。リルをブィア鑑別所に送ってそろそろ1年がたとうとしていた。この1年で確実にバリィ公爵家は衰退していった。
華やかだった公爵家の存在が、王都から薄れていくにつれ、リルの存在も消えてしまうような……そんな焦燥感がぬぐえず、おちつかない。
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離宮のアディは、私の顔を見ると「帰りたい、帰りたい」と泣き叫ぶ。まともな会話がなりたたないことが多くなってしまった。彼女の言動は、私の頭痛の種になっている。
そんなおり、『乙女ゲーム』というアディの妄想にまきこまれた私達の運命を、急激に修正していくこととなる小包が届けられた。
送り主はライノルト・バリィ侯爵令息。隣国に留学したリルの弟からだった。
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